第一話:奇跡の三要素(エレメント)
「で、莉奈。またそんなガラクタ集めてどうするんだ?」
冒険者ギルドの厨房で、ギルドマスターの隻眼のドルフさんが呆れたように言った。私の足元には、ここ数ヶ月かけて集めた素材の入った麻袋が3つ。
「ガラクタじゃありません! これは奇跡の三要素です!」
私は胸を張って答える。ドルフさんは「へいへい」と首を振るだけだ。
第一の要素:【麺】
この世界の小麦は、品種改良されていないせいで風味が弱い。そこで私は「かん水」の代用品を探した。見つけたのは、洞窟に生える「灰トカゲの苔」。魔力を帯びたこの苔を燃やした灰を水に溶かすと、不思議なことに、麺に独特のコシと風味を与えてくれるのだ。これを小麦粉に練り込み、細く伸ばして油で揚げる。数え切れない失敗の末、お湯を注ぐだけで食べられる「即席麺」の原型が完成した。
第二の要素:【スープ】
厨房で捨てられるモンスターの骨―――ギガボアの背ガラ、コカトリスの鶏ガラ―――を毎日毎日大鍋で煮込み続けた。灰汁を取り、塩湖で取れる岩塩と、森で採れる香りの強いキノコを乾燥させて粉末にし、混ぜ合わせる。「魔法の粉(スープの素)」の完成だ。
第三の要素:【器】
そしてこれが一番重要だ。陶器職人のお爺さんに頭を下げ続け、特殊な形の器を作ってもらった。お湯を注いだ時に麺が最適に蒸されるよう、高さと口径をミリ単位で調整した、深めの陶器の器。これぞ「カップ」だ。
全ての準備は整った。
私は厨房の隅で、ごくりと唾をのむ。歴史的な瞬間が、今、訪れる。
「ドルフさん! お湯をください!キンキンに沸騰したやつを!」
「お前なぁ……まあいい。ほらよ」
やかんで煮えたぎるお湯を受け取り、私は深呼吸した。
器に、乾燥した麺の塊と魔法の粉を入れる。そこに、熱湯をゆっくりと注ぎ込む。
ジュワッという音と共に、信じられないような匂いが立ち上った。
「なっ……!?」
今まで厨房に漂っていた無骨な肉の匂いや、豆の煮える単調な匂いとは全く違う。複雑で、食欲を猛烈に刺激する、豊潤で暴力的なまでの「香り」。
厨房で残飯を漁っていた猫が目を剥き、仮眠室で寝ていた冒険者が「なんだ!?」と飛び起きてくる。ギルド中の人間の鼻が、私の手元に注目していた。
私は木の板でそっと器に蓋をする。
「……聖なる数字は、3分です」
私の呟きは、なぜか静まり返ったギルドホールによく響いた。
誰もが固唾を飲んで、私の手元を見守っている。
1分……2分……3分。
私は、祈るような気持ちで、そっと蓋を開けた。
ブワッ!!!
立ち上る湯気と共に、凝縮された「旨味」の香りが爆発した。
硬い麺の塊は、見事に艶やかな麺へと姿を変え、黄金色のスープをキラキラと輝かせている。仕上げに懐から取り出した、こっそり作っておいた乾燥魔猪肉と、塩漬けの若草を乗せる。
完璧だ……。私のカップラーメンが、この世界に生を受けた……!
「う、うまそうだ……」
誰かが呟いた。それが合図だった。
「おい、嬢ちゃん、それは何ていう食い物だ!」
「匂いだけで酒が飲めるぞ!」
冒険者たちが殺気立った顔でじりじりと寄ってくる。
まずい、このままでは一口も食べられずに奪われてしまう!
その時、一人の男が群衆をかき分けて前に進み出た。
王国騎士団最強と謳われる「氷壁の騎士」ケイレブ様。常に冷静沈着、美食にもうるさく、並の料理は「家畜のエサか」と一蹴する、あの人が。
ケイレブ様は、私の器を無言で見下ろすと、一言だけ告げた。
「……食わせろ」
逆らえるはずもなかった。
私はおずおずと、木のレンゲを差し出す。ケイレブ様はまずスープを一口すすり―――そして、氷の仮面のような表情のまま、ぴたりと固まった。
数秒の沈黙。ギルドの誰もが息を飲む。
やがて、ケイレブ様の瞳から、一筋の雫が、ぽろりとこぼれ落ちた。
「……あたたかい……」
彼は、絞り出すように言った。
「なんだこれは……ただの塩味ではない。骨の、いや、生命そのものの味がする……!乾いた大地に降り注ぐ、恵みの雨のようだ……!」
彼は次に麺をすする。ずるるっ、と小気味良い音。
そして、天を仰いで叫んだ。
「乾いた麺の骸に聖水を注ぎ、生命を蘇らせるとは……!これは料理などではない!神の御業!奇跡だッ!」
その言葉が引き金だった。
近くにいた、治癒神殿の神官が、わなわなと震えながら私を指さした。
「ま、まさか……!古文書に記された、伝説の聖女の再来だ!『乾きし者に潤いを与え、ひと匙で飢えたる魂を救う』という、失われた奇跡ッ!おお、神よ!」
……は?
……え?
違う違う!違うんです!これはただのラーメン!私の夜食!
私の心の叫びも虚しく、ケイレブ様は器を掲げ、神官はひざまずき、周りの冒険者たちは熱狂の渦に包まれた。
「聖女様だ!」「俺たちを救うために聖女様が現れたぞ!」「その聖なる食べ物を俺にも一口!」
次の瞬間、私の体は、屈強な冒険者たちによって軽々と担ぎ上げられていた。
「「「聖女様!万歳!万歳!」」」
「いやあああああ!降ろしてえええ!私のラーメンが伸びちゃううううううう!」
こうして、ただラーメンが食べたかっただけの私は、本人の意思とは全く無関係に、「カップラーメンの聖女」として、この世界の歴史にその名を刻むことになったのだった。




