第十八話:森の恵みと包囲網の綻び
禁忌の森での生活は、過酷だが、不思議な充実感に満ちていた。
ケイレブ様の部隊は、夜の闇に紛れて出撃し、明け方に傷と戦果を携えて帰還する。私は、彼らのための食事を作り、負傷者の手当てをし、次の「武器」を準備する。
私たちは、巨大な権力に立ち向かう、一つの家族のようだった。
私の新しい厨房は、森そのものだった。
ケイレブ様の部隊が持ち帰る、見たこともない食材たち。
「聖女様、これは『月光茸』。夜、青白く光る不思議なキノコです」
「こっちは『岩猪』の骨だ。土の匂いがする、力強いダシが取れるぞ」
私は、前世の知識と、料理人としての直感を総動員して、新たな一杯を創造した。
岩猪の骨と月光茸から取ったスープは、大地のようにワイルドでありながら、どこか幻想的な深い味わい。麺は、木の実の粉を練り込んで、独特の風味と歯ごたえを出した。トッピングは、森で採れた香草と、燻製にしたモンスターの肉。
それは、洗練とは程遠い、野趣あふれる一杯。
だが、夜通しの戦いで冷え切った兵士たちの身体を、芯から温め、活力を与える力があった。
「……うまい」
夜襲から戻ったケイレブ様が、スープを一口すすり、深く息をついた。
「森の味がする。……我々が今、何のために戦っているのかを、思い出させてくれる味だ」
この『禁忌の森ラーメン』は、私たちのささやかな、しかし、なくてはならない勝利の味となった。
一方、ケイレブ様たちが振るう、もう一つの刃も、着実に領主軍を蝕んでいた。
彼らの戦い方は、徹底した遊撃戦だった。
夜陰に乗じて、街へ向かう領主軍の補給部隊を襲撃する。目的は、敵兵の殺害ではない。食料、矢、武具といった「物資」の破壊と強奪だ。
彼らは森を知り尽くしている。崖を落とし、道を塞ぎ、罠を仕掛ける。領主軍が追撃してきた頃には、すでに影も形もなく、森の闇に消えている。
「またやられたのか!」
領主軍の野営地では、将軍の怒声が響いていた。
「一体どこから現れるのだ!まるで、森そのものが我々に牙を剥いているようだ……!」
兵士たちの間には、確実に疲労と恐怖が広がっていた。
正面の敵は、城壁とギルドの屈強な冒険者たち。
そして背後には、いつ現れるか分からない、森の亡霊部隊。
領主軍の補給線は日に日に細り、包囲網を維持する力は、内側から少しずつ削り取られていった。
そして、私たちの本当の反撃が、静かに始まった。
連絡役のレンジャーが、夜の闇に紛れて、街の古い地下水道を通り、包囲されたギルド区画へと潜入する。
彼の背負う袋の中には、私が作った、携帯用に乾燥させた『禁忌の森ラーメン』が詰められていた。
ギルドの地下室。ドルフさんは、届けられた小さな包みを、まるで聖遺物のように受け取った。
彼は、最も士気が下がり、絶望しかけていた冒険者たちを集めると、何も言わずに、そのラーメンに熱湯を注いだ。
ふわりと立ち上る、未知の香り。
森の、土の、そして自由の香り。
籠城生活で、薄い豆のスープと硬いパンに飽いていた冒険者たちの目が、その香りに釘付けになる。
「……なんだ、この匂いは」
「外の……匂いだ」
恐る恐る、一人がスープを口にする。
そして、その目が見開かれた。
「うまい……うまいぞ!力が、湧いてくる……!」
その一杯は、瞬く間に仲間たちの間で分け与えられた。
それは、単なる食料ではなかった。
聖女が、外で無事であるという証。
ケイレブ様たちが、外で戦っているという証。
そして、自分たちは見捨てられていないという、何よりの希望の証だった。
その夜、ギルドの壁の内側から、久しぶりに、冒険者たちの力強い歌声が響き渡った。
領主の館。
ソラムの元には、二つの絶望的な報告が、ほぼ同時にもたらされていた。
「将軍より緊急の報告です!昨夜もまた補給部隊が襲われ、食糧の半分を損失!兵士たちの動揺が限界に達しております!」
「街の内部からの報告です!ギルドの連中の士気が、なぜか再び高まっております!聖女が外から新たな奇跡の糧を送り込んでいる、という噂が……!」
ソラムは、玉座でわなわなと震えていた。
彼は、街を完全に包囲したはずだった。兵糧攻めにすれば、いずれギルドは降伏すると信じていた。
だが、現実はどうだ。
外からは、姿なき亡霊に補給線を断たれ、内側からは、一杯のラーメンによって希望を繋がれている。
彼の築いた完璧な包囲網は、剣と、そして湯気によって、内と外から、静かに、だが確実に、崩壊し始めていた。




