第十七話:反撃の拠点で湯気を立てろ
夜の闇を駆け抜け、私たちがたどり着いたのは、禁忌の森の奥深くにある岩窟の隠れ家だった。
ケイレブ様の部隊が、遠征の拠点として整備していた場所だ。燃え盛る焚き火が、疲弊した私たちの体を温かく迎えてくれた。
「聖女様、ご無事で何よりです」
留守を預かっていた部隊員たちが、私の姿を見て安堵の表情を浮かべる。
私は、ようやく張り詰めていた糸が切れたように、その場にへたり込んだ。
瞼を閉じれば、炎に照らされた街の姿と、人々の怒号が蘇ってくる。私の心は、罪悪感と無力感で押しつぶされそうだった。
そんな私の肩に、そっと毛布がかけられた。ケイレブ様だった。
「……今は、お休みください。あなたが無事だったこと。それが、我々にとっての何よりの勝利です」
その夜、私は久しぶりに、仲間たちに囲まれて眠りについた。
翌朝、隠れ家には緊張と、新たな決意の空気が満ちていた。
ギルドとの連絡役を務めていたレンジャーが、夜を徹して街から戻り、最新の状況を報告してくれたのだ。
「昨夜の我々の陽動と聖女様の奪還成功の報を受け、ドルフ様は部隊をギルド区画まで後退させました。現在、ギルドは領主の軍に完全に包囲されています。街は事実上の戒厳令下にあり、民衆の動きも封じられているとのこと」
「領主ソラムは、相当に激昂しているようです。『聖女を匿う反逆者』として、ギルドに降伏勧告を突きつけていますが、ドルフ様はそれを一蹴。徹底抗戦の構えです」
状況は、膠着状態。だが、兵糧も限られた籠城戦では、ギルドが不利なのは明らかだった。
ケイレブ様が、広げた地図を指し示す。
「我々が動く。この森を拠点とし、遊撃部隊となって領主軍の補給路を叩き、後方を撹乱する。街の包囲に集中する敵の意識を、外へと向けさせるのだ」
それは、少数精鋭の彼らだからこそ可能な、危険な作戦だった。
「待ってください」
私は、作戦会議に割って入った。
「その戦い方では、多くの血が流れます。それに、ギルドの中で戦っている仲間たちや、街の人々の心を支えることができません」
ケイレブ様が、私を見つめる。
「では、聖女様には何か策が?」
「はい」と私は頷いた。
「戦うのは、ケイレブ様たちの剣だけではありません。私も、戦います。―――私のやり方で」
私は、部隊の仲間たちが森で採取してきた、見たこともない食材の山を指さした。
色鮮やかなキノコ、不思議な香りのする山菜、ずっしりと重い木の実。これらは全て、領主の税が及ばない、私たちの新しい財産だ。
「ケイレブ様たちが外で敵を撹乱している間に、私はここで新しいラーメンを作ります。この森の恵みだけを使った、『禁忌の森ラーメン』を」
私の言葉に、誰もが意図を測りかねていた。
「このラーメンは、まず、ここで戦う皆さんのための力になります。そして……」
私は、連絡役のレンジャーを見た。
「完成したラーメンを、あなたの力で、包囲されているギルドの中に、少しずつでいい、密輸してほしいんです」
私の策の真意を理解し、ケイレブ様がハッとしたように目を見開いた。
「……なるほど。領主は、物資を断ってギルドを干上がらせるつもりだろう。だが、その包囲網の中から、聖女様の『奇跡の糧』が出てきたとなれば……」
「はい」と私は続けた。
「ギルドの仲間たちの士気は上がり、街の人々は『聖女は生きている。私たちのために戦ってくれている』と知るでしょう。希望は、どんな武器よりも強い力になります。領主様は、街を壁で囲うことはできても、人々の心を繋ぐ湯気の香りまでは、止められません」
それは、剣と魔法の世界における、心理戦と情報戦の提案だった。
私の言葉に、絶望的な籠城戦しか見えていなかった兵士たちの目に、新たな光が灯った。
ケイレブ様は、深く頷くと、私の前に片膝をついた。
「……承知いたしました、聖女様。あなたの戦いを、我らが剣となり、盾となってお支えします」
その日、禁忌の森の隠れ家で、二つの戦端が同時に開かれた。
一つは、ケイレブ様率いる精鋭たちが、領主軍の補給路を断つための、影の戦い。
そしてもう一つは。
私が、見たこともないキノコを手に取り、間に合わせの鍋に火を灯した、一杯のラーメンで人々の心を繋ぎ、革命の炎を燃え上がらせるための、湯気の立つ戦いだった。




