第十一話:反撃の狼煙は湯気とともに
私の「新しい『食材』を探しに行きましょう」という言葉に、工房の誰もが戸惑いの表情を浮かべた。
「聖女様……?」
ミーシャがおずおずと尋ねる。
「ですが、価値ある食材は、そのほとんどが領主様の布告によって……」
「ええ。だから、この街の『中』で探すのはもうやめましょう」
私は、工房の隅に立てかけてあった、この地方の古い地図を広げた。その地図には、領主ソラム様の統治する領域が、太い線で囲われている。
「この街のルールの中で戦う限り、私たちは勝てません。法律を作れるのは領主様だけですから。―――ならば、そのルールの『外』に出ればいいんです」
私は、領地の境界線のさらに向こう、地図上で「禁忌の森」「瘴気の谷」などと記され、誰も近づかない危険地帯を指さした。
「領主様の法律が及ばない、未開の土地。ここなら、『灰トカゲの苔』も『月光猪』も、税のかからないただの苔であり、ただの猪です。私たちだけの、新しい供給路を、私たちの手で開拓するんです」
それは、あまりにも大胆で、無謀な提案だった。
工房にいた誰もが、息をのむ。これはもはや、料理の話ではない。領主の支配からの「独立」を宣言するに等しい、反逆の計画だ。
沈黙を破ったのは、いつの間にか工房に来ていたケイレブ様だった。
「……面白い」
彼は、地図を指す私の手を、そして私の目をじっと見つめていた。その瞳には、恐怖や戸惑いではなく、騎士としての本能的な興奮の色が宿っていた。
「騎士の務めとは、民を守ること。領主の私利私欲のために民が飢え、嘆くのであれば、それに従う義理はない。聖女様。その危険な遠征、先遣隊の隊長は、この私がお引き受けしよう」
「ケイレブ様……!」
ケイレブ様の言葉に、ドルフさんも腹を括ったように頷いた。
「クク……上等だ。ギルドの連中も、牙を抜かれて腐っていくより、よっぽどマシな未来だ。よし、聖女様。最高のメンバーを選抜して、あんただけの『独立補給部隊』を編成してやる。だが、遠征の準備には時間がかかる。その間、どうやってギルドの連中の士気を保つつもりだ?」
ドルフさんの的確な問いに、私は「もちろんです」と頷き、工房の黒板に向かった。
「遠征は、私たちの『未来』です。でも、私たちには『今』を戦うための武器も必要です。だから、新しいラーメンを作ります」
私が書き出したのは、今までのような華やかな食材の名前ではなかった。
【復興ラーメン・醤油味(仮)】
コンセプト: 誰でも、安く、毎日食べられる、希望の味。
スープ: 辺境の村でも手に入る、ありふれた鶏の骨と、野菜の切れ端から作る、素朴なスープ。
タレ: 農家が自家用に作っている、安価な豆の醤を改良して作る「醤油もどき」。
麺: 「灰トカゲの苔」を使わない、少し柔らかいが、心のこもったストレート麺。
「……これなら」
ミーシャが目を見開く。
「領主様の税に、何一つ触れません……!」
「はい。これは、魔法のような効果もない、ただのラーメンです。でも、温かくて、美味しい。そして何より、私たちの手で、誰にも邪魔されずに作ることができる」
私は、工房にいるみんなの顔を見渡した。
「みんなの心を、お腹を、もう一度温めるんです。領主様なんかいなくても、私たちは美味しいものを食べて笑えるんだって、証明するんです!」
私の言葉に、絶望に沈んでいたゴークの顔が上がり、ミーシャの瞳に力が戻った。
ドルフさんとケイレブ様は、満足げに頷き合っている。
その日の午後から、工房は再び活気を取り戻した。
遠征部隊の選抜という危険な任務の噂に、冒険者たちの顔には悲壮な覚悟と、かすかな興奮が浮かんだ。
そして、工房には、街の子供たちや、噂を聞きつけた農家の人たちが、野菜の切れ端や、家庭用の豆の醤を手に、次々と訪れた。
「聖女様、これ、うちの畑で採れたクズ野菜だけど、よかったら!」
「この醤、ばあちゃんの代からの秘伝なんだ。きっと役に立つよ!」
それは、領主が富で支配しようとしたのとは真逆の光景。
人々が、善意と希望を持ち寄って、一つの場所に集まってくる。
私は、差し出された不揃いの野菜を、愛おしい気持ちで受け取った。
スープ鍋に、再び火が灯される。
コトコトという優しい音は、まるで、私たちの反撃の狼煙のようだ。
領主が法で私たちの首を絞めるなら、私たちは人の輪で、その包囲網を突き破る。
私の戦いは、いつの間にか、私一人のものではなくなっていた。




