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古代文明の遺物「カップラーメン」を再現したら、聖女と間違われました  作者: 神楽坂ミコト


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第十話:領主の布告と静かになった工房

ギルドは、黄金期を迎えていた。

私の『濃厚体力味噌ラーメン』は、冒険者たちの間で「赤き聖水レッドポーション」と呼ばれ、それを飲む(食べる)ことは、依頼クエストに出る前の神聖な儀式となっていた。

依頼達成率は高止まりし、ギルドの金庫は潤い、街には活気が満ちていた。誰もが、この幸福な日常が続くと信じていた。


―――領主の布告が、街の広場に張り出されるまでは。


その日、執事ヴァレリウスは、物々しく武装した領主の衛兵たちを引き連れてギルドにやってきた。その手には、領主の印が押された羊皮紙の巻物。

彼の浮かべる笑みは、いつもと同じように丁寧だったが、その奥には刃物のような冷たさが隠されていた。


「聖女リナ様、並びにギルドマスター・ドルフ殿。領主ソラム様より、街の貴重な資源を保護し、適正に管理するための新たな布告が発令されました」


ヴァレリウスが広げた羊皮紙には、長々とした条文が記されていた。要約すると、こうだ。


【都市資源管理法】

第一条: 本市の領域内で採取される、特定の希少な動植物および鉱物は「都市指定資源」とし、領主の管理下に置く。

第二条: 「都市指定資源」を採取、売買する者は、その市場価格の八割を「資源保護税」として領主に納めなければならない。


そして、その「都市指定資源」のリストには、おぞましいほど見慣れた名前が並んでいた。


灰トカゲの苔


雲雀鶏


月光猪


炎ショウガ


……その他、私のラーメンの根幹を成す、ほぼ全ての特殊食材。


「―――というわけです。ご理解いただけましたかな?」


ギルドホールは、水を打ったように静まり返った。

税率八割。それは、事実上の「禁輸措置」だ。

こんな税を払っていては、ラーメン一杯が金貨で取引される超高級品になってしまう。冒険者たちが銅貨で食べるなど、夢のまた夢。

これは、支援でも牽制でもない。私たちの活動を根絶やしにするための、明確な攻撃だった。


「ふざけるなッ!!」


最初に沈黙を破ったのは、ドルフさんだった。

「てめえ、これがどういう意味か分かってんのか!これは聖女様への、いや、この街の活気を支える冒険者全員への挑戦だぞ!」


しかし、ヴァレリウスは眉一つ動かさない。

「お言葉ですが、ギルドマスター。これは決定事項です。領主様の布告に逆らうことは、この街そのものに逆らうこと。―――反逆と見なされますぞ」


「反逆」という言葉に、誰もが息をのんだ。

ドルフさんは奥歯をギリリと鳴らし、ケイレブ様は静かに剣の柄に手をかけた。だが、抜くことはできない。相手は街の正当な支配者。手を出せば、ギルドは逆賊として討伐されてしまう。


ヴァレリウスは、満足げにその光景を見渡すと、最後に私に向かって深くお辞儀をした。

「聖女様。領主様は、あなたの才能を高く評価しておられます。もし、その奇跡のレシピを、我々にご提供いただけるのであれば……この度の税も、見直す用意がございます」


それが、彼らの最終目的だった。

私の築き上げたサイクルを法で破壊し、抵抗できなくなったところで、その力の源泉であるレシピを差し出させる。実に狡猾で、一切の抜け道がない、完璧な一手だった。


その日の午後、あれほど活気に満ちていた工房は、火が消えたように静まり返っていた。

『聖地巡礼団』は、素材の採取を禁じられ、為す術もなく解散。大鍋は冷え切り、スープの匂いはもうしない。


ゴークは、悔しそうに壁を殴りつけ、ミーシャは、ペンを握りしめたまま俯いている。

冒険者たちは皆、ギルドの酒場で、怒りと無力感を酒で紛わしていた。

昨日までの熱狂が、たった一枚の羊皮紙で、冬のように冷え切ってしまった。


(私のせいだ……)


私が、力を持ったから。

私が、彼らの世界を変えてしまったから。

みんなを幸せにするためのラーメンが、結果的にみんなを苦しめることになってしまった。


「……聖女様」

ミーシャが、か細い声で私に話しかけてきた。

「わ、私の記録によれば、聖女様はかつて、紫カブの汁で灰の力を判別するという奇跡を起こされました。今回も、何か……何か新しい奇跡は……」


その言葉に、私は首を横に振ることしかできなかった。

科学知識は、万能じゃない。ゼロから食材を生み出すことはできない。法律という絶対的な壁の前では、レシピも化学も、あまりにも無力だった。


これは、料理で解決できる問題ではない。

領主という、この世界のルールそのものが、私たちの敵になったのだ。

もう、打つ手は無いのだろうか。


私は、冷たくなった大鍋の縁をそっと撫でた。

その時、工房の外から、微かに聞こえてきたのは、街の子供たちの歌声だった。

それは、最近子供たちの間で流行っている、他愛のない歌。


「♪聖女様のラーメン、一杯食べれば、ポカポカになるー」

「♪二杯食べれば、強くなるー」

「♪領主様には、あげないぞー!」


その無邪気な歌声が、私の心に、ちいさな、ちいさな火を灯した。


(……まだだ)


(まだ、終わってない)


私からラーメンを取り上げても、人々の記憶や、胃袋が覚えた幸福感までは、取り上げられない。

私の最大の武器は、レシピや工房じゃない。

この街の人々が、私のラーメンを「美味しい」と、「必要だ」と思ってくれている、その気持ちそのものだ。


だとしたら、私がやるべきことは一つ。


私は顔を上げ、まだ俯いているミーシャとゴークに、そしてギルドの仲間たちに聞こえるように、静かに、しかし力強く宣言した。


「―――新しい『食材』を、探しに行きましょう」

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