第百一話:世界を一つにする一杯
決戦の日。私たちの街の広場は、静まり返っていた。だが、その静けさは、世界の視線がこの一点に注がれているが故の、濃密な緊張感に満ちていた。
空に浮かぶ巨大な魔法水晶が、この対決の様子を、大陸の果てまでリアルタイムで中継している。北の鉱山都市の酒場では、ケンが仲間たちと。南の港町の市場では、アヤが新しい友人たちと。そして、世界中に散った私の弟子たちが、それぞれの場所で、固唾をのんでこの戦いを見守っていた。
ステージの中央には、王都から招かれた、王国で最も権威ある美食家たちが、審判員として並んでいる。彼らの表情は、これから始まる歴史的瞬間に、期待と緊張で硬い。
先に動いたのは、レオだった。
彼の背後に控えていた四海通商連合の船員たちが、巨大な宝箱をいくつもステージに運び込む。蓋が開けられると、世界中の人々から、どよめきが上がった。
「あれは……北の秘境にしか育たないという、千年樹のトリュフ!」
「南の雲海に棲む、天空竜のフォアグラだと!?」
「黄金に輝く、海燕の巣まで……!」
それは、富と権力の結晶だった。彼が世界中に張り巡らせた商業網でしか、決して集めることのできない、奇跡の食材の数々。
レオの調理は、もはや料理というより、戴冠式だった。
彼は、完璧な手つきでそれらの食材を調理し、魔法で旨味のエッセンスを抽出し、一杯の器の中に、世界の富を凝縮させていく。
完成した一杯は、純金でできた器に盛り付けられ、こう名付けられた。
「覇王の宝冠ラーメン」
スープは、黄金に輝くコンソメ。麺には、希少な香辛料が練り込まれ、それ自体が宝石のように輝いている。そして、トリュフ、フォアグラ、海燕の巣が、まるで王冠の宝石のように、麺の上に君臨していた。
その圧倒的なまでの豪華さと、神々しい香りに、審判員たちは言葉を失い、世界中の視聴者は、ただひれ伏すしかなかった。これこそが、世界を一つにする「力」の象徴だと。
「……見事だ」
審判員長である老公爵が、震える声でその一杯を絶賛する。
レオは、勝利を確信した笑みを浮かべ、マイクの前に立った。
「世界を一つにするもの。それは、誰もがひれ伏す、絶対的な価値です。この一杯こそが、その答えだ」
次に、私の番が来た。
だが、私が調理台の上に置いたものを見て、世界は、先程とは全く違う意味で、静まり返った。
そこにあったのは、昨日の営業で残った、寸胴の底のスープ。人参の皮や、キノコの軸といった、野菜の切れ端。そして、一椀の、冷えたご飯。
豪華絢爛なレオの食材を見た後では、それは、あまりにも貧しく、みすぼらしい、残飯にしか見えなかった。
「……なんだ、あれは」
「聖女は、ついに敗北を認めたのか?」
世界中から、失望と嘲笑の声が聞こえてくるようだった。ドルフさんも、ケイレブ様も、心配そうに私を見つめている。
だが、私は、静かに微笑んだ。
そして、使い慣れた鍋を火にかけ、その中に、寸胴の底のスープを、そっと注いだ。
コトコトという、優しい音が、静まり返った広場に響く。
私は、野菜の切れ端を丁寧に刻み、スープの中へ。そして、冷えたご飯を、その中へと滑り込ませた。
最後に、懐から、故郷の村の鶏が産んでくれた、何の変哲もない卵を一つ取り出し、溶き卵にして、鍋の中へと、ゆっくりと回し入れた。
ふわり、と。
豪華ではない。だが、どこまでも優しく、そして懐かしい、温かい湯気が立ち上った。
それは、私の前世で、風邪をひいた時、母親がいつも作ってくれた、あの味。
愛情と、知恵と、そして「もったいない」という、優しい心の味。
完成したのは、ラーメンではなかった。
街の職人が作った、素朴な土の器に盛り付けられた、一杯の、おじや。
トッピングは、刻んだネギだけ。
だが、その中央に落ちた卵が、まるで冬の夜に昇る、温かい太陽のように、どんぶり全体を照らしていた。
私は、その一杯を、両手で、そっと審判員の前に差し出した。
レオが、その光景を、信じられないというように、そして侮蔑的に、鼻で笑う。
世界中の誰もが、この勝負の決着を、確信していた。
だが、私は知っていた。
本当の戦いは、ここから始まるのだと。




