第九話:ニンニクの福音とギルドの変革
私の「濃厚体力味噌ラーメン」開発計画は、ギルドをかつてない熱狂の渦に巻き込んだ。
ケイレブ様率いる『聖地巡礼団』は、今や完全に私の私設部隊と化していた。
「聖女様が、我々冒険者のために新たな奇跡を準備されている!その御心に応えずして何が騎士か!」
彼はそう宣言すると、血眼になって最高のニンニクと炎ショウガを求めて近隣の森や山を駆け巡った。その姿は、もはや最強の騎士というより、最高の食材を求める美食ハンターだった。
工房では、ゴークが巨大な寸胴で豚骨を砕き、ミーシャが味噌もどきの発酵度合いを分単位で記録する日々が続いた。ギルドに所属する他の冒険者たちも、協力を惜しまなかった。
「聖女様!こいつは俺が森で採ってきた『香りキノコ』だ!スープの足しにしてくれ!」
「リナちゃん、こっちはどうだい?『猪の背脂』だ。こいつを入れるとコクが出るぜ」
工房には、毎日様々な食材が届けられた。それは神殿への献金でも、領主への税でもない。仲間を思う、純粋な善意の差し入れだった。
私は、それら一つ一つを無駄にせず、全てをスープの旨味へと変えていった。
そして数日後、試作品が完成した。
工房に集まったのは、ドルフさん、ケイレブ様、そして各パーティーのリーダーたち。いずれもギルドが誇る腕利きの冒険者だ。
彼らの前に、湯気の立つどんぶりが並べられる。
茶褐色の、見るからに濃厚なスープ。その上に浮かぶ、炒め野菜の山と分厚いチャーシュー。そして、中央に鎮座する、鮮やかなオレンジ色の卵黄を持つ煮卵。鼻腔を突き抜けるニンニクと味噌の香ばしい匂いに、歴戦の猛者たちがゴクリと喉を鳴らした。
「……食え」
ドルフさんの合図で、全員が一斉にレンゲを手に取った。
まず、スープを一口。
「「……ッ!!」」
その場にいた全員の目が、カッと見開かれた。
最初に感じたのは、ガツンと殴りかかってくるような、味噌とニンニクの強烈な風味。続いて、豚骨のまろやかな旨味が口いっぱいに広がる。最後に、炎ショウガのピリリとした辛味が、喉を駆け抜けていく。
「う……おおおおおっ!!」
誰かが、雄叫びのような声を上げた。
「なんだこの味は!力が、身体の底から湧き上がってくるようだ!」
「しょっぱい!だがそれがいい!汗をかいた身体に染み渡る!」
次に、彼らは我を忘れて麺をすすり、チャーシューを頬張り、スープを飲み干していく。あっという間に、すべてのどんぶりが空になった。
ケイレブ様は、静かにレンゲを置くと、その額に浮かんだ汗を拭いもせず、私に向かって深く、深く頭を下げた。
「聖女様……感謝する。これさえあれば、我々はあと一日、いや、二日は長く戦える。これは、我々冒険者のための『聖水』だ」
その言葉が、すべての評価を物語っていた。
その日の夕方、ギルドの酒場は、新作ラーメンの発表会場となった。
「一杯、銅貨十枚。ただし、ギルドの依頼を一つ達成するごとに、銅貨五枚に割引」という価格設定で売り出された『濃厚体力味噌ラーメン』は、瞬く間に冒険者たちの心を鷲掴みにした。
仕事終わりの冒険者たちが、皆一様にラーメンをすすり、その日の疲れを癒していく。
「くぅーっ!うめえ!これ食うために仕事してるようなもんだぜ!」
「おい、明日のゴブリン討伐、もう二人ほど空きがあるぞ!このラーメン代、稼ぎに行かねえか?」
「俺、今までCランクの依頼は避けてたんだ。でも、これ食ったらやれる気がしてきた!」
ギルドの雰囲気が、明らかに変わった。
依頼掲示板に張り出されるクエストが、次々と消化されていく。これまで誰もやりたがらなかったキツイ仕事にも、積極的にパーティーが組まれるようになった。
皆の目的は、もちろんラーメンだ。
一杯のラーメンが、ギルド全体の士気を高め、依頼達成率を底上げし、結果として収益を増大させるという、完璧な好循環を生み出したのだ。
その噂は、当然、神殿と領主の耳にも届いていた。
治癒神殿の司教ムツィオは、苦々しい顔で報告を受けていた。
「……ギルドの依頼達成率が、前月の二割増しだと?馬鹿な……」
信者からのお布施で潤う神殿と違い、ギルドの力は直接的な「成果」に結びついている。その力が日に日に増していくのを、指をくわえて見ていることしかできなかった。
一方、領主の執事ヴァレリウスは、表情こそ笑顔だったが、その目は笑っていなかった。
「素晴らしい。聖女様は、民だけでなく、街の経済そのものを活性化させておられる。だが……」
彼は、窓の外のギルドの方角を見つめた。
「あの力は、我らの手の内にあってこそ、だ」
私の知らぬところで、二つの権力は新たな手を打つ準備を始めていた。
彼らはもう、私個人をどうこうしようとは思っていない。
私の力の源泉である「ギルド」そのものを、そして私が作り上げたこの熱狂を、どうやって自分たちの支配下に置くか。
そのための、より狡猾で、そして危険な罠が、静かに仕掛けられようとしていた。




