第三話 邂逅
僕は、『シャングリラ』の演奏を聴いて、心の中で燻っている音楽への情熱を一旦必死に抑え込んだ。
これから、その『シャングリラ』のメンバーの大陽さんと天音ちゃんに会うのだ。所謂、打ち上げというやつだ。
『シャングリラ』のギタリストで大陽さんたちの弟の宇宙くんは諸事情で先に帰るらしい。
僕らはライブハウス近くのファミレスで落ち合うことになった。
どうしよう。すごく緊張する……。
「緊張はしてそうだけど、吹っ切れた顔してるね」
大陽さんと天音ちゃんは後片付け?とかがあるのかな?僕らは先にファミレスについて、千夜さんと隣同士に座った。
そしたら、隣で座っている千夜さんが嬉しそうに笑う。
「まあね。お陰様で」
———連れてきてくれて、ありがとう。
僕がそう言うと、僕がそんなことを言うと思ってなくて不意を突かれたのか、千夜さんは大きな瞳を見開いて、そして、また満足げに笑った。
周囲の男性客が、もれなく撃ち落された。
美女の満面の笑みも考え物だ。
「……千夜」
千夜さんを、低音声の男の人が、呼ぶ。
大陽さんだ。
近くで見ると、ガタイがデカい。スキンヘッドやピアスも相まって、めちゃくちゃ厳つさが増す。
「大陽くん、お疲れ!天音ちゃんも!」
千夜さんが二人を労うと、大陽さんは男前な微笑を見せ———近くの女性客が、悲鳴を上げた———、大陽さんに隠れて見えなかったけど彼の後ろにいた天音ちゃんが元気よく「あんがと!千夜さん!」と歯を見せて笑った。
あ……、八重歯。
あの時見た八重歯は攻撃的なものに見えたけど、今のはその時のより幾分か可愛く見える。
「この子、私の従弟、修」
「よ、よろしくお願いします」
「……よろしく」
「……あれ?」
僕の正面に座った天音ちゃんが何故か急に声を上げる。
そして、僕をまじまじを見つめ、何か考える仕草をする。
いや、そんな見られると照れるな。
「どっかで見たことある。どこだっけ?」
「学校とか?同じ学校のはずだけど」
千夜さん曰く、天音ちゃんは僕と同じ学校の二年生らしい。
「あ!清瀬センパイと仲いい人だ!」
「清瀬?あいつの事知ってるの?」
「えっと、直接はあんまり知らない。うちの弟の宇宙が清瀬センパイの妹の水瀬ちゃんと付き合ってるんだ。それで、なんとなく知ってた」
なるほど。
それじゃあ、清瀬と学校で一緒にいることの多い僕の事も知ってるのか。
清瀬も結構女子にモテるから騒がれてることあるしなぁ。僕はどうか知らないけど。
「……タバコ、吸っていい?」
ふと、大陽さんが呟いた。
千夜さんが喫煙室を選んでいたので、そうだとは思ってたから僕は「どうぞ」と許可した。
これほどタバコが気会う人いる?ってくらい、その姿が色っぽくて、流石、あの千夜さんを落とした人だなって感じだ。
「……どうだった」
煙を一つ吐くと、大陽さんは僕に問いかけた。
これは、ライブの事を言ってる?
というか、さては千夜さん、僕の事情話してるな。
「あの、なんていうか。すごく皆さんかっこよくて、楽しそうで。音楽の楽しさ、みたいなのを再確認しました。ピアノ、また頑張ろうと思えました」
———ありがとうございました。
僕がお礼を言うと、年長二人はにこやかに微笑んでくれたけど、天音ちゃんだけは不思議そうにしていた。
「センパイ、音楽、っていうか、ピアノ弾けるの?」
「うん。三歳の時からやってたんだけど、高校受験の時から疎遠になっちゃって。なんでだったんだろ。こんなに今高揚してるのに」
天音ちゃんは、「センパイが音楽好きでよかった!」とニカッと笑う。
嗚呼、この心地いい気持ちは、やっぱり。
この想いを伝えられるか分からないけど、この心地いい気持ちを曲にしたくて、僕は自宅に帰ってから数年ぶりにピアノを触った。
僕の自宅には、クラシックの好きな祖父母の影響で、音楽スタジオのような防音の部屋が一つあり、そこにピアノを置いている。
ポーン———……。
ある一音を鳴らす。
久々すぎて、涙が出てきたのを、必死で拭った。
なんで、ピアノを弾かなくなったんだろう。
こんなに楽しいのに。
僕はショパンの『革命のエチュード』を弾いた。
うん、やっぱりこの曲が、好きだ。
ふと、扉が開く気配がして、ピアノを弾くのを止めて、そちらに視線を向けると、母が優しい笑みを浮かべていた。
「あんたのショパンは、やっぱりいいわね」
僕は「とりあえず何時間でもピアノは弾いていいけど、ご飯と睡眠はとりなさい。あと、お風呂ね、入んなさい」と母に言われてしまい、渋々、風呂に入ってから存分にピアノを愛した。
—第三話 了—




