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第八話 解放と発散

 朝日が窓の隙間から差し込み、部屋の中を明るく照らしていた。

 階下からただよう朝餉の匂いで目を覚まし、ゆっくりと身体を起こす。


「……そろそろ行動するか」


 昨夜までの考えはすでに整理されていた。軍に入る。仲間と再会する。その決意は揺るがない。

 身支度を整え、改めて自分の軽装に不安を覚える。武器を持っていないのは戦闘の幅を大きく狭める。

 兵士として戦うだけなら備品を使えばいいが、今の目的はそれだけではない。必要最低限の装備だけは整えておこう。


 軽く伸びをして、宿の部屋を後にした。


 ギルドの近くにある武具屋を訪れる。店の扉を押し開けると、店主が顔を上げた。


「おや、昨日の討伐者さんじゃないか。あんたがしっかり稼いだ話、もう町中に広がってるぜ」

「それはどうも。今日は武器を新調したいんだが、大剣はあるか?」

「大剣か。ちょうどいい品が入ってるぞ」


 店主が奥から持ってきたのは、刃渡りが十分にあり、重厚な作りの大剣だった。握ってみると、バランスがよく、重さも扱いやすい範囲内だ。


「これなら問題なさそうだな。いくらだ?」

「金貨2枚だ」

「まぁ、そんなもんだろうな」


 分かっちゃいたが高い。いや、剣としては安いんだが、今の俺に買えるものじゃない。


「中古の安いのは無いのか」

「なんだよ兄ちゃん、良客だと思ったのによ」

「うるせぇよ」


 結局中古の大剣があったのでそれにした。状態はあまり良くない。研ぎ直してはいるが、こりゃ火を入れないと駄目なやつだろ。

 こんな物騒な世の中だ、武器は大量に生産され、中古武器も大量に流通している。大きな町なら状態のいい武器を探すことも出来たんだが、まぁ仕方ないか。

 金貨を払い、大剣を背負う。これで武器だけは手に入れた。


 その他、必要な消耗品も購入し、準備を終えた。適当な店で憂鬱な昼飯を済ませてから、約束の時間に向けてギルド前へと足を運ぶ。

 そこには、すでにフィリアが待っていた。


「ガルド!」


 彼女は笑顔で駆け寄ってくる。


「よかった、ちゃんと来てくれたんだね!」

「ああ、約束だからな」


 フィリアは嬉しそうに頷く。しかし、俺の表情が普段より硬いことに気づいたのか、少し不安そうに首を傾げた。


「どうかしたの?」


 あぁ、言いづらい。というか本当にこれでいいのか俺。フィリアは少々幼すぎるが、素直で可愛い女の子だ。こんな子に誘ってもらっているのに、あのムサイ連中を選ぶのか?あいつらに話したら爆笑されるだろう。


「俺は、軍に入る」


 フィリアの顔が一瞬固まる。けれどすぐに笑みを作り、いつもの調子で返してきた。


「そっか!うん、ガルドは最初からそう言ってたもんね!」

「……すまない」

「謝ることじゃないよ。最初から、ガルドが冒険者を続ける気がないのは何となくわかってたし。」


 よかった。なんとも無さそうだな。これって俺の方が変に意識してたやつだったりする?


「でも……ガルドのおかげで、私、すごく成長できた。自分でも驚くくらいにね。」


 フィリアが拳を握りしめて力強く宣言する。


「だから、私もっと頑張る。冒険者として強くなって、もっとできることを増やしてみせる!」

「それなら安心だな」

「うん!」


 俺も負けていられないな。入隊すると言ってもただ兵士になるわけじゃないんだ。軍の中で立場を得て兵達を鍛えなければ、あの戦いには勝てない。


「……本当にありがとう、ガルド。これからも元気でね」

「お前こそ、無茶するなよ」


 そんなやり取りを交わし、二人で笑い合った。



          ◇◆◇◆◇



 荷物をまとめて背負う。大剣の重みが心強く感じられた。

 冒険者ギルドを抜けた広場で、三人が待っていた。フィリアとエリス、そしてロイド。すでに別れの言葉は交わしていたが、それでもこうして見送りに来てくれるのはありがたい。


「しっかりやれよ。王都の軍隊は厳しいぞ」

 ロイドが肩を抱いて笑う。その手には一枚の盾があった。

「これを持っていけ。ギルドの備品だが、もう長いこと誰も使ってなかった。お前みたいな奴にはちょうどいいだろう」

「助かる。礼を言う」


 受け取った盾は使い込まれてはいたが、しっかりとした作りだった。おねだりした甲斐があったというものだ。大事に使わせてもらおう。


「ガルド」

 フィリアが少し寂しそうに、それでも笑顔で言う。

「また会えるよね?」

「ああ、会えるさ」

 迷いなく答える。ここでの経験は無駄にはしない。そして、またどこかで再会するだろう。


「その時までに、ちゃんと強くなっててよね!」

 フィリアは拳を握りしめて胸を張る。その様子に微笑みながら、エリスが続ける。

「私も冒険者に戻ることにしたの。またどこかの町で会うかもしれないわね」

「そうなのか。互いに頑張ろう」


 軽く頷き、最後にもう一度三人の顔を見た。

 そして、背を向ける。


 王都までは長い道のりだ。



          ◇◆◇◆◇



 私は、その背中を見送りながら隣のフィリアを見た。

 じっと旅立つ彼を目で追い、唇を噛んでいる。


「……フィリア?」


 名前を呼ぶと、フィリアは小さく息を吸い込み、顔を上げた。

 いつものように明るく、はっきりとした声で。


「私、もっと強くなる!」


 その横顔を見つめながら、確信した。

 ああ、フィリアはもう自分で気づいている。

 ──彼を特別な存在として見ているのだ、と。


 そして。


 自分の中にも、同じものがあることを、私は静かに悟った。


「……さて、と」


 そんな二人の様子を見ていたロイドが、腰に手を当てて伸びをする。


「俺も腰がもうちょっとまともだったらな。冒険したくなっちまった」


 その言葉に、フィリアと同時に彼を振り向いた。


「……いいんじゃない?」

 私が肩をすくめ、フィリアも小さく微笑む。


 それは、新しい始まりの兆しだった。



          ◇◆◇◆◇



 「やっぱり男同士が気楽でいいぜ!」

 「それは俺に対する口説き文句か?」

 「やめろ気持ち悪い」


 俺がそう言うと、男は笑いながら酒を煽った。


 酒場の喧騒の中、俺は豪快に笑う目の前の男と杯を交わしていた。


 「おい、若造。あの肉も食わんか? こんなにうまいもの、腹に詰め込んでおかねば損だぞ」

 「いや、あんた食い過ぎなんだよ。どんだけ飲んで食うんだ」

 「いいだろうが、久々に気分がいいんだ。若い者と飲むのも悪くない!」


 相手は50そこそこといったところのおっさんで、髭をたくわえた渋い顔つきをしている。鍛えられた体躯と無駄のない動作からして、ただの流れ者ではないのは明らかだ。


 「しかし、お前さんも大したもんだな。腕が立つ上に、話も分かる」

 「そっちこそ、ただの酔っ払いって感じじゃないな」

 「ははっ、まぁな」


 俺たちは互いに名乗りもせず、適当に「おっさん」「若造」と呼び合いながら酌み交わしていた。初対面のはずなのに、妙に気が合ったんだ。それに、やっぱり年頃の女性と一緒だと気を張っていたと言うか、馬鹿が出来なかったと言うか。格好つけてたって言うかだな。全然嫌では無かったんだが、今は開放感がすげぇのよ。

 で、やっぱり綺麗なねえちゃんは遠くから眺めつつ、男同士で語ってるのが気楽でイイって話。


 ──さて。どうしてこんなことになったのか。


 杯を傾けながら、少し前の出来事を思い返す。


          ◇◆◇◆◇


 街を出て、王都に向けて街道を歩き続けた。出た時間も遅かったので野宿の覚悟もしていたんだが、ちょうどいい所で村が見えたんだ。


 その村に着いた頃には、すっかり日が傾いていた。


 小さな村で、街道沿いなのに宿屋兼食堂が1軒あるだけだという。歩き続けて腹も減ったので、まずは飯を食おうなどと考えながら扉を開けた。


 店内はそこそこの賑わいで、酔っ払いの笑い声が響いている。田舎の宿屋にしては活気があるが、どうも柄の悪い連中も混じっているようだった。


 カウンターに腰掛け、店の主人に注文を告げる。


「果汁水を一つ。それと、適当に腹にたまるものを頼む」


 隣の席に座っていた男が、くつくつと笑いながらこちらを見てきた。ぼさぼさの髪にだらしない服装。腰には剣をぶら下げている。


「おいおい、果汁水だってよ。ガキじゃあるまいし、酒も飲めねぇのか?」


 その言葉に、仲間らしき男たちが笑い出す。「赤ん坊用のミルクでも用意してやるか?」と冷やかす声が飛んだ。


 小さく息を吐いたが、表情は変えない。無視するのが一番だ。くだらない挑発に乗るほど子供ではない。


 兵士時代、酒の席での喧嘩は何度も見てきた。つまらない言葉に反応すれば、それこそ相手の思うつぼだ。

 酒を飲むと乱れる者が多い。そんな連中を散々見ている内に酒が嫌いになってしまい、それ以来飲んでいない。


 果汁水が出されると、ゆっくりと口に運ぶ。チンピラたちはまだ何か言っていたが、意に介さなかった。


 しばらくして、店の奥から給仕の女が料理を運んできた。俺の前に皿を一つ置くと、チンピラたちの方へと向かっていく。


「お待ちー」

「おう、姉ちゃん。遅ぇぞ」


 チンピラの一人が腕を伸ばし、女の腰に手を回した。女は驚いて身を引こうとするが、がっしりと掴まれて逃げられない。


「ちょっと、さわんないで!」

「いいじゃねえか、減るもんじゃなしよ」


 周囲の客は見て見ぬふりを決め込んでいる。店の主人も眉をひそめたが、何も言えないようだった。

 ……ここまでなら、まだ俺も我慢した。だが、チンピラの手が女の肩からさらに下へと滑りかけ、堪える理由がなくなってしまった。


「……おい」


 低く呼びかけると、チンピラはぎろりと俺を睨んだ。


「なんだミルク野郎。文句でもあんのか?」

「文句しかねぇな」


 そう言った瞬間、拳を握りしめて顔面をぶん殴ってやった。

 拳がチンピラの頬にめり込み、鈍い音が響く。次の瞬間、そいつは椅子ごとひっくり返って床に倒れ込んだ。白目を剥いて気を失ってやがる。


 一瞬の静寂の後、周囲の客たちがどよめく。


「テ、テメェ!」


 仲間の一人が怒鳴り、椅子を蹴って立ち上がる。続けてほかの連中も立ち上がり、腰の武器に手を掛けた。


 馬鹿が、抜きやがった。これだから酔っ払いは嫌なんだ。

 俺は素早く椅子を蹴り飛ばして間合いを取り、大盾を拾い上げた。


「ブッ殺してやる!」


 残った3人のチンピラたちは一斉に武器を構えてこちら取り囲むが、俺は落ち着いて周囲を観察する。店の中で暴れれば周りに被害が出る。まずはこいつらを外に出さないとな。


 一人が剣を振り下ろしてくる。それに対して盾を構えて受け流し、そのまま相手を横へ弾き飛ばす。別の男が横から突きを放ったが、盾の縁で軌道をずらし、逆に相手の腕を壁に打ちつけた。


「ぐあっ……!」


 さらに、一歩踏み込んで盾で別の男を押し込む。バランスを崩した相手を押し込みながら、まとめて入り口へと追いやる。最後の一人を蹴り飛ばすと、勢い余って扉が外れ、全員が店の外へ転がり出た。


 これでよし。盾を下げながら外へ向かおうとした。その瞬間、背後に気配を感じる。


 バキンッ!


 鋭い音とともに何かが弾き飛ばされるのが視界の端に映る。振り返ると、店の隅で無関係を装っていたチンピラの一人が手に短剣を握ったまま倒れている。その前にはいつの間にか男が立っていた。顔には皺が刻まれているが、その立ち姿には経験を積んだ者特有の余裕がある。ただ者では無いな。


「おっと、こいつは余計な手出しだったかな?」


 男はにやりと笑いながら、手にした木の椅子をポンと床に置いた。どうやらそれを武器代わりに使ったらしい。


「……助かったよ」

「いい腕だな、若いの。どうやら本当に余計だったらしい」

「いや、それよりあんたもやるか?」

「そうだな、俺もイライラさせられたしな」


 さあ、お仕置きの時間だ。



「ま、まって、うぎゃぁあぁあっぁぁぁぁ!」

「たすけてえぇぇぇぇぇ!」

「ずいま゙え゙んでじだぁ!」




 とまぁ、こういう事があって、その時に拾った金で宴会しているわけだ。

 今の俺は兵士じゃないしな。これくらいは冒険者の流儀ってやつさ。


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