第七話 可愛い女性と旅させろ
討伐した魔物が消えて魔石だけが残った。
こんなのは初めて見る。ゴーストや霧の魔物を倒した際に魔石だけ手に入ると言うのは聞いたことがあるが、流石にあいつは違うだろう。
とりあえず拾い上げてみた。真っ黒な魔石。表面には何か削れたような跡がある。いや、これは’削った’のか?
「消えたのに、魔石だけ残った? そんなことあるの?」
フィリアが不思議そうに覗き込む。エリスも訝しげに眉をひそめた。
「分からないけど、記録を取っておきましょう。周辺の状況を調べます」
「まぁ、調査はギルドに任せる。とにかくこれで終わりだ」
魔石はエリスに渡しておいた。あの傷に少しだけ不穏な物を感じたが、俺にはそれを知る術がない。
「おっと、来たな」
突然ドクリと心臓が脈打ち、力が湧いてくる。レベルアップだ、しかもこれまで以上に大きな変化を感じる。
――――――――――
名前:ガルドリック
年齢:15歳(23歳)
職業:勇者
レベル:3 → 5
HP: 3960→ 4320
MP:1620 → 1640
耐久:213 → 273
筋力:217 → 251
敏捷:135 → 165
知力:177 → 199
魔力:270 → 280
幸運:10
スキル習得:「ステータスリード」
スキル:「勇者の適応」
名前:フィリア
年齢:17歳
職業:賢者
レベル:2 → 5
HP:120 → 300
MP:300 → 750
耐久:16 → 40
筋力:16 → 40
敏捷:26 → 65
知力:60 → 150
魔力:60 → 150
幸運:65
スキル習得:「魔術Ⅰ」「神聖魔法Ⅰ」「エンバーランス」「ガーディアン・エディクト」「ピュリティキュア」「アウリオール」
スキル:「ファイアボール」「ブレスヒール」
名前:エリス
年齢:19歳
職業:弓士
レベル:2 → 5
HP:160 → 400
MP:60 → 150
耐久:24 → 60
筋力:20 → 50
敏捷:42 → 105
知力:30 → 75
魔力:20 → 50
幸運:16
スキル習得:「デッドアサート」
スキル:〈精密射撃〉
――――――――――
フィリアとエリスも力が湧いてきたとはしゃいでいる。
特にフィリアの伸びとスキルが凄い、これまでに練習してきた成果もあるのかもな。
彼女たちはどれだけ強くなるのだろう?
未来で見た勇者の仲間たちは、一人で軍を蹴散らす力を持っていた。勇者たちは遊んでいる様にしか見えなかったが、あれでも強くなる努力を重ねていたんだろうか。
出会った時のフィリアは間違いなく無力な少女だった。それがその日の内に魔法を放って戦えるようになり、今また更に強くなったんだ。
では、軍のあいつらを鍛えたら?あいつらだけじゃない、軍全体をレベルアップさせれば、きっとあの化け物にも打ち勝てるはずだ。
今度こそ、別世界から召喚した勇者たちに頼らず、俺達の手で……。
「ガルド?」
「ん?あぁ終わったか。帰ろう、日が暮れてしまう」
散乱した馬車の荷物から回収できる物を積み込み。俺達は帰路についた。
◇◆◇◆◇
ギルドへ戻るとすでに陽は傾き始めていた。扉を開けると、ロイドが冒険者に混ざって酒を飲んでやがる。
「よう、終わったようだな。問題は無かったか?」
「あったさ、だが目標の魔物は討伐した。後はエリスに聞いてくれ、酒が抜けてからな」
「やってくれると信じてたぜ。報酬は預かってるんだ、使い込んだりしてないから安心しろ」
ロイドが小さな革袋を投げて寄越した。本人はそのまま酒をあおっている。全くいい身分だな。
「金貨3枚か。冒険者ってのはずいぶん儲かるんだな」
「金貨3枚!? すごい……!」
フィリアが目を見開いて驚いた。
この国の金貨1枚は大銀貨2枚と同じ、大銀貨は銀貨5枚、銀貨は大銅貨10枚、大銅貨は銅貨10枚、銅貨以下は適当に物々交換されたりしてる。
安い飯が付いた安い宿が一日大銅貨2枚ほど、つまり金貨1枚は宿ぐらし50日分になる。
ちなみに正規兵の給料は大銀貨3枚だった。これでも高級取りだったんだぜ。
「兵隊さんが討伐に失敗してたからな。今回は特別だ」
「それじゃ1枚ずつだな。おつかれさん」
「私は無理やり付いて行ったのに、いいの?」
「いらないなら俺が貰うが」
「いる!」
そりゃそうだ。しっかり働いて矢も消耗しているのに遠慮してどうする。
「んじゃこれフィリアの分だ」
自分の分を抜いて革袋ごとフィリアに差し出す。しかしフィリアはうつむいて動かない。
「フィリア?」
「あのね、ガルド。私たち、今後も一緒に冒険者やっていけないかな。今日、すごく楽しかったし、沢山成長できたと思う。だから、ガルドがよかったら、これ……パーティの資金にするのはどう?」
それを聞いてエリスも頷く。
「そうね。フィリアとガルドが一緒にやっていけるならいいと思う。私も安心だわ。貴重な魔法使いよ?あなたにとっても悪くない提案だと思うけど」
確かに、今日は色々あったが楽しかったな。それに彼女は既に様々な魔法を使える。俺の盾を活かせるし、有用な場面は多いだろう。
だが、俺は──
「考えさせてくれ」
「え……?」
「俺も今日の戦いは悪くなかったが、まだ決めきれない。だから、一晩だけ考えさせてほしい」
俺はそう言って、金貨袋をフィリアに押し付けた。
「これは正当な分け前だ。お前は十分に働いた」
フィリアは少しの間、俺の顔を見ていたが、やがて微笑んだ。
「……分かった。じゃあ、また明日、答えを聞かせてね」
エリスも頷き、俺は深く息を吐いた。
◇◆◇◆◇
解散して、明日の午後から話し合うことになった。
まとまった金が手に入ったが、必要なものは多い。明日の午前中は町で必要なものの買付だ。
まず武器が必要だ。何をするにしても、戦士には武器が無くちゃ始まらない。
振り回しやすい大剣が欲しい。盾も買いたいところだが、資金が足りないだろう。
ロイドにギルドで余っている大盾でもねだってみるか。あいつの立場はしらんけど。
宿代や食費も考えなければならない。出来れば小物類も欲しいし、移動するなら馬車の乗車賃だって必要だ。
ふと、フィリアの言葉が脳裏に蘇る。
『私たち、今後も一緒に冒険者やっていけないかな』
今日の戦いは悪くなかった。フィリアは成長し、俺自身も今の体の感覚を把握しつつあった。何より……少し楽しかった。
このまま冒険者として共に戦い続けるのも悪くないかもしれない。
しかし、それでは駄目だ。
俺にはやるべきことがある。未来の敵に備えるため、軍全体を強くする必要がある。俺一人が強くなっても、世界を守ることはできない。
そして、何より——
俺は、仲間たちに会いたい。
かつて共に戦った戦友たち。
あいつらは今、どこで何をしているのだろうか。あの戦場を共に駆けた者たちと、もう一度肩を並べて戦いたい。彼らの力になりたい。
あいつらが俺のことを覚えていなくても、俺はあいつらと過ごした日々を忘れない。
あの戦場はまだ終わっちゃいない。アウステル帝国、第181魔導機甲小隊。俺達の盾は、戦場では絶対に離さないと誓ったんだ。
フィリアやエリスとの戦いは楽しかったが、それでも俺の居場所はここではない。
明日、伝えよう。
——俺は軍へ行く、と。
◇◆◇◆◇
「母さん、父さん、ただいま!」
家に駆け込むと、母さんが寝台からゆっくりと顔を上げた。
「おかえり、フィリア……遅かったわね。冒険はどうだったの?」
「すごくすごく、すっごく頑張ったの!」
私は魔法が使えるようになったことを伝えた。
そして母の寝台にそっと手を伸ばす。
「病を癒せ、ピュリティキュア……」
光が溢れ、母の顔色が見る見るうちに良くなった。
「フィリア……すごい、本当に……! 体が楽になった……!」
父の腕の怪我も「ブレスヒール」で治療する。これで、もう私の家族は大丈夫だ。
回復魔法はとても貴重なもの。教会に多額の寄付をすれば使ってもらえるらしいけど、家にはそのお金が無かった。今までずっと一人で練習しても駄目だった。だけど、これでもう大丈夫。報われたんだ。
涙が零れそうになるのをぐっと堪えた。嬉しくて、誇らしくて、そして──
報酬の金貨で豪華な夕飯を買い、お祝いをした。
楽しい夕食を終え、ベッドに入る頃になっても、胸がじんわりと温かかった。
家族の笑顔が嬉しかった。美味しいものを食べられたのも嬉しかった。
でも——それだけじゃない気がする。
「……ガルドのおかげ、だよね」
ぽつりとつぶやくと、自然と笑みがこぼれる。
彼がいたから、ここまで来られた。彼が背中を押してくれたから、魔法を使う勇気も出た。
一緒にいると、自分でも知らなかった力が湧いてくるような気がする。
「また……一緒にいたいな」
目を閉じると、年下なのにおじさんみたいなガルドの顔が思い浮かんだ。
なぜか胸がちくりと疼く。でも、嫌な痛みじゃない。よく分からないけど、悪いものじゃないはず。
ただ、彼と一緒に冒険することを楽しみに思いながら、静かに目を閉じた。
きっとガルドは冒険者になってくれる。たぶん、絶対!
◇◆◇◆◇
ギルドの寮の一室。簡素なベッドに腰掛け、長い髪をほどいた。
明かりはランプの灯りだけ。静寂の中で、今日の出来事を思い返していた。
「……楽しかった、のかな」
ぽつりと漏れた言葉に、自分で驚く。
戦いは決して楽しいものじゃなかった。けれど、心がどこか満たされている。
かつて仲間と冒険していた頃の感覚が、少しだけ蘇るような気がした。
——また、冒険者に戻る?
そんなこと、考えてもいなかったはずなのに。
「また、二人と冒険したいな……」
ポツリと呟いて、ハッとする。
私は、ガルドとフィリアと一緒にいる未来を自然と想像していた。
フィリアは友人。彼女となら、これからも一緒にいたいと思うのは当然だ。
でも——ガルドは?
「……変なの」
思わず苦笑する。会ったばかりの男なのに。
冷静で、どこか達観していて、でも不思議と安心できる存在。
彼がパーティを組んでくれるなら、私も……。
そこまで考えて、ふっと息をついた。
何を期待してるんだろう。まだ職員を辞めると決めたわけでもないのに。
「でも……また、一緒に冒険したいな」
呟いた言葉は、思った以上に素直な気持ちだった。
そして、それに気付いた瞬間、胸が少しだけざわついた。