第六話 魔物が残したもの
「それじゃあ、パーティ機能を試してみる。さっき話した通り、俺にもよく分かっていないんだ。だが、いろいろ便利になるはずだ」
「うん、試してみよう!」
フィリアは興味津々といった様子で頷く。エリスも「まあ、損はなさそうだしね」と肩をすくめた。
機能の使い方はなんとなく分かる。特別な事は必要ないはずだ。
「よし、二人は俺とパーティを組んでくれるか?」
「いいよ!」
「はい」
瞬間、二人と何かが繋がったような気がした。しかし、それは一瞬のことで、すぐに消え去った。
「……もしかして終わった?」
フィリアが首を傾げる。エリスも首をひねっている。
「まあ、今のところ何も起こらないな。戦闘を経験したら変わるかもしれない」
俺は適当にごまかしつつ、新たに見えるようになった情報を確認した。
(……これは?)
視界の端に、PTメンバーの情報が表示されている。
――――――――――
名前:ガルドリック
年齢:15歳(23歳)
職業:勇者
レベル:2
HP: 3780
MP:1610
耐久:183
筋力:195
敏捷:120
知力: 166
魔力:265
幸運:10
スキル:「勇者の適応」
名前:フィリア
年齢:17歳
職業:賢者
レベル:1
HP:60
MP:150
耐久:8
筋力:8
敏捷:13
知力:30
魔力:30
幸運:65
名前:エリス
年齢:19歳
職業:弓士
レベル:1
HP:80
MP:30
耐久:12
筋力:10
敏捷:21
知力:15
魔力:10
幸運:16
スキル:〈精密射撃〉
――――――――――
(弓士はわかるが……賢者?)
俺は思わずフィリアの方をちらりと見る。彼女はにこにこと笑っているが、本人は魔法使い志望のはずなのに「賢者」とはどういうことだろうか。
(学者や指導者のことか?魔法使いではないのか……。いや、エリスがギルド員ではなく弓士になっているのだから、賢者も戦闘スタイルのことなのかもしれない)
その疑問を口に出そうとしたが、何も言えなかった。フィリアが憧れていたのは「魔法使い」だ。もし「魔法使いじゃないぞ」なんて指摘してしまったら、彼女を傷つけることになるかもしれない。
俺と比べて随分数値が小さいのも気になる。俺が勇者になったからだろうか?それにフィリアの知力がエリスの倍というのは……いや、考えないでいよう。これはきっと何か違うものなんだ。
エリスにスキルというのがあるが、俺の「勇者の適応」と似たような物か?フィリアにはスキルも無いんだな。
それと、なぜ二人とも微妙にサバを読んでるんだ。お前らまだ10代だろ。
「まあ、問題なさそうならいいか」
俺はそれ以上は追及せず、PT機能の確認を終えた。
「なんだかよくわからないけど、成功しているの?」
エリスが肩をすくめる。
「これで、強くなってるのかな?」
フィリアも特に変化は無いようだ。
「……多分な。ともかく、依頼の確認をしよう」
俺は話題を切り替えることにした。
馬車の揺れに身を任せながら、俺たちは魔物について改めて確認する。
エリスが手元の紙を軽く叩き、視線を上げた。
「じゃあ、もう一度確認するわよ」
彼女が真剣な口調で話し始めると、俺もフィリアも自然と姿勢を正した。
「この魔物に正式な名前はないけど、目撃証言を元に『黒鬼』と仮称されているわ。体高はおよそ二メートル強、全身が黒く、特徴的なのは目が一つしかないこと。手足は長く、人型の魔物ね」
俺は頷きながら、その姿を頭に思い描く。人間に近い形状をしているって事はオーガの亜種だろうか?『黒鬼』と名付けられているんだから、おそらく見た目はそれに近いということなんだろう。
「戦闘能力は?」
「報告では、単純な力ならトロール並み。ただし、動きはそれより速いみたい。特に目的があるようには見えないのに、物を壊したり奪ったりする傾向があるの。人間を襲うけど何故か殺さないという点も特徴的ね」
フィリアが首を傾げながら口を開く。
「人を殺さないってことは、悪い魔物じゃないのかも?普通、魔物はみんな人間を狙うよね」
「殺そうとしないだけで見つかれば襲われるわよ、油断しないで。魔物は通常、狩りの本能で動くはず。でも、この魔物は物を壊して荒らすことが主目的みたい。ただの暴れ回る野生動物にしては、行動が統一されすぎている気もするわ」
俺も違和感を覚えたが、ここで考えすぎても仕方ない。
「魔物の生態まで考える必要はないだろう。俺たちはその黒鬼を討伐すればいいはずだ」
「ええ、討伐依頼の達成条件は討伐のみ。可能なら遺骸を持ち帰るように、って指示もあるけど……」
「了解した。だが、損傷を気にしながら戦える相手じゃ無さそうだ」
「そうね。ただ、目撃証言が増えてる以上、何かしらの手がかりは残るはずよ」
エリスの言葉にフィリアも頷く。
「……なんだかよくわかんないけど、頑張るよ!」
「おう。しっかりな」
俺は軽く笑って、フィリアの頭をぽんと叩いた。
◇◆◇◆◇
暫く進んだところで馬車の御者が手綱を引き、ゆっくりと速度を落とした。
「旦那がた、どうもアレのようですよ」
御者が顎で示した先には、道の脇に横倒しになった馬車の残骸があった。
木枠がひしゃげ、車輪が外れたその姿は、明らかに襲撃の痕跡を残している。
「荒らされてるわね……」
エリスが冷静に状況を見定める。倒れた馬車の周囲には荷物が散乱しており、皮袋や木箱が破られ、中身が無造作に放り出されていた。
「何もいない?」
フィリアが不安そうに周囲を見回した。
通常、襲われた痕跡がこれほど顕著ならば、犠牲者が出ているはずだ。しかし、それらしき跡は見当たらない。目標の痕跡で間違い無さそうだ。
俺たちは慎重に馬車へと近づいた。
「……ッ!」
その時、馬車の向こう側から素早い影が飛び出した。
緑色の肌、ひょろりとした体躯、鋭い耳――ゴブリンだ。
奴らは元々集団で行動することが多く、単体ではそれほどの脅威にはならない。残された物資に釣られて漁りに来たか。
「三匹か……」
エリスが冷静に数を数える。ゴブリンたちはこちらに気づくと、一斉に奇声を上げ、手にした棍棒や石を振りかざした。
「まずは、君たちの実力を見させてもらう。俺は守りに徹する」
俺はそう告げ、盾を構え前に出る。
ゴブリンたちが投石を始めるが、当然後ろに逸らすようなことはしない。
反対にエリスが静かに弓を引き絞る。しかし、すぐには放たない。じっくりと間合いを計っている。
「フィリア、魔法を使えそうか?」
「う、うん……! やってみる!」
フィリアは気合を入れ、杖を握りしめる。
「……ファイアボール!」
彼女が唱える。しかし、何も起こらない。
「うーん、おかしいな」
首を傾げるフィリア。彼女は再び杖を握りしめ、もう一度呪文を唱える。
「ファイアボール……!」
だが、それでも魔法は発動しない。
「もう…」
エリスがその様子を見て、ふっと薄く笑った。
そして、悠然と狙いを定め、ひゅん、と放つ。
矢は一直線に飛び、投石の準備をしていたゴブリンの額に突き刺さる。
ゴブリンは短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
◇◆◇◆◇
結局フィリアの魔法は発動せず、俺の盾に阻まれたゴブリン達はエリスの弓で術で排除された。
「おかしいなぁ、これで発動する気がするんだけど」
「気がするだけなのかよ」
「魔法が使いたいのは分かるけど、そんなので街の外に出てるなんて……」
エリスが頭に手をやり、頭痛を堪える様子を見せた時だった。
体の奥から何かが込み上げてくる感覚。
それは以前にも経験したことがある。身体の奥から熱が湧き上がり、力が増していくような感覚。それと同時に、視界の片隅に浮かび上がる文字。
『レベルアップしました』
俺だけに見えているはずの表示が、また浮かんでいた。
「……あれ?」
フィリアが首をかしげる。
「なんか、急に力が湧いてくるような……不思議な感じがするんだけど」
「私も……。ちょっと体が軽くなったような……」
エリスも同じく、戸惑った様子で拳を握りしめていた。
俺はこっそりと画面を確認する。
――――――――――
名前:ガルドリック
年齢:15歳(23歳)
職業:勇者
レベル:2 → 3
HP: 3780 → 3960
MP:1610 → 1620
耐久:183 → 213
筋力:195 → 217
敏捷:120 → 135
知力:166 → 177
魔力:265 → 270
幸運:10
スキル:「勇者の適応」
名前:フィリア
年齢:17歳
職業:賢者
レベル:1 → 2
HP:60 → 120
MP:150 → 300
耐久:8 → 16
筋力:8 → 16
敏捷:13 → 26
知力:30 → 60
魔力:30 → 60
幸運:65
スキル習得:「ファイアボール」「ブレスヒール」
名前:エリス
年齢:19歳
職業:弓士
レベル:1 → 2
HP:80 → 160
MP:30 → 60
耐久:12 → 24
筋力:10 → 20
敏捷:21 → 42
知力:15 → 30
魔力:10 → 20
幸運:16
スキル:〈精密射撃〉
――――――――――
やはり、二人ともレベルが上がったらしい。
そして、フィリアにスキル取得という記述が加わっていた。
一つはさっき使おうとしていた魔法か。もう一つは回復魔法、神官の扱う術だ。魔術師と神官の魔法って両方扱える物だったんだな。
なんにしろ、フィリアが魔法を使える様でよかった。
先程は魔法を使おうとしても発動しなかった。しかし、今なら使えるかもしれない。どう伝えた物か。
「二人とも、これがパーティ機能だ。パーティを組んで戦闘を経験する事で成長が加速する」
「えっと、どういうこと?」
「二人はこれまで以上の力を手に入れたはず――」
俺が言いかけたその時だった。
ガサリ、と森の奥から草木が揺れる音がした。次いで、ズシン……ズシン……と地響きのような足音。
振り返った俺の視線の先、木々の隙間から真っ黒な巨体が現れた。
情報よりも巨大な体躯。全身が煤けたような黒に包まれ、異様な一つ目がぎょろりと動く。
「向こうから来てくれたか」
目標の魔物だ。
こいつがこの馬車を襲った張本人。俺たちの討伐対象。
「来るぞッ!」
俺が叫ぶと同時に、巨体が一直線にこちらへと駆け出してきた。
即座に剣を抜き盾を構えた。さっきのゴブリンとは比べ物にならない威圧感。レベルアップした二人の力を試したいが、まずは俺が動く。
魔物が腕を振り上げた。真正面から受け止めるつもりで盾を突き出し、衝撃を足で受け流す。思ったより重くはない。確かに強いが、十分に状況をコントロール出来ると判断した。
「エリス、フィリア。攻撃しろ!」
背後で弦を引く音がし、次の瞬間、魔物の肩口に矢が深々と突き刺さった。エリスの精度は見事なものだ。魔物は苦痛の声を上げるが、倒れない。
「フィリア!もう一度魔法を試すんだ!」
「で、でも……。いや!今度こそ!」
フィリアが杖を掲げ、呪文を唱える。先ほど不発だった魔法だが、今度は赤い光が彼女の杖の先に集まり——
「ファイアボール!」
杖から放たれた火球が魔物の胸に命中した。爆発と共に黒い肌が焼け焦げ、魔物は苦悶の叫びをあげる。
「トドメは俺がやる!」
一気に踏み込む。魔物の動きは鈍っている。振り下ろされた腕を盾で弾き、剣を突き立てた。
魔物が大きくのけ反り断末魔を上げる。俺が剣を引き抜くと、黒い巨体は煙となって消えていく。
「消えた!?」
フィリアが驚きの声を上げる。だが、その場にはひとつの物が残されていた。
「これは?」
何かが刻まれた魔石。それだけが魔物の残した物だった。