第23話 村での暮らし
村に戻って二日目の早朝。
初日は看病を続けて椅子で眠り、二日目は朝の内から追い出され、一日中森の見廻りをしてから村の広場で野営した。それも馬車は中も天井も魔石が占領しているせいで外でだ。
おかげで戦闘直後より疲れている気がする。
夜の焚き火はすっかり消えていた。空が灰色から青に溶ける、その途中。
ふと、火の残り香と一緒に、鉄と油のにおいが混じっているのに気づいた。
耳をすますと、かちゃかちゃと何かをいじる音が遠くで聞こえる。
「……あれ、セオか」
広場の端にある古井戸のそば。光るものを広げて、何かを組み立てているのが見えた。夜が明けきらないうちから何をしてんだ、あいつは。
近づくと、セオはしゃがんだまま、何やら小さな金属球をいじっていた。手元には小さな作業机と工具が数本。作業机なんて持ってきてたのか?
「おはよう。寝なかったのか?」
「寝ていたよ。約一時間ほどな」
「それは普通“寝てない”って言うんだ」
溜息まじりに言うと、セオはいつもの冷めた目で俺を見上げた。けどその目の奥は、少しだけ興奮している。
「新しい能力の検証中だ。金属だけじゃなく鉱物も溶かすことが出来た。それと細工精度の向上が確認できている。そしてなんと言っても、自分の魔力を練り込んだ合金を自由に制御できるというのが素晴らしいな」
「……つまり?」
「見たまえこの作業台を」
そう言ってセオは作業台の上の小物をどかすと、作業台に手を添える。するとそれはみるみるうちに形を変え、手のひらに収まる鉄球に変化した。
「んなっ!?」
「これは私の魔力に反応して形を変えるのだ。と言っても、一度形を作ってから魔力を馴染ませる必要があるし、今のところは二形態しか記憶できないがね」
まだまだだと言いながらも、セオは自慢げに話す。
「そうか、便利そうでいいな。ところで、焚き火の所にあった鍋がないんだが」
「察しが良いな。アレがコレになった」
「はあ…。朝飯どうすんだよ」
「食事をする店は無いが、どこかで金を渡して用意してもらえばいい。稼いでいるんだ、使うのも仕事の内だぞ。既にフォルクが分けてもらいに行っている」
「そりゃ貴族様の仕事だ」
セオのよく分からない解説にも興味があったが、とりあえず魔馬の世話をしておく。
遺跡に行くときは無理を言って村の人間に任せていったが、魔馬の扱いは嫌がられてしまった。でかいし強いし高級だからな。仕方ない。
それに、毎日世話をしている内にこいつも俺に懐いている。こうなると悪くないもんだ。
『ぶほん!ふんすふんす!』
「よーしよし、お前は本当に俺のことが好きだなぁ」
そう言いながらグローリアスタッチを弱く発動させて撫でてやると、ウットリとした目で静かになる。
「それが目当てなだけに見えるが」
「動物は撫でてやると喜ぶものだ。そうだよな?」
そのはずだ、間違いない。こんな能力がなくても……でも喜んでるからこのままで。
そんなことをしていたらフォルクが戻ってきた。
「おーい、朝飯確保したぞー」
でっかい鍋を抱えて満面の笑み。蓋をした鍋の上にはパンも乗っている。
「避難民が集まって大きな鍋で調理してた。領主様から食料が回ってきたらしくてな。肉入りだぜ!味はまぁ、てきとーだが」
「ずいぶん気の利く領主だな」
「ローヴァン侯爵の領内だが、これだけの僻地だ。住民に近い子飼いの男爵辺りが治めているんだろう」
「滅多な言い方やめてくれよ、見つかったら面倒だ」
「では、封臣でも小領主でも。この辺りはローヴァン侯爵家が切り取った地域のはずだ」
切り取った地域。戦争で奪ったということだ。
アウステル王国は軍事国家、今でこそ軍縮が行われているが、俺の知るアウステル王国はいつだって戦争をしている国だった。
中央に王家が直轄する王都アウステルと周辺地域。他国と接する地域は全て五大侯爵が治める領地で、好き勝手に戦争しては領地を増やしていた。
中央以外にも王に仕える伯爵と下級貴族の領地が点在し、公爵の荘園なんかもあるが、大体は侯爵家が抑えている。というか侵略して国土が増えているので、5大侯爵家の領地の割合が多いんだ。
「本当なら領軍があたる仕事だったからな。まぁこうして慰撫してくれるだけ、ずいぶんましだろう」
鍋のふたを開けると、湯気の立つ麦粥が現れた。麦と細かく刻まれた野菜、少々の肉。十分豪勢な方だ。黒パンまで付いているならこれで一日分か。
「王都に戻ったら美味いもの食いてぇな」
「そうだな。セオもとりあえず食っとけよ」
「…………もらおう」
食料の心配が無くなれば村人達の心も落ち着くはずだ。
今日はのんびりしたいな。
やることも無いので、森に見廻りに行くついでに食い物を探しに来た。フォルクも一緒だ。
村には食べ物を売るような余裕はない。
「やっぱり動物の気配は無いな」
「あぁ、だがそこの茸は食えるぞ」
本来なら茸なんて栄養は少ないのに毒が多いので避ける。だがスキルの影響か、なんとなく食えるって分かるんだよな。
「お、あっちにはベリーが残ってるぞ。動物が食われた影響だな。萎びているがジャムに出来るだろう」
「いいな。甘いものならウィーも喜ぶんじゃね」
そうか、ウィーに食わせてやりたいな。そうなるとアルシアにも。しかし俺も食いたい、そして萎びたベリーが少量だけ…か。
「どした?」
「出来そうな気がする。グローリアスタッチ」
スキルを発動してベリーの枝に触れる。出来る、そんな気がする。出力を高め、枝を擦り、萎びたベリーを撫でる。
「何やってんだよ」
「来るぞ」
冬枯れの枝がかすかに震え、小さな芽がぽつりと膨らんだ。次の瞬間、まるで時を早回しするかのように——花が開き、しぼみ、そこから濃い紫色の実が膨らみはじめた。
「そんなこと出来たのかよ!やったな」
「あぁ初めて試したんだ。出来る気がしてな」
なんとなく回復能力として扱っていたが、これは治癒魔法ではなく、レベルアップで手に入れたスキルなんだ。漫然と扱うのではなく、色々試してみるべきだったな。
レベルアップ、ステータス、スキル。全て異世界から召喚した勇者様だけが持っている異質の力だ。
勇者達は召喚された当初は貧弱だが、少し戦闘を経験すると一気に強くなるという。つまり、勇者様も最初はレベルアップしていない、勇者様の世界にも存在しないものなのでは?
これは一体なんなんだろう?あの時聞こえた声は?
あの戦いで見た勇者たちよりも遥かに劣っている俺の成長が鈍化しているのは何故なのだろうか……。
「木の皮が齧られてるな、じゃあ多分この辺りに…木の実が隠してあるぞ!」
「いいな。食べられる物だけいただいていこう」
冬の森にしては十分な収穫だ。明るい内に戻った。
◇◆◇◆◇
ベリーは十分な量を採取できた。
井戸水で洗ってゴミを落とし、そのまま鍋で煮るだけでもジャムになる。鍋はセオに戻させた。
鍋の前にしゃがみ込んで、木べらでベリーをかき混ぜる。残り少なくなった蜂蜜を少しだけ加えて、焦がさないように火加減を調節しながら、とろりと煮詰めていく。湯気と一緒に甘酸っぱい香りが立ちのぼり、近くを通る子どもたちが興味津々に覗き込んでいった。
「なに作ってるのー?」
「秘密兵器だ。これがあればどんな魔物もイチコロさ」
「おおー」
笑顔が戻ってきた村の子どもたち。森の見廻り、しっかりやらないとな。
ふいに、背後から柔らかな足音が近づいてくる。振り返る前に分かった。人間っていい匂いがするものなんだなと感心した。
「ガルドくん。ちょっといいかな」
アルシアだった。相変わらず美人で、フォルクは固まり、セオは居なくなった。
「どうした?まだウィーの治療には体力が足りないだろう」
「そのウィーがね。ちょっと、落ち着かないの。会ってあげて」
「あぁ、これが出来たら持っていくつもりだったんだ」
「ノルベリーのジャムね。美味しそう」
「もうちょっと待ってくれ」
煮詰まってきたジャムにミントを少量加え、5分ほどしたら取り出す。最後に少量の塩を加えたら出来上がりだ。
「ほんとに美味しそうね」
当然だ。だが失敗したな、詰める容器がなかった。
しかたなく、鍋を布でくるみ、両手で持ってウィーの寝ている家へ向かった。
「ガルドさんっ……なべ?」
開口一番、ウィーが戸惑いの目で俺と鍋を交互に見る。そりゃそうだ。普通、お見舞いといえば花とか果物とか、せめてスープだ。
「元気そうだな。ジャムだ、いいのができた。ちょっと味見してみるか?」
「……はい」
匙でひとすくい、慎重に口元に運ぶ。ウィーはおずおずと口を開け、そして──
「……んっ」
目を閉じて、ほのかに顔がほころぶ。ベリーの酸味と香り、蜂蜜の甘み、仄かに香るミントが爽やかな後味を残す、はず。表情が、少しだけ柔らかくなった。
「……おいしい、です」
「だろ?鍋で煮詰めただけだけどな」
「ガルドさんが作ったから……です、ね」
そう言って、少しだけ頬が赤くなった。こっちが照れるじゃないか。
落ち着かないと言っていたがなんとも無さそうでよかった。腹が減っていたんだろう。
「頑張って食べるんだ。体力が付いたら何もかも治してやるからな。俺を信じろ」
「……ありがとう、ございます。ガルドさん」
「俺のことはガルドでいい。もっと気楽に話してくれると嬉しい」
「……うん、ガルド」
なんか幼い子みたいでかわいいな。娘がいたらこんな感じなんだろうか。
ウィーは少しだけジャムを食べると眠ってしまった。本当に赤ちゃんみたいだ。
「じゃ、残りは持って帰──」
「あら」
振り返ると、そこにはアルシアが立っていた。まるで“ちょうど通りかかっただけよ”みたいな顔をしているが、その目は鍋を正確にロックオンしていた。
「ウィーがこんなに喜んでるんですもの。ねえ、もうちょっと置いていってあげたら?」
「いや、これ、他の奴らにも──」
「ウィー、喜んでたでしょう?」
「……ああ、まあ」
「じゃあ、置いていってね」
気づけば鍋がアルシアの手に握られていた。さすが年齢不詳のA級冒険者、気配も隙もなかった。優しい笑顔の圧がすごい。
「たっぷり食べて、元気にならないとね」
俺は空の両手を見下ろして、静かにため息をついた。
翌朝。
村に戻って三日目。まだ太陽が顔を出す前、村の広場にうっすらと霧がかかっていた。
「……また起きてやがったか」
広場の隅、いつものように何かを組み立てている男がひとり。セオだ。金属片やら管やら工具やらを前に、黙々と何かを試している。
「寝るって概念を忘れたか、あいつは」
起き上がって朝の準備をする。魔馬の世話をしてからぼんやりと湯を沸かしていた。火にかけた鉄鍋から、朝の湯気が立ち上る。フォルクが戻ってきて、その手には今日も鍋が握られていた。
「おはよーさん。セオはまた夜通しだったってよ」
「まぁ、特にやることも無いからな」
このままだとここで生活する事になりそうだ。
そろそろウィーの再生治療を始めよう。お別れの時は近い。




