第一話 勇者をやっちゃいました
俺は勇者を殺した。
それも、この世界を救うはずの「最後の希望」を。
だが、それを悔いたことはない。
あいつは、俺たちを見捨てた。
味方を見殺しにし、敵に背中を向けて逃げた“偽物の英雄”だった。
――だから俺は、勇者の魂を破壊し、その力を奪った。
それでも、俺は本物の英雄にはなれなかったんだ。
――――――――――
綺麗だ。
夜空を魂の光が登っていく。
それを彩る数々の光。爆炎、雷光、エーテルの輝き。
すげぇ綺麗だ。
「おい!しっかりしろ!ボーっとするな!」
突然ケツを蹴られた。いてぇなこのやろう。
「ん?あっ、すまん半分飛んでた」
「しっかりしろよ!道連れはごめんだ!」
見上げる空は綺麗だ。だが大地には無数の味方だった物が転がっている。
そして正面の空に浮かぶのは巨大な龍。遠くにいるのに距離感が狂う、小さな町くらいのサイズはありそうな正真正銘の化け物、おとぎ話でも聞いたことが無い最強の怪物。
それが力を溜める様に体を縮めた。
「来るぞ―!!」
龍が体を開く。翼を広げ、背中から無数の光が飛び出した。
一つ一つが蛇のようにうねりながら大地に着弾していく。
『ガアアアアアアアアア!!』
恐ろしい叫びが遅れて聞こえてくる。あんなもの、俺達兵士にはどうしようもない。その暴威を見るだけで心が折れそうだ。
『構えぇぇぇぇ!!』
それでも、散々仕込まれた体は命令に反応する。自分よりデカイ馬鹿みたいな大盾を構え、左右の仲間と隙間なく壁を作り上げた。
『ガーディアン・エディクト!』
後方の魔法隊がドームを作り上げる。俺達盾兵の構える盾とリンクする魔法のドーム。魔法は盾の守る範囲を広げるだけ、支えるのは俺達だ。
前は全く見えないが、そこら中から音と光が届く。他は止められてるのか?俺達は生き残るのか?
堪えきれずに空を見上げると、そこにはまっすぐ落ちてくる光の筋が見えた。
ズドォォォン!!凄まじい音と光の奔流、魔法のドームは衝撃を盾へと伝えた。両手で必死に抑える盾はガタガタと震えて役目から逃げようとしている。
「ぐぅぅぅぅぅぅっ!」
腰を落として盾を押し込む。見れば両隣の仲間たちも同じ姿勢だ。訓練で叩き込まれた俺達盾兵の誓い。盾が吹き飛ぶ時は自分と仲間が残らず死ぬ時だ。
『解除ーー!撃てーー!』
何とか耐えきって魔法盾が解除される。そして間を置かずに反撃の魔導砲が発射された。
巨大な魔導兵器。1台が俺の給料100年分というふざけた兵器が続け様に砲撃を放ち、青い光を伴って凄まじい勢いで飛んでいって……、どこかに飛んでった。
龍は元気に飛んでいるんだ。町みたいにデカイ的なのにびゅんびゅんと飛び回っている。狙って撃った所でそうそう当たりはしない。
だが、この戦場には大量の魔導兵器が送り込まれている。俺の給料数十万年分の兵器から、俺を数百万回殺せる攻撃が飛び、それらのいくらかは見事に命中した。龍は屁ともしてないが。
どれだけ攻撃が当たっても平気に見える敵、たまにしか当てられない大量の魔導兵器、その中の一台を守る為だけに存在する俺達。
大陸中の国が集まる連合軍。その中のアウステル王国、第181魔導機甲小隊、魔導兵器を守る筋肉もりもり一般盾兵達の1人が俺、入隊9年目のガルドリック上等兵だ。
「おい見ろよ、すげぇ…」
遥か前方では龍を襲い空を切り裂く光の大剣、駆け巡る黒い稲妻、天を焦がす爆炎。凄まじい攻撃により、さしもの龍も苦悶の声を上げる。
それらを操るのが、世界の希望である各国の英雄。異世界からやってきた勇者様たちだ。
過去にも召喚された勇者様。彼らは異世界にいる15歳の少年少女から選ばれた、戦いを知らない民間人だという。だが勇者様は、魔物との戦いで途轍も無く成長するらしい。勇者様のパーティに選ばれた者たちも同じく恐るべき力を身に着ける。
龍から見たら蟻の子同然の俺達、当たっても効果の見えない魔導兵器、それでも勝利を見込んで兵力が集まった理由があれだ。
勇者様達をほんの少しでも補佐できるかも知れない。この戦いに勝利した後の立場がよくなるかも知れない。それらの為に投入されているのが各国の部隊であり俺達だ。勇者様達との差にやりきれない気持ちもある。
俺の、いや、兵士たちの複雑な思いなど知ったこっちゃないであろう勇者様方が、龍を追い込んでいるように見える。各国に1パーティずつ。人数はバラバラらしいが、それぞれが俺達普通の人間とは別格の超戦力だ。
ウチの国のいけ好かない勇者様だってクソ強かった。毎日毎日訓練に明け暮れたのが馬鹿らしくなるほど、パーティに選んだ美女達と遊びながらまとめて吹き飛ばしてくれた。
訓練もしたことが無さそうなガキが力を持って、いい物食っていい思いしてきたんだろ?こっちは堪らなかったよ、馬鹿らしくなった仲間達も沢山辞めちまった。
それでも今はその力が俺達の希望だ。全部許して応援するから今だけ頑張ってくれ。
勇者様達の猛攻を受ける龍。このまま押し込んでくれと祈る様な気持ちであったが、突然龍が翼を大きく羽ばたいて距離を取った。
そして龍の口から放たれる一筋の光。それは数人の勇者様を飲み込んで俺達のいる近くの地上に線を描いた。
一拍置いて大爆発が起こる。瞬時に盾を向けて防御姿勢を取るが、魔法の補助は無かった。
ズドォォォン!!
「がああああああっ!!」
必死に盾を抑えて耐えた。魔法の補助が無いので耳がイカれたし、沢山の残骸が降ってきて気色悪い。生暖かいそれらを振り払って周囲を見た。
「壊滅か……」
周囲に立っているのは同じ盾兵がチラホラ。直撃した連中は消し飛んだんだろう。
無数の魂の輝きが空を登っていく。あぁ、綺麗だな、どんな奴も最後は綺麗だ。俺も最後には綺麗な輝きになって消えるんだ。
戦いは続いている。あの細いブレスの様なものは広範囲を攻撃できないらしい。それでも甚大な被害だが、集まった人間が多すぎる。
逃げ出してしまいたい気持ちもあるが、生きた仲間を担いで味方と合流しなきゃな。魔法兵も指揮官も吹きとんでいるので、盾兵仲間で動けそうなのは……。
「ガルド!、やっぱり生きてたか!」
「フォルクか!盾を担架にして二人で運べば5人いけるな!」
フォルクハルト。俺と同期で、力を信奉する盾兵の中では機転の聞く器用な男だ。さっきの攻撃にも瞬時に対応出来たんだろう。お互い耳がイカれているので馬鹿みたいな大声をあげる。
曲がっている俺の盾を放棄して、フォルクの盾を担架に使った。装備を纏ったままの盾兵5人で600キロ程か。これくらい運べなくて魔導機甲隊の盾兵は務まらない。
「あばよ」
名も知らぬ兵士たち、さっきまで話していた仲間たち、生きているのに運べない仲間たち、まとめて挨拶を済ませた。
軍の展開は説明を受けている。小隊が壊滅したなら中隊長の元へ、だがそれすら崩壊しているので司令部のある本陣へと向かう。
本陣も混乱している。まだまだ戦いは続いているんだ、本来なら崩壊した部隊は後ろに下がらなきゃいけない。だがこの戦いは総力戦だ、つまり損耗を無視して戦える限り戦えってこと。
「第181魔導機甲小隊!攻撃を受け壊滅しました!小隊長生死不明!生存者数名が現地に残っています!」
「盾兵だな!どこでもいいから並んで構えろ!」
盾がねぇよと言いたいがそこらに転がってるんだよなぁ。ありがたく使わせてもらうぜ。
「……ガルド、残った奴らを助けにいかねぇか?」
「無理だ。分かってるだろ?防がなきゃ攻撃の余波だけでやられちまう。今から戻っても遅い」
「………そうか。そうだな」
そんな顔するんじゃねぇよ。俺だって辛い。あの龍をぶっ殺してやりてぇ。せめて一発、届かなくても攻撃が出来ればどれだけいいか。だが俺に出来るのは盾を持って立っているだけだ。
『構えーー!!』
「来たぞ!集中しろ!」
「おう!」
知らない盾兵達と盾を合わせる。やることは変わらない。
魔法隊がドームを作り上げて俺達が支える。攻撃の合間に効いているのか分からない砲撃が飛ぶ。その繰り返しだ。
「あの勇者たち、しっかりやってんのかな」
そんな呟きが漏れた時、突然空から人が降ってきた。
「もう嫌だ!無理だ無理無理無理無理無理!死んじゃうよ!こんなの聞いてない!」
「ハヤト様!みんな戦っています!戻りましょう!」
「そうです!他の勇者様達と力を合わせれば必ず勝てます!」
「もうお前らだけで戦えよ!俺は元々関係ないだろ、俺を巻き込むな!」
「……好きにしろ、私は行く」
おいおい、こいつら勇者PTじゃねぇか。ひょろい男の勇者と美女3人、仲間割れしてんのか?
空から落ちて来たと思ったら、涙と鼻水を垂らして俺の後ろに縮こまる勇者様。お前散々俺達を馬鹿にしたのを忘れたの?
「勇者殿、戦ってるんじゃなかったのか?」
「うるせぇ!MOBが話しかけるな!ああああああ!こんなのおかしい!なんであんな化け物がいるんだよ!」
あぁ、ビビって敵前逃亡したのか。死ねよ。
『構えーー!!』
相手にしている場合じゃないな。盾を構えて攻撃に耐える。
龍の攻撃は細いブレスの連発に変わっている。アレで勇者を数人仕留めたみたいだからな。龍の周りをちょろちょろする勇者達に向けての攻撃に巻き込まれる形で被害が広がっていく。光弾をばら撒くのはなんとか耐えられるが、ブレスは直撃したら終わりだ。頼むからこっちに来るなよ。
『解除ーー!撃てーー!』
魔法盾が解除されて魔導兵器からの砲撃が再開する。だが大して効果は無い、この
戦いの主軸は勇者様なんだからな。
「そ、そうだ!ここから攻撃する!俺は逃げてない!」
その勇者様は盾の後ろから魔法攻撃を飛ばし始めた。情けない姿なのにその威力も速度も砲撃を遥かに凌ぐ。それだけの力があって、何故こんな所にいるんだ。
まぁ居ないよりマシか。そう思って攻撃の飛んでいく先を見た瞬間、龍と眼が合った気がした。
背筋が凍る。脳内に危険信号が鳴り響く。俺は盾を突き出しながら目一杯叫んだ。
「来るぞぉぉ!!」
ザッ!と揃った音で盾兵が防御姿勢を取る。
「ガーディアン・エディクト!」
魔法兵が素早くドームを作り出す。間に合った、流石本陣の魔法使いはすげぇな。後は俺達次第だ。脳筋物理エリートである俺達の底力を見せてやるぜ!
『ガアアアアアアアアア!!』
龍が雄叫びと共にブレスを放つ!直撃だ!
盾に伝わるのはこれまでに無い衝撃。慣れない兵士達は衝撃で盾を弾かれてしまう。
こういう時は全力で突っ張っちゃダメなんだよ。柔らかく受け止めて、後は鍛え上げた己の筋肉を信じるんだ!
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ひぃぃぃ!お、俺を守れ!ガーディアン・エディクト!」
勇者が魔法盾を発動させた。何をする気だ?既に発動しているだろう?
その効果はすぐに現れた。魔術師達が作り上げた大きな本陣のドームが、勇者の魔法に上書きされて小さくなっていく。守る範囲が狭くなって強度は増しているが、後方の司令部や魔法部隊が防御範囲から外れて吹き飛んだ。
ドームは更に小さく、盾兵達すら収まらず端から吹き飛んでいく。勇者のパーティメンバーすら、小さな悲鳴を残して消し飛んだ。
暴れる盾を必死に押さえつけている間に、俺と俺の後ろにいる勇者を包むだけになった小さなドーム。
「ひぃぃ、ひぃぃ、た、助かった」
我が国の司令部は消し飛んだ。後ろに下がった負傷兵も、一緒に負傷兵を運んだフォルクハルトも、並んだ盾兵も、勇者のPTメンバーも、みんな消えちまった。空を埋め尽くす魂の輝きが彼らの最後。
みな必死に耐えていた、そこに勇者が加わればあのまま押し返せたかもしれないのに。
「勇者殿、なぜこんな事を?」
「うるせぇ!話しかけるな!MOBなんて守っても意味ねぇんだよ!」
言葉が通じないな。だが俺のやるべきことは分かっている。
こちらを見ずにしゃがみ込んでぶつぶつと呟く勇者。かなり消耗しているのが見て取れる、もしかしたらこいつなりにちゃんと戦っていたのかもしれない。
だが、そんなもの知るか。
「死ね」
巨大な盾の底を脳天に落とした。
やっちまった。勇者様も案外すんなり死ぬんだな。まぁ、敵前逃亡は極刑だからいいだろう。俺には執行する権利なんて無いけど。
龍の方を見ると大体勝負がついたようだ。半端者の勇者様なんかに命運を賭けちまったんだから仕方ないか。
いっそ晴れ晴れしい気持ちで戦場に立っていると、突然空に声が響いた。
【勇者が全滅しました。リスタートします】
なんだこれは?リスタート?
夜の戦場が白くぼやけていく、同時に理由の分からない喪失感に襲われた。
ちくしょう、何が起こっている?勇者が影響してるのか?
勇者を見ると体から輝く玉が浮かび上がってきている。勇者様は魂も特別製なのか。
あの美しい輝きに混ざると思うと何故か無性にムカついてくるな。引っ掴んで握りつぶしてやった。魂って触れたんだな。
【引き継ぎデータを取得しました。エラー。一部データの引き継ぎに失敗しました】
謎の声と共に光が飛び散って、目を開けたら何故か昼間の街道に立っていた。
なにこれ?