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あいもかわらず

第二章ー前編です。

何も感じない私の五感に徐々に意識が滲んでいく。どこかから鳩の鳴き声が聞こえる。目は開いていないのに眩しさに目を閉じたくなる。一定に繰り返されるリズム、まだ寝ていたいのに起きろと叱られているような感覚に不快感を感じながら目をひらく。瞬間、太陽光が真っ直ぐに私の眼光を焼いた。うぅという低い呻き声とともに怒りが込み上げてくる。怒りの中、必死に状況を飲み込もうと頭を回す。ベッド際にあるカーテンが開かれているのは昨晩、明日の仕事に遅れぬよう太陽光を浴びるためにと開けておいたものだ。それは以前、テレビか何かで胡散臭い専門家が太陽光を浴びることでセロトニンとやらが分泌され、目覚めが良くなると言っているのを聞き、それを鵜呑みにしているからであった。仕事がある日は必ずカーテンを開けるようにし、気持ちよく出発できるようにしている。そうか、仕事か。出勤時間は九時半。働いているスタジオまでの出勤時間である三十分を考慮したら、八時までに起きれば余裕を持って家を出ることができる。季節は冬の真っ只中。カレンダーの上部には二月と書かれている。布団の中でも感じる肌寒さに段々と頭も冷えていく。それにしても先ほどの夢は我が人生で何回目であろう。私はあの夢が大嫌いだ。見たいとなど一度も思ったことがない。あんな人を不安にさせるだけの何の面白みもない夢、誰が見たいと思うか。謎の疲労感、不快感にうんざりし、もう一度あの夢を見たらと再び目を閉じるのは億劫であった。しかし布団から出ることはもっと億劫で、結局私はもう一度、意識を深くに持っていくことにした。昨日私はアラームを八時よりも一時間早くから十分おきにセットしていたはずだ。スマホのアラームは十分で自動オフ、五分間のスヌーズ機能があるはずであり、今アラームが鳴っていないということはまだ七時にもなっていないということだろう。ベッドの中で微動だにできずにいるのに思考は頭中を駆け巡る。あと何時間眠れるか。淡い期待を抱きつつ、スマホの電源ボタンを押した。しかし、スマホはカチッという無機質な音を立てるだけで、無愛想な態度を示した。どうやらスマホはまだ眠いようだ。もう一度そっと電源ボタンを押してやる。

「へ、まじで」

スマホは一向にその表情を見せない。そういえば何故こんなにも外は明るい。今は二月、日の出は最低でも六時半。私は素早く、壁に立てかけてある時計に目を映した。私は真っ先に自分の目を疑った。時計の針は九時二十分をさしていた。どれだけ見続けようと結果は同じ。私はそれまで布団の中で芋虫のようになっていたのが嘘のように、その中から飛び起きた。それまで思考が巡っていた脳内も、今は焦りと早く家を出なければという意識とでいっぱいになっている。真っ先に洗面台に向かい顔を洗い、そのまま髪を濡らす。素早く顔を上げると、目の前には顔面蒼白、血走った目、無精髭を生やした無様な男が立っていた。

「ひでぇ」

ショックと情けなさから思わず声が漏れ出ていた。今年で三十歳。毎日変化を感じながら過ごしているわけではないが、ふとしたときに重ねた皺や残り傷にショックを受ける。母や父は私くらいの年の頃どんな表情をし、どんなシワをその顔に刻んでいたか。思い出せるわけもないし、思い出したくもない。ともかく、今は一刻も早くこの家から飛び出さねば。髪を乾かし、歯を磨き、髭を剃る。手当たり次第に服を掴み、色合いなど気にせず身にまとう。余裕があるわけではないのに、無意識に鼻歌を歌ってしまう。なんと滑稽な光景だろう。最後に電化製品や戸締りの確認をし、そわそわしながらも玄関の扉を開け、家を飛び出した。まだ温もりの残った布団をそのままにして。結局家を出たのは九時四十五分になってしまった。自転車出勤の私は、家を飛び出したと同時にスマホにモバイル充電器を繋ぎ、カメラバックと共にカゴに放り込む。いつもの何倍もの力を入れて自転車を漕いでいると、少しして場違いなほど呑気な電子音とともにスマホに電源が入った。やり場のない怒りとやるせなさに押しつぶされそうになりながら深く、息を吐く。気後れしつつも、スマホのロックをぎこちない操作で解除する。すると、職場からの数件の電話、アシスタントやスタイリストからのメールが届いていることを知らせる通知が一気に画面に表示された。私の現在の職場−「フォトスタジオくるみ」は石川県の内灘町の外れにある小さなフォトスタジオだ。カメラマンは私一人しかおらず、十時からは客と共に今日撮る写真の方向性を決める話し合いをする。私がいないと撮影どころか、服装やヘアスタイルの選択すらできず、時間だけが無駄に消費されることになる。つまり私の遅刻はスタジオにとっては運営に関わる一大事だ。ましてやこれまで無遅刻無欠勤の私のことなので、スタジオ内はパニック同然だろう。このスマホ画面の騒がしさだけでもその様子がありありと浮かんでくる。頬を優しく撫でる風の心地よさに気持ちが麻痺しそうになる。とにかく、今すぐに謝罪の連絡を入れなければ。素早い手つきでスタジオに電話をかける。一コールと少しですぐに受話器が取られる音がする。

「お電話ありがとうございます、フォトスタジオくるみの津雲と申します。」

「あ、もしもし、泡瀬です。何度もご連絡いただいていたのにすみません。」

「みんな心配していますよ。普段遅刻なんてしない泡瀬さんのことだからどこかで倒れていたりしたらどうしようって。今どこにいますか?」

病気で倒れることができていたら、どれだけ良かっただろう。こんな年齢になってまで、寝坊による遅刻で謝ることになるなんて、自分でも思わなかった。恥ずかしさに口の端を歪めながらいう。

「今朝寝過ごしてしまい、本日遅刻することになってしまいそうです。本当に申し訳ございません。今全力で向かっています。」

「はぁ、そんなことだったんですね。泡瀬さんにしては珍しい。で、着くのはどれぐらいになりそうなんですか。」

声色に呆れが滲み出ているのがわかる。

「おそらく十時十分頃になると思います。お客さんには本当に申し訳ないのですが、待合室で待っていていただくよう言っていただきたいです。着いたらすぐに対応します。」

「いやいや、私が対応しておきますよ。とにかく急いで来てください。カメラマンなしじゃ何も始まりませんから。」

私はどこまで情けない男だろう。良くも悪くも何もかもを失い、これから始まる新生活に不安になって酒を煽っては仕事にまで遅刻をする。いよいよ自分という人間の存在意義がわからなくなる。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。急ぎます。」

「はい。気をつけてきてくださいね。」

ガシャっと受話器が置かれる音が聞こえる。向こうはチーム一丸となって大急ぎで準備を

進めていることだろう。スタジオで最年長の私は、自分よりも七個も八個も年の違う彼ら

に遅刻を咎められたり叱られたりすることはない。いよいよ人に怒られることもなく、期待されることもなくなったのか。心底呆れているであろう彼らに合わせる顔がない。自分の置かれた状況にうんざりする。自転車を一層早く漕ぐと、先ほどまで心地よかったはずの冷たい冬の風がずきずきと顔の表面を刺す。一心不乱にこぎ続け、スタジオについたのは結局十時十分になってしまった。店の扉を開くと目の前に洋服の数々が並んでおり、そこをまっすぐ通り抜けると撮影場所が見える。入り口のすぐ右手にはレジがあり、そこに並ぶスタッフたちに遅れてしまったことの謝罪をした後、そこからさらに奥にある待合室へ向かう。待合室の透明な扉から、先ほどのスタイリストである津雲さんと、アシスタントの沼澤くんが並んで座って、今回の依頼主であろう夫婦と話している様子が見える。呼吸を整え、ノックをした後恐る恐る扉を開く。扉からあふれ出てくる重苦しい空気と、私を無意識に蔑むような視線に押しつぶされそうになる。気圧されそうになりながらも重たい頭を下げ、「お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。」と謝罪をする。相手は全然気にしていないですよと笑いかけてくれたが、そのやさしさにもまた押しつぶされそうになり、下げた頭が下がらなくなる。しかし、いつまでも申し訳なさそうにしているわけにもいかない。遅刻に対しての申し訳なさをいつまでも引きずっているのは、他人に許しの言葉をもらうための甘えに他ならない。今私がすべきは与えられた仕事に集中し、この夫婦が満足する写真を撮ることだ。一度気持ちを切り替え、夫婦を待合室から連れ出し、レジの前に三つほど並んでいる丸テーブルの一つに座らせる。私とスタイリストも空いた席に座り、改めて自己紹介をする。先日の打ち合わせの電話で、今回は新婚記念の写真撮影だと聞いている。ここフォトスタジオくるみはブライダルフォトから遺影写真まで、あらゆる写真の撮影を行う、地域密着型のフォトスタジオだ。今日もこの夫婦のほかに二歳差の兄妹の七五三の写真撮影がある。潮風の吹き込む温かみに包まれた、いつもと変わらぬ一日が、今日も始まる。私の大体の業務スケジュールは決まっている。十時から十七時まではぶっ通しで撮影。間に一時間の休憩が挟まっている。そして五時の閉店後はスタジオ内で撮影した写真のレタッチをする。今日もいつもと同じ、退屈にも思えるような一日をやり過ごす。休憩の際は、私と同年代の人間が職場にいないため海辺の堤防で一人、弁当を貪りながら読者などをして暇をつぶし、夜のレタッチ作業も黙々とこなす。こんな毎日を月曜から金曜まで繰り返す。今日も、スケジュール通りレタッチ作業を八時前までに終わらせ、世間話に興じている津雲さんや沼澤くんたちをおいて、そそくさとスタジオを出る。朝と同じようにリュックを背負い、カメラバックを自転車のカゴに入れて漕ぎ出す。今日は遠回りをして帰ることにする。遠回りは好きだ。いつもだったら見ることのなかったような美しい風景に出会えるかもしれないからだ。それに、今日は朝から気が沈むようなことが起きたので、気持ちを切り替えようという狙いもあった。月光を照り返す海面を眺めながら砂浜を自転車で走る。鼻に抜ける風は潮の匂いがし、一定のリズムで寄せては返す波の音は心地よい。右手に広がる海を眺めながらゆるやかなスピードで走り、この美しい光景を独り占めしている感覚に浸っていると、視界の左端に何か大きな塊が横たわっているのか見えた。手招きされているような気がして近寄ってみると、それは砂で作った山であることがわかった。私の膝下ほどの高さのあるそれには、トンネルのような穴が空いていた。おそらく昼間、海辺で遊ぶ近所の子供が作ったものだろう。砂浜にポツンと佇む砂山の、トンネルから差し込む月明かりがとても美しく感じられ、私がこれに惹きつけられたことに何か運命的なものを感じた。すかさず自転車を降り、カゴからカメラを取り出す。砂浜に横たわり、砂まみれになりながらトンネルから覗く月にピントを合わせる。一枚撮り、シャッタースピード、絞り値、ISO感度を調整してはまた一枚撮るということを繰り返す。何十枚か撮ったのちに自分の満足の行く一枚を撮ることができた。まるでトンネルをフォトフレームにしたような写真だ。手前にぼやけた砂浜と砂山、トンネルから覗く月はくっきりと写り、トンネルから溢れんばかりの月光は海を輝かせている。私は砂浜に座り込み、四角い画面に表示されたこの写真にうっとりとしてしまう。

「うわぁ綺麗、また出会えた。」

やはり遠回りはいいものだ。今まで何気なく過ごしていた世界を別の視点で見ることができる。世界は見る角度で表情を変える。ここでは、砂山から差し込む月光が美しいと感じたけれど、また別の世界では、また異なったものを美しいと感じる。そんな角度によって姿を見せ、現れたと思ったらすぐにどこかに隠れてしまう刹那を、カメラというものは永遠のものにしてくれる。自分がその時に美しいと感じたものを、世界から四角く切り取り、記憶しておいてくれる。私が覚えていなくても、カメラが覚えてくれている。人の感性とは、実に儚く、気まぐれなものだと私は思う。感性というものは人の奥底に眠り続け、ふと何かに対して美しいという感情を抱くと泡のようにものすごいスピードで湧き上がり、視認できるようになる。しかし、それは数ある泡の中の一つであり、時間が経つにつれ、記憶と共に沈んでいき、また、海底にひっそりと佇む無数の泡の中に埋もれてしまう。しかし、カメラは湧き上がった感性のその一瞬を写し取り、その脳の中に残しておいてくれる。人はその脳を時折覗くことで、己の奥底に眠ったままでいる感性と再会を果たすことができるのだ。だから私はカメラが大好きだ。父の死によって介護から解放され、この内灘町に越してからいざ何をしようと考えた時に、即決でフォトスタジオを選んだのは、ずっとカメラに触れていたかったからだ。どんな瞬間も逃したくなかった。気づけば私はカメラの向こうに広がる広大な海を眺めていた。寄せては返す波は穏やかで、一定のリズムで心地よい音を立てる。私はこの音が大好きで、よく海岸に来てはボーッと波を眺める。この海岸の写真もこれまでに何枚も撮っており、音まで記録できるわけではないが、写真を眺めて思い起こされる波音を時折楽しんでいる。写真というものは撮った時の記憶まで思い起こさせる。それは嫌な思い出でも同じこと。私はふと幼い頃の記憶を思い浮かべていた。幼い頃、家族三人でよく遊びに出掛けていた場所は、海だった。海辺に住んでいた貧乏な私たち家族は、家で作ったおにぎりを三つ持っていき、三人並んで海を眺めつつそれを食べるのが唯一と言ってもいい程の楽しみだった。私を必死に楽しませようと水をかけてきたり、一緒に砂山を作ったりして笑いかけてきた両親の顔が鮮明に浮かぶ。ダメだ、一度記憶の扉を開いてしまうとズルズルと引きずり込まれてしまう。芋づる式に思い出される記憶をはらうように、頭を左右に激しく振る。ここに越してきて早一ヶ月、ここでの暮らしにも慣れてきたはずだ。過去とおさらばするために、私を知る人間が一人もいないここに越してきたはずなのに、自ら掘り返してどうする。今のカメラに触れ続けられる生活には満足している。目の前の波のように、毎日同じことを繰り返すだけの穏やかな日常がこのまま続けばいいと思っている。今の私にとって、それがいちばんの幸せだ。心機一転、また一から始めようと体に力を入れ立ち上がる。自転車を跨いだ私は全速力で自宅に向かう。砂浜に佇む砂山に別れを告げるように、過去と現在を断ち切るために。

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