合縁奇縁-後編
「大丈夫?具合悪そうだけど。」
わたしをからめとろうとするあらゆる外的要因を遮断し、うつむきがちな視線で彼の手を取りドアの向こうに向かって強く引く。ドアは想像以上に重かった。いくら強く押しても片手ではどうにも開きそうにない。押せども押せども強くしなるだけのドア。息は荒く、手に汗が滲み、それを嘲笑うかのようにばふっばふっと音を立てる扉。心臓が冷たくなっていくのを感じる。徐々に冷めていく思考、自分は何をしようとしているんだと客観視しそうになった時、ふっとわたしを押し返す力が軽くなるのを感じた。ふと顔を上げるとそこには先ほどよりも柔らかな光を目に宿した飛鷹さんが、こちらに優しげな微笑みを向けていた。結ばれた手と手がより力強く、さらに温もりを増していく。目と目で声にならぬ声を交し合い、一斉にドアを押す力を一層強める。その扉の向こう、一歩足を踏み入れた瞬間、水平線にキスをする太陽が目を焼き、暴力的な風が二人の心を丸裸にする。
その日わたしは辺り一帯が影を濃くする中、彼の手を内灘海岸まで引いて走った。あてもなく、頭ではなく足がわたしを動かしていた。わたしは内灘町の海で味わう夕暮れが大好きだ。しかしうっかりしたことに、到着した後のことを全く考えられていなかった。カランコロン。脳みそが揺れる揺れる。ただ、それは私にとって好都合。いつもいらない思考が邪魔するのだから。清々しいほどに空っぽの脳内。だからこそ自分の胸に正直に行動することができた。
「わたしこの夕日が見たかったの。誰かと一緒に。心を熱くしてくれるような誰かと。」
それはまだ肌寒さが残る初春の黄昏時。砂浜の上で男女は水平線に溶け行く陽光を見つめる。自然と二人肩を寄せ合い、溶け合う心はそのままに。
「僕はあなたと、いや砂絵さんと結婚を前提にお付き合いしたい。今まで僕の心を粟立たせるような、本能で欲してしまうような女性は現れなかった。けど、僕は君を一人の女性として全身で求めている。こんな頼りない僕でもいいなら。」
そういって彼は手を差し伸べてくる。その手は微かに震えていた。彼の誠実さを見事に表したようなそれは、わたしの心をほぐしていく。
「え、そんな急に。」
体の奥底が暖かくなっていくのを感じる中、彼の突拍子もない申し出には脳がフリーズしてしまっていた。
「答えはすぐにとは言わない。ゆっくり考えてほしい。けど、僕が君を想う気持ちに嘘は、、、」
全身を吹き飛ばすほどの海風が潮の香りを運び、海面から水しぶきを巻き上げるとき。わたしは彼の手を手繰り寄せ、その逞しい大きな体を目一杯抱きしめた。彼の背中越しにその鼓動が破裂しそうなほどに波打っているのを手のひらで感じる。
「わたし、付き合うとか恋愛とかよくわかんない。付き合ったら自分の中で何が変わるのか。それもわかんないし少し怖い。けれど、わたしもあなたと一緒にいたい、そんな気がする。」
「うれしいよ、砂絵。僕も、毎日君の顔を見ていたい。この体には収まりそうにないほどに君が好き。これからずっと、この夕日を君と二人で見つめていたい。」
耳元で優しく囁かれる重低音に、胸が跳ねる。二人の鼓動はやがて共鳴しあい、互いの境界線を越えて溶け合っていく。砂浜の上で一つの愛が産声を上げる。
「ありがとう。」
全てが影になる内灘町の黄昏時。その海岸では沈みゆく太陽が二人の男女だけを照らしている。互いに唇を重ね合い、蔦の様に手を巻き付け合い、愛を確かめ合う。陽光はその輪郭を次第になくし、海の向こうへと消えていく。打ち寄せては引いていく波は、徐々にその強度を弱める。唾液をからませながら唇を押し付け合う二人の吐息は荒く、その顔には影が落ちつつある。愛情が互いの胸に染み渡る時、いつもより甘美な潮風が二人を爽やかに、鮮やかに染め上げた。




