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9 おやすみ女王陛下

いつもお読みいただきありがとうございます!

これで完結です。

「担当した人間すべてに死の日時を告げているの?」

「それは死神のスタンスにもよるが、俺は基本伝えない。最初は伝えていたが泣き喚く人間が多い」

「私には伝えたじゃないの」

「それは女王が今にも死にそうな顔をして酒を呷っていたからだ。そういうタイプの人間には死神だと正体を明かして刻限を示してやるのがいい。他のタイプは俺が死神であることも死ぬ日時も知らずにそれまで守られて死ぬ」


 死神の言う通りだった。私はタイムリミットを示されたからこそ、ハワードに頼らずに王配を殺し後継者を決めた。


「後継者も決めたし、あとは第一王女の婚約に関する書類だけかしらね。あと一カ月半をどう生きろと言うのかしら」

「好きに生きたらいい」

「そんなことしたことがないわ。そうだ、後継者のお披露目が必要ね。後の急ぎの案件は特にないわ」


 仕事のことしか気にしていない私を見て、死神はまた呆れた表情をした。


 そこからは死など意識せずに、変わらず女王としての仕事に追われた。ハワードはあの日以来特に何も言ってこない。

 仕事の他にやったことは死後に見られたら嫌なものの処分だが、レックスが亡くなった後にやっていたのでほとんど必要なかった。


 そうしているうちに第一王女の婚約が調い、どもりを止めて後継者となった第二王子のお披露目も国内貴族向けに行った。国外まで招いていては私が死ぬまでに間に合わないところだった。ちょうど、決められた私の死の一日前だ。


 婚約が決まった娘は、傍から見て恥ずかしいほど幸せそうだった。

 侯爵家嫡男にエスコートされ、お披露目パーティーでダンスをする様子を私は高い位置から眺めた。


 私の運命がもし違うものであったとしたら、あんな未来もあったのだろうか。レックスとのあんな未来も。


「とても喜ばしい日だ」


 アステール公爵が話しかけに来た。私は無言で頷く。


「でも、君は今日元気がないね」

「主役は私ではないのだし、母親として感傷に浸っているところよ」

「第二王子はやっと演技を止めたんだね」


 公爵は笑って、貴族に囲まれた第二王子に思わせぶりな視線を向ける。


「父親に似て賢くて油断ならないね」

「私に似たのよ」

「そうだね、私は王配殿下をよく知らないしね」


 公爵は話を合わせた。


「彼なら安心だよ。第一王子なら不安だったけれど、まさか君を毒殺しようとするなんてね」

「毒で殺していいのは、毒で殺される覚悟をしている者だけよ」

「君も覚悟していた?」


 垂れた青い優し気な目が私を覗き込む。


「私はいつも死を覚悟していたわ」

「だからか。今は少し雰囲気が柔らかくなった気がするよ」


 それはそうでしょう。死ぬ日時が知らされているのだから。

 公爵と話していると強い視線を感じた。アステール公爵夫人か公爵のファンかと思ったら、宰相ハワードだった。


「彼は愛人にしない方が良かったのに」


 公爵に囁かれて、私は視線を彼に戻した。


「彼は本気で君に執着しているから。遊んではいけない男だよ」

「気のせいよ」

「じゃなきゃ、子種がないからなんて言って婚約の申し込みを片っ端から蹴ることはしないよ」

「そんなことを言っていたの」

「男がそんなことを言うなんて相当だよ。君は本当に罪深い女王様だ。ほら見てて」


 アステール公爵は面白がるように笑ってから、私の手を取って以前のようにキスを落とす。

 途端にまた飛んでくる視線が鋭くなった。


「あんな分かりやすいのが我が国の宰相だとはね。私の女王陛下」

「以前まではあんなことはなかったはずよ。少し言い争いをしたの。私は純愛を貫く女王だから」


 公爵は思わずと言ったように吹き出しかけた。


「純愛は否定しないけど、宰相は以前から分かりやすかったよ。彼は君のことしか見てなかった」

「あら、公爵は女好きかと思ったら宰相のような男もタイプだったの。そんなに見ているなんて」

「違うよ。私が好きな人を視線で追っていたら、彼と視線の先にいる人物も同じだっただけだよ」


 公爵はハワードのように泣きそうな表情もしておらず、鋭い視線も飛ばしてきていない。いつもと同じ穏やかな青い目がある。彼はなぜ告白紛いのことを今言うのだろうか。これも死相が引き寄せるものなのか。


「私は純愛を貫く女王だと言ったでしょう?」

「そうだね。そんな君だから私はずっと見ていた」

「アステール公爵は女遊びをほどほどにしてもらって、私の子供たちを支えてもらわないと」

「それはもちろんだよ。私の女王陛下」


 公爵はいつもと同じように穏やかに微笑んだ。

 彼が他の人の元に挨拶に行くと、私のところに貴族たちが集まって来る。第二王子の婚約者の座を狙う貴族たちだろう。


 適当に会話をしていると、今度はハワードが近付いて来た。


「陛下はどなたが第二王子殿下の婚約者にふさわしいとお考えですか?」

「それは第二王子が一番分かっていることでしょう」


 私の子供なのだから、おそらく愛にはこだわるはずだ。無理矢理に婚約者をあてがったところで、なんとか解消に持ち込むだろう。


「なにしろ、純愛を貫く私の息子だから」


 蒸し返すように告げるとハワードは一瞬だけ目を細めた。


「理解できます、私にも忘れられない女性がいます。どんなことをされても忘れられない女性が」


 人目があるからかそんな話し方をする。

 第二王子が向こうに移動したせいなのか、そもそも私たちの周囲から人は減っていた。


「陛下が純愛を貫いておられるなら、私もその女性を忘れる必要はないですね」


 私がレックスを愛するのは、私の勝手だ。愛を返してくれるレックスはこの世にいないのだから。

 そして私にはハワードの愛を禁じる権利などない。


 ハワード自身は私の愛を執着だと言っておきながら、自分の愛は肯定している様だが。私の愛が執着ならば、ハワードのそれだって執着ではないのか。

 あるいは、二度と手に入らないものへの渇望。

 いろいろ考えても答えは出ない。だって、レックスはもういないんだから。レックスの姿をした死神は後ろにいるけれど、姿がレックスというだけだ。彼はレックスではない。


「そうね」


 聡いハワードにこれ以上何か言えば、もしかすると気取られるかもしれない。

 アステール公爵は何か分かったり勘づいていたりしても何も言わないだろう。だが、ハワードは私の部屋まで乗り込んでくる可能性がある。


 明日死ぬからと共犯にした彼に変に感謝など伝えてはいけない。この後のことは頼まなくても彼ならやってくれるだろう。

 私は王配を殺して後継者も決めたが、明日死ぬからと特別なことをするつもりは何もなかった。レックスが死んで、私も心を殺して死んだように生きてきた。


 女王としての仕事はこのお披露目で終わりだ。

 やっとやるべきことが終わったような気分である。だって、死神が来たこの三カ月間はレックスのことを鮮やかに思い出しながら私は生きていたから。これまではレックスのことを思い出すと苦しかった。国と国民に報いる生活がいつまで続くのか分からなかったから。


 私はハワードに向けて微笑んだ。

 レックスが死んで作り笑いしか浮かべていなかったせいか、使っていない筋肉を使っているようでぎこちない微笑みになった。でも、今日は後継者が決まったお披露目パーティーで娘の婚約も発表されたのだから、私が笑っていても不自然ではないはずだ。


 そんな私を見て、ハワードは一瞬呆けた顔してすぐに顔を赤くして逸らした。

 その隙に私はハワードに背を向けた。


 ほんの一瞬だけ、無駄なことを考える。

 レックスがいなければ、私はハワードを愛しただろうかと。

 そんな仮定の問いはすぐに私の中で無意味になった。だって、レックスが死んでいなければハワードとは出会わなかったからだ。名門とはいえ伯爵家の三男を見出すには王女という地位は無駄に高い。暗殺者に襲撃されて助けを求めない限り、私はハワードに出会わなかった。




「やはり女王はモテるんだな」


 お披露目パーティーの間、一部始終を私の後ろで見ていた死神は色恋沙汰にやはり反応していた。


「死神はモテないの?」

「そういう感情はない」


 死神と話をしながら、私は寝る前だというのにブレスレットを身に着けた。


「女王は寝る時にも着飾るのか? 死ぬからか?」

「いいえ、これは捨てられたり売られたりしたくないから」

「どういう意味だ。贈り物か」

「えぇ、レックスからもらったの。死んだ時に身に着けている物は基本的に一緒に埋葬するのよ。置いておくと不吉だからと」

「そうか」


 死神は私の感覚が分からないようで、首を傾げながらも頷いた。

 レックスの姿でそれをされると傷つくかと思ったらそんなことはない。私はその事実に安堵した。だって、レックスの外見だけに惹かれたわけではないということだから。


「死んだら、また私は生まれてくるの?」

「やり残したことがあれば人間は生まれ直すだろう」

「じゃあ、私は生まれ直さないかもね」

「幸せな結婚はしなくていいのか」

「娘がするでしょう」

「俺が今しているのは、女王であるあなたの話だ」

「そうね。今回はダメだったけど、次があるならしてみたいわね」


 ベッドに横たわりながら、腕につけたブレスレットをシャラシャラ揺らす。

 私の目の色のような宝石がなかなか見つけられないと嘆きながら、レックスはこのイエロートパーズのついたブレスレットをくれた。襲撃された公務の時もこれをつけていた。


「これから死ぬと思うと変な気分ね」

「眠るのが怖いか? あなたは死神の俺が来ても態度は大して変わらなかった稀有な人間だ」

「ただ変な気分なだけ。私はたくさんの人を殺した。直接手にかけた兄も、間接的であれば父を含めて何人も。それなのに私の最期は穏やかだわ」

「息子を殺して、愛人二人に愛を告げられてやんわり拒否して、となかなか穏やかではなかったと思うが」

「私の人生の中では穏やかな方よ。今は戦争もしていないし、暗殺者もこない」


 こんな穏やかな夜は久しぶりだ。

 やはり、死のタイムリミットが分かっているからだろうか。明日以降のことに責任を持たなくていいから。


「私の愛は執着だったか、死んだら分かる?」

「あなたは罪悪を激しく持っているのだろう、レックスという男に」

「えぇ、そうね」

「愛していない人間に対して罪悪は持たない。だから、あなたの愛は愛だった」


 意外にも死神は最期だからか、直接的な答えをくれた。


「ただ自分の愛に気付かないから、その罪悪を埋める行いをしなければいけない。人間は罪悪を抱いた者ほど、良い行いをしようとする。女王の場合は国と国民に報いようとすることだ」


 レックスの死がなければ、私は国と国民のために生きる女王にならなかった。

 でも、私は自分の愛が愛だったと他ならぬ死神から聞いて安堵した。愛は他人に決められるものでもないのに。


 安心したからか、お披露目パーティーの疲れのせいか酷く眠い。

 これまではいくら眠りたくても全く眠れなかったのに。


「私のところに来てくれてありがとう、死神番号百十三番」


 レックスの姿をした死神にそう呼びかける。

 彼が来なければ、そして死神だということとタイムリミットを告げてくれなければ、私はこの三カ月を死んだように生きただろう。


「おやすみ女王陛下。いい夢を」


 瞼が閉じる寸前、死神は笑ったような気がした。


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