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8 永遠の共犯

いつもお読みいただきありがとうございます!

 第一王子を殺した翌日の夜に宰相ハワードは訪ねて来た。

 死にたかった私を生かし、レックスの名を出して脅した男。だからこそ私は城に彼を連れて来て、反対を押し切って宰相にまでした。


「なぜ、私に教えてくださらなかったのですか」


 メガネの奥のグリーンの目にあるのは怒りだろうか。いつも冷静なハワードが珍しい。


「何を?」

「陛下のお考えを、です。これまではすべて教えてくださいましたが、最近は陛下が何をお考えなのか分かりません」


 ハワードは死神が気になるのかちらりと後ろに視線を向ける。


「それに、私との話の時は政治に関わるので必ず人払いをしてくださいましたのに」

「彼は王配を手にかけてくれた者なのよ」


 死神は私の後ろからどくことなどないので、適当な言い訳になる理由をつけておく。


「おっしゃっていただければ、王配も第一王子も私が手配しましたのに」

「第一王子の周辺を焚きつけたのはあなたの仕業でしょう。てっきり、私に早く処理しろと言っているのかと思ったわ」

「そんなことは今まで一度もなかったでしょう。私が、あなたの手を汚すようなことは……」


 兄を支持した貴族たちを日陰に追いやるのも、父を毒殺するのも何もかも、後ろ暗いことはハワードがこれまで全てやってくれた。


 王配と第一王子の件も頼めばすぐにやってくれただろう。


「もう済んだことよ。第二王子の教育を急いでね」

「陛下、まさかご病気なのですか?」

「いいえ? 宮医に聞いてみたら? 何の異常もないわよ?」


 ハワードの目が私を探るように見てくる。彼のことだから疑った瞬間、宮医に確認を取っただろう。


「顔色が悪いです」

「最近眠れないだけよ」

「……今夜は、私がおそばに侍りましょうか」


 意外すぎるハワードの言葉に私は一瞬だけ驚き、それが愛人になることを自ら持ち掛けてきた時と同じセリフだと気付いて笑った。


 あの時はどう答えただろうか。どう答えて、結局愛人にしてしまったのだろうか。

 確か女王としての責務に押しつぶされそうで参っていた時だったかもしれない。父を殺し、王配を酒と女に溺れさせ第一子を生んで、少し私は安心してしまったのかもしれなかった。張りつめていた時は弱音なんて一切吐かなかった。


「平気よ、お気遣いありがとう」


 私も以前と同じセリフを知らず知らずのうちに返した。

 ハワードは私の手を握ろうと伸ばしてきたが、私はすっとその手を避ける。


「第二王子の後継者教育はどのくらい終わっているかしら」

「本人にそうと知らせずに粗方は終わっています」

「では引き続きよろしくね」


 ハワードの手の動きに気付かなかったことにして、話題を変えたつもりだった。しかし、ハワードはまた話を戻した。


「陛下はずっとレックス・ファルコナーを想っておられるのですか」

「何を今更言っているの。宰相は見たでしょう、兄を殺したナイフを持った血まみれの私を。そして他ならぬお前がレックスを持ち出して私を脅したのよ」


 レックスの名前を汚すと私を脅した男。かけられた金の分、国と国民に報いろと言った男。

 死神が私のところに来たということはもう十分報いたということだろうか。


 疲れた。ずっと、レックスを想って心を殺して女王をこなすのは。だから私は眠れなくなっているのだ。

 国のために王配と結婚もした。権力の分散のことも考えて愛人を二人作った。

 もう、十分国のために私はやったのではないか。


「王配と第一王子を殺した私はどんな女王かしらね、宰相」

「私にとってあなたは……最初から変わりません」

「最初は殺人者だったものね。兄を殺したのだから、あと何人殺そうとも私は変わらないわ」

「私は、最初からあなたを愛しています」


 死相に寄ってくるものは多いと死神は言っていた。まさかハワードもそうだろうか。

 ハワードは宰相の地位にいながらずっと独身を貫いていた。愛人になった後も。婚約の申し込みはたくさん来ていたはずなのだが、すべて断っていた。


 何も言わない私をハワードのグリーンの目が見つめてくる。


「陛下は一度も私を見てくださったことはありませんでした。どれほど共犯になっても、愛人になって夜を過ごしても」

「あなたの能力を買って宰相にまで押し上げたのは私よ」

「陛下は……ずっとレックス・ファルコナーに執着されています」

「黙りなさい」


 私はこんなことをハワードに命じたことはなかった。

 頭のいいハワードはいつだって私に必要ないことは聞かなかったし、愛だの恋だの言わなかった。こんな失礼なことだって言う男ではなかった。


「私がレックスに執着して何が悪いと言うの。レックスを想いながら国のために愛のない結婚もした。後継者だって選んだ。何がいけないの。この私を守って死んだレックスはもう、悪し様には言われないでしょう」

「陛下。私たちの子供が後継者になったのに……私を見てはくださらないのですか」


 ハワードのこんな泣きそうな表情は初めて見た。

 十六歳の私だったなら、こんなハワードに動揺しただろう。しかし、今は三十八歳の女王なのだ。他国と戦争をして、貴族たちの争いにずっと足を引っ張られながら国政を行ってきた。だから、冷静沈着な宰相の表情変化くらいでは動揺しない。


 私は第二王子やハワードのために第一王子を殺したわけではない。もう少し第一王子がうまく立ち回れば殺さなかった。奪うような人間でなければ殺さなかったし、もっと第一王子が聡明であったなら彼を後継者にしただろう。


「ローワン王国のために第二王子が後継者に最適だっただけよ。資質があれば、他の誰でも良かった。お前のために行ったことではないわ。お前だって国のために私を生かしたのでしょう。私は国のことを考えて後継者を選び、その者の治世が血で始まらないように排除しただけ」


 どうせ私は何人も殺しているのだ。心も死んでいる。今更気になど病まない。

 ハワードは首を振る。


「ああ言わないと、殿下はすぐに死を選びそうでした。あの日にあなたに愛していると言ったとしてあなたは信じましたか? 見た瞬間にあなたに恋をしたから私はあなたに死んでほしくなかったのです」

「宰相はさすがね。親交もなかったのに一瞬で私の性格を見抜くなんて。では、お前は書物で後世に伝えるといいわ。私は自分を庇って死んだ護衛騎士にずっと執着して他の男を道具の様に扱った女王だと」


 座っていたイスから私は立ち上がる。

 ハワードの想いに応えることはない。私はどうせあと少しで死ぬのだし、レックス以降に大切なものは持たないと決めていた。

 ハワードはよくやってくれた。それにはとても感謝している。でも、彼を愛することはない。私の愛する者は唯一人だ。それがたとえ皆から執着と言われても。

 私を庇って死んだ者をどうして忘れられるのか。


「それとも国のためにこれだけ働いたのだから、純愛を貫いた女王とでも伝えてくれるのかしら。私はまだ国と国民に報いていない?」


 ハワードの返答を聞く気はなかったため反応など見ず、死神にハワードを追い出すように告げた。

 死神は難なくハワードを抱えて部屋の外に追い出して戻って来る。


「女王はモテるんだな」

「権力の香りに釣られているんじゃないかしら」

「愛人は二人ともあなたを愛しているように見えた。それに二人ともすでに権力はある」

「死神は色恋沙汰が好きなの?」

「人間は愛でよく死ぬ」

「そうね」


 まさに私も愛で死にたかった人間だ。

 ハワードに言われたら腹が立っただろうが、相手は死神だ。私は素直に頷いた。


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