7 第二王子
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第一王子との茶会を終えて歩いていると、目の前から第二王子が歩いて来た。
「あ……はは……うえ……。ご、ご機嫌……うるわしゅう……」
金髪金目の第二王子はオドオドした態度で私に挨拶した。
態度だけ見れば気弱などもりの第二王子に見えるだろう。だが、目には鋭い光がいつも宿っている。
「もういいわよ」
私が突き放すように言うと第二王子は顔を上げる。
「も、もうしわけ……ありま……せ、ん。いま、なんと……?」
「宰相から言われていたのでしょう。でももう、どもりの演技は必要ないわ」
「い、いったい……どうい……う意味で、しょうか……」
「庭に行けば分かるわ。第一王子の死体が転がっているだろうから」
私がそう告げると、第二王子はわずかに目を見開いた。
「あとはしっかりやりなさい。お前が後継者よ」
第二王子はまだ信じていないのか私を怪訝そうに見つめている。
「どうせ第一王子を始末する気だったのでしょう? 苛烈な女王がすでにやっておいたわ。お前の治世はせめて血で始まることがないように」
第一王子の周りの貴族を焚きつけたのはきっと宰相ハワードだろう。
「お前は他人のものを奪わないように祈っているわ」
「母上」
第二王子がはっきりとした発音で私を呼びとめようとしたが、踵を返して振り返らなかった。
「なぜ、どもりの演技が必要だったんだ?」
「第一王子が好戦的だったから油断させるためでしょうね。どもっていてもいじめられていたくらいだから、優秀だと分かったら殺されていたかもしれないわ」
ハワードならその位の演技を息子に要求するだろう。
庭を歩き続け、噴水のところまで来た。
なんとはなしに噴水の縁に腰掛ける。流れる水をぼんやりと眺めてから手ですくった。
「ねぇ、もう十分じゃない?」
「殺人がか?」
「いいえ、あと一カ月半も待たずに死んでもいいんじゃない?」
「いや、あと一か月半後でないといけない。あなたが自殺を試みても全力で止める」
「たとえば、噴水に飛び込んでも?」
「この浅さでは死なないだろうが、止める」
「そう。それは残念ね」
水の中に手をくぐらせる。
今日は最近にしては珍しく温かいので、水の冷たさは気にならなかった。
自殺ならしようとした。兄を殺した後に。
縋りついて私を止めたのは、当時十八歳のハワード・ダルトンだった。
「殿下までダルトン伯爵家で死ねば我が家は罪に問われます! 親戚にいたるまで何人も! 小さな子供も老人も処刑されます!」
自殺を止めるのに、自分の家の心配を開口一番した男である。しかし、ハワードは私のことをよく分かっていた。頭のいい男だったから「死なないでください!」なんて言わなかったのだろう。
その言葉に、平常時であれば真っ先に考えてしかるべきだったことに、私の頭は一瞬で冷水でも浴びせられたように冷えた。
細身のハワードのどこにそんな力があったのかわからないほど、ナイフを持つ私の腕が動こうとうするのを阻んでいた。
彼は会った時からメガネをかけていたが、そのメガネはもみ合いの時に落ちて踏まれて粉々だった。
「このままではレックス・ファルコナーは悪し様に言われるでしょう。よろしいのですか、殿下。あなたは大切な者を王族に血みどろの争いをさせた元凶にするのですか? そのように書物に書かれて良いのですか? あなたではなく、レックス・ファルコナーが。殿下が今どうしても死にたいのなら、私は全力でこれを広めます。あなたのレックス・ファルコナーの名前を汚しましょう」
とっくに冷えた私の頭にハワードはさらなる冷水を浴びせてきた。
ハワードは長い金髪を振り乱し、必死の形相だった。
「殿下は血税で生きておられます。あなたのお兄様もそうでした。その分は返して死なないと国民に失礼だ! あなたは女王になって責任を取ってから死ぬのです。レックス・ファルコナーのこれからの物語がどうなるかはあなたにかかっています」
その言葉で私は自身に刺そうとしたナイフを手放した。
ハワードの息が整うのを側で動くこともできずに聞いていた。
王女の私を無理矢理生かしたのは、ハワードだった。
ダルトン伯爵は私を支持し、兄の死を誤魔化そうとまでしてくれた。
私が王女として生まれてしまったから、レックスへの恋や愛に溺れて死ぬわけにはいかなかった。国民と国に報いねばならなかった。それをハワードは私に叩きつけたのだ。私が愛や恋に溺れたら、レックスまで悪く言われてしまう。私を庇って死んだレックスが。
「殿下、深手を負いながら殿下を守った騎士たちのことも考えてください」
ダルトン伯爵家の三男ハワードは、私がぼんやりするとすぐにそんな言葉を投げかけてきた。
いかに自分本位の王女だったか、その時恥じた。
そして女王になって報いると決めた後で、ハワードを永遠の共犯にした。
だが、愛人にするつもりなどなかった。