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5 愛人

いつもお読みいただきありがとうございます!

 翌朝、王配の死が貴族たちに伝えられた。

 酒と女に溺れ、公の場にほとんど姿を見せない王配の死は何のショックもなく貴族たちに受け入れられた。


 子供たちも何も言わない。

 私も王配も子育てには関わらなかったからだ。乳母や家庭教師は手配しても直接の関わりはなく、公の場で会うくらいだ。

 私も政治に戦争にと忙しかった。死神が私の側にいるからといって今更子供と親交を持とうという気もない。


 王配が亡くなって一カ月ほど経った頃、珍しくジュスト・アステール公爵が謁見を求めてきたので許可した。忙しさも落ち着いたタイミングだった。


 幼い頃から知っている彼は四十過ぎていることが信じられないほど若々しい。彼のところの嫡男と並んでも兄弟と言えば信じそうだ。

 輝く金髪に青い目のアステール公爵は、王配よりもよほど優雅な仕草で私が示したイスに腰掛けた。


「王配殿下が亡くなったから気落ちしているかと思ったよ」

「そんなわけないって知っているでしょう」


 葬儀の手配は秘書官たちにさせたから、王配が死んだことなど忘れてしまいそうだった。

 国民の前に姿を見せることもなかったのだから、国葬にする必要もない。ただ、帝国の現皇帝に届くように訃報はきちんと新聞にも載せて知らせている。


「第一王女殿下の婚約はいつ許可するんだい?」

「まだ書類が整っていないようだから揃ってからよ。私の元まで上がってきたらちゃんと許可するわ。口頭では許可しているのだし」


 めったに顔を合わせない娘が珍しく私のところに来たと思ったら婚約の願いだったのだ。いつの間にか侯爵家嫡男と恋愛関係にあったらしい。

 父の代に王女や公爵家の令嬢たちが国外に嫁いでいたし、私は強大な帝国といい関係を築いているので無理をして国外に娘を嫁がせる必要性はなかった。


「第一王女殿下は君に似て一途で頑固だよね」

「遊び人のあなたとは違うでしょうね」

「そんなことはない。私は初恋の人を忘れられなくてね」

「あら、初耳だわ」


 王配のことは口実で、第一王女のことを聞きに来たらしい。

 おそらく会議の後で第一王女を傀儡女王にしようという勢力が接触したのだろう。娘をそういった勢力から遠ざけているのは、目の前の公爵だ。


「彼女以外は全員同じ女性に見えるんだよ」

「凄いわね、あなたでも振り向かせることができない女性がいるのね」

「君だってレックスしか見ていなかったじゃないか。幼い頃からこんなにカッコいい私が側にいたのに。おまけにおかしな庶子の皇子を王配に迎えているし。目がおかしいんじゃないかい?」


 公爵は拗ねたように唇を尖らせる。

 その子供っぽい様子に私は笑った。彼は子供の頃からこうだ。兄にいじめられた私をすぐに庇ってくれる垂れ目の穏やかで陽気な紳士。


「自分でカッコいいなんて言っているのがダメなんじゃないかしら。それにあなたは結婚しても浮名を流しているから説得力がないわ」

「妻だって浮気をしているよ。私たちはそういう夫婦なんだ」

「不思議な夫婦だこと」

「君の結婚だって不思議だったさ。レックスに似ているからあの皇子で妥協したんだろう?」


 私はすぐには返事をせずに目を細めた。


「教えてくれたっていいのに。王配殿下はもうこの世にいないのだし。似ていたのは名前の響きと赤毛であることくらいだけど」


 パチリとウィンクするのがとても様になっている。


「……うっかりレックスと呼んでも誤魔化せるでしょ」

「ベッドの中で?」

「そうよ」


 公爵は大きく肩をすくめた。


「大丈夫だっただろうに。私との時はそんなことなかった」

「あなたはとんでもなく手慣れていたしね」

「日々の成果を女王陛下にもお披露目できたということだよ」

「今日はそんな話をしに来たの?」

「第一王女殿下に関する君の考えを聞きたかったのと、君が落ち込んでいるんじゃないかと思って慰めに来た」

「残念ながら落ち込まないわ」

「そうだろうね。さすがに会議場で第一王女に関する考えは聞けなかったから。そうしたら君が困ることになる」

「娘のことをとても気にしてくれるのね。ありがとう」


 第一王女は彼の子供だ。

 でも、口には出さない。


「うちには娘がいないし、小さい頃の君に似ているからどうにも放っておけなくてね。でも、第一王女殿下に女王は向かないと思っていたから君の考えが私と同じで良かったよ」


 公爵も自分の娘だなんて口には出さない。でも、第一王女の乳母や家庭教師は公爵の親戚から手配した。


「私でもできたのだから、やろうと思えばできるわよ」

「そんなことは絶対にない。君は小さい頃から兄の背中に隠れていたけれど隠しきれない王としての資質を備えていた。冷酷で無慈悲で」

「公爵は私を貶しているのかしら?」

「威厳があって美しい。それは君が女王になったことで遺憾なく発揮された。クリステル女王陛下の国民からの支持の高さと言ったら」

「急に方向転換して褒めなくていいのよ」

「本当のことだ。正直、兄王子よりも君の方が王に向いているとずっと思ってた。勉強も手抜きするほどできていたし。だから彼も焦ったんだろう」


 私がもっと愚かであれば、レックスは死ななかったのだろうか。

 レックスに想いなど告げるのではなかった。そうすれば、彼はまだ生きてくれていたかもしれない。


「さて、そろそろハワードに睨まれそうだから帰るよ」

「ハワードは私にそんなに仕事をさせたいのかしら」

「……君って本当にレックスしか見てないよね」

「国民のことを考えているわよ?」

「それもそうだね。さすがは女王陛下」


 公爵は茶化すように言うと、側までやってきて私の手を取り手の甲に口付けた。


「何か困ったことがあればいつでも呼んで欲しい」


 かがんだ状態で上目遣いでそう告げられる。その姿さえ様になる男だ。


「もう十分、公爵には助けてもらっているわ」


 私が即位して、他国から舐められて関税を勝手に上げられて戦争を起こした時も。アステール公爵は真っ先に賛成してくれた。「貿易で舐められて一番困るのは自分だから」と。彼が私の支持を大々的に表明してくれていたから、私は何とかやってこれた。


「君は放っておくとすぐに一人で戦うのだから。幼馴染のとんでもなくカッコいい公爵に頼るということもいい加減に覚えた方が良い」

「すでに頼ったわ」

「君はいつもそうだよね」

「本当にあなたのことは頼りにしているわ」


 十分頼りにしていた。そうでなければ「一瞬だけ私の愛人になってくれないか」なんて頼まなかった。

 裕福で高位貴族で、万が一にも周囲にそそのかされて王位争いを子供たちが始めたら対応してくれる人物を私は愛人に選んだ。


 子供たちは殺し合いなんてしなくていい。愛する人を殺されなくていい。


 知らなかった。大切なものが多いほど人間は優しく善人になるなんて。私はレックスが死ぬ前まで善人だったはず。

 レックスが生きていたら兄を殺そうなんて微塵も思わなかった。ナイフを手にして息を殺してベッドで待っていたあの瞬間を忘れられない。あの時、私は憎しみと怒りで何だってできる気がした。あの時、優しくて小さく目立たず生きていたクリステル王女は死んだのだ。


 兄を殺していなかったら、戦争をして平気な顔もしていられなかった。自分の中にこんな残虐な一面があるなんて知らなかった。もしも奪われたらその相手を絶対に潰す、そんな一面を。


 奪われて嫌なのは、大切だからだ。どうでもいいものなら奪われても気付かないだろう。嫌なのは、大切で大切でどうしても執着してしまったからだ。


 だから、私はレックス以外の大切なものをもう作らないことにした。王配は利益があるもののどうでもいい男を選んだ。愛人たちは後腐れのないしっかりした男たちを選んだ。

 そして子供にも関わらない。関わったら情が湧いて大切になるから。産み落とした瞬間から必要最低限しか関わらないと決めていた。


 娘である第一王女は私のことを軽蔑している。アステール公爵が父だと気付いているからだろう。

 レックスが生きている頃だったら、私だって今の自分を汚いと思った。王女なのに愛する人と一緒になれるなんて淡い夢を見たから。

 でも、今は何とも思わない。王配や愛人、子供たちに罪悪感を微塵も抱かない。これはローワン王国のために必要なことだったから。


 娘はきっと愛する人と結婚するのだろう。調べさせたが相手の侯爵家嫡男に問題はない。愛ではないものを愛と信じ込んでいるわけではない限り、娘は幸せな結婚をするのだろう。私がしなかった類の結婚を。

 それでいい。私の見なかった甘い淡い夢を娘は見る。息子二人はどうなるか知らないが。



 公爵が出ていくと、後ろで押し黙っていた死神の存在を思い出す。

 死神に話しかける前に腹心の侍女セリーンが部屋に入って来た。


「陛下。お耳に入れたいことがございます」


 王女時代から仕えてくれている彼女は、根も葉もないウワサ話のような無駄な情報は口にしない。

 私は頷くと彼女を近くにこさせた。


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