4 他の死神
いつもお読みいただきありがとうございます!
王配の部屋に向かうと、彼はベッドの中にいた。
テーブルには半分ほど減ったワインとグラス。
メリンダは私を平伏して迎えている。
「メリンダ、ご苦労様」
「もったいないお言葉にございます」
眠っているように見える王配に近付いて、脈を確かめる。
まだ体は温かいが脈はもうなかった。ワインを回収して捨てて、翌朝宮医に診断させれば終わりである。
女王である私は王配と後継者の件で話し合いに来たが、眠っていたので帰ったのだ。そういう筋書きである。
「陛下、恐れながら申し上げます」
出て行こうとする私をメリンダが引き留めた。
「あぁ、そうだわ。あなたにはこれを渡しておかないと」
金貨の入った袋を取り出すと、喜ぶと思ったメリンダはなぜか眉間に皺を寄せている。
彼女は私が三カ月前に王配の愛人として見繕った女性だ。金に困っていて口が堅い未亡人である。王配も残念ながら同じ愛人といると飽きるし、何より変な画策をされても面倒だから一定期間で入れ替えるようにしてあった。
「王配殿下は……陛下の来訪を心待ちにされていらっしゃいました」
「あら、そうなの」
メリンダがそんなことを言い出す意味が分からないが、ひとまず頷いた。
「今朝は陛下がいらっしゃってから特に浮かれておいでで。身綺麗にされて待っておられたのです。そして、アレックス様はワインを……」
ベッドに横たわる王配に視線を向ける。確かに朝よりは身綺麗になっていたが、ほとんど会っていなかったので正直これが普通ではないかとも思う。先ほどまで会議で一緒だった貴族たちは皆王配よりも身綺麗にしていた。病気がちな貴族や酒飲みは貴族はのぞくが。
「何が言いたいのかしら、メリンダ。お金が足りないの?」
メリンダが王配の死の真相を言いふらしたところで、メリンダ自身に危険があるだけだ。
明日、宮医は毒殺されたなんて診断はしないのだから。
メリンダは王配に情でも移ったのだろうか。たった三カ月の間に。
「死神番号十五番。対象に同情しすぎだ。弁えろ」
急に私の後ろの死神が声をあげた。
「あら?」
「王配殿下は最初から陛下を愛していたのに! こんな仕打ちはあんまりです!」
私の疑問とメリンダ、というか死神番号十五番らしき声が重なった。
王配にも死神がついていたということは一応重要人物だったのか。
「愛されたら応えなければいけないの? どうして努力もせず愛されるのを待っていただけの人間を私がわざわざ愛さなければいけないの?」
メリンダに問うと、彼女は睨んできた。不敬だ。
そう感じていたら後ろの死神がすっと出て来てメリンダを押さえつける。
「消滅処分になるぞ。弁えろ。この人間はそういう運命だった」
メリンダは悔しそうに唇を噛んでいるが、彼女の体の周囲から黒い靄が立ち上り始める。黒い靄に包まれて彼女の姿は消えた。
「彼女はどこへ行ったの?」
「死神の任務は完了したからあちらの世界に帰っただけだ」
私たちも長居はできないので、王配の部屋を出て自室に戻る。
「申し訳ない。同僚があのような失礼な発言をするなんて」
「王配が死んでいたからいいけど」
「我々死神は対象者に同情してはいけない。だが、さっきの十五番は少し同情してしまったようだ。同情という感情は生まれないはずなんだが、神が初期に作り出した死神である一から百番までにはややエラーが見られる。あれももうじき消滅処分になるだろう」
「どうなるの?」
「消滅して新しい死神……今、何番が最新だったか……それが生まれるだけだ」
「死神も大変なのね」
「女王は全く取り乱さないな。先ほどの十五番が言っていたことは気にならないのか」
「あぁ、愛していたとか愛していないとか?」
メリンダなのか死神十五番なのか知らないが、おかしなことを言うものだ。
そして、つい先ほどメリンダが口走ったことにより思い出した。王配の名前はアレックスだった。そう、赤毛とアレックスという名前だったから選んだ。
王配との子供は一番に作らなければいけない。万が一「レックス」と呼んでしまっても誤魔化せて、帝国の機嫌も取れて後ろ盾になってもらえるからあの男を選んだのだ。庶子だったが前皇帝には愛されていたようだし。
「どうでもいいじゃない。王配が私を愛していようが、いなかろうが」
「そういうものなのか。女性は愛にこだわるとこれまで担当した人間たちから学んだが」
「どうでもいい男に愛されて女が幸せであるはずがないわ。私は女王で、この結婚は完全なる政略。私が愛して愛されたかったのはレックスだけで、他の男は道具と同じよ。酷いとかくだらないことは言わないでね。男だって散々女を道具にしてきたのだから。私が男を道具にしたところで何か言われる筋合いはないわ」
「別にあなたを非難するつもりはない」
「それは良かったわ」
あぁ、もしかして。帝国の代替わりした皇帝から「王配を処分してもいい」と手紙が来たのは死神が来る少し前のことだ。
それまでは前皇帝の目が光っていた。でも、前皇帝はもうすぐ病で死ぬ。王配を処分して、彼との子供である第一王子を後継者にしなくても問題がなくなったのが最近だった。
それまで彼が殺されないように死神番号十五番はいたのか。ちょうど彼女が来たのも三カ月ほど前だったのだ。
女王が愛だの恋だの言っていて何になるのか。そんなもの時間の無駄だ。
私が愛したから、あの日レックスだけが殺された。兄の計画の中では私も殺されるはずだったが、そうはならなかった。私は生き残った。
覚えている。私を守るために血だらけになっていたレックスのことを。
いや、レックスと会ってからのことはすべて覚えている。私が生きている限りずっと。私が覚えている限り、レックスは死なない。
そして私が女王として間違ったことをすれば、レックスの死が間違っていたことになってしまう。レックスを殺した兄から奪った王の座。父から一通り教育を受け終わると、宮医を抱き込んで父に毒を盛って殺した。表向き、父は病死になっている。
即位して王配を迎えてからは、兄を支持していた貴族たちを日陰に追いやった。
あの日に私も死にたかったと何度思っただろうか。兄を殺したあの日に。
死のうとしたが、ある男に止められたのだ。
部屋に戻った私はワインをグラスに注ごうとして、死神に止められた。
「毒入りだろう」
「そうだったわね」
あやうく王配に渡したワインの残りを飲むところだった。死神はさっとそのワインを受け取るとラッパ飲みをする。
「死神にありとあらゆる毒物は効かない」
「それは……そうでしょうね」
口を拭いながら死神は淡々と言った。
ワインの瓶を片手に持つ護衛騎士姿の死神の様子があまりに似合わないので、私は笑った。