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3 後継者

いつもお読みいただきありがとうございます!

 話し合うべき今日の議題が粗方終わると、私は口を開いた。


「そろそろ、後継者を決めておく」


 私の言葉で貴族たちがざわめく。


「決める方法は簡単。子供たちに話し合いで決めてもらう。私の時は兄と殺し合いをしたが三代続けて殺し合いをして欲しいとは思わない」


 会議の時は女王らしく威厳のある話し方をする。

 第一王女はとある侯爵家嫡男と婚約が決まりそうだから、おそらく王位継承権は放棄するだろう。そうなると、第一王子と第二王子の争いになる。

 我が国では王族でも早くから婚約者を決めるということはない。過去にいろいろ問題もあった上に解消する場合は拘束期間が長すぎるからだ。


 私はつぅと視線を一瞬だけ宰相ハワード・ダルトンに向けた。

 私より少し年上である現在四十歳の宰相は無表情で何を考えているのか分からない。彼は第二王子の父親だ。

 つまり私の愛人だった男。愛人といっても契約愛人のようなものだ。


 帝国の庶子である皇子との間に子供を何人も作る気はなかった。政権の安定のためには複数の夫を持っても良かったが、それでは金がかかるし帝国も機嫌を損ねる。


 だから、将来第一王子に対抗できるような家の男を二人選んだ。そのうちの一人は港を持つ裕福なジュスト・アステール公爵。彼のことは幼い頃から知っていたし、遊び人だったため面倒なことはなかった。アステール公爵との子供が第一王女だ。


 そしてもう一人はこの宰相。名門ダルトン伯爵家の三男で、非常に頭がいい男だ。私が宰相の地位にまで押し上げた男。


 帝国とは幸いにもいい関係を築けたので、ここまでする必要はなかったが保険は必要だった。


「皆の意見ももちろんないがしろにはしない。やはり現時点ですでに成果を挙げている者が有利だろうな」


 そうすると各派閥が口々に声を上げた。


「第一王女殿下は嫁がれるというお話ではなかったのですか」

「王女殿下は望みが薄いだろう。ご本人もそれほど王位を望んでいらっしゃらない。女王陛下のような人の上に立つ覇気もお持ちでない」

「第一王子殿下が王になると軍事費がかさみそうだ」

「女王陛下だって戦争は何度もされたではないか」

「しかし、隣国の併合をお考えなど……」

「第二王子殿下は視察にもよく行かれて福祉関連の政策にもすでに関わっている」

「しかし、あのどもりは諸外国からバカにされるのでは……」

「バカにしているのは貴公ではないか」


 しばらく各派閥はお互いを牽制し合っていたが、私が面白そうにそれを眺めているのに気付いて皆口をつぐんだ。


「どうした。意見はないがしろにしないと言ったはずだ。私が女王になるのに反対していた者たちが今どう思っているかも聞きたいしな」


 私は笑いながら言ったのだが、貴族たちの口数は少なかった。


「宰相は黙っているがどう思う?」


 相変らず私は笑いながら尋ねているのに、緊張した空気が流れる。

 どうにも私は笑っている時の方が怖いと思われているようだ。


「第一王女殿下は降嫁を望んでおられるご様子。第一王子殿下は剣技に優れ、第二王子殿下は政治に優れていらっしゃいます。それにしても、私はなぜ陛下が今、後継者をお決めになろうとしているのかが疑問でございます」

「それほど不思議か?」

「これまで静観なさっておいでだったので、殺し合いをお望みなのかと思っておりました」

「ははっ。そうなったら仕方がないが、子供たちが意思を示すのを待っていただけだ。主張が出そろったようだからそろそろかと思ってな」


 宰相ハワードは納得していないような表情だったが、引き下がった。



 私は女王になりたかったわけではない。


 兄がなるとばかり思っていたから、勉強もわざと手を抜いていたくらいだ。父の時は酷い王位争いがあったようなので、父は争いを歓迎しているようだった。最も強く賢い者が王になる方がいいと父は考えており、そんな父はなぜか私に目を掛けていてそれで兄は焦ったのだろう。


 兄は小心者だった。私は王位を望んでおらず手を抜いていたのだから、自信満々に王になれば良かったのに。兄は自信がないから、目立たないように小さくなって生きている私さえも蹴落とそうとした。


 私が十六の時、公務に赴いた先で暗殺者に襲われた。

 その時にはもうレックスと結婚したいと思っていた。一つ上の幼馴染で私の護衛騎士。王女だから言ってはいけないと思っていたが、彼も同じ想いを返してくれた。


「王女様! お逃げください!」


 レックスも他の護衛騎士たちも懸命に戦った。

 馬車で移動中の細い道で大勢で戦うのに向いた立地ではなかった。


 私はある護衛騎士に庇われて暗殺者のいる場所から逃げ出した。

 そして応援が来た頃に戻ると、レックスは殺されていた。他の護衛騎士たちは深手だが死んではいない。でも、レックスだけが殺されていた。


 すぐに悟った。犯人は兄だと。


 そういえば……私を庇って逃げてくれたあの護衛騎士は誰だっただろうか。

 回想に身を浸していたが、思わず後ろの死神を振り返る。

 

 あれは誰だったのか。混沌とした状況だったから覚えていないのか。いや、私のために必死に戦ってくれた騎士の名前はすべて覚えている。怪我をして倒れていた者たち……思い出そうとしてもその騎士の名前だけが思い出せない。そして、人数が一人足りない。


 まさか、あれはレックスの死神だった?


「どうやって兄を殺したんだ?」


 会議は終わり、会議場から出て歩きながら死神が聞いてきた。私が振り返ったから質問してきたのかもしれない。


「公務の途中で暗殺者に襲撃されて、護衛騎士のレックスは殺された。他の騎士たちも深手を負って、そこの領主に助けを求めたの。それがダルトン伯爵領だったのだけれど。そして事情を話して王女である私も深手を負って死にそうだと王宮に連絡してもらった」

「犯人をおびき出したのか」

「そうね。それで兄はノコノコやって来たから。私はベッドに横たわって重傷のフリをして、兄を殺したの」

「どうやって?」

「近付いてきた兄をナイフで刺したの」


 あの感触は今でも覚えている。

 レックスを亡くして、私にあったのは兄への憎しみだけだった。


 でも、一応家族である兄のことは信じたかった。でも兄は「レックスと一緒に死ななかったのか」と私に囁いたのだ。だから確信を持って兄を殺した。

 兄の首を刺した感覚を忘れられない。あの時、私はきっと死んだのだ。いや、レックスの死体を見たその時からすでに死んでいたのかもしれない。


 ダルトン伯爵は私を支持してくれて兄の死を道中の暗殺者の仕業に見せかけようとしてくれたが、私は断って父の元に報告に行った。どのみちバレたらダルトン伯爵にも迷惑がかかる。


 父は信じられないことに、兄を殺した私を褒めた。「お前こそが強く賢い王になると思っていた」と言われた。

 そこでやっと気付いた。父は狂っていたのだ。実の子供二人に殺し合いをさせて平気なほどに。


「ねぇ」


 私は血なまぐさい回想を振りほどいて死神に話しかけた。


「レックスにも死神はいた?」

「それは俺には分からない。俺の担当だった者は覚えているがそうではなかったから。ローワン王国は初めてだ」

「一人、どうしても顔と名前が思い出せない護衛騎士がいるの」

「夫の名前だって覚えていないじゃないか。何の問題が?」

「私のために命懸けで戦った者を忘れるほど、私は薄情ではないわ」

「そうか。なら、きっとそいつが死神だ」

「私を助けたのが?」

「対象者が決められた日時通りに死ぬのなら、そして他に殺されて困る人がいるならば死神は対象者以外を庇うだろう。あなたの危険度は最大級なのだし、若い頃でも危険度は高かっただろう」


 もし、あの護衛騎士がレックスの死神だったのならば。

 レックスの死は決まっていたの?


「レックスに死神がいたのなら、レックスの死は何かを左右するほどのものだったの?」

「おそらく、あなたが女王になるための死だろう。レックスという騎士があれより前に別の死に方で死んでいれば、あなたは兄を殺しただろうか? 女王になっただろうか? そうすると世界は今の状態と異なるだろう」


 思わず私は足を止めて振り返った。

 レックスの姿の死神は相変わらず無表情だ。彼の呆れた表情しか私は見ていない。


「レックスがあの時死ぬことは決まっていて、私が兄を殺すことが決まっていたの?」

「そうだ」


 王配の部屋に行かねばいけなかったのでそこで私は口を閉ざした。


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