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2 王配

いつもお読みいただきありがとうございます!

「お前の姿はどう見えているの? 私から見えるように他の者にも見えているわけではないでしょう?」


 いちいち誰かが罪悪感を持っている人物に見えていたら困るので、死神にそう確認した。


「女王以外からは何の変哲もない、顔がよく認識でない護衛騎士のように見えている。死神は食べたり、眠ったりしなくてもいい。四六時中、女王の側に同じ護衛騎士がいると問題だろうから他人からは分からないようにしている」

「死神というだけあってさすがね」

「死神の力があるから、護衛騎士としても能力は問題ない」

「そう。安心したわ。私が一人の護衛騎士をずっと側に置いていると見られるのかと」

「そこは安心してくれ。調節している」


 私は頷くと、立ち上がる。


「昨日はほとんど寝ていないだろう。人間は寝ないとダメなんじゃないのか」


 まるで乳母のようなことを言う死神だ。いや、本物のレックスもこのような心配をしてくれた。「王女殿下、昨日は遅くまで本を読んでいらっしゃったのではないですか? 目の下に隈が」と。一瞬だけ、王女時代の私の側にいたレックスの声が鮮やかに耳元で蘇る。


 声は真っ先に忘れてしまっていたのに。姿形がレックスである死神を目の前にしたから急に思い出したのだろうか。


「いつからだったか。ずっとあんなものよ。それにタイムリミットがあるのだから、ぼんやりしていられないわ。女王は忙しいのよ」

「死ぬ前にまず何をするんだ?」

「役立たずの夫を殺しておくの」

「それはそれは物騒だ」


 私の言葉に死神は目を瞬かせた。


「どんな夫なんだ?」

「死神って私の周辺情報は何も仕入れてこないの?」

「俺の場合はそうだ。名前と年齢と、そして決まった日時以外に死んだ場合の危険度。あとはずっと見ていればいいからな。ちなみに女王陛下の危険度は最大級だ」

「あちらの世界でもトップにいるなんて光栄ね。王配は帝国の皇子だった者よ。兄を殺して王位に私はついたけれど、周辺国からは若い女王だと舐められていてね。後ろ盾を得るために強大な帝国の条件の悪い皇子をもらったというわけ。皇帝が侍女に手をつけて生ませたのよ」

「女王にはなりたくなかったように聞こえるが、なぜそうまでして女王になったんだ?」

「兄が私の大事なものを奪ったからよ。だから、私も兄から奪ったの。兄が奪った分、いえそれ以上を奪った。兄の命と兄が私を殺すほど欲した玉座をね。ただ、それだけ」

「それは王になる才覚が元々あったということか?」

「死神って意外と楽観的なのね。私の話を聞いてそんな反応誰もしないわよ」


 護衛騎士の姿をした死神と話をしながら、ここ何年も全く訪れることのなかった王配の部屋の前まで来た。

 使いも出していないので部屋の前の騎士が慌てている。


「いいわ。どうせ中で女と一緒でしょう? 開けてちょうだい」


 扉が開いた瞬間、部屋に充満した酒の香りがぶわりと香る。


「この国の夫という生き物は、昼間からこんなに臭うほど酒を浴びるように飲むのが仕事なのか?」

「そんなわけないでしょ。これは例外よ」


 つかつかと中に入っていくと、王配である夫はゆっくりと気だるげにシャツを着ていた。傍らには女がいる。


「昼間からこういうことをする国なのか?」

「例外だって言ってるでしょ。メリンダ、夫と後継者の話をしないといけないから席を外してくれる?」


 布面積の少ないドレスを着た女の手にそっと金貨を握らせると、メリンダは笑って夫の腕を撫でてから出て行った。


 そう、私は王配になった夫を飼い殺しにしている。


 面倒だったのだ。無駄に政治に口出しされるのも、派閥を作って反対されるのも相手をするのも。だから、第一子を妊娠して以降は酒と女たちを与えて溺れさせた。女は私が徹底的に管理している者たちだ。さっきのメリンダもそう。

 そうと分からないようにパーティーで女側から言い寄らせて関係を持たせるのだ。愛人関係になっても私は何も言わない。予算内で愛人への贈り物も許している。といっても愛人に夫をコントロールさせて口利きした店に誘導しているだけだ。


「陛下が私に何の御用ですか?」


 かなり久しぶりに会う夫は酒でむくんでいるものの、それでも見た目だけはかなり良かった。伸びた赤毛を鬱陶しそうに後ろにやって夫はベッドに座ったまま私を見上げてくる。


「あなたとそろそろ後継者を誰にするかの相談をしておかないと、と思ってね。皆、いい年でしょう?」


 私に子供は三人いる。

 上から十八歳の第一王子、十六歳の第二王子、十五歳の第一王女だ。王配との子供は第一王子のみ。あとは愛人との子供だ。

 対外的には王配との子供だが、貴族は皆知っていて口をつぐんでいる。


「それは、第一王子でしょう」

「あの子は少し好戦的なところがあるじゃない。私に似たのかしら」


 そんなことはあり得ないだろう。私は元々好戦的な人間ではなかった。

 兄がレックスを私から奪わなければ、私は女王になろうなんて欠片も考えていなかった。いくら父が私の出来を褒めてもそんなことは欠片も。


 きっと、第一王子はこの王配を反面教師にしたのだ。第一王子は度々私に隣国に戦争を仕掛けましょう、なんて言ってくる。バカげた話だ。


 私は好き好んで戦争をしたことは一度もない。向こうが最初に仕掛けてきたから仕方なく戦争をしたのだ。勝手にローワン王国の商品に高い関税をかけたり、国境で争いを起こしたりするから私は戦争をした。黙っていたら舐められて全て奪われるからだ。


「第二王子と第一王女は?」

「あれは陛下と愛人との子供でしょう」

「まぁ、私に子供たちが似ているからと酷いんではなくて?」


 王配もそこまでバカではなかったか。

 彼は赤毛に青の目。私は金髪に金色の目をしている。兄もそうだったが、子供たちも全員金色の目だ。

念のため愛人も金髪の者を選んだ。妊娠の兆候があれば王配のところに行ったし、睡眠薬を飲ませて一緒に寝て誤解もさせたのに。


 私がクスクス笑っていると、なぜか王配も少し笑った。しかし、酒が抜けていないのかぼんやりした様子だ。顔も赤い。


「急に来てしまって悪かったわ。メリンダとの時間を邪魔してごめんなさいね。これから国務会議があるのだけれど、今晩また来るわ。いいかしら?」

「今晩、陛下がいらっしゃるのですか?」


 私が質問しているのだが、酔っぱらっているのだろうか。

 なぜか期待したような目の王配に私は首を傾げながらも愛想よく笑って頷いた。


「えぇ、でも今日の会議が長引くかも。でも、これを飲んで待っていてくれる?」


 私は死神に持たせていた袋からワインを取り出した。

 確か王配はワインが好きだ。血みたいに赤いワインが。


「半分は残しておいてね。全部飲んではダメよ? 私も飲みたいから」


 何歳児を相手にしているのだろうと自分でツッコミを入れたくなるくらいに噛んで含めた言い方をしながら、王配の頬から顎にかけて手を滑らせた。


「突然……どうされたのですか。私に会いに来るなど」

「そうね、最近色々考えすぎて全く眠れないのよ」


 これは本当だ。


「それでどうにも弱気になってしまってね。綺麗にして私を待っていて頂戴。あぁ、でも仕事ばかりの女王の相手はもう嫌かしら?」


 これは大嘘だ。笑顔で平気で私は嘘をつく。良心の欠片も痛まない。だって、目の前の男などどうでもいいから。


 王配は首を横に振った。嫌ではないということだ。ワインを置いて私と死神は酒臭い部屋を後にした。


「あなたは……人間で言うところの罪深い女なのだな」


 部屋を出ると途中から押し黙っていたはずの死神が話しかけてくる。


「どうして? あれを飼い殺しているから?」

「いや、あの夫はどう見てもあなたに惚れているだろう」

「そうなの? 分からないわ。私、あの人の名前も覚えてないもの」

「夫の名前を覚えていないものなのか。だが、彼の髪の色は明るい赤毛だった。髪の色で夫を選んだのか? 偶然か?」


 私は少し後ろを歩く死神を見上げる。

 その通りだ。私は王配の髪色がレックスと似ている赤毛だったから、条件の悪い庶子の男で同意したのだ。貿易関連は帝国側が融通してくれたというのもある。


「それに、あのワイン。毒が入っているだろう」

「さすが。よく分かったわね」

「女王陛下があの部屋に夜再び向かう頃には彼は死んでいる、ということか」

「そうね。大丈夫よ、苦しまずに眠るように死ねるものにしてあげたわ。私の人生に付き合わせたお詫びとしてね。もし彼にも死神がいるのなら、止めるでしょうけれど」

「……いや、問題ないだろう」

「そうなの? まぁ、彼が死んでも帝国は文句を言ってこないわよ。彼の父親である前皇帝は病に伏しているから。王配がいなくても帝国とは良好な関係を築いているし、大丈夫よ。現皇帝は浮気相手の子供である王配のことが嫌いだから、処分してくれと言われているわ」


 死神が返事をしないので、私の言葉は廊下に吸い込まれる。

 国務会議に向かいながら、私はふと窓の前で足を止めた。


「どうした?」

「いいえ、私が死ぬのはなかなか美しい時期なのだなと思って。葉が色づいて落ちる時期でしょう?」

「そうなのか? それは知らない」

「三カ月後といったらそれくらいよ。今年はこの時期では珍しいくらい涼しいけれど、三カ月後はもう寒いのかしらね」


 こういう世間話が通じないと、彼は死神なのだと痛感させられる。

 私はこれから会議で話し合う内容を頭の中で思い出しながら、ひっそり肩をすくめると国務会議が行われる大きな会議場に足を進めた。


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