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1 死神

いつもお読みいただきありがとうございます!

今回は全9話の短めの連載です。30分おきに投稿で22時に完結します。

 眠れない。

 強い酒をグラスに注いで私は呷った。

 直接瓶に口をつけないのだからいいだろう。いつからだろうか、こんなに眠れず夜を長く感じ始めたのは。


 扉が開く音はしなかった。

 酒にはかなり強いから私が音を聞き逃したわけはない。これでも私は女王だ。暗殺者が来たことだって何度もある。


 私しかいないはずの寝室に護衛騎士の恰好の男が立っていた。

 女王である私の寝室に立ち入れる騎士は限られているが、こんな夜分に入って来る騎士はいない。入って来るのは暗殺者か、夜這いに来た人物か。いや、もう私も三十八だから誰も夜這いになんて来ないか。

 王配とは子供ができてから寝室は分けているので、決して変装した王配ではない。


「あなたも一杯どうかしら」


 返事はないが、動揺もせずに私は勝手にもう一つグラスを出して酒を注ぎ自分の向かいのテーブルに置いた。

 護衛騎士は突っ立ったままだ。


「お酒に付き合うくらいいいじゃないの」

「夜更けに音もなく入って来た者に動揺しないのか」


 やっと護衛騎士の恰好の男は口を開いた。


「いちいち動揺していたら心臓が持たないわ」

「さすがはクリステル女王陛下」

「そうよ。私は王位争いで兄を殺し、戦争で幾度も勝ってきた誇り高いローワン王国の女王よ」


 男は足音も立てずに移動すると、私の向かいに腰を下ろした。

 私は男をじっくり観察する。


 知らない者ではない。むしろ彼は私がよく知っている男だ。外見だけは。だから私は「誰か!」なんて助けも求めなかったのだ。


 ずっと夢見ていた。彼にもう一度会いたいと。

 しかし、本人が目の前にいるにもかかわらず私の心は想像よりも躍らなかった。

 幽霊でも死体が動いていてもいいとまで思っていたのに。


「私はあなたを知っているけど、あなたはもう二十年以上も前に死んだはず。息子もいなかったはずだし、声もあなたではない。親戚にしては似すぎていて、本人だと言い張るには彼の癖がないし老けてもない。幽霊にしてはしっかりした存在感で、お酒も飲んでいるわね」


 私は中身のなくなったグラスと男が座って足をつけている地面を見た。

 どこかに捨てているわけではなく、きちんと中身を飲んでいる様だ。


「あなたは誰? 私のよく知る彼の体の中にいるあなたは」


 男は何の感情もない目で私を見た。


「俺は死神だ。あなたの命をもらい受けに来た」

「どうして彼の姿をしている必要があるの? 死神って骸骨でフードを被って鎌を持っているのかとばかり思っていたわ」


 長い夜に一人でいるのは孤独だ。昼ならまだいい。誰かが動いている音や話し声が聞こえるから。でも、夜に眠れず一人だと恐ろしくなる。世界に一人取り残された感覚を何時間も耐えないといけない。

 だからだろうか、私はこの得体の知れない男の来訪を少し嬉しく思ってしまった。


「あなたのように、亡くなると多大な影響のある人のところに死神は派遣される。ちなみに俺は死神番号百十三番だ」

「思ったよりも死神ってたくさんいるのね」

「そして、死神の姿はどの個体も変わらない。番号があるだけ。ただ、人間の目にはその人物が最も罪悪感を抱いている者の姿をしているように見える」

「もう一杯飲む? 最後のお酒ならもう少し飲みたいわ」


 そう、罪悪感ね。

 王位争いで殺した兄ではなく、私は彼に罪悪感を抱いているのか。それが分かっただけで少し救われる。

 十六の時から罪悪感を噛みしめて生きてきた。


 彼は私を庇って死んだ護衛騎士だ。名はレックス。レックス・ファルコナー。


「クリステル女王陛下。あなたの命を宣告する」

「気が早いのね。せっかちな男は嫌われるわよ」

「あなたの命の猶予は残り三カ月。それ以上でも以下でもない」

「意外とあるのね」

「あなたの命をぴったりこれから三カ月後にもらい受けるために、俺は派遣された。女王陛下のような方の命に誤差が出ると、他国との戦争や内乱などが起きる可能性がある。そうなると人間の言葉で言うあの世は大忙しになる」

「困るの?」

「あぁ、とても困る。あの世に来る人間の魂が突発的に増えるわけだからな。残業に次ぐ残業。最悪だ。それが予定されていた残業ならいいが、うっかりした死神のミスで対象者が早く死んだり、遅く死んだりすると目も当てられない」


 話している内容は面白いのに、男の表情は無だ。口角さえピクリとも動かない。


「ぴったり三カ月後ということは、私はどうやって死ぬか決まっているの?」

「あぁ。穏やかに眠りについて朝になっても目覚めない」

「暗殺者に殺されるとか、王位簒奪を目論む誰かに殺されるということは?」

「そんなことがあると国もあの世も混乱・混雑する。ついこの前、遠くの国同士が戦争していただろう」

「そうね。海の向こうの二つの国がね」

「あれは死神のミスで起きてしまった戦争だ。あの戦争で俺たちは大変くたびれている。もちろん、うっかりミスした死神は反省文千年の刑だが」


 死神との会話は最初こそ殺伐としていたはずなのに、なんだか喜劇のようになってきている。

 私は笑っていいのか、どう反応をしたらいいのか分からなくなった。


「それで、あなたは三カ月もフライングしに来たの?」

「いいや、俺はこれからあなたに張り付く。あなたがちょうどぴったり三カ月で死ぬように」

「三カ月後に鎌を振るわけね」

「そう思ってもらって構わない。あなたのような人が決められた時より先に死んでも後に死んでも困ることになるから、わざわざやって来た。つまり、あなたは三カ月後以外には決して死なない。そのために俺がここにいる」

「つまり、あなたは私の死神兼護衛騎士なのね」

「そういうことだと思ってくれて構わない」


 暗い赤毛を揺らして彼はしっかりと頷いた。

 私が愛し、罪悪感を最も抱くレックスの姿で。


「でも、不便ね。決められた日時にあっさり死ぬようにどうして設定できなかったの?」

「人間は死期が近付いてくるといろいろなものを引き寄せるんだ。死相に近寄って来るものは多い。それにより早く死んだり、遅く死んだりする可能性が出てくるからあなたのように影響力のある人物には死神が張り付く」


 私はとりあえず頷いた。死神もあの世もなかなか大変らしい。女王だって大変だが。


「じゃあ、よろしくね。レックス」


 私が挨拶のつもりで手を差し出すと、初めて死神は呆れたような表情をした。


「あなたは本当に取り乱さない人間だな。これまで担当した人間は死を前にして王族でも泣き喚いた奴もいるぞ。虚勢を張っていて後でベッドの中で泣くのか?」

「いいえ。私、実はさっきまで死んだように生きていたに等しいのよ。タイムリミットができたことで、私は三カ月だけは生きられそうだわ。ありがとう、レックス。あぁ、死神と呼ぶのは困るだろうからレックスと呼ぶわね」

「礼まで言われたのは初めてだな。あなたは恐らく相当変な人間なのだろう。まぁ私のことを死神だと周囲には喋ることはできないから試してみるといい」


 死神はそういう設定なのか。

 そして私は変、では生温いだろう。私はきっと狂ってる。

 大切な人を失ったあの日からずっと。

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