一子とお土産
離れのサロンを菊陽一子はそろりと覗いた。
指を指しながら人数を数え、ちらりとバッグの中を見る。
きれいに包装された箱を見て今日もだめかと、うなだれてサロンに入る。
うめが旅行のお土産があるからどうぞと声をかけてくれた。
「この間の連休にね、娘家族とでかけたのよ」
楽しそうに話すうめに返事をしながら、私も日帰り旅行に行ったの、と喉まで上がった言葉を、バッグの中のお菓子を思い出し飲み込んだ。
そんなサロンを覗く日を何日か繰り返した。
そして今日も窓から人数を確認して、困ったように箱を取り出し、賞味期限を見る。
一子はため息をついた。
もう一度サロンと箱を交互に見て、母屋に向かった。
チャイムを鳴らすと、すぐに京子が出てきた。
「一子さん?おはようございます。どうかしました?」
「おはよう。あのーちょっと渡したいものがあってね」
「中に入ってもらってもいいですか?」
リビングに入れば、キッチンに野菜等が出ていることに気がついた。
突然来てしまったことに申し訳なさを感じる。
「忙しいところごめんなさいね」
「いえいえ、ちょうど落ち着いてたところです。何か飲まれます?」
すぐに用事を済ましてしまおうと、キッチンに行こうとした京子を呼びとめた。
「いいのいいの。このあとサロンに行くつもりだから」
「そうですか?⋯なにかありました?ちょっと元気がないような気が⋯?」
「あーなにもないのよ。京子さん、これ、お土産」
バッグからお土産の箱を取り出して差し出す。
「わ〜!ありがとうございます!どちらに行かれたんですか?」
困ったように微笑む一子に、ニコニコと京子は聞き返した。
「孫に誘われて熊本にね。⋯でも、ごめんなさいね。それ、賞味期限今日までなのよ⋯」
「あら、そうなんですか?」
相槌を打ちながらくるりと箱を返し、期限を探す。
「今日の間に食べてしまうんで、うちは全然問題ないんですけど。ただ、本当に何がありました?文句とかではなく、一子さんにしては珍しいな、と思って」
「⋯大したことないのよ?ちょっとね、自分の間抜けさに呆れてたのよ」
「なにか、うっかりしちゃったんですか?」
机にお土産を起き椅子を勧め、キッチンに行く京子。
すぐに出るつもりだったけど、と思いながら一子はつい腰掛けた。
キッチンからお盆を持って来た京子が、緑茶を注いだ。
一子は温かいそれをゆっくり口にすると、ほぅっと息をついた。
「熊本、どうでした?」
「え?あぁ、熊本ね。良かったわよぉ。山を車でずーっと登ってね、大観峰っていうところに行ったの。天気も良くて、すごくきれいでね―――」
控えめながら嬉しそうに話していたが、最後に道のえきに寄った話になると急にしょんぼりとうなだれた。
「それでね、サロンにお土産を買おうと思って。ほら、みんなもお土産買ってきてくれるじゃない?たまには私も、と思ったのよ⋯」
「あら?じゃあこのお土産、サロンのなんじゃないんですか?」
京子は返すように箱を差し出した。
「そのつもりだったのよ?でもね5個じゃ流石に足りなくて⋯」
ゆるゆると首を振った。
「10個入りのを取ったつもりだったの」
言葉を受けて、ラベルを改めて確認する。
サロンを思い浮かべるが、みんな誘い合わせて来ることも多いため、7〜8人はいる気がする。
でも、「足りないからいる人だけ」と声をかければ、塩物が好きな人は断るような気もした。
「いる人だけ、と声をかけてお茶の横に置いておいたらだめですか?」
京子の提案に、頬に手を当てて困ったように首をかしげた。
「そういう人もいるからダメではないのだろうけど、遠慮して食べないだけの人もいるかもしれないじゃない?私もお土産いただくこともあるから、それは申し訳なくて」
一子さんは確かにそういうタイプだろうな、と思う。
食べたい人が取って、余っているならともらう人が取って、それでも残っていたら、ようやく手を伸ばすのだろう。
「早くに来たら5人しかいない時があるかしら、とも思って持ってきたのだけれど、サロンっていつも人がいるのねぇ。そうこうしてたら賞味期限が今日までになっちゃって」
「なるほど…」
「10個も入ってない大きさなのに、それにも気づかなくて。本当に私ってどうしてこんなに、抜けてるのかしら⋯ダメねぇ⋯」
寂しそうに笑う一子に、京子も困ったように笑った。
「おっちょこちょいはみんなありますし、一子さんは優しすぎるだけですよ」
一子は顔を上げた。
「私ならほしい人だけでもいいと思っちゃいますけど。みんなが貰えないのが申し訳なくて、うちに持ってきたんですよね?」
「まぁ、そうだけれど⋯」
「ほしいと言い出せない人の気持ちを考えられるからだと思いますよ。それはダメじゃなくて、優しさですよ」
「そうかしらねぇ⋯」
「ま、私ならそもそも足りないかもと気付いた時点で、家で自分で食べちゃいますけどね」
やや豊満なお腹をぽんっと叩く京子。
「うふふ。それは考えつかなかったわ。私も食べちゃえば京子さんにもおっちょこちょいがバレなかったのに」
「そして食べ過ぎに後悔するんですよ〜」
京子の言葉に、思わず笑いがこぼれた。
「ということで、後悔しないようにしましょう!今、サロンに何人いました?」
「え?えーっと7人?8人くらいかしら?」
「じゃあ、お土産足りますね!包丁で半分に切っちゃいましょう」
「あら!」
一子は目を丸くするして、何度も頷いた。
「そうね⋯そうね。半分にすれば10個だものね。そうねぇ!」
どうして気付かなかったのかしら、と言う一子に笑って見せ、京子は包丁とまな板をダイニングテーブルに置く。
「余ったら私もお呼ばれさせてくださいね!」
食器棚を開き、食器を探す。
「うーん豆皿そんなにあったかな。使わないからなぁ。あんまり大きなお皿も⋯うーん⋯」
開いた包装紙を畳んだ一子があ!と声を上げた。
「京子さん、お皿、いいわよ!ちょっと家に取りに戻ってくるわ!」
「え!?大変ですから、うちの出しますよ!」
「違うの!いいのよ!忘れ物取ってくるわ!」
包装紙を握りしめ、にこにこと足取りも軽く出ていく。
なんだろうな、と思いながらも笑ってたからまぁいいかと、とりあえず包丁を片付ける。
今日の献立を決め、足りない材料を確認していると一子が戻ってきた。
「おかえりなさい。早かったですね」
「京子さん、申し訳ないのだけど机貸してくれないかしら?家で作ってくればよかったのに、何も考えずに戻って来ちゃって⋯」
恥ずかしそうに頬に手を当てるに、京子は笑った。
「何かいい考えが浮かんだんですよね?机はもちろんどうぞ」
「ありがとう!何日か悩んでいたものが京子さんのおかげですんなり解決したわ」
「それなら良かったです!でも、すみません買い物に出てもよいですか?包丁とかもここに置いておくので、使ってください。何かあったら、旦那は上にいますんで」
やっぱり家に帰ると遠慮する一子を椅子に座らせ、買い物に出た。
お皿どうしたんだろう?と思いながら買い物を済ませて家に帰ると、リビングに和樹がいた。
「おかえり」
「ただいま」
「菊陽さんが、どうぞって。俺にもくれた。今食べる?コーヒーいれようか?」
机の上に折り紙で作ったお皿に、半分に切られたお菓子とかりんとうがちょこんと乗っていた。
2つあるうちの1皿の下には懐紙が敷かれ
『京子さんへ
色々お借りさせてもらってありがとう。
みんなにお土産渡して
たくさん熊本のお話してくるわ。
一子』
と書かれていた。
「よかった」
手紙をよんでにっこりと京子は笑う。
「菊陽さんにお盆貸したよ。かりんとうは自分用に個包装じゃないのを買ったけど、美味しかったから一緒にどうぞって」
コーヒーを置く和樹。
食材を冷蔵庫に入れて向かいに座る京子。
「「いただきます」」
懐紙が敷かれた舟形のお皿からお菓子を摘む京子。
「あら、美味しいわね」
「武者がえしだって。勇ましい名前のお菓子が2つ並んでて悩んだって言ってた」
「名前で選んだのかしら?あの一子さんが勇ましい名前でと思うと可愛いわね」
ゆったりお菓子を楽しむ2人に、サロンからの楽しそうな声が届き無事にお土産が渡せてよかったなと思う。