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京子とお花見

京子のお花見は、嬉野さん家の庭の梅が全体にほころび始め、少しずつ増えた梅の花が満開になる頃に始まる。


地域食堂へほとんど人の来ない土曜日に、和樹を飲み会へと追い出すと、京子は料理を始めた。

広縁(ひろえん)に小さなこたつを出して場を整え、友人が来るのを待っていた。

そうしているうちにチャイムが鳴り、3人の友達を迎え入れる。


「梅、今年もきれいに咲いてるわね」

「たくさん実がなるといいんだけど」


京子の返事に、梅を褒めた愛子が笑う。


「まだ花の話しかしてないから!」


気が早かったとつられて笑う京子に向かって、真由美が手の荷物を振ってみせる。


「料理どこに置いたらいい?」

「あ、そっちのこたつに」

「何か手伝う?」

「ううん。もう座っておいて大丈夫」


勧められるまま広縁に出されたこたつに3人は座る。

キッチンから細々したものを運び、京子も座った。

京子が作った物と、それぞれが持ち寄ったものでテーブルはいっぱいになった。

菜花の辛子和え、春キャベツとあさりの酒蒸し、新玉ねぎの肉詰め、アスパラガスのベーコン巻きなど。

春らしいものばかりが並び、自然にみんなの顔がほころんだ。


「壮観!」

「まだ寒いのに、ここだけ急に春になったわね」

「ほんと!美味しそうねぇ〜」

「食べましょ食べましょ!」


京子と友人の飲み会は、お花見とは名ばかり、美味しい春を食べる会と化している。

それに合わせてお酒も春らしいものばかりだ。

毎年新しく出る春の季節限定のサワーで乾杯した後、お酒の強い京子と夏江はいそいそと氷や炭酸水、お湯の準備をはじめた。

今回夏江は薩摩旬あがり三岳(みたけ)を持ってきていた。


「お酒やさん行ったらおすすめされたのよ。わっいい香り!」


蓋を開けたお酒を差し出され、3人は思わず顔を近づける。


「うーん優しい香りね!春っぽい」


京子の言葉に愛子と真由美も頷いた。

去年から京子が漬け込んだ梅酒も出して、ちびちびカパカパと飲んで、ほろ酔いになった頃。


「ちょっと扉あけていい?」

「梅?開けよう開けよう!」


真由美が聞くと、愛子はすぐに頷いた。


「暗いけど、見えるかな?」

「鍵がそこに」


京子が扉を開けた。

まだ冬の寒さの風が部屋へ入る。


「「うわっ寒い!」」


4人みんなが体をキュッと縮ませる。


「どうどう?見える?」

「あ、わぁきれい!」


ちょうど満月の明るい光に照らされ、梅の花がよく見えた。


「いいねぇ。風情があるってこういうことだよね」


夏江がコップを手に取り傾ける。

しばしの間、みんなで静かに梅を眺めていたが、京子がポツリとつぶやいた。


「きれいだけど、寒いね⋯」


こたつ布団を体に巻くように持ち上げる。


「ごめん、閉めていい?」

「そうしよう」

「そうしよう」

「寒いね」


月明かりに照らされた梅から、春の香りが漂っていた。





「ねぇ京子ちゃん、金曜日、ちょっと時間取れる?」


最初のお花見から少し経ち、愛良の期末テストが終わる頃、誘いがあることで次のお花見は開かれる。



立春を過ぎてもまだ寒さが続いていて、カタカタと時おり窓がなっている。

今日の夕飯の下拵えを早々に終わらせ、準備を済ませた京子は愛良を待っていた。


「お待たせ!いい天気だよ!」


チャイムとともに愛良は笑顔を見せた。


「じゃあ出発しましょう」


少し風が強く肌寒さを感じるの中、2人でのんびり歩き始めた。

途中でコンビニに寄ってスイーツコーナを見る。

スーパーの方が安いのに、と京子はつい思ってしまうが、「期間限定とかあって、コンビニスイーツのほうが楽しいし美味しいんだよ」と愛良は言っていた。

毎年の通り三色団子を手に取った京子。

比較的安く、ついこれを取ってしまう。


「京子ちゃんはまたお団子?」

「そうねぇ、春っぽいでしょう?」

「春っぽいけど⋯あ、ねぇこれは?」


『あったか白玉ぜんざい』と書かれたカップを愛良は手に取った。


「あら、そんなのあるの?冷たいんじゃないの?」


冷蔵コーナーに置かれたぜんざいが温かいと書かれているのが不思議で、京子は首を傾げた。


「レジで温めてもらうんだよ!ね、お団子は私が買って1本あげるから。京子ちゃん、ぜんざい好きでしょう?これにしなよ!」


そこまで言われては断りづらく、ぜんざいをお願いすることにした。

レジに行く愛良を見送って、中学生に財布を出させることに毎年のことながらそわそわする。

コンビニからまた少し歩いて目当ての広場に着く。

空いていたベンチに腰掛けると2人ともふーっと息をついた。

目の前には一面の菜の花畑が広がっている。

可愛らしい黄色のお花は、寒い中でも春の訪れを確かに感じられる香りを放っていた。


「ちょっと寒いわね。ほら、愛良ちゃんもひざ掛けかけといたらいいわよ」


大きなカバンからひざ掛けを出して愛良と自分の膝にそれぞれかける。

水筒も取り出すとお茶パックを落とし、お茶を作り始めた。

お茶ができるのを待って、愛良は袋からぜんざいを取り出した。


「京子ちゃん、お誕生日おめでとう!」


まだ温かいぜんざいを、京子は幸せをかみしめるように受け取った。


「ありがとう、愛良ちゃん」


毎年恒例になりつつあるお誕生日プレゼントが、京子にとっては何よりも嬉しいものとなっている。


「あらぁこれ美味しいわね」

「ほんと?よかった!はい、お団子」


感心したようにぜんざいを食べる京子に、愛良はお団子も差し出した。


「これ以上太ったらどうしようかしら」

「誕生日のお祝いだから、ゼロカロリーだよ!」

「あら、そんなルールがあるの?じゃあゼロカロリーね」


笑った京子はお団子を受け取ってぱくりと口にした。

まだ冷たい春風に揺られる菜の花はさわさわと静かに音を立てていた。




お花見の本番は桜とお天気のご機嫌を逃さないうちに行われる。

サロンの方たちと寺子屋の親子参加の人たち、1番大人数で行われるお花見だ。


シートと飲み物だけを持った和樹と京子は、会場へと向かった。

温かな日差しの中、満開の桜が広がり、すでにたくさんの人が集まっていた。


「あら、京子さん達!こっちよ、こっち!」


どこだろうとみんなを探していると、ひらひらと手を振られる。

呼ばれるままにそちらへ行けば、すでに色々なお重が広げられ、色とりどりのご馳走が並んでいる。


「まぁぁ!相変わらずみなさんお上手ですねぇ!」


口に手を当て、思わず感嘆の声を上げる京子。


「そう言ってもらえると作った甲斐があるわ」


お弁当の制作者であろうおばあちゃん達はにこにこと頷いた。

今日は地域の人たちが料理を持ち寄ってくれるため、京子は料理を作っていない。

それぞれに個性が出ているお弁当はどれも美味しそうだ。

「こっちが空いてるわよ」と席を勧められた2人だが、そこに座ったのは京子だけだった。


「先生、先生!これ!これオレも手伝ったんで!」

「オレもミニトマト洗った!」


和樹は子どもに手を引かれ親子がたくさん座る方へ連れられて行く。

お箸やお皿があちらこちらで行き来し、お弁当を囲むようにいくつもの輪が作られ、楽しそうな雰囲気に包まれている。


「やっぱり挨拶は嬉野さんね」


さくらにそう言われ、少し眉を下げた後、和樹が立ち上がった。


「あぁでは⋯僭越(せんえつ)ながら。今年も桜の元集まれてとても嬉しく思います。お花見を楽しみましょう。いただきます!」

「「いただきます!」」


一斉に料理へお箸が伸びた。

いなり寿司に卵焼き、たけのこの土佐煮に鰆の西京焼き。

並ぶお弁当からいくつか取ると、京子はまったりと食べ始めた。


「やっぱりおいしいですね!」

「人に作ってもらったお弁当ってまた別格よね」

「本当にそう思います。自分の料理には飽きてるので、お呼ばれするだけの今日がどれだけ貴重か!」

「主婦業ってお休みないものね〜」


おばあちゃんとそう話していると、勲が持っていた紙袋をポンポンとたたいた。

「俺も呼ばれるばっかりでわりぃのぉ!まんじゅう()うてきたけ、後からみんなで食おうな。いっぱい買うてきたわ!」

「まぁ!ありがとうございます。お腹空けとかなきゃね」

「心配せんでんおなご(女の人)にゃ別腹があろうも(あるだろうよ)

「そう、入るお腹は一緒なのに甘いものはどこまでも入っちゃうんのよ。困ったわ」


うめがおどけてみせると笑いが起きる。

これから採れる野菜のこと、子どもにお手伝いを頼める範囲、地域のイベントのこと、知りたいことも話したいこともたくさんありすぎて時間はあっという間に過ぎ去っていった。


桜がチラチラと舞う美しい景色の中、子どもたちが汗をかきながら走り回る姿を大人は微笑んで見守った。





桜が葉桜になり始める頃。

地域食堂が終わった夜に、和樹に誘われて京子はお花見に出かけた。


いつもの川沿いの道も街灯に照らされ浮かび上がる桜があると別の道のように華やかだ。

散った桜の花びらが道を白く染め、月明かりにぼんやりと浮かび上がる。

平日の散り際にはもうお花見客はいないのか、川のせせらぎがよく聞こえた。


「ちょっと寒いねぇ」

「上着貸そうか?」


上着の裾を整えながら言う京子に、和樹は自分の(えり)をつまんでみせた。


「ううん。そこまでじゃない」

「そうか」

「ありがとう」

「うん」


少しの寒さの中、繋いだ手の温かさを感じながら、白い桜の道を2人はゆっくりと歩いて帰った。






夜桜を和樹と並んで

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