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冬真と音読

まだ少し寒さが残る空気を切るように、学校帰りの4人の男の子が歩いている。


「新しい話になってしまったな」

「オレ、前の話もむりだったぁ」


残念そうに言った湯沢春人(ゆざわはると)に、盛岡夏樹(もりおかなつき)はのんびりと返事する。


「なんかいい作戦考えよう!」

「作戦もなにも、練習するしかないじゃん」


新庄千秋(しんじょうちあき)が難しい顔をして拳を握りしめたが、冬真はバッサリとそれを切り捨てた。

開いたランドセルの蓋が楽しげに鳴る。

コン、コン、と石を蹴りながら、田んぼに挟まれた歩道もない道を歩く。


「冬真は前の話も間違えんかったじゃん」と春人。

「だって練習したもん」と冬真。

「それじゃ普通だろ!」と不満気な千秋に「普通が一番」と冬真は頷いて返す。

ワイワイガヤガヤと話しているうちに嬉野さん家に到着した。


「「こんにちは〜」」

「あら一年(ひととせ)くん達。こんにちは」


にこにこのおばあちゃんの奥から、一人のおじいちゃんがひょっこり身を乗り出した。


「お、来たな坊主ども」

「あ!いさおじーちゃん!」

「今日からね!新しい話になったんだよ!」


指差して騒ぐ。


「おーう、そうかそうか。それは楽しみにしておこう」


ニヤリと笑った桑名勲(くわないさお)に、4人もニヤリと笑って返事をする。


「待っててね!」


寺子屋の部屋から和樹がひょっこり顔を出し、手招きをする。


「こんにちは」

「「先生こんにちは〜!」」

「今日ね、音読、いさおじいちゃんに聞いてもらうんだ!」

「それはいいね。先に他の宿題ね」

「「はーい」」


バタバタと寺子屋の部屋へ行く足音にサロンのみんなはニコニコと笑った。



寺子屋の部屋に入った4人は近くに固まって座った。

騒ぎすぎたりして先生に怒られない限り、どこに座るかは自由だ。

各々宿題を取り出し、並べられた長座卓の周りにはランドセルが開かれたまま散らばっている。

今日の1年生の宿題は算数のプリントと漢字ドリルと音読だ。



「肘をつかないよ」


注意される夏樹の後ろで、黙々と取り組み一番に出来上がった冬真は、ノートを持って先生の所に行く。

丸をつけてもらって、机に戻った冬真は国語の教科書を出したが座り直した。


「冬真、行かないの?」

「行くけど、練習してからにしようと。」

「えーめんどくせっ!行ってみりゃいいじゃん!冬真ならいけるって!」


コソコソ話しかける夏樹だったが、すかさず和樹の注意が飛ぶ。


「はい、しゃべらないよー」


目を開いて夏樹に同意するように口を開こうとした2人も口をつぐむ。

文字を指で辿りながら、小さな声で練習する冬真。

一通り読み終わると、よし、と教科書を持って立ちあがった。


サロンの部屋へ向かった冬真は、まっすぐ勲の元へ向かった。


「今お時間ありますか!音読をきいてください!」

「おう、聞きましょう聞きましょう。」


音読カードを受け取り、勲は冬真にしっかり向き合った。


「背筋はよいか?本はしっかり持つんぞ。ほい、よかろう。」

「『カエルとリス ある日のこと――――』」


大きな声が部屋の中に響き始め、少し声を落とすおばあちゃん達。

中にはによによと様子を伺う人もいる。


「さあ、今日はどうなるかしら」

「冬真くんはがんばりやさんだからね」


こそこそ話す声は、真剣に音読をする冬真の耳には入らない。


「『カエルさんは、』あ⋯に、あ⋯『カエルさんに、リスさんは』」


少し読み間違いをした冬真は目に見えて落ち込んだ。

心なしか声が小さくなり、読み終わっても残念そうな顔。

「いい姿勢やったの。ほい!」


渡された音読カードには、おうちのサインの箇所に「桑名」と書かれていた。


「⋯ありがとうございました」


頭を下げた冬真はしょんぼりと寺子屋へ戻っていく。


「あ、冬真!どうだった!?」


入ってきた冬真に春人がわくわくと聞いた。


「だめだった⋯1回間違えた。」

「あーあ。まぁ、新しいとこ始まったばっかりだしな!」

「冬真がムリなら、オレも今日はムリやな!」


慰める春人に、夏樹も言葉を重ねた。


「はい、そこ静かに〜!春人くんと夏樹くんは終わったの?」


バツが悪そうに2人は宿題に顔を戻す。


「よし!オレも行ってくる!いい作戦思いついた!」


教科書を睨んでいた千秋が、サロンへ飛び出していった。


「今お時間ありますか!音読をきいてください!」

「お!千秋か。聴こう聴こう。今日はどげな作戦か?」

「今日はな、ちょっとずつ読もうと思って!」

「ちょっとずつ?」

「うん!」


よくわからないと思いつつも、勲は読むように促した。


「『カエルとリス ある日のこと!⋯⋯カエルさんは!⋯⋯』」

区切り区切り、時間をかけて読む千秋。

勲は笑いを耐えるように口をモニョモニョさせながらそれをきく。


「『そして』あ!『そこで』」


途中で間違えたことで諦めたのか、千秋は区切るのをやめて読み始めた。


「あーあ、間違えんかったらなぁ」


残念そうに言った千秋は、勲が書いている音読カードを見て大きな声を上げた。


「あ!三角ついてる!!なん⋯!あ、そっか⋯」


音読カードには「すらすらよめる」の欄に三角が書かれていた。


「今日はスラスラではなかったのぉ。」

苦笑いをしながら、桑名と書き込み音読カードを返す。


「ありがとうございました〜」


しょんぼり戻る千秋。


「どうだった!?」


春人の問いかけにふるふると首を左右に振る。


「作戦失敗だぁ」


両手をだらりとのばし、机に突っ伏した。


「俺も行ってくる!」


気合を入れて立ち上がる春人の横で、夏樹はのんびり問題を解いている。


「ねぇせんせぇ?これどーいう意味?」

「うーん。さっきのと同じなんだよね。とりあえず、一緒にちゃんと問題読もうか。」


よし!ともう一度気合を入れて、勲の前に立った。


「今お時間ありますか!音読をきいてください!」

「ほいきた。背筋はいいか?ほい聞きましょう聞きましょう」

「『カエルとリス ある日のこと―――――』」



「やったぁぁぁぁ!!」

聞こえてきた歓声に、寺子屋の部屋にいた3人は顔を見合わせた。

「ありがとうございました」と続いた声は楽しそうで、寺子屋の部屋に戻ってきた春人は満面の笑みを浮かべていた。

3人の視線を感じた春人は音読カードを3人に見せた。

そこにはおうちのサインの箇所に赤いインクで印相体の印鑑が押されていた。

「すげー!!」

「まじか」

「おぉ〜!!」

「かっこいいだろ〜」


得意そうに顎を上げた春人たちを見て、和樹はそっとため息をつく。


「いい加減にしないさい。終わったなら外かサロンに行っておきよ。なーつきくんはまだでしょうが!」


怒られて慌てて荷物をまとめる3人。


「だぁってわからんのやもん!」


口を突き出す夏樹を置いて、外に出る。


「春人、どうやったの?」

「いや、なんも!いけるかなぁって読んでみたら、いけた!」

「え〜それじゃなんの作戦もないやん!」


若干悔しげな冬真とつまらなそうな千秋ではあったが、遊び始めると3人はすぐに笑顔になる。

遅れて出てきた夏樹は開口一番に「ムリやった!でもな、声が大きかったって褒めてもらった!」と叫び、4人で遊ひ始めた。


お迎えが来て、夏樹が抜け、次に冬真が帰っていった。

残る2人は、今日のごはんが何か匂いで当てようと言い合いながら母屋に入っていく。


車に乗った冬真は、今日あったことを、運転するお父さんに、ぽつりぽつりと話していた。


「俺、ちゃんと練習したん(だよ)?でも1回だけ間違えてな。春人は練習もしてないのに、インカンもらってさ。頑張ったのに」


涙は出ていないが、グズグズと鼻をすする音がする。


「でも、冬真も1回しか間違わんかったんやろ?練習したことは無駄やないと、お父さんは思うよ」

「でもインカン貰えんかったもん」

「冬真はどうしたい?」

「インカンほしい」

「まだ何日か同じ話よむんやろうし、頑張ってみたらいいよ。練習付き合おうか?」

「う〜ん⋯⋯」


不満げではあるが、そこから続く声はなかった。




次の日、国語の時間にもこっそり練習するが、勲はサロンに来ていなかった。

その次の日、その次の日、と何日かチャレンジするも、間違うと泣きそうな悔しそうな表情をする冬真は必死さを感じ、勲はとりあえず毎日サロンに来ようと心に決めた。




週末になり、冬真はお母さんを探した。


「ねぇ、お母さん」

「なに〜?」


キッチンに顔を出すと、お母さんは食器を洗っていた。忙しそうだな、と諦めた。


「やっぱりなんもない。お父さぁん!」 


返事のした方へ行くと、お父さんは洗濯機から洗濯物を取り出していた。


「なぁ、お父さん」

「どうした?」

「⋯なんもない」

「公園でも行きたいのか?」

「⋯違う。音読、練習聞いてほしかったけど、忙しそうだからいい」

「お、練習頑張ることにしたん?約束したから、付き合うよ。シーツだけパパッと干してしまうね」


教科書を持ってリビングにきた冬真は、何回か読んでみる。うまくいったりいかなかったりだ。

むぅっとに机に突っ伏していた冬真は、ぐるりと首を回しお父さんの方を見た。


「なぁ、お父さん。なんか、アドバイスとかコツとかない?」

「『読書百遍(どくしょひゃっぺん)』何回も練習する以外思い浮かばないな。ん〜本番も床に座って読むの?」


向かいに座ったお父さんが考えるように顎に手を添えた。


「本当はね、こうやって、背中ピーン!として、手もピーン!として、大きな声で読むんだよ。じいちゃんもばあちゃんも耳が遠いから、小さい声じゃ聞こえんのって。」


立ち上がって姿勢良く教科書をもつ冬真。


「声の大きさはな、夏樹が一番ほめられるんよ。他の子の声が聞こえんくらい大きい声だすから」


その様子を思い出したのか笑う冬真をみて、お父さんも笑った。


「冬真は何か褒められたりしないの?」

「俺はね〜姿勢とかぁ、練習することとか、ほめられるかな!」

「姿勢と練習頑張るところか。よく見てくれてるもんだな。完璧に読む以外にも褒めてもらえるなら、それを伸ばすんでもいいんじゃないの?」


真剣な顔をする冬真は即座にそれを否定した。


「ダメ!だってそれじゃインカン貰えんもん!いさおじいちゃんのインカンかっこいいんよ!赤いし、読めんけどなんか線がいっぱいでうねうねしてて!」

「そっか、うねうねしててかっこいいんだね」


ただの印鑑にここまで本気になれる微笑ましさに、思わず肩が震えるお父さんは笑わないようにぐっと堪えて冬真に声をかけた。


「じゃあ、まぁ、印鑑もらえるように、本番と同じ姿勢で読んでみようか」

「そうやな!そうする!」



週が明け、読書カードによればこの話は今日で最後という日。

冬真のお父さんから鶏肉を寄付された京子は、大量のからあげを揚げていた。


香ばしい香りの漂うサロンで、冬真は勲と向き合っていた。

読むぞ、と意気込んで口を開けようとする冬真を勲は止めた。


「あ〜ちょっと待ちよ」


教科書から目をあげて勲を見る。


「ほい、冬真、深呼吸しよ。深呼吸」


冬真はよくわからないまま素直に深呼吸する。


()いか?冬真がいっちゃん(一番)練習してるんを、じいちゃんは知っとるからな。ここにおるじいさんばあさん、みーんな知っとる。だからな、練習通りにしたらいいんぞ。」

「鈴子ばあちゃんも知ってるよ。今までのお話のときも、冬真くんは頑張って練習してるのわかってるよ。だから、今回のお話は春人くんが一番に印鑑もらってたけど、今まで一番たくさん印鑑もらってるのは冬真くんじゃない?大丈夫。いつも通りで、大丈夫よ」

「悔しいんもわかるけどね。でも『ずるい』とか言い出さんのが偉いねぇ」


サロンのあちこちから声がかかり、人に褒められ、慰められ、落ち込んでいた気持ちが少し上を向く。

なんだか嫌だとモヤモヤしていた感情に「悔しい」と名前が付き少し気分が晴れた。

泣きそうな気持ちを抑え、こっくりと頷いた冬真はもう一度勲に向き合った。


「音読きいてください!」

「はい、聞きましょう!」

「『カエルとリス―――』」


サロンがわっと騒がしくなったと思ったら、寺子屋に冬真が走るように飛び込んできた。

パッと顔を向けた3人ににんまりと音読カードを見せる。

そこにはまだ乾いていないキレイな赤い印鑑が押されていた。


「わぁ!やったな冬真!」

「すげー!!」

「俺も!今日こそ俺も!」

「はいはい、静かにしなさいよ〜」




ワイワイ騒がしい今日の和室には、お父さんの隣でにこにことごはんを食べる冬真がいた。

その前には大好物のからあげがあった。


「俺今回インカン貰えんままだったぁ⋯」


不満そうに千秋が口をとがらせる。


「だから、作戦より練習って言ったじゃん」

「わからんやん!なんかすげぇ作戦思いついたら、毎回インカン貰えるかもしれんやん?」

「読書百ぺん!練習する方がいいんだよ!なぁ、お父さん!」


お父さんは、はははっと笑った。


「練習する、っていうのも作戦のうちだからな。お父さんは思い浮かばないけど、何か画期的な発見があったら、毎回完璧に読めるようになるかもしれないし。『ない』ことを証明するのは難しいから『音読が完璧になる作戦なんてない』とは言えないかな。ねぇ、嬉野先生?」

「ん〜まぁそれはそうですけど。元教員の僕としてはただただ練習してほしいと思ってしまいますね」

「それは確かに。大人の希望と子供の興味が一致しないのが残念ですね」

「本当に」


和樹はとても実感がこもった頷きで返した。

周りの大人は思わず吹き出し、子供は構わず楽しそうにごはんを食べていた。

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