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嬉野さん家の日常

スキカッテ連載始めます。

書きたい時に書きたいように書く予定なため、不定期連載です。

春編までは書き上げますので、お手すきの時にでもお読みいただければ幸いです。

田んぼや畑があふれるとある田舎。

海にもほど近いそこに嬉野寺子屋塾うれしのてらこやじゅく・地域食堂はあった。

田舎ならではの広い敷地に建てられた家はまた広いものではあったが、家主の嬉野夫婦が「個人のスペースなんてワンルーム分」と言うくらい色々な施設が詰まっていた。

夫和樹が営む、毎日の学校の宿題を手伝う寺子屋塾。

主に妻京子が運営する、利益を上げずに食事を提供する地域食堂。

「始めたわけじゃなかったんだけど、いつのまにやら集まるようになってた」、地域の住民が自由に出入りしている地域サロン。

様々な人が集まるその家は、地域の人たちからは「嬉野さん家」として親しまれていた。



お昼ごはんを済ませた午後。

離れからは地域サロンに集まった地域の人達の楽しげな話し声がさわさわと聞こえていた。


さて、と京子は冷蔵庫に貼られた食材管理表の前で悩んでいた。

さくらさんのところから頂いていた小松菜は今日で3日目になるから、もう使ってしまいたい。

鶏むねとしめじは炊き込みご飯にする予定で午前中買ってあるから⋯

うーん。ナムルか、汁物か。

今日の予約人数を確認すると、ナムルにするには少し人数が多いかなとお味噌汁にすることに決めた。

小松菜、冷凍のお揚げ、人参、と管理表から消して、野菜コンテナから小松菜を次々取り出しボウルに移していく。

大きな鍋に水をはっていりこを落とした京子は、手際よく下ごしらえを済ませていった。



3時になろうかという時。

勢いよく扉を開けた4人の小学生は、走るように飛び込んできた。


「「こんにちは〜!」」

「あら!こんにちは!もうそんな時間?」


次々に挨拶を返すおばあちゃん達は子供達が来ただけでにこにこと楽しそうに笑う。

ばたばたと足音が響き、続いて「部屋の中を走らないよ」と注意する和樹の声がする。


「今日はどうする?」

「私食べて帰ろうかしら」

「うちは魚買っちゃったわ〜」

「あらら帰りを待たれてるわね」


そこかしこから相談の話し声が落ち着いた頃、声が上がった。


「今日ごはん食べていく人〜?」


パラパラと手が上がり「ひぃ、ふぅ、みぃ」と指をさして数えた笛吹(ふえふき)さくらは京子に今日の食事を頼むためにサロンを出た。


順に子どもたちが来ては和樹のいる奥の部屋へ入っていく。

子どもの人数の割に集中しているのか静かな奥の部屋を気遣って、サロンの中も少しだけ声が落とされる。

しばらくの後、音読のためにサロンへちらほら子どもが出て来始めた。


「いさおじいちゃん!今お時間ありますか!音読を聞いてください!」

「おうおう、聞きましょう聞きましょう。今日はなんの話しかいの」


ピンと伸びた背筋で、しっかりと教科書を持つ大崎(おおさき)冬真(とうま)は元気な声で読み始めた。



夕方が近づき、サロンの参加者はちらほらと帰り始め、宿題を終えた子どもたちは思い思いに遊び始めた。

少し低い高齢者達の声、空いた椅子に座っておしゃべりを楽しむ子ども達の楽しげな声、元気に庭で遊び回る声、早さも重さも違うそれぞれの声が不思議と違和感なく混ざり合っていた。


母屋のチャイムが鳴り、返事を待たずに玄関を開ける音がする。


「京子ちゃん、ただいま」

愛良(あいら)ちゃん、おかえり」


中学校の制服姿の熊谷(くまや)愛良はダイニングテーブルの定位置に荷物を置いた。


「人数多い?手伝おうか?」

「大丈夫よ。ありがとう」


そこへ座り、カバンからプリントを出して勉強を始めた。

勉強をしながら今日あったことなどを話せば、京子も料理を続けながら返事をする。

まだ子どもも地域の人もいない静かな部屋に、料理とペンの音が落ちる。

またチャイムが鳴ると、今度は男子高校生が入ってきた。

挨拶をしてダイニングテーブルの定位置に座るまでは一緒だが、腕を枕にぐったりしている。


裕司(ゆうじ)くん、宿題ないの?」


動きを見せない北見(きたみ)裕司の方を振り返った京子が、首を傾げた。


「宿題はないけど、明日小テスト祭り」

「あらぁ大変ね」


顔も上げないままの裕司の声に被せるように炊飯器が鳴った。

京子が混ぜようと蓋を開ければ、白ご飯と違う香ばしい香りがふわりと立った。


「あ、今日炊き込みご飯?やった!おばちゃんの炊き込みご飯好き」

「おにぎりにする?宿題終わったし手伝うよ」


顔を上げた裕司が笑顔を見せるのと、荷物を片付けながら愛良が立ち上がるのは同時だった。


「ありがとう!今日は20個くらいかな。手袋そこね」


2人で「熱い熱い」と言いながらおにぎりを握っていると、再びチャイムが鳴る。

入ってきたのはおばあちゃんと子供が数人で、そろそろ中に入るように促す和樹の声が聞こえるから、今からぐっと人数が増えるだろう。


「おばちゃん、チケットここでいい?」

「うん。置いといて。」

「何手伝おうか?」

「じゃあ机出して、お箸もお願いしていい?」

「は〜い!」


キャラキャラと楽しそうな女の子達はじゃれ合いながらお手伝いをしてくれる。

机を手伝うために裕司も立ち上がった。


「今日は何人?」


手伝うために頭にタオルを巻いたおばあちゃんがキッチンへやってきた。


「とりあえず20人分くらいお願いします」


人が増え賑やかな部屋の中、増えた人手によって一気に夕飯の支度が整っていく。

チャイムが鳴るたびに人が増えていき、慌ただしさもピークを迎えていた。


「あと3人分お願いします!」

「はいはい」

「お茶は足りとる?」


キッチンのダイニングテーブルは大人と愛良の指定席のようになっている。

隣の和室はふすまが外され、繋がった部屋は全部で20畳程。

長方形の茶色い座卓机の周りには統一感のない座布団が並び、和樹と子供達がいつも座っている。

そんな家の中を手伝うように注意する女の子の声と、返事だけよい男子の声が飛び交っていた。



「はい、みんな自分のごはんあるね? 小松菜は糸島(いとしま)さんから、にんじんはうめおばあちゃんから、お漬物は明石(あかし)さんから、それぞれいただいたものです。会った時には、きちんとお礼を伝えてください。それでは手を合わせてください。いただきます!」

「「「いただきまぁす!」」」


「これ、俺が採った小松菜かも!」

「俺もすげーでかい人参抜いたしな!!」


和樹の声に一瞬訪れた静寂は、挨拶が終わればあっという間になくなった。

食べている途中にもチャイムがなり、ちらほらと人が来る。

子どもを連れてくる親はだいたいが和室の方へ行き、高齢者はキッチンに来たり和室に行ったりと様々だ。

嬉野さん家が一番賑やかな時間帯。

食べ終えた食器を各自が洗う横で、京子はコーヒーとお菓子を準備し始めた。

ダイニングテーブルの大人に勧め、余ったお菓子を数える。


「今日は(きく)さんから頂いたおまんじゅうが5個あります。いる人〜?」


集まってじゃんけんする子供を、おまんじゅうをデザートにコーヒーを飲み、大人はにこやかに見守る。

歓声と悲鳴が上がり、勝ち残った子どもが取りに来る。

チケットと交換でお菓子を貰い、にこにこと席に戻っていく。


「人気でいいわね。次は何にしようかしらね」

「あら、どこだったか、この前のあのお菓子おいしかったわよね」

「あのーあれね、中に白いのが入ったー⋯ね!」

「ザビエルでしたかね。美味しかったですね」

「そうそう!そんな名前の!」


まったりとした時間を過ごし、18時半を過ぎてくるとお迎えが増え始めた。


「ごちそう様でした!先生また明日ね!」

「ありがとうございました」

「さよなら。気をつけてな」


「おばちゃん、俺、明日は来れないけど明後日は来れると思う」

「ごちそうさまでした。私は明日もお願いします」

「はいはぁい!愛良ちゃんをよろしくね。小テスト頑張るのよ!」

「うわぁ頑張れん〜」

「頑張れる!気を付けて帰るのよ」


少しずつ座卓が片付けられていき、お迎えに来た親が今からごはんを食べる子は、広くなった和室でまた遊び始める。

コーヒーを飲み終えた地域の人達も帰って行き、20時を待たずに大体静かになる。


京子は余ったごはんを保存容器に移し、大鍋を洗いキッチンを片付ける。

和樹は机を拭き、掃除機をかける。

そうしているとまだ何回かチャイムが鳴るが、この時間は大体大人しかこない。

中で食べていく人もほぼおらず、持ち帰れるようにおにぎりを渡す。

今日は食べていく人は誰もいないようで、21時に家の鍵をかけた。


「今日もお疲れ様でした」

「お疲れ様でした」


和樹と京子はお互いにペコリと頭を下げた。

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