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7夜目のためのお話:フェンリルと騎士団長

「今からシリウスのおやつを準備するので、少しお待ちください」


 エーファはスパイスミルクティーを作り終えると、戸棚から鍋を出してコンロの上に置く。続いて氷魔法を付与した魔法具の冷蔵庫から魔鳥の肉を取り出した。

 

 鍋にたっぷりとお水を入れ、火にかける。温まってきた頃に肉を入れた。


 シリウスは鍋から香る肉の匂いを嗅ぎつけ、くんくんと鼻を動かす。

 ヒルデを驚かせないようにゆっくりと立ち上がると、ランベルトの前にお座りした。先ほどのエーファとランベルトの会話から、彼から自分に与えられる肉だとわかっているのだ。

 

「シリウスったら、本当に現金なんだから……」


 早くも肉の催促をしている相棒に、エーファは苦笑する。


 今は飼い犬と変わらない仕草を見せるシリウスだが、エーファが魔法兵団にいた頃は孤高のフェンリルらしい凛々しい面立ちでエーファを支援してくれる、頼もしい存在だった。

 

 戦場を駆け巡り、咆哮で魔物を威嚇する姿は味方の人間たちを魅了した。

 ランベルトもその一人で、エーファが率いる部隊との共同作戦ではチラチラとシリウスの姿を目で追っていたのだ。

 

 その憧れのフェンリルが自分の目の前に座って自分を見てくれていることに、ランベルトは感激で胸がいっぱいになっていた。

 

「――さあ、できましたよ。これをシリウスにあげてください」

「は、はい……」


 湯がいた魔鳥の肉が少し冷めると、エーファはそれを皿にのせてランベルトに手渡す。

 

「シ、シリウス……どうぞ召し上がれ」

「ガウッ!」


 ランベルトが肉の一切れをシリウスの口元に近づけると、シリウスはその手から肉を食べた。大きな口を器用に動かし、ランベルトの指を噛まないようにそっと齧るのだった。


 一つ、また一つと与えていると、すぐに皿の中身がなくなった。


「美味かったか?」

「ガウッ!」


 シリウスは満足げに口の周りを舐めると、お礼と言わんばかりにランベルトの胸にモフモフの頭をすり寄せた。大抵の人間ならよろけるであろう巨体だが、騎士のランベルトはしっかりと受け止めている。


「――っ!」


 よほど嬉しいのか、ランベルトの表情は瞬く間に解れていく。いつもは眉間に居座っている皺がなくなり、引き結ばれていた唇が綻んでいる。

 

 彼もこんな顔ができるのかと、一人と一匹の様子を見守っていたエーファは内心驚くのだった。

 

「ヘルマンさん、ありがとうございます。おかげで夢が一つ叶いました……!」

「夢とは大げさな……。ロシュフォール団長って、意外とモフモフが好きなんですね」


 生真面目な騎士団長の意外に無邪気な反応にエーファが困惑していたその時、暖炉の近くのテーブルでスパイスミルクティーとアップルパイを堪能していたヒルデが、突然フォークを取り落とした。


「ヒルデさん?! 大丈夫ですか?」

「フェンリルを連れた、ヘルマンという家名の女性……もしかして、店主さんは氷晶の賢者様なのですか?!」

「元、ですよ。今はこのカフェの店主です」

「わ、わあ……!」


 ヒルデは両手で口元を覆った。その目はキラキラと輝いている。

 

「目と髪の色が氷晶の賢者様の特徴と同じなので、もしかして同一人物なのかもしれないと思ったんです。まさか本人だったなんて……!」


 エーファの銀色の髪も淡い薄青色の目も、この国では珍しい。そのためエーファが氷晶の賢者として名を馳せた時、彼女の姿を見た民たちは、その幻想的な髪と目の色に見惚れたのだった。

 

「もう賢者ではないので、気軽にエーファと呼んでください」

「い、いいのですか……?」

「もちろんです。むしろその方が気が楽ですから」

「では、私のことはヒルデと呼んでください」

「ふふ、そうしますね」

 

 エーファはにっこりと、ヒルデはややはにかんで微笑み合う。


 彼女たちの間に挟まれたランベルトは、やや居心地が悪そうに手を握りしめたり指を動かしたりしては気を紛らわせている。エーファは目敏くそれに気づいた。


「ロシュフォール団長もエーファと呼んでいいですよ?」

「わ、わかった。それでは、私のことはランベルトと――」

「さすがにそれは無理です。だってロシュフォール団長は現役の貴族なんですから。平民がおいそれと名前で呼べないです」

「……なんだろう、この疎外感……」


 身分の差があったとしても、親交があれば名前で呼び合うことはできるのだ。


 内心しょんぼりとしたランベルトを、シリウスはモフモフの尾で慰めるのだった。


「そういえば、ヒルデさんは今年の降星祭の歌うたいなんですよ」

「そうでしたか、ヒルデさん、試験合格おめでとうございます。当日は我々騎士団がみなさまの安全をお守りしますのでご安心して女神様に歌を捧げてください」

「はいっ! よろしくお願いします」

「私は神殿の内部を担当することになっているので、ヒルデさんの歌を聞けそうです」

 

 降星祭の日の夜は王族がみな神殿に揃うため、いつも以上に警備が厳しくなる。騎士も魔法使いも動員されるのだ。


(ロシュフォール団長は神殿の内部にいるのかぁ……。どうにかして、外に誘導できるといいんだけど)


 エーファはランベルトの話を聞きながら、当日の警備について考えを巡らせた。

滑り込み投稿が続いているので土日に書き溜める所存…!

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