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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある令嬢の独白 ~夫の死、彼の愛、あるいは狂気について~

作者: イクフミ

エリオットのこと、覚えていますか?


彼は、十年前に天を訪れた私の亡き夫なのです。


時間が流れると、エリオットのことを思い出す度に、彼がかつての夫であったことが信じがたく、その全てが夢の中の出来事のように感じられます。


どうして私がエリオット家に嫁ぎ入ることとなったのか、未だに不思議に思っています。


言うまでもなく、結婚する前に私たちが熱烈な恋に落ちたなんてことはありませんでした。


知人の取り計らいが母を通じて私に伝わり、私の性格からすれば、どう答えれば良いのか迷ってしまったのです。


結果として、私は思わず承諾してしまいました。


私は、彼が運命の人だと感じました。


大きな王国の中でも、彼の家系の格式から、彼の顔ぐらいは知っていました。


しかし、風の噂では、彼はちょっと取り扱いが難しい性格とのこと。


あの見目麗しいエリオットについて、お分かりかもしれませんね。


彼は、ただの素敵な男性ではなく、心の奥に何か深い影を抱えているようでした。


その影のせいか、彼の美しさは、どこか幽玄で、それが彼の貴族としての風格を一層引き立てていました。


そんな彼には、きっと多くの女性が夢中になっていることでしょう。


だから、私の少し丸みを帯びた体型が彼にどう映るのか、色々と心配になることもあるのです。


そんなわけで、友人たちや使用人たちとの、彼に関する噂話にも、どうしても興味を持ってしまうのです。


そのような状況で、次第に噂が私の耳に入ってきましたが、彼に関する問題行動の話は聞かれませんでした。


だけど、彼の繊細な性格は特筆すべき点でした。


正直言って、彼はちょっと変わっているかもしれません。


友達は少なく、お城で静かに時間を過ごすのが好きな様子。


そして何と、女性に対して不慣れだという話まであるのです。


しかも、社交の場を避けるわけではなく、本当に女性との関わりが難しいとのこと。


私との婚約の背景には、彼のご両親の願いがあり、仲人の方も、私を納得させるより彼を説得する方が難しかったらしいのです。


正確な情報とは言えませんが、誰かが過剰に話してしまったか、あるいは、私が過敏に感じ取ってしまったのかもしれません。


実際、婚約してから問題が発生するまでは、それらの噂は私の過剰な期待かもしれないと、自分を納得させていただけだったのです。


確かに、ちょっとプライドが高くなっていたのかもしれませんね。


当時の私の若き心を思い返すと、なんともかわいらしく思えます。


内心での緊張を抱えつつ、隣国の服飾の専門家のもとへドレス選びに出向き、その素材で丹念に仕立て上げました。


さまざまな装飾品や、細部にわたるアイテムを整える中で、彼の家からは素晴らしい結婚の贈り物が届けられ、友人達からは祝福や羨む声が上がりました。


人々と顔を合わせるたびに、ちょっとした冗談やからかいを受け、その度に頬を赤らめながら幸せを感じ、城全体もその明るいムードに包まれました。


私の19歳の心は、まるで浮き立つような喜びに満ちていました。


一点明確に言えるのは、彼がどれほど個性的で、気が強いと言われようと、その華麗な夫としての立ち振る舞いに、私は心から引き込まれていたのです。


そして、そんな強烈な性格の持ち主こそ、情に厚いと思うのです。


彼が私だけを守り、その深い愛情を私だけに向けて、私を大切に思ってくれるのではと、ああ、私の心はどれほど純粋だったことか。


まさにそのような気持ちでいたのです。


始めのころ、その時を遠い未来の出来事として楽しみにしており、日々を心待ちにしていました。


しかしながら、日が経つにつれて、甘い期待は徐々に現実の不安へと変わり、とうとうその日がやってきて、華やかな結婚式の行列が私の屋敷の前に集結しました。


その行列は、私の王国にとっても、特別なものでした。


私が馬車に乗り込んだ瞬間の感覚は、多くの人々が体験することのないもので、気が取られるほどの感じがしました。


まるで、犠牲となる羊のようにも感じられ、心が揺れるだけでなく、身体まで何とも言えない痛みを感じました。


その瞬間の感情を、どう言葉にすれば良いのか…。



果たして、どう過ぎ去ったのでしょう。


何はともあれ、結婚式の興奮から数日は、夜に寝たのかも定かでなく、新しい家族や家の使用人の顔ぶれや数、挨拶の内容も思い出せないほどでした。


帰郷するときに、エリオットの背中を眺めながらの馬車の旅は、まるで夢の中を進むようでした。


…申し訳ないのですが、つい余計な話に花が咲いてしまい、本題を見失ってしまいますね。


結婚式の騒ぎが収まった後、エリオットは噂ほどの奇人ではなく、実際には多くの人々よりも風雅で、私に対しては非常に気配りがありました。


その安心感で、これまでの緊張感がほぐれ、人生ってこんなにも明るいものだったのか、と感じるようになりました。


そして、義父母はとても理解がありました。


エリオットは彼らの一人っ子で、他の義兄弟もいないので、結婚生活がこんなにも心地よいものだったとは、と思うようになりました。


エリオットの魅力、いや、それだけでは片付けられないのです。


これは私たちの物語の中心なのですから。


共に時間を過ごす中で、初めは遠くから観察していた彼が、私の世界で唯一無二の存在へと変わりました。


日が過ぎるたび、彼の存在は一層際立ち、その存在全体に私は心底惹かれていったのです。


彼の美しさだけが魅力ではないのです。


恋というものの不可解さ、エリオットの個性やその特有の雰囲気、さらにそのクリスタルのような美しさに、私は心から引き込まれました。


まるで新たな世界に旅立ったかのようでした。


私のこれまでの生活を振り返ると、結婚してからのこの短い時期は、夢か、あるいは物語の中にいるようでした。


少々過言かもしれませんが、海の王子から愛される人魚のように感じたのです。


その時の私は、その王子のように至福の瞬間を味わっていたのです。


多くの新婦は新婚生活が大変だと言いますが、私にとっては完全に違っていたのです。


しかし、それだけでは終わらないのです。


難関に立ち向かう前に、予期せぬ危機がやってきたのかもしれません。


あの半年の時間、私たちがどのように過ごしたのか、それはとても充実した日々で、些細な出来事は記憶から薄れてしまいました。


その詳細は今回の中心からはずれているので、ここでは触れないでおきましょう。


とはいえ、エリオットがどれだけ深く私を想っていたか、それは通常の夫とは比較にならないほどの強い愛情でした。


私はその情熱的な愛を喜びとして受け取り、疑問を持つことなく受け入れました。


しかし、後から思い返すと、エリオットの過剰とも思えるその愛には、背後に隠された意味があったようです。


彼の愛情自体が問題だったわけではありません。


彼は心から私を想い、それを伝えるために全力を尽くしていたのです。


私も彼の真摯な気持ちを受け入れ、彼を信頼し、支えとしました。


エリオットは何故、あれほどまでに私を深く愛してくれたのでしょうか。


この認識は、すべてが終わった後のものでしたが、それには思いもよらない、そして驚くべき理由があったのです。



「何かが違う」と感じ始めたのは、結婚からほぼ半年後のことでした。


思い巡らせてみれば、その頃、エリオットは愛情を示すエネルギーに疲れてしまったのかもしれませんね。


または、何か別のものが、彼の心を私から引き寄せたのかも。


男性の愛とは、一体どのようなものなのでしょう?


未熟な私には理解できませんでした。


エリオットの愛情は、すべての男よりも、あるいは誰よりも素晴らしいものだと、心から信じていました。


しかし、そんな私も、いつしか、彼の愛情に真実から逸れる部分があることに目を向けざるを得なくなりました。


その熱情は表面だけで、内側には、なにか遠くを求めるような、冷めた虚しさを感じたのです。


彼の瞳の中には、別の冷たい視線が、遥か彼方の何かを追っているようでした。


彼の優しい声でも、どこか遠く、無機質に聞こえたのです。


しかし、彼の愛情が最初から全て虚偽であるとは、当時の私には想像すらつきませんでした。


彼の心が私から離れ、他の誰かに移っていくことを感じ、そのような疑念を持ち始めたのでしょう。


心の隅に疑問が湧き上がった瞬間、それは星空が広がっていくかのように、驚く速さで増え続け、彼の行動や些細なことにまで目が行き、私の思考を疑念の影に染めてしまったのです。


その言葉には何か裏があるのでは。


彼は私と共にいない間、どこにいたのだろう。


これやあれやと思い返し、まるで暗い洞窟が広がり、私をその中へ吸い込むような気持ちになりました。


けれど、そんな深い疑惑にも関わらず、私は確実な証拠を一つも見つけられませんでした。


エリオットが外出する際の目的地は大体知っていましたし、日記や手紙、写真もこっそりと調べましたが、彼の心の中を示すものは何も見当たらなかったのです。


自分の浅はかな想像で、根拠のないことを疑っているだけなのかと思いましたが、疑問は消えず、彼の深く考え込む姿を見るたび、何かが隠されていると感じました。


エリオットは本を愛し、屋敷の裏の宝蔵の上階には古書がぎっしりと詰まっていました。


彼はそこで古いランタンの灯りの下、読書にふけることが多かったのです。


しかし私との関係が始まってからは、しばらくその塔に足を運びませんでした。


ところが、最近再びそこに頻繁に通うようになりました。


この変化の背後には何か理由があるのでしょうか。


突然、そんな疑問が頭に浮かんだのです。


宝蔵の上の階で古書を眺めるなんて、かなり変わっているように感じました。


始めは何の心配もないことだと思っていたのですが、エリオットの行動や態度が気になって、ひそかに彼の所有物を調査しました。


しかし、彼の感じられない愛情や、遠くなった瞳、そして考え込む姿を見て、もう宝蔵を疑わざるを得ない気がしました。


特に、彼が宝蔵に入るのは深夜が多く、私が眠っていることを確認した後、こっそりと出て行き、なかなか戻らない。


バルコニーからは、宝蔵の窓の明かりがぼんやりと確認できます。


心に不安が募ることがあります。


宝蔵の中を初めて見たのは結婚直後だけで、エリオットがそこで過ごしても私が困ることはないと感じていたので、中を見に行ったことがなく、宝蔵の上の階だけが、私の知らない場所でした。


今、それを疑いながら確かめる必要があるように思ったのです。


私たちが結婚したのは水の月の中旬、エリオットに対する疑問はその年の風の月、満月の頃に始まりました。


彼がバルコニーで月光に照らされ、深く思いに沈む姿を見て、何か心に響いたのが疑念の始まりだったのです。


その疑念が徐々に大きくなり、風の月の終わりに私はエリオットの後を追い、宝蔵に入る決心をしました。



どれほど運命は不確かなものか。


エリオットの熱烈な愛情に心を奪われたものの(以前に触れた通り、真実の愛ではなかったけれど)、わずか半年でその情熱が冷めてしまい、悪魔の箱を開けたときのように、幸せのピークから一転、目の前には終わりのない疑問と嫉妬が広がっていました。


初めて宝蔵に対する疑念を抱くようになったのは、あるとき。独りの時間にエリオットの後ろ姿を一瞬見かけ、彼に私の心の不安を取り除いてくれる何かを見つけることを願いました。


その一方で、自分の行動に怯え、途中で止めることのできない気持ちになって、ひんやりとした夜、庭の虫の声も次第に消え、真っ暗な空に、輝く星々が遥か彼方に感じられ、なんだか心細い夜でした。


けれど、その夜、私は勇気を振り絞り、宝蔵に潜り込み、最上階でエリオットの動きを探ろうとしたのです。


屋敷では、義理のお父様やお母様、そして使用人たちも、既に深い眠りについていたでしょう。


屋敷の周りは自然が多いので、十時頃でも静寂が広がっています。


宝蔵に向かう道のりは、真っ暗な庭を抜ける必要があり、少し心細く感じます。


その途中で、湿った土の上を、大きなトードの不気味な鳴き声が響きわたるのです。


そうした雰囲気を乗り越えて、宝蔵の中に踏み込むと、そこは闇に包まれ、ほのかなラベンダーの香りと、冷たいカビの匂いが、私を包み込んでしまいました。


この情熱的な嫉妬の感情がなければ、19歳の私がそんな場所に足を踏み入れるはずがありません。


本当に、恋愛は一筋縄ではいかないものですね。


暗闇の中、二階に繋がる梯子段に近づき、その上を覗いてみると、扉がきちんと閉じられているのが見えました。


私は、ひとつ息を吸い込んで、静かに梯子を登った後、扉をゆっくり押してみました。


しかし、きっちりと錠がかかっていて、開きません。


ただの読書のために錠をかける必要があるのかしら?


しかし、細かいことが気になってしまうものですね。


一体どうしたらいいのか。


扉をノックして開けてもらう方がいいのか。


だけど、こんな時間にそれをしたら、心の裏を読み取られ、彼から遠のく恐れがあります。


だけど、このまま待つだけの状態も、私の性格には合いませんでした。


勇気を持って、彼に扉を開けてもらい、宝蔵の中で彼に自分の心の中を開き、彼の真意を知りたいのです。


そんなことを考えながら扉の前に立っていた時、突如として恐ろしい出来事が起こったのです。



あの夜、なぜ私は宝蔵に足を運んだのでしょうか。


真夜中に、宝蔵の二階で何かが起こるとは思わないのが普通だけれど、何故か引き寄せられるような感じがして、踏み入れてしまいました。


もしかしたら、直感というものが働いていたのかもしれません。


この世には、ときどき、予測できない出来事が巡ってくるものです。


私は、二階から漏れてくる、男女のこそこそとした声を、偶然にも耳にしてしまいました。


男の声は明らかにエリオットだったけど、一緒にいる女性は誰なのでしょう?


予期せぬ真実が目の前に現れた時、私は驚愕し、恐怖や深い悲しみに打ち震えました。


涙を流すのを必死に堪えながら、上からの会話に耳を傾けました。


「…こんな関係、続けるのはあなたの奥様に対してどうかしら?」


繊細な女性の声は、か細くてはっきりとは聞き取りづらいものでした。


しかし、聞こえない部分を想像して、意味を掴むことができました。


声の感じから推測すると、女性は私より少し年長で、私とは違ってすらっとした美しい人に違いありません。


まるで、アレン卿の物語に出てくるような麗人。


「私もそう感じるときはある」


と、エリオットの声が伝わってきた。


「前から伝えてきたように、私はマリーを心から愛そうとした。だけど、上手く感じられなかった。長い間の絆を持つ君のことが、心から離れなくて。マリーには悪いと感じつつ、夜も眠れず、君の姿を求める自分がいる。この気持ち、理解してほしい。」


 エリオットの声は、深く、胸に深く響きました。


「嗚呼ッ、こんなに嬉しいことはないわ。あの美人の奥様よりも、私を選んでくれるなんて。私、本当に幸せかしら。」


 その後、鋭くなった私の感覚が、女性がエリオットの膝にもたれかかる音を察知しました。


……………………………………………………………………………………。


さて、私のその瞬間の気持ち、どうだったと思いますか。


年を重ねた今なら、思い切ってドアを開け、二人の前に立ち向かい、感じている怒りを全て伝えたでしょう。


しかし、若かったあの頃の私は、そんな勇気が湧きませんでした。


ドレスの裾で溢れる感情を隠し、その場を動くことすらできず、目から溢れる涙を抑えていたのです。


ふと、近くで足音が聞こえました。


ドアの方向からです。


もし、ここで彼らに遭遇したら、私にとっても彼らにとっても、とても気まずいものになる。


私は急いで階段を降り、宝物庫の外に逃げ、暗闇に身を潜め、彼の愛人の顔を確認しようと、心臓の鼓動を早めながら待ちました。


ドアが開き、ランタンを持つエリオットが現れました。


彼の後を彼の愛人がついてくると思いましたが、彼だけが通り過ぎたのです。


宝物庫には唯一の入口しかなく、窓も鉄格子で覆われています。


しかし、どうしても彼女が現れない。


彼が、愛する女性を置いて去るはずはないはずですのに。


ふと、私は宝蔵の中に、秘密の通路があるのではと思い浮かべました。


暗い通路を彼女が恋人を探し求めて進む姿が頭の中で浮かび、その微かな足音まで感じるようになりました。


そして不意に、そんな場所に一人でいるのは怖いと感じました。


それに、エリオットが私の不在に気付き、探しに来るかもしれない。


私は、先回りをして屋敷に向かいました。



あの深い夜の後、私は何度も密かに、闇に包まれた宝蔵への偵察を繰り返しました。


その中で、夫エリオットからの秘密めいた囁きを受け取ることができました。


それぞれの夜、彼と会っている女性の姿を一目見ようと必死に試みましたが、成功することはありませんでした。


いつも彼一人だけが塔を出てくるのです。


ある夜、ランタンを持参して、彼が去った後に宝蔵の上階を探索しましたが、女性の姿はどこにもなく、隠れた通路も見当たりませんでした。


この謎に包まれた出来事は、驚きや恐れよりも不思議な感覚をもたらしました。


続く夜、甘美な囁きが再び響き、幻のように消えていったのです。


もしかすると、何かの精霊がエリオットを導いているのかもしれません。


彼の陰鬱とした雰囲気や、人とは違う魅力に私は夢中になっていました(彼に引きつけられた理由かもしれませんね)。


精霊や魔法の影響を受けやすいのかもしれません。


その考えが頭をよぎると、エリオットが魔法のように見え、心がざわつきました。


この秘密を故郷で共有するべきか、彼の家族に伝えるべきか、その選択に悩みました。


しかし、不可解な事を言い、笑われたらどうしようという恐怖から、決意することができませんでした。


振り返ると、その時の私は、少々臆病だったのかもしれません。


ある暗闇の夜、私は異変を感じ取りました。


それは、宝蔵の上部で、夫エリオットたちの秘密の逢瀬が終わると、彼が降りる際に、さっと宝箱の蓋の音と、小さな鍵が開くような音が聞こえたのです。


振り返れば、この微細な音は、毎晩のように耳にしていたように思います。


塔の上でそのような音を出すのは、宝箱以外に思いつきません。


もしかして、その女性は宝箱に隠れている?


生きている人間ならば、食べ物も求めるでしょうし、狭い宝箱の中でずっと身を潜めていることなど考えられませんが、私の心にはその考えが根付いてしまいました。


気づいてしまった今、じっとしていることはできません。


何としても、その宝箱の鍵を手にし、中を覗き見なければなりません。


絶対に、彼女が宝箱の中にいるという確信のもと、私は機を待ちました。



翌日、エリオットの書庫から鍵をこっそり手に入れるのは、意外と簡単でした。


その瞬間、私はすっかり興奮していましたが、19歳の私には、大胆な行為でした。


そうした出来事が続いて、私はあまり眠れなくなり、顔は蒼白で、身体は細くなっていたでしょう。


幸いにも、私の部屋は彼の両親の部屋から離れていましたし、夫であるエリオットも彼自身のことで忙しかったので、その時期を誰にも気づかれずに過ごすことができました。


そして、鍵を持ち、昼間ながら暗い宝蔵に入ったときの感覚、それは今でも信じられないものでした。


しかしその時、鍵を手に入れる前だったか、宝蔵の二階へ向かう途中だったか、心が動揺している中で、私は突然滑稽な考えを抱きました。


些細なことですが、一応話しておきます。


それは、以前からの女性の声は、エリオットが出していたのではないかという疑惑でした。


彼は小説を書くためや、劇を演じるために、秘密の場所でセリフの練習をしていたのではないか。


そして、宝箱の中には女性ではなく、劇の衣装が入っているのではないか、という奇妙な考えです。


私の意識はすっかり混乱していたのです。


このような方便な想像が浮かぶほど、私の心は乱れていたのです。


そのような変声を使って愛の言葉を交わす人が、本当に存在するとは思えませんでした。



エリオットの家は、王国でも一流の家系として知られており、宝蔵の高い部分には、先祖代々の古い財宝が、魔法の古美術店を思わせるように並んでいます。


三つの壁全体には、現在も輝きを放つ宝箱が配置され、一方の隅には、古代の立体的な書棚が幾つか立ち並び、上部にはヴィンテージの魔法の書や古文書が、少々古びた背を並べ、時の重みを感じさせています。


書棚の上部には、時代を感じさせる巻き物、家の紋章入りのアクセサリーや、魔法の道具袋の類、その中でも特に見応えがあるのは、錬金術に使われたとされる大きな魔法の鍋や魔法器具です。


色褪せてはいるものの、それぞれが金の模様入りの魔法の紋章で綺麗に彩られています。


そして、最も印象的なのは、階段を上がったすぐの場所に、まるで命を持っているかのように存在感を放つ、2つの装飾鎧。


1つは闇の鎧、もう1つは火炎の鎧で、かつては火花のような輝きを持っていたことでしょう。


頭部も緻密で、威圧的なベヒーモスの角まで装備されています。


昼間であっても、暗がりの宝蔵内でそれを目にすると、今にも活動を開始し、天井から吊るされた槍を取りに行くような感覚に陥り、つい声を上げそうになります。


狭い窓から、魔法の結界を抜ける淡い光が注いでいますが、その窓の小ささゆえ、宝蔵内は隅から隅まで、夜のように暗く、そこには金の模様や魔法の装飾が、レイスの瞳のように、不穏に光り輝いています。


そのような環境で、過去の怖い体験を思い出すと、どう対処すればよいのか。


しかし、その怖さを何とか乗り越えて宝箱を開けたのは、愛の不思議な力のおかげかもしれませんね。


こんな事態を想像していなかったのに、魔法の箱を一つ一つ開けるたび、不思議な冷たさが私を包み、一瞬息を止めそうになったのです。


それでも勇気を持って蓋を開けると、中にはアンティークなドレスや、寝具、魔法の書が美しく収められているだけでした。


あの響く音やロック音は、何を意味しているのでしょう。


思索にふけりながら、目に入ったのは、最後の魔法の箱の中の小さな白い箱群で、それらには「プリンセス」、「楽士」、「賢者」という文字とともに、デリケートなゴーレムが収められていました。


何も危険なものはないと感じ、好奇心にかられ、私は箱を開けて中身を確認しました。


箱から取り出したゴーレムたちは、香りとともに、時代を感じさせる雰囲気が溢れており、私はその魅力に引き込まれました。


と、その時、箱の片隅に他とは異なる、長さ三尺を超える白い箱を見つけました。


「贈り物」と書かれていたその箱を開けると、中身に驚き、一瞬顔を逸らしました。


そして、長い間の疑念が、その瞬間に一気に晴れたのです。


まさか、こんな発見とは。


驚愕の原因が、ただの一体のゴーレムとは思いもしませんでした。


あなたも私の話を聞いて、軽く考えるかもしれませんが、それはあなたが真実の美しさや、古代の熟練したゴーレム職人の作品を未だ知らないからでしょう。


あなたは、魔法の宮殿や古代の博物館でその壮麗な古代のゴーレムに遭遇し、その存在の圧倒的な魅力に打ちのめされたことはありませんか?


エリオットの父から聞いた情報によれば、このゴーレムは遠い王家の贈り物で、名匠ヴィクタリウスの手によるものです。


一般に「ゴーレム」と言われるものですが、むしろ魔法界で最も美しいゴーレムと言っても良いでしょう。


身長は子供くらいのサイズ。その細部にわたる工芸と、古代の髪型、そして荘厳な衣装が印象的でした。


このゴーレムがヴィクタリウスの独自のスタイルであることも後に知りました。


その時代の製造技術を考えれば、その顔立ちは驚くほど現代的で、その瞳や肌の質感、特に耳の形状は心を引きつけるものがありました。


魔法の香りに満ちた暗い部屋で、初めてそのゴーレムを見たとき、胸が動いて息をしているかのようで、また、そのリアルな唇には生命感があったのです。


私の夫、エリオットがこの命のないゴーレムに心を奪われていたのは明らかでした。


このゴーレムが持つ異世界の魅力を考慮すると、彼の孤独感、部屋でのつぶやき、そして影の恋人…これら全ての要素を組み合わせれば、私が探していた「女性」は、このゴーレムだったのではないでしょうか。



さて、いくつかの情報源から得られた話を総合すると、エリオットは、生まれながらにして夢想家の一面を持っていたようです。


人々との真摯な関係よりも、偶然手にしたこのゴーレムの圧倒的な魅力に魅了されたと言います。


彼が常に図書室で読書に没頭していたわけではありませんでした。


何人かの知人からは、人間が無生物に情熱を感じることは、歴史においても珍しいことではないとの話を聞きました。


不幸にも私の夫もそうした感情を抱いており、幸か不幸か、彼の家には有名な職人の手作りの傑作のゴーレムがあったのです。


この愛は通常とは異なる、他の世界を思わせるものです。


そのような感情を持つ人々は、生きている者とは異なり、夢のような、あるいは伝説のような楽しみを享受する一方で、罪の意識に苛まれ、その痛みから脱出しようともがくのだそうです。


エリオットが私との結婚を選んだのも、その一時的な苦しみを和らげるためだったのかもしれません。


彼の「マリーには謝罪するべきことがある」という意味が理解できるように思います。


彼がゴーレムの代わりに女性の声を模していたことは、ほぼ確実です。


ああ、私は、どのような運命に生きているのでしょうか。



では、私のさらなる告白を進めさせていただきます。


次に述べることは、かなり驚きの内容となるかと思います。


繰り返しとなるかもしれませんし、「まだ続きがあるの?」と感じられるかもしれませんが、大切な点だけを伝えさせていただきます。


予想される通り、信じられないような出来事、それは私が他者の命を奪う行為に関与したことです。


そんな重い罪を持ちながら、どうして平和に生きているのか疑問に思うでしょうが、直接その行為をしたわけではありません。


要するに、それは間接的な関与で、当時すべてを明かしても、法的に罪として裁かれることはありませんでした。


しかしながら、私の内心には、その命の責任が深く刻まれております。


その真実を隠し続けて生きる罪は、計り知れないほど深いのです。


その事件から、心置きなく眠る夜はありませんでした。


この告白の背後には、愛する夫への少しの償いの意味も込められています。


当時の私は、恋愛の渦中にいました。


そして、私のライバルが、生身の人間ではなく、美しくも無機質なゴーレムだったのです。


その感情のない像に打ちのめされる自分に、耐え難い憤りを感じました。


そのゴーレムを作ったヴィクタリウスという彫刻師まで恨むほどでした。


もし、そのゴーレムを壊せば、夫のロバートが再び私のもとへ戻ってくるのではと考えました。


そのため、夫の反応を試すために、そのゴーレムに様々な感情をぶつけ、粉々にしました。


夫の反応を通して、私の判断が正しかったのかを知るつもりでした。


その結果、人間の事故死のような光景、ゴーレムの頭部や体、手足が散乱する光景を前に、私はやっと安心感を覚えました。



その晩、何も疑わないエリオットは、私の寝息をこっそり聞きながら、灯りを灯して、庭の暗闇へと姿を消しました。


おそらく、彼が愛おしく思っているゴーレムとの密会のためでしょう。


私は彼の行動を静かに見守り、一時的な安堵を感じつつも、それと同時に深い悲しみに打ちひしがれました。


彼がゴーレムの破片を見つけたら、どのような反応を示すのでしょうか。


その不条理な愛情の中で、彼はゴーレムの破片を静かに片付けるのか、それとも犯人を求めて怒りを爆発させるのか。


もし彼が怒るなら、それは彼がゴーレムに本当の感情を抱いていなかった証拠です。


私は耳をすまし、倉庫の方向へと注意を向けていました。


どれだけの時が流れたのでしょう。


エリオットの姿はどこにも見えません。


彼が壊れたゴーレムを見た時、実は相手がただのゴーレムではなく、生きている存在だと感じたのかもしれません。


その考えに襲われ、私は迷いながらも、灯りを片手に、倉庫へと足を運びました。


倉庫の階段を急いで登る途中、通常とは違い、大きく開かれたドアに気がつき、その奥からは灯火のような赤い光が漏れてきました。


直感が私の心を突き動かし、階段を駆け上がりました。


「エリオット!」


声を上げながら、その場所へと足を進めると、私の恐ろしい予感は現実となっていました。


エリオットと、砕け散ったゴーレムが床に散らばり、室内は血で染まり、槍が血を浴びてそこに放置されていました。


夫とゴーレムの壮絶な最後は、滑稽さなど微塵も感じられず、ただ重苦しい感情に心が圧迫され、言葉も涙も出ませんでした。


そして、私の目の前で、破壊されたゴーレムの口から、まるで生命を持っていたかのように血が流れ、そのゴーレムの顔には、最後の不思議な微笑みが浮かんでいました。

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