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悪女な魔王の娘に転生しました

「ダ……メ……おとう、さま……」


 痛む喉から必死に絞り出した声が細い。

 それでも黙っていられなくて、惨めたらしく地面に転がったまま、必死に右手を伸ばす。


 もはや立ち上がるどころか這うことすら叶わない身体は、ほんの僅かの動作さえも激痛を訴えてくる。

 破け、焼け散った服の間から滲む血。


 髪も、顔も。

 傷と泥にまみれた姿は醜く屈辱的だけれど、己の美醜になど構っていられない。


(嫌よ、絶対に嫌)


 ――お父様が、殺されるなんて。


「魔王、レスター・ブルーノ!」


 聖剣を高らかに掲げた勇者が、ネイビーブルーの髪の間から覗く青い瞳で、お父様を睨む。


「貴殿の"魔王"としての長らくの功績には敬意を称する。だが――身も心も闇に蝕まれた貴殿は、滅すべき悪へと成り果てた」


 と、その隣にモカブラウンの髪をした少女が並び立つ。

 異世界から召喚されたという、聖女リサ。私を打ちのめすほどの巨大な聖魔力を持つ、忌々しい女。

 女は髪と同色の瞳を潤ませ、祈るようにして手を組み合わせた。


「どうか――許してください」


(許せるはずがない)


 にげて、逃げてお父様。

 そう発したいのに、もはや掠れた音すら出ない。


(私が、私がアイツ等を叩き潰さなきゃいけなかったのに)


 魔王軍の誇る四天王が最後の砦であり、魔王の娘である私、フレデリカが。

 なんとしても、お父様を守り通さなければならなかったのに。


 腕の力が抜ける。顔を上げる力すらなくなってしまった。

 頬を大地に預けたまま、それでもお父様に伝わってほしいと必死に瞼を開き続ける。


 だけど。

 お父様はたったの一度も私を見ず、ただ一心に聖女を見つめて口を開く。


「……そなたに看取られ散るのなら、悪くない」


(そんな、だめよ、おとうさま)


 お父様は一歩、二歩と聖女に歩を進め、両手を広げた。

 優美に舞う、夜よりも深い黒の髪。

 宝石にも勝る美しい赤い目が、私ではない少女を映して愛おし気に緩む。


「この命はそなたに捧げよう。愛おしき我が聖女――リサ」


(だ…………)


「ダメええええええええ!!!!!!」


 がばりと勢いよく上体を起こした反動で、軽やかな布団がぱさりと足の上に折り重なった。

 汗が冷たい。荒い呼吸に肩を上下しながら混乱のまま両手を見遣ると、知ったそれよりも明らかに小さく余計に混乱する。


(いったい何が起こっているの)


 ここは……ベッドの上。誰かの部屋のようだけれど、こんな豪華な部屋は記憶にない。

 起き上がったということは、"私"は眠っていた。

 眠る。そう、それで――夢を見ていた。


「夢……?」


 違う、あれは"夢"じゃなくて――。


「――フレデリカ様!」


「!?」


 バンッ! と勢いよく開かれたドア。

 現れたのは赤い髪をポニーテールにした少女。

 黒と赤を基調としたちょっと風変わりなエプロンドレスから察するに、メイドなのだろう。

 彼女は金の瞳を見開き、「お目覚めになられたのですね……!」と私の側まで駆け寄ると、


「酷い汗でございます。どこか痛む場所はありますか?」


「あ……う、ううん。身体は、平気よ」


 発される口調は"私"とは違う。

 おそらくこの身体――フレデリカのもの。


(もしかして私、フレデリカに転生した……!?)


 思わずベッドから降り立ち、急ぎ金に輝く華美な鏡台の前に立つ。


「――うそ」


 鏡の中から見つめ返してくる、白いネグリジェを纏った一人の少女。

 春に咲く花に似た淡いピンクの髪は腰元まで伸びていて、呆然と見つめる瞳は鮮やかで美しい赤い色をしている。


「……本当に、フレデリカだわ」


 フレデリカは小説、『白き聖女は黒翼を制す』に登場する悪女のこと。

 主人公は異世界から召喚され、聖女としての能力を持つ少女リサ。

 彼女が勇者たちと共に黒き竜を従える魔王を討伐し、愛を育んだ勇者と結ばれハッピーエンドを迎える。


 フレデリカはその討伐される魔王の娘で、魔王軍四天王のひとりとして魔王戦の直前に登場し、リサと勇者パーティーに敗して命を落とす。


「もしかして、さっきの夢ってフレデリカの記憶……?」


 小説は基本的に主人公であるリサの視点が多く、フレデリカの討伐シーンもあれほど細やかな心理描写はない。

 それに、小説でフレデリカが聖女たちに討伐されるたのは、十六歳頃だったはず。

 けれど鏡に写る姿はまだ幼く、十歳程度に見える。


(一度討伐されて遡行したフレデリカの身体に、私の魂が入ったってこと……?)


「――フレデリカ様」


 ふわり肩にかけられたショール。「あ」と振り返ると、心配げな面持ちのメイドの少女と視線が合う。


「ありがとう――"ナーラ"」


 そう、そうだった。この子はフレデリカ付きの侍女であるナーラ。

 黒き竜を従える魔王の眷属で、火蜥蜴ファイアーリザードである彼女の瞳は、たしかによくよく見れば爬虫類に似ている。

 ナーラはちょっと驚いたように目を丸めてから、再び気遣うように眉根を寄せ、


「やはり、体調が優れませんでしょうか。無理もありません。フレデリカ様は一昨日の昼から、たったの一度もお目覚めになられておりませんでしたから」


「一昨日から……!? いったい、どうして」


「覚えておられませんか? ひどい熱が出ていたのです。シドルス様が何度も治癒魔法を施したのですが、一向に引かず……。今朝、やっとのことで熱が下がりましたので、シドルス様はお休みになられました。私は、一度フレデリカ様の身を清めたほうが良いかと、お湯の準備にためにお側を離れていたのです」


「熱……」


(もしかして、フレデリカの意識はそれで――)


「いきなり起き上がってはお身体に障ります。一度ベッドに戻りましょう」


「……ええ」


 ナーラに支えられ、ベッドに戻り縁に腰かける。


「お湯と着替えをお持ちします。少々お待ちください」


「わかった――」


 ぐるるるるるっ!


「!?」


 突如響いた音は、紛れもなく私のお腹から。

 咄嗟に手をやった私に、ナーラは深々と頭を下げると。


「スープも一緒にお持ち致します」

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― 新着の感想 ―
[良い点] これから何かが始まる予感の序章ですね。 しかし小説の世界に転生とは・・・。 でも主人公の視点で語られることが多い小説で、 敵側の視点での「想い」が語られているのは、 面白いですね。 確かに…
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