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2.誰にでもできる簡単なお仕事


 蓮が住む現代の日本では、ここ数年で幅を利かせはじめたAI機器によって、大学生向けの居酒屋やファミリーレストランなどのアルバイトの職が奪われつつある。メンテナンスや充電の時間を除けば文句も言わず働いてくれるロボットの方が、経営者や店舗管理者にとって使い勝手がいいからだ。深夜まで動かしても人間のように時給にプラスする必要もない。オーブンなどの厨房機器の熱さをものともせず、きちんとマニュアル通りに調理してくれるロボットは、特に重宝されていると聞く。


 また、ホール担当の配膳にゃんこロボットはかわいらしくデザインされているものが多く、ファミリー層や高齢者層に受けがいいそうだ。外見に相まって「お待たせしましたにゃん♪」「ごゆっくりどうぞにゃん♪」と言ってくれるのもかわいいと、人気があるとのこと。これでは人間のアルバイトを雇おうとする店舗の方が少なくなるのも仕方がないと、大半の学生はあきらめ気味だ。


「良さそうなバイトが全然ないなー。大学生になったら少しでも稼ぎたかったのに。ここらへんファミレス多いから通うのは楽そうなんだけど」


「こんな時代だからね、時にはあきらめも肝心でしょ。それに、私はかわいい弟に貧乏暮らしをさせてるつもりは……あ、そういえば」


 ぺらぺらの求人情報誌を手にした弟の愚痴をばっさりと斬りながら冷蔵庫の牛乳を取り出すと、さくらは蓮の方を振り向いて言葉を続けた。


「うちの会社が管理してる土地のオーナーが、男子学生バイト雇いたいって」


「え、どんな仕事?」


 求人情報誌から目を上げてさくらを見る蓮。思いのほか食いつきがいい弟に驚きながらも、そんな様子に応えるようにさくらは記憶をひねり出す。


「えーと、確か、商品を管理するだけの、誰にでもできる簡単なお仕事だって言ってたような」



**********



「誰にでもできる簡単な、って……。それ、闇バイトの常套句だと思うんだけど。ニュースでさんざん騒がれてたじゃん」


 蓮が隣を歩く姉に不審げな目を向けると、さくらは肩をすくめて地図が書かれたメモを見直した。


「蓮は何でも知ってるねぇ。子供の頃から頭良かったもんねぇ。良い弟を持って幸せだよ、あたしゃ」


 子供向けアニメの主人公の女の子の声真似で言うと、さくらはへらへら笑う。


「すぐそうやってふざけて」


 姉のさくらは明るい性格だ。約六年前、中学二年生だった蓮と高校三年生だったさくらを残して両親が亡くなってからも、その明るさに励まされてここまで生きてこられたと蓮は思っている。思ってはいるが、その明るさも手伝って好奇心旺盛すぎる傾向にあるため、最近では蓮が軽はずみな行動を取ろうとするさくらに説教するという流れが日常になりつつあった。


「でもほら、これから会う白井さんはわりと大丈夫な人だから」


「でも、じゃないだろ。あと、わりとの定義を知りたい」


「……まあまあ?」


 軽口を言い合いながら目的地であるオフィスへと歩く二人のそばを、気持ちの良い初夏の風が吹き抜けていく。


「蓮、そんなこと言ってるけどさ、バイトしたいんでしょ? 失礼な態度取ったりしないでね。一応仕事関係者だし」


「今日は話を聞くだけだし、さすがに初対面の人に失礼なことはしないよ」


 失礼といえば、この白シャツにサーモンピンクのパーカ、ダークネイビーのデニムというカジュアルな服装は初対面の仕事関係者に対して失礼に当たらないのだろうかと瞬間的に思ったが、同じくカジュアルなブラウスにパステルイエローのスカート、薄手の白いカーディガンというさくらの服装を見て、きっとこれで大丈夫なのだろうと思い直した。それに目的地にはもうすぐ着いてしまう。服を買って着替えるような時間もない。非常に手遅れな疑問点を、蓮は即座に奥に引っ込めた。

 

 失礼なことはしないという弟の言葉を聞いて、うむ、とさくらは大げさにうなずく。


「あ、ここだよ。ちょうどいい時間に着いたね、よかった~」


 立ち止まったさくらがぱっと見上げたのは、一般的な住宅地の中で明らかに異彩を放つ大きな日本家屋だった。よくカフェなどで再生利用される大きめの古民家と比べても、軽く数倍はありそうだ。いつものように明るく笑いながら言うさくらのおかげで緊張感は多少緩和されるが、カジュアルな服装はやめておけばよかったか……と、蓮は少し後悔する。


「じゃ、いこっか」


 まるで訪問者を値踏みするようにどっしりと構えた門扉の奥には、きちんと手入れされた広い庭が広がっている。木の門扉にそぐわない先進的なデザインのドアチャイムをさくらが鳴らす横で、蓮は短く息をついてから真面目な顔を作った。


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