1.銅像を作られる男
「ですから、それはいらないんですって……」
畳に両手をつき、がっくりとうなだれながら嘆くのは、青山蓮。二十歳の大学生だ。姉と二人で都心から少し外れた郊外に暮らし、大学に通っている。
「そんな、遠慮なさらないでください。殿下が大層お喜びになり、レン様の銅像制作を専門家たちに命じられたのですよ。今は製図を無事に終わらせて、既に制作段階に入っているようです」
「何でモニター越しに見ただけなのに、製図までできるかな。いやあのですからいらないとあれほど……は伝えていなかったか、失敗した……って、えっ、殿下?」
後悔の海に潜りそうになった蓮だったが、相手のセリフに違和感を覚えて顔を上げると、大きめの座布団の上に座り直した。安い量販店で購入した座布団で、成人男性の体重を支えるくらいのちょうどいい固さがあり、気に入っている。この時代にしては少々小さめの十九インチモニターを正面に、安物座布団に正座という格好で、蓮は相手の返事を待った。
「はい、第一王女殿下ですが?」
相手の男性は「何か問題が?」とでも言いたげに涼しい顔で返答する。
「いや、どの殿下が、ではなく……てっきり一般庶民の方のご注文だとばかり」
「おや、そうでしたか」
蓮が話している相手は、見た目四十代頃の商人だ。ぱりっとした紺色のスーツに緑色の紐を使ったループタイという、おしゃれなのかそうでないのかわかりづらい服装をしている。少なくとも現代日本ではあまりお目にかかれないだろう。
「えーと、第一王女殿下……でしたっけ、その、本当に喜んでいたんですか? あんなもので?」
「ええ、もちろん。あんなもの、というのはよくわかりませんが。何せ第一王女殿下がほしいとおっしゃっていたのは、『東方の島国産』ですから」
商人が笑顔でうなずくと、蓮は顔をモニターに近づけた。
「まあ確かに、日本は東国の島国ではあるんだけど……だって、近所のスーパーの特売で百八円だったんですよ、あの醤油」
「すみません、レン様と言葉を交わすことはできても、ニホンのヒャクハチエンというのがどのくらいの価値なのかまでは、ちょっと」
眉のあたりに少しだけ『困ったな』という感情を乗せ、「こちらもエンの換算表がいるかな」と独り言をこぼしてから、商人は続ける。
「その、お付きの侍女の方から、第一王女殿下が『ごはんが進むー!』とおっしゃっていたと聞いているのですよ。その時の表情は満面の笑みだった、とも」
「満面の笑みで、『ごはんが進むー!』、と」
「ええ、『ごはんが進むー!』です」
第一王女殿下が日本からの転生者だと確信した瞬間だった。