アタシが魔王様と交渉したわよ
――魔王の間、魔王は部下との打ち合わせを行っていた。そんな中、『バァン』と扉が勢いよく開いた。
「魔王様、グリフォンを貸して!」
魔王の間へ入るなり、開口一番にこの言葉が出た。
「却下だ」
けれど即却下された。
「何で駄目なのよ! 貸してくれてもいいじゃない」
魔王は深いため息をついた。
「娘、お前は自分の部屋にいきなり入るなりグリフォンを貸せと、小汚い娘が言ってきたらどうする?」
「えっ? 貸さないわよ」
「そう言うことだ」
――確かに――
「先ず、他人の部屋に入る前にノックぐらい出来ないのか? 次に、目上の者への言葉遣いがなっていない。更に何だその恰好は、お前と会ってからまだそれほど時間が経っていないのにクソまみれではないか。よくそんな恰好で魔王である私に会おうと考えたもんだ」
――うぅ……おっしゃる通りです。でもアタシは魔王の下についたつもりはないんだけど……まぁ愛人にならなってあげてもいいかしら――
「た、確かに礼儀がなってなかったことはお詫びするわ。けどどうか、話を聞いてもらえないかしら? すっごく大事なことなのよ」
魔王がじっとこちらを見ている。
――視線が痛い……また怒られるかも……でもその冷たい眼差しもまたたまらないわ――
「魔王様、この娘を連れ出しましょうか?」
部下のヴァンパイアが操に近づいてくる。
「よい、話してみろ。内容によっては許可する」
「えっ?」
「えっ?」
驚きで部下とハモってしまった。
「い、いいの?」
「よいと言ってる。さっさとしろ。私は忙しいのだ」
「はい、えっと……この子や他のゴブリンの赤ちゃん達はまだ小さくて、肉も満足に食べられないの。だから……与えるミルクがほしいのよ」
「ほう、それで?」
「そ、それで、そのミルクは人間の村で貰って来ようと思うの。だけど村まで遠いし、ミルクを大量に運ぶことが出来ないんでグリフォンを借りて村まで行きたいのよ」
「ふん、そんな下らないことか。やはり却下だ」
「そんな。何でよ?」
怒りが沸々と湧き上がる。
「お前は色々と勘違いをしているようだから教えてやる。そもそもゴブリンのためにそこまでの労力を費やす必要など無いだろう。死んだらそれまでだ」
「えっ?」
「それになぜ人間から施しを貰わなければならん。村を襲って食料を奪えばいいだろう。お前の言っていることは、我々魔王軍にとってメリットが全く無いではないか」
「魔王軍のメリット?」
「そうだ。我々に対してメリットがないことをやっても無駄であろう。お前を生かしておくのもそうだ、殺すのは直ぐ出来る。が、折角生け捕ったのなら実験的にでも何かやらせてみて、そこから何か発見があればそれは一つの成果になる。だが、ゴブリンを生かすことにそこまでのメリットを感じられん。それより他の魔物の世話をして立派な戦力にしたほうがマシであろう」
「そ、そんなことないわよ」
「ほう? ではお前がやろうとしていることにどんなメリットがある? 話してみろ」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。メリットがあればいいのだ。ゴブリンの子供達を生かして魔王軍の利益につながれば魔王はこの子たちにミルクを与えることを許可すると言ってる。
――何かない? 考えなさいアタシ――
「ホレ、無いではないか。無いのならこの話は終わりだ」
――何か言わなきゃ――
「ご、ゴブリンを増やします」
――しまった――
思わず言ってしまった。確かに、子供たちが生きられるなら今より増えることになる。そう思っただけだ。それを言葉にしてしまった。
「どういうことだ?」
――!?――
魔王が以外にも食いついてきた。
「そ、それは……そうよ、ゴブリンを増やしてこのお城の雑用をやらせてはどうかしら?」
「ほう、雑用を? 具体的にはどのようなことだ?」
「えっと……例えば掃除よ。このお城って魔王様がいる部屋やその周りの通路は綺麗でも、そうでないとこは汚くてとても臭いの。そんなとこに住んでる魔物も臭くてたまらないわ。なので増えたゴブリンに掃除をさせてお城を清潔に保ちたいのよ」
――駄目よ! 掃除なんて許してくれないわ。どうせ自分の周り以外のことなんか何とも思ってないわこの魔王は。だって目が優しくないもの。冷徹なのよ。冷酷なのよ。美少女に転生したアタシに中の下なんて言ってのけたクソ魔王なのよ。そりゃ顔は良くて性格もドSで嫌いじゃないけど……ほかのことを考えるのよ。でも何も思い浮かばないわ! どうしよう――
「……うむ、面白いではないか」
「へ?」
――今なんて? ――
「なるほど、確かにこの城の匂いは気になっていた。部下達の中には臭いものがいるものも事実だ。
だが現在の人員では掃除を行うものはいない。だが、ゴブリンなら直ぐ成長し労働力として使える。戦力としては微力だが掃除程度ならそこまでの力は必要ない。ゴブリンの有効活用……良いではないか。娘、中々良い着眼点であるぞ」
――マジか――
「で、ですよねぇ。アタシも掃除は絶対必要だと思ってたんですよ。魔王様が住むお城が臭くてクソまみれなんて恰好つかないわよ」
「まったくその通りだ。だが実際戦ばかりでそこまで気が回らなかったのも事実。よし、直ぐにこの計画を進めよう」
――メチャメチャ高評価じゃない。こりゃアタシの評価も爆上げでしょ――
「じゃあグリフォンでミルクを貰ってきても――」
「ちょっと待て、それは別だ」
「はい?」
「確かにゴブリンを増やすことは了承した。だがなぜ人間に施しを受けねばならん。先ほども言ったであろうが馬鹿者。魔王軍なら侵略・虐殺・略奪が決まり事だろうが」
「そんなの駄目よ!」
――村を滅ぼすなんて――
「なぜ駄目なのだ? 何も問題は無い筈だが」
「えっと……」
――今度は村なの? 考えなさいアタシ。今度は村を滅ぼさないで済む方法よ――
「う~ん……ぎゃ、虐殺なんてしたら定期的にミルクの受け取りが出来なくなっちゃうじゃない」
「では侵略をして支配をすればよかろう」
「そ、そうだけど、それじゃあ冒険者達が村を救うために押し寄せて来るじゃない」
「ではどうしろと? 何か案があるのか?」
――無いです。まったく思い浮かびません……なんて言える訳も無いわよ。どうしよう――
「じ、自作自演……とか?」
「なに?」
――やばい――
「え~と……魔物の大群を村へ仕向けて、そこを魔王軍が村を助けるの。村人たちは魔王軍に助けてもらったことで恩を感じるわ。そこで、今後も村を守ることで定期的に食料を提供するように仕向けてみてはどうかしら?」
――ゲ、ゲスいわこの案。そもそも魔王がそんなまどろっこしいことすると思う? やっぱり支配しようなんて言い出すわ――
「うむ、悪くないな」
「え?」
「今までは侵略して略奪ばかりだったが、一度奪ったらその村は滅んでしまう。だが、食料が定期的に供給されるなら悪くない。こちらは一度兵を動かすだけで村の信頼と食料が手に入り、反乱のリスクも少ないのならばメリットは大きいだろう」
――ウソでしょ!? ――
「そ、そ~なんですよぉ。魔王様の言う通りメリットたっぷりでいいことずくめの案じゃないかしら? これなら魔王軍が発展すること間違いなしよ」
「そうだな。娘見かけによらず冴えているではないか。褒めて遣わすぞ」
――キャー、魔王様めっちゃご機嫌じゃない。これはワンチャンあるんじゃない?――
「ありがとうございます。じゃあご褒美に魔王様と一晩を共に……」
「何を言っている」
「え?」
「私はお前の案を許可したが、あくまで案であってまだ結果が出たわけでは無かろう」
「あっ……」
「案を出すだけならその辺のオーガでも出来るわ。その案をしっかり結果で示して初めて評価をされるのだ。覚えておけ」
「は、はい」
――くぅ。ワンナイトラブの道のりは長く険しい――
「そうと決まれば早急に行動に移すとしよう。娘、お前が指揮し村の信頼を得てこい」
「あ、アタシがですが?」
「そうだ、案を出したのはお前ではないか。立案者が最後まで責任をもって遂行するのが道理であろう」
――確かにその通りね。でも、アタシが前面に出るのは何か色々まずい気がするわ――
「わ、分かりました。でも……村人の前にアタシが出ていくのは面倒事が増えそうなので何匹か魔物を貸してもらえないかしら?」
「うむ……それはそうだな。よし、私の参謀とその兵50匹、村を襲う魔物は村の周辺にいる野良の魔物をけしかければ良かろう」
「そんなに!? わかったわ。ありがとうございます」
――ゴブリンのミルクのために何だかえらいことになったわね――
操はゴブリンの赤ちゃんを両腕で持ち上げ『高い高い』をした。
「アンタ良かったわね。これが成功したらお腹いっぱいミルク飲めるわ――」
そう言い終えた直後。ゴブリンのおしっこが操の顔を直撃した。
「キャーーーー。目が、目が痛い。痛いわぁ」
あまりの痛さに床をゴロゴロ転がった。
「このガキ、いっちょ前にアタシに顔射してんじゃないわよ! こんな屈辱なプレイ今まで無かったわよ。ってクッサ! ゴブリンのおしっこクッサ! 猫のおしっこみたいな匂いがするわよ」
必死に顔を手で拭くが中々匂いが取れない。
そして手も魔物の糞尿でまみれていたので操の顔は糞尿まみれになっている。
魔王もその部下も操を見て引いている。
「魔王様、水場はある? 一度全身を綺麗にしてから出発したいんだけど」
「う……うむ。城の近くに沼があるのでそこで身体を清めると良い」
「沼? ちょっと魔王様、城の中にお風呂は無いの? 沼でなんか洗ってらんないわよ」
「我が軍の魔物はその沼で身体を洗っているぞ。それで十分であろう」
「十分じゃないわよ。沼よ? そんなとこの水でこの清らかな身体が清められるわけないじゃない。じゃぁ魔王様も沼で身体を洗ってるっていうの?」
――沼で身体を洗ってる魔王……それも悪くないわね――
「お前は馬鹿か。何で私が沼で身体を洗わなくてはならない。私には専用の水場があるわ」
「何よそれ。ずるいわ! 差別よ! 魔王様、アタシにもその水場を貸してよ」
「だまれ。なんで私の水場をお前に付いている糞尿で汚さなくてはならんのだ。お前には沼でも上等すぎる」
「ケチ! ちょっとくらい貸してくれてもいいじゃない。こんな扱いあんまりだわ」
「ケチではない。そもそもお前は魔王軍に捕まった身であることを思い出せ。牢屋に入れられたくなければおとなしく沼で身体を洗ってさっさと村へ行ってこい」
どうやら水場は貸してもらえそうにない。
「ふん、今回は沼で妥協するけどいつか魔王様の水場で身体を洗ってやるんだから。覚えてなさい」
操はゴブリンを抱えて魔王の部屋を後にした。
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