三人の男の子と小さな女の子のお話
セントグロリア孤児院は、親と一緒に住めない子供たちのお家です。
小さいのはまだしゃべれない赤ん坊から、仕事をして一人で生きていくのには少し早いくらいの子供まで。
15人ほどが2人のシスターと一緒に暮らしています。
そこに住んでいる三人の男の子は、そっくり同じ顔をしていました。
すごくかっこいいわけではないけれど、賢そうな眉毛といたずら好きのキラキラした茶色の目に、柔らかい茶色の髪まで、全部おんなじ。
赤ちゃんの頃からみているシスターでもはっきりと見分けることができなかったので、いつもそこの三人とかみつごとかまとめて呼ばれていました。
いつもニコニコしているのが、イルト。
よくしかめっ面をしているのが、アルテ。
ちょっとぼんやりしているのが、サンリ。
気に入らないことがあれば抜け出したり、
嫌なことがあったら入れ替わったり、
楽しいことがあれば三人一緒に笑って、
なかよく過ごしていました。
*****
1.イルト
「さて、僕は誰でしょう?」
にんまりと笑って聞くと、みんなが眉を寄せて考える。
「うーん、その笑い方はアルテ?」
「いや、サンリだろ?」
あれでもないこれでもないと話すみんなの中で、小さな女の子がじっと僕の顔をのぞきこんだ。
「イルト兄ちゃん」
びしっと指を指す。
まったく迷わずに言いきったのでちょっとびっくりする。
「‥‥当たり。」
僕が飴をあげると、アリアが嬉しそうににっこり笑った。
「どうしてわかったんだ?」
僕の服の袖をぎゅっとつかんだまま嬉しそうに飴をなめてニコニコしているアリアは僕の顔をみて笑った。
「イルト兄ちゃん、いつもだっこしてくれて、大好きだからわかるのよ。」
小さいアリアはちょっとどんくさくて、いつもみんなで走っていくときに三歩くらい遅れている。
どんどん遅れて置いていかれる、そんなときに仕方ないから持ち上げて運んでいくのは、だいたい僕だった。
そうか、僕だってわかっていたんだ。
にこにこして袖をにぎるアリアがいつもよりかわいく見えて、とっても嬉しくなった。
「僕もアリアが大好きだよ。」
そう言うと、アリアは嬉しそうににっこりと笑った。
*****
2.アルテ
「‥‥アルテ兄ちゃーん」
部屋の入り口からぐずぐずと泣いている声がする。
ああ、せっかくサンリにおやつを渡して本を読む時間をつくったのに‥‥。
大げさにため息をついて本から顔をあげると、小さな女の子が僕の顔色を伺うようにこっちを見ていた。
さんざん泣いた後みたいでぐちゃぐちゃの顔をしている。
「なんだよ。用があるならさっさと言えば?」
「あのね、アリアの青いリボンがなくなっちゃったの」
アリアはとぼとぼと僕のベッドの下まで歩いてきてそう言った。
少し前に着飾った女の人が来て、女の子みんなにひとつづつ、きれいなリボンをくれた。
あまり自分だけの物をもらうことがないここでは、どの女の子も新しいリボンをとても大切にしている。
僕は仕方なくアリアの手を引いて、失くしたリボンを探しに行くことにした。
こう見えて小さいアリアはしつこいのだ。
アリアのベッドのある部屋を隅まで見て、食堂を端まで探す。
みんなが遊ぶ談話室を探していたとき。
アリアのお気に入りの絵本の上から青い布がはみ出しているのが見えた。
「あるじゃないか。」
それをつまんで引っ張り出すと、青いつやつやとしたリボンが出てきた。
ほら、と渡すと、アリアがキラキラした目で僕をみていた。
「すごーい!アリアがさがしても全然見つからなかったのに。」
そう言って、アリアは見つかったリボンをうれしそうにぎゅっと握りしめた。
「アリアはわからないことがあるときはアルテ兄ちゃんを探すのよ。アルテ兄ちゃんはなんでも知っているもの。」
小さいアリアはたくさん泣いて赤くなったほっぺたで、そう言ってにっこりと笑った。
たまたまそこにいたから僕に聞いたんじゃなかったんだ。
アリアはわざわざ僕を探しにきたんだ。
僕なら見つけてくれると思って。
「‥‥アリアはなんにも知らないからな、仕方ないから教えてやるよ。」
とても嬉しくなって、でもなんだか恥ずかしくなって、アリアのふわふわの髪を乱暴になでた。
アリアは僕を見ながら嬉しそうにニコニコと笑っていた。
*****
3.サンリ
まき割りのオノをふりあげた時、うしろから声が聞こえた。
「たすけて~!」
まきがまっぷたつに割れたところで振り向くと、小さな女の子が必死で走ってくるのが見えた。
その後ろから犬が追いかけてくる。
「あの犬は肉屋のジョンだろ?なんでアリアは逃げてるんだ?」
まきを台の上にすえたイルトが首をかしげながら言った。
アリアは泣きそうになっているが、ジョンは嬉しそうにしっぽを振っている。
「たすけてーサンリ兄ちゃ~ん!」
‥‥え?‥‥僕?
呼ばれた僕の足が、勝手にに走り出した。
アリアに両手を伸ばして抱え上げると、追い付いたジョンを見る。
「‥‥こら、アリアがこわがってるだろ。」
嬉しそうに僕の足に前足をかけているジョンにそこら辺に落ちていた木の枝を見せて放り投げると、あっというまに追いかけていった。
抱え上げているアリアは、安心したのか泣き出した。
「ぐすっぐすっ‥‥サンリ‥‥にいちゃん‥‥こわかったよお‥‥ぐすっ‥‥」
僕は困ったなあと思いながら赤ちゃんにするように小さいアリアの背中をポンポンと叩いてみた。
ジョンが戻ってきてアリアがきゃあと悲鳴を上げたので、イルトがまた小枝を投げる。
ようやくアリアはすんすんと鼻から息をすって泣きやむと、ぼんやりとアリアを見ていた僕に顔を向けた。
「サンリ兄ちゃんがいちばんつよいから、アリアは怖いめにあったときは、サンリ兄ちゃんにたすけてもらうのよ。」
そう言ったアリアはにっこりと笑った。
‥‥本当は、僕より年長のゴルドン兄ちゃんの方が強いと思う。
でも小さいアリアは大きな声で怒るゴルドン兄ちゃんが苦手で、しかられると泣きそうな顔で僕の後ろに隠れるのだ。
‥‥そうか、アリアは近くにいるから僕の後ろに隠れていたんじゃ、ないんだ。
僕を頼りにして、わざわざ僕の後ろにきて、隠れるんだ。
そう思ったら、じわじわと胸が暖かくなって、嬉しくなってきた。
抱えていたアリアをぎゅっと抱きしめると、アリアがまだぬれているほっぺたを僕の頭にぐりぐりとこすりつけた。
「‥‥アリアは‥‥僕が、守ってあげる。」
そう言うと、アリアは嬉しそうに笑って「サンリ兄ちゃん大好き」と言った。
****
4.どんぐり拾い
その日はきれいな青空で、いい天気だった。
しばらく冬とは思えないような暖かい日が続いていて、ちょうどいいから近くの山へ、木の枝やどんぐり、松ぼっくりを拾いに行くことになった。
みつごは小さい子供達を何人か連れて、通い慣れた道をのんびりと歩いていった。
「みんなー、道からハズレるなよー。」
「「「はーい!」」」
イルトの声に元気いっぱいの返事がかえってくるけれど、誰も後ろを振り返らない。
きゃあきゃあ言いながら、走ったり、転んだり。
くっついたと思ったら、つきとばしたり。
小さいアリアも一生懸命追いかけている。
森の入り口でどんぐり松ぼっくり拾い競争がスタートすると、子供達はさらにきゃあきゃあ言いながら走っていった。
「まってえ‥‥」
アリアが走っていると、ライアンがアリアの手を握った。
「アリアねえちゃん、がんばって!」
ライアンがアリアの手を引いて走っていく。
みつごは道の脇に落ちているどんぐりを見つけてこまめに拾っていく。
アリアとライアンが曲がり道をかけて行くと、姿が見えなくなった。
「どうせ一本道だから、後からでも追いつくよ。」
イルトがのんびりと言うと、サンリもうなずいた。
爽やかな風がかけぬけてゆく。
アリアは走っていた。
ライアンはアリアよりも年下だけれど、アリアよりも足が早い。
しばらく走っていると、息が苦しくなってはあはあと口を閉じれなくなる。
ライアンはまだ余裕があるみたいで、少し行っては重たく引っ張られる左手を振り返る。
わたしと一緒だから、遅くなってる。
何度目かに振り向いたライアンの顔を見て、アリアはぎゅっと口を引き結んだ。
「‥‥ライアン、‥‥先に、行って。」
はあはあと息を吐きながら、なんとかしゃべる。
ライアンは迷うようにアリアを見た。
「‥‥大丈夫‥‥ちょっと、松ぼっくり拾って‥‥行く、から。」
アリアが立ち止まって膝に手をついて息を整える。
「じゃあ、先に行くね。」
ライアンは謝りながら走っていった。
目についた松ぼっくりに手を伸ばしながら、息を整える。
いくつか松ぼっくりを見つけて拾うと、道のギリギリになにかが落ちているのを見つけた。
青くて透明なそれは、石のようだったけれど、今までに見たことがないくらい綺麗で、キラキラと透明に光っている。
アリアは引き寄せられるように石に手を伸ばした。
もう少しで、手が届く。
そう思ったときに体重をかけている足がずるりと滑った。
急に足元がおぼつかなくなってあわてたアリアはもう片方の足に力を込めたひょうしに足をひねった。
道の下は急な坂になっていて、足に力を入れられないアリアはずるずるとどこまでも落ちていった。
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5.いなくなった女の子
みんなで競争しながら集めて、夕方になった頃。
もうみんな集まっていて、暗くなる前に帰ろうと山を降りる道に向かう。
「‥‥まって、アリアは?」
イルトが青ざめた顔で言った。
「アリアは‥‥ライアンと一緒にいただろう?」
アルテが少し考えてから言った。
ちびっこのかたまりのなかにライアンはいるけれど、アリアはいない。
「‥‥今は‥‥いない、ね。」
ゆっくりと眺めていたサンリがぽつりと言った。
「ライアン、アリアはどうした?」
アリアの一歳下のライアンは、アルテに聞かれて困ったような顔をした。
「松ぼっくり拾うから、先に行ってって‥‥」
そう言ったライアンは泣きそうな顔をした。
「‥‥まずいよ。どうしよう?!」
「‥‥アリア‥どこに行った?」
イルトとサンリが顔を見合わせて言った。
「キーラ、みんなを連れて帰ってくれるか?僕たちはアリアを探してから帰る。シスターに伝えてくれ。」
アルテがみつごの次に年上の女の子に言うと、女の子は神妙な顔をしてうなずいた。
「‥‥どこを探す?」
イルトがアルテを見た。
アルテはすたすたと足を止めないで歩いていく。
「道の途中にすべりやすいところがあっただろう?」
「‥‥あった‥‥っけ?」
サンリがポカンとした顔でアルテを見ている。
いっしょに歩いてきたのに、わからない。
「あそこが一番怪しい。下まで落ちていたら誰も気づかないだろう。」
アルテはまっすぐ前を見て歩いていく。
イルトとサンリを連れて、迷いのない足取りで。
周囲に注意しながら道を戻って、辺りが薄暗くなってきた頃。
泥がぬかるんでいる道の端に盛大に滑ったような跡が道の下に向かってついているのを見つけた。
「アリア――――!!」
イルトが声の限りに叫んだ。
「アリア――!いるのか――?」
アルテが道の下の薄闇に向かって叫ぶ。
「‥‥アリア――!!‥‥返事、して――!!」
サンリが今までに聞いたことも無いような大きな声で叫んだ。
なんの返事もなくて、不安になった頃。
「ちょっと、静かにして。」
イルトがアルテとサンリに言う。
三人で耳を澄ませる。
木を揺らす風の音がいつもより、大きく聞こえる。
「‥‥‥‥て‥‥にい‥‥ちゃん‥‥」
確かに聞こえた。
三人が、顔を見合わせる。
それぞれに道の下を覗き込むけれど、なにも見えない。
「‥‥僕が、いく。」
サンリがぽつりと言った。
イルトとアルテがぎょっとしたようにサンリを見た。
サンリが自分から何かをしようとしたのは、はじめてだ。
「‥‥多分‥‥僕が一番、力がつよいから。」
サンリはまっすぐに先の知れない薄闇を見ていた。
ふたりがなにも言わないのでサンリが振り返ると、イルトが小さくうなずいた。
「僕も行く。アルテは何かあったときの為にそこにいて。」
アルテがうなずいてサンリに顔を向ける。
「イルトとサンリなら登れないような傾斜じゃないはずだ。アリアは怪我をしているかもしれない。‥‥気をつけて。」
****
6.アリア
わたしは産まれてすぐからセントグロリア孤児院にいたらしい。
気がついたときにはわたしより小さい子がいたし、
わたしよりやさしい子も、
わたしより賢い子も、
わたしより足がはやい子も、
わたしよりかわいい子もいる。
みんなわたしと遊んでくれるけれど、わたしは誰の一番でもない。
道の下にずるずると落ちていったとき、
怖くて怖くて、大声で叫んだ。
たすけて、と。
わたしはここにいる、と。
孤児院のみんなの名前を、ぜんぶ呼んだ。
なんども、なんども。
ちからいっぱいに。
やがてのどが痛くなって大きな声がでなくなってしまった。
登ろうとして握った葉っぱで手が切れて、ズキズキと痛んだ。
たくさん叫んで、何度も登ろうとして、体が重たかった。
怖くて、心細くて、さむくて、途方にくれて。
そして、ぼんやりと思った。
ああやっぱり、と。
わたしのかわりは、たくさんいる。
わたしがいなくなっても、誰も困らない。
わたしは、いらない子なのだ。
そう思ったら、もう声が出なかった。
辺りはどんどん暗くなって、
もうこのままずっとひとりきりなのだと思った。
それもしかたがないと思って、なんにも見えないように目をつぶった。
どれくらいたったかわからなくなった頃。
遠くからわたしの名前が聞こえてきた。
わたしの名前を呼ぶ、知っている声。
わたしの名前を呼ぶ、いつも聞いている声。
わたしの名前を呼ぶ、大好きなお兄ちゃんの声。
「たすけて‥‥イルト兄ちゃん‥‥アルテ兄ちゃん‥‥サンリ兄ちゃん‥‥」
信じられなかった。
夢かと思った。
声はかすれて、小さくなってしまった。
「‥‥アリア、行くから、待ってろ!」
サンリ兄ちゃんの大きな声が聞こえて、もう出ないと思っていた涙がまたぽろぽろとこぼれた。
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7.みつけたもの
ずうっと上の方から、ザザザと草の上を滑るような音が聞こえた。
少しずつこっちに近付いてくる。
「‥‥サンリ。兄ちゃーん‥‥」
かすれた声でいる場所をつたえる。
「そこにいろ、動くなよ!」
今度はイルト兄ちゃんの声だ。
「ぐすっ‥‥イルト、兄ちゃん‥‥」
やがて近くの地面に着いたようで音が止まると、バタバタと足音がして、アリアは唐突に持ち上げられて宙にういた。
「‥‥サンリ兄ちゃん‥‥こわかったよお‥‥ぐすっ」
アリアは肩に顔をごしごしこすりつけて泣いた。
サンリがいつかのようにぽんぽんと背中を叩いてくれる。
「アリア、怪我はない?」
すぐ後から降りてきたイルトがアリアの顔を覗き込んで言った。
「‥‥イルト兄ちゃん、足がいたい‥‥」
アリアがそう言ってさすった足首にさわると、張れているようで熱くなっている。
「これはひねったね。」
イルトがそう言ってサンリを見た。
「‥‥大丈夫。アリアなら‥‥背負って登れる。」
サンリがきっぱりと言うのを聞いて、イルトがホッとする。
「じゃあ僕が後から登ってフォローするよ。」
イルトの言葉にサンリがゆっくりとうなずいた。
サンリの背中にのって、その首にしがみつく。
サンリの手は斜面について登っているので、アリアは自分でしがみついていなければならない。
手がゆるんでずり落ちそうになると、隣で登っているイルトが手を貸して持ち上げてくれる。
疲れと安心感でつむってしまいそうになる目をパチパチさせながら、あったかい背中にほほをくっつける。
こんなところまで、きてくれた。
こんな時間まで、わたしをさがして。
頭をなでられて横をむくと、イルトが嬉しそうにアリアを見ていた。
わたしをみつけて、笑ってくれている。
わたしが無事で、よろこんでくれている。
「もう少しだ。サンリもアリアもがんばって。」
道の上を見上げてイルトが言った。
やがて道にたどり着くと、そこにはアルテが待っていた。
「まったく。アリアはどんくさいんだから一人になるんじゃない!」
サンリがおんぶしているアリアを見て、アルテは怒っているような声で言った。
でも、アリアが恐る恐る顔を上げて見たアルテは、ほっとして泣きそうな顔をしていた。
「ぐすっ‥‥アルテ兄ちゃん‥‥ごめんなさあい‥‥」
そう言うとアルテは小さくため息をついて、アリアの頭をなでてくれた。
だから、アリアはまた涙がとまらなくなってしまったのだった。
****
アリアのベッドの横には宝物が置いてある。
青いつやつやとしたリボンと、青くて透明な石。
きれいな石を見ると、大好きなお兄ちゃんを思い出す。
いっとうやさしいイルト兄ちゃん。
なんでもしってるアルテ兄ちゃん。
とってもつよいサンリ兄ちゃん。
わたしが泣いていると、頭をなでてくれる。
わたしがこまっていると、魔法のように解決してくれる。
わたしが怖いめにあうと、たすけてくれる。
わたしの、大好きな、大好きな、お兄ちゃん。
つたない文章ですが、最後まで読んでくださってありがとうございます。