事件の6日前
読んで下さりありがとうございます!
執筆自体初めてで、こちらのサイトも初心者です。
至らない点もあるかと思いますが、
お手柔らかにどうぞよろしくお願い致します(ㅅ˙ ˘ ˙ )
更新したら、続きも読んで頂けるととても嬉しいです!
ミノリが死ぬ1週間前に、本当に戻れた今。
ミノリの自殺を阻止すべく、まず始めに頭に思い浮かんだ解決すべき問題は、あの通夜の際に、同級生達が話をしていた『いじめ』についてだ。
確か通夜の際、ミノリが誰かのパシリをやらされていた、という会話があったはずだ。俺はもぬけの殻だった為、うっすらとした記憶しかないが。
ミノリは、本当に誰かに使いっぱしらされていたのか。誰かからいじめられていたのか。死の原因を突き止めるべく、実際にこの目で確認をする必要がある。
この家の玄関には、猫専用のドアが取り付けられている。そこからこっそり2人の後を付いて行っても良いのだが、今はミノリから極力目を離したく無い。会話もなるべく聞き逃したくない。そこから何か、ヒントを得ることが出来るかもしれないからだ。
部屋の中央に無造作に置かれた、2人のスクールバッグが目に留まる。両方とも鞄の口が開いている。
(ミノリの鞄に入って、こっそり付いて行くか…。そしたら会話も聞き逃さないし。)
そう思いミノリの鞄の方へと近づき、開いた口に片足を突っ込んだところで、ふと昔の会話が頭を過ぎる。
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「ミノリ、イチロ、助けて…。家に筆箱を置いて来てしまったみたいなの…。」
「おいおい、またかよ。マナは本当に忘れっぽいな。ほらよ。この前忘れた時に二つに割った消しゴム。また忘れると思って、そのまま持ち歩いていて正解だったな。」
「イチロのくせに気が利くわね!ありがとう!」
「くせにってなんだよ、くせにって。」
「イッちゃんは普段から気が利く人だと思うけどなぁ~。はい、じゃぁ私はシャーペンを貸すね~。」
「ミノリー!ありがとう!ミノリはいつも本当に優しいわね!」
「マナはいつも、家を出る前に忘れ物がないか、鞄の中を見ないから忘れるんだよ~?」
「うっ…。面倒くさいわね…。」
「私はいつもやっているよ~?マナも習慣づけようよ~。」
「そうそう、マナはミノリを少しは見習え。」
「うぅ…。分かったわよ。覚えていたらやるわ。」
「これ、絶対にやらないパターンだな。」
「だね~。」
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(そうだった。ミノリは忘れ物をしないよう、家を出る前に荷物の中身を確認していると言っていた…。こっちの鞄に入ってしまったら、ミノリが忘れ物のチェックをした際に、俺が入っていることに気が付いて、鞄から出されてしまうかもしれない。)
隣に置いてあるマナの鞄へと目を向ける。
(それに対して、マナは昔から忘れ物の常習犯だ。きっと今も、出かけ間際に鞄の中身なんて確認しないだろう。お弁当もそれ専用の手提げ袋に入れている。)
ごくりと唾を飲み、突っ込んでいる足を戻す。
そのままマナの鞄の方を向くと、開いた口の中へと華麗にジャンプして潜り込む。念の為、中からチャックの金具に爪を引っ掛け、カリカリと少しずつ開いている口を閉めた。
5分も経たない内に、下からペタペタと階段を上る足音がして来た。静かな部屋の中、近づいてくる足音と、自身のバクバクという心臓の音だけが聞こえる。
足音が部屋の中に入って来た。鞄の前で気配が止まる。緊張が極限状態に達し、心臓が破裂しそうなくらい音を立てた時、隣の鞄の方でガサゴソと物音がした。
(こっちではなかった…。)
少し安堵をしながら、息をひそめる。
「えっと~。これとこれと~。うん、全部揃ってる。」
ミノリの声だ。そのまま鞄を閉める音が聞こえた。
(危なかった…。これはミノリの方に入っていると、確実にバレて鞄から出されていたな。)
安心するのも束の間、今度は慌ただしくバタバタと、階段を駆け上がる音がする。
「ミノリミノリ!もう家を出ないといけないわ!」
マナだ。今度こそこちらに来ると思うと、一度治まったはずの心臓が再度激しく鳴り出す。が、緊張するのも束の間、身体がふわっと宙に浮く感覚がした。マナが鞄を持ち上げたのだ。
「あら?そういえばコットは?」
「コットちゃん、今朝物凄い勢いでお話しに来たと思ったら、それから見なくなったね~。どこかでもう一度、寝ているんじゃないかな~?」
「いいわねぇコットは。私も一日中ゴロゴロしていたいわ。」
「マナったら~。マナだって学校の授業中、教科書で顔を隠してよく寝ているじゃない。私、マナの後ろの席だから知っているよ~?」
「仕方がないじゃない!だって、眠いんだもの。」
「授業に付いて行けなくなっても知らないよ~?」
「そしたらミノリに教えて貰うわ!だって、ミノリは勉強を教えるのが上手なんだもの。」
「もう、マナったら~。」
彼女達はそんな会話をしながら、家を後にした。その会話を耳にしながら、
(マナの鞄の方に入っていて良かった…。)
と、俺は胸を撫で下ろすのであった。
*
家を出た2人がまず向かうのは、隣に住む俺の家だ。俺は毎朝2人と一緒に登校をしている。今日も、いつも通りにインターホンを鳴らす音が聞こえた。少しの間があり、ガチャリとドアが開く。
「マナ、ミノリちゃん、おはよう。いつもイチロを迎えに来てくれてありがとう。」
俺の姉貴の声がする。
「ひよ姉おはよう!って、あれ?イチロは?」
「ひよ姉おはようございます~。」
“ひよ姉”とは、俺の姉貴の呼び名だ。姉の名前が“陽葉”という為、2人共昔から姉貴のことを、そう呼んでいる。
「それがね…。イチロ、なんだか風邪みたい。ずっと寝ているのよ。声をかけても起きないし、学校にお休みの電話入れようかなって。だからせっかく迎えに来てくれたのに、ごめんなさいね?」
「えぇ!?イチロ風邪なの!?バカは風邪を引かないって言うのに、引いたの!?」
(マナの野郎…。バカって言うな!バカって!成績は普通だぞ!)
マナの発言に、心の中で突っ込みを入れる。
「マナ、イッちゃんはバカじゃないし、風邪を引く時もあるよ~。」
(ミノリ、ナイスフォロー!!)
ミノリの擁護に、心の中で喝采を送る。
「ふふっ。二人とも朝から絶好調ね。」
姿こそ見えないが、姉貴がくすりと笑っている様子が目に浮かぶ。
「あら?もうこんな時間!2人共、そろそろ行かないと遅れちゃうわよ?」
「本当?ミノリ、急ぎましょうか!」
「うん、急がないとね~。」
「ふふっ。二人共気を付けてね!いってらっしゃい!」
「ひよ姉いってきます!」
「いってきま~す。」
伝わってくる鞄の振動から、2人は歩き出したようだ。
その後ろ姿に、姉が冷たく射るような視線を送っていることに、誰も気付かずに…。
*
学校に向かう道中、何かミノリの自殺に繋がるようなヒントとなる会話がないか、俺は終始耳を凝らしていた。でも2人の会話は、猫のマーキングの話や、5階から落ちた猫が死ななかったという話等、猫の話ばかりで特にいつもと変わった様子はない。
途中マナが、
「なんだか今日の鞄、いつもより重たい気がするわ…。」
と言い出し、鞄のチャックに手をかけ、3cm程外の隙間が見えた時はドキッとしたが、
「今日は、参考書のいる教科が多いからね~。マナ、参考書が多い日は、いつもそう言っているよ~。」
というミノリの言葉で
「それもそうね…。」
と、中を見ずに鞄を閉め直した為、俺の存在もまだ2人にバレていない。
それ以降は、またいつもと変わらぬ平凡な話に戻った。ミノリに特段変わった様子は感じられない。
「おはよう。」
「おはよう!」
色んな方向から、朝の挨拶をする声が聞こえてくる。学校に着いたのだ。
5分程度、周りで挨拶が交わされる状態が続いた後、ガラッとドアを開ける音がした。
「ミノリちゃん、マナちゃん、おはよう。あれ?イチロくんは?」
「本当だ。イチロくんいないね。どうしたの?」
クラスメイトの声が、代わる代わる聞こえてくる。自分達の教室に着いたようだ。
「それがね、聞いてよ!イチロったらバカなくせに、風邪を引いたらしいのよ。」
クラスメイトの問いかけに、マナが答える。
「それで今日は、マナちゃんとミノリちゃんの2人なんだね。イチロくん大丈夫なの?調子、結構悪そう?」
「直接は会っていないから、分からないわ。でもきっと、今日1日寝ていたら、明日にはけろっと治っているわよ。」
話し声に聞き耳を立てていると、突如ドサッと鞄が置かれた衝撃を身体に受けた。
(痛っ…!あぁ、席に着いたのか…。さて、ここまで着いて来たは良いが、鞄が開いた時どうしようかな…。)
手がかりになる会話がないか探るため、鞄に忍び込み着いて来たは良いが、その先のことは全く考えていなかった。しかし、その先のプランを練る時間の猶予はなかった。マナが鞄を開け始めたのだ。
「1限目はなんだったかしら?えっと、数学?」
ぶつぶつと独り言を呟くマナの顔が、開いた鞄の隙間から徐々に見えてくる。
「1限目から数学だなんて…。頭が痛くなりそうね…。」
そして、ついに鞄が完全に開き、難しそうな顔をしたマナと目が合う。少しの間、沈黙が走る。
ひとまず俺は、
「うるにゃん?」
と目を潤ませ、お腹を見せて身体をくねらせた、あざといポーズで誤魔化しをはかった。
それと同時に、鞄が勢いよく閉められる。
「え、え、え?なんで?なんでコットが?」
動揺したマナの声が、鞄越しに聞こえてくる。
「ん~?マナ、どうしたの~?」
後ろの席のミノリが、マナに話しかけて来た。
「い、いやぁ、何でもないわ…?」
「本当~?今、コットちゃんって聞こえた気がしたんだけど…。」
「気のせい!気のせいよ!ミノリの聞き間違いね!」
「聞き間違い?そうなの~?」
「あはははは…。」
マナの引きつった笑い声が聞こえた後、ゆっくりと半分だけ鞄が開いた。隙間を覗き込んだマナが、ひそひそ声で俺に話しかける。
「なに着いて来ているのよ、まったく。いい?絶対に今日はこの鞄から出ないでよ?大人しくしていなさいよ?」
そして、マナは鞄の中に勢いよく手を突っ込むと、急いで教科書や筆箱をガバッとまとめて出した。鞄の中が俺だけになると、1cmだけ隙間を残し、鞄のチャックが閉められる。恐らく、俺が息をし易いようにしてくれたのだろう。
鞄が持ち上げられ、そっと椅子の下に置かれるのと同時に、1限目を知らせるチャイムが、学校中に鳴り響いた。
*
チャイムが鳴り止み少しすると、校内に居た生徒達が、一斉に購買の建物にやって来た。
そのまま茂みに身を隠し、待つこと3分。ポツリポツリと建物から出ていく生徒が見え始めた。案の定、入っていく生徒よりも、出ていく生徒の方が、明らかに少ない。
ただ一つ、ここで計算違いが生じた。茂みの下からだと生徒の足元は分かるが、顔までが見えないのだ。
茂みから身を乗り出し、顔を出したら見えるだろうが、ミノリを見つける前に、他の生徒に見つかってしまう恐れがある。万が一にでも囲まれた際には、この作戦が失敗してしまうだろう。他の生徒に見つかるわけにはいかないのだ。
現在、足元だけで判別できることは二つ。一つ目は、ズボンかスカートかで見分けられる男女の違い。
二つ目は、女性との履く靴下の色の違いでの判別だ。うちの学校では黒か白、どちらか好きな色の靴下を履くことが出来る。そして、ミノリはいつも白い靴下を履いている。
俺はひとまず、建物から出てくる白い靴下を履いている人の、歩く方向だけを確認することにした。
更に待つこと5分。1人だけ校舎ではなく、そのまま茂み沿いに裏へと回る生徒がいた。
(ミノリだ!)
直観的にそう思った。
俺は、茂みの下をほふく前進し、そのミノリと思われる人物の後を付いて行った。そのまま購買の建物の裏を通り過ぎ、体育館の裏側まで着くと、追っていた足の動きが止まった。
その人物と少し距離が離れたところで俺も立ち止まり、茂みから顔を半分出した。
そこに居たのは、やはりミノリ本人であった。
(ミノリをもしパシリ扱いしているやつがいたら、絶対に懲らしめてやる!絶対にミノリを助ける!)
他に誰か居ないか、辺りをキョロキョロと見渡すが、そこに居たのはミノリ本人だけで、他には誰もいない。
(ん?誰もいない?どういうことだ?今から来るのか?遅れて登場するのか?)
俺が軽く混乱をしていると、ミノリが急にその場にしゃがんだ。
「猫ちゃんお待たせ~。お昼の時間だよ~。」
(猫???)
よくよく目を凝らすと、ミノリの足元に寝そべった白猫がいる。
「どう?美味しい?ここの購買、今テレビで話題の動物でも食べられるパンが置いてあるから、良かったね~。」
ミノリは白猫の頭を撫でだ。
「それじゃぁね~。猫ちゃん、また来週~。」
そう言うとミノリは立ち上がり、その場を後にした。
(猫にこっそりパンをあげていたのか…。家にあるコットのご飯を持ってくれば良いのに。まぁ、自分の小遣いの範囲内で野良猫にご飯をあげるって生真面目なところ、ミノリらしいと言えばミノリらしいか。)
去って行くミノリの後ろ姿を見送り、体育館裏に残るは俺と野良猫の2匹だけ。
俺は念の為、あの猫が何か情報を知っていないか、確認をすることにした。
「よう、飯時に悪いな。ちょっといいか?」
俺は野良猫に呼びかけながら、茂みから全身をにゅるっと出し、毛についた葉を落とそうと全身を身震いさせた。
野良猫は俺に気が付くと飛び上がり、尻尾を膨らませ背を丸くし、耳を後ろに寝かせて全身の毛を逆立た。
「あんた誰や!?ここはうちの縄張りや!それともパンが目当てか!?これはうちのパンや!あげへんで!!」
今にも飛び掛かって来そうな勢いで、こてこての関西弁で威嚇をして来る。
「ちょっと、落ち着いてくれ!俺はコット。ミノリの飼い猫なんだ!」
「ミノリの猫…?」
「そうそう、ミノリの飼い猫。勝手に縄張りに入ってきたことは謝るが、ただちょっと君に質問をしたかっただけなんだ。パンも取る気はない。」
「パン狙ってるんちゃうの?ほんまに?食べへん?」
「ああ、食べない。」
自分の食べ物が盗られない、かつ、俺がミノリの飼い猫と分かり安心をしたのか、野良猫の逆立った毛と膨らんだ尻尾は、徐々に元に戻っていった。
「ならええわ…。で、その質問ってなに?わざわざ学校まで付いて来てまで知りたいことなんやろ?」
野良猫は、行儀よく背筋を伸ばして、座りなおした。俺も一定の距離を保ちつつ、野良猫の前へと移動し座る。
「ちょっとな、ミノリがいじめられているのではないかという噂を小耳に挟んでな。心配で着いて来たんだよ。」
「え、ミノリ、いじめられてるん!?あんなやさしい子が、なんで!?」
「いや、まだ噂程度だから、事実を確認したくて、ここまで着いて来たんだ。体育館裏でと聞いていたんだが、ここにミノリ以外の人が来ることはあるか?ミノリと誰かがやり取りをしているのを見たことはないか?」
「いや、少なくともうちは見たことないなぁ…。人がうろつく時間帯は基本的にここにおるけど、誰も来たことないわ…。ミノリ以外、見たことないで。」
「そうか、誰も来ていないのか…。昼休みの時間帯は、ミノリはいつもここに来るのか?」
「うん!せやな、学校のある日は毎日来てくれてんで!いつもパンくれたらすぐに行ってまうけどな。」
「そうか、毎日君にパンを…。ちなみにミノリは、いつ頃からここに?」
「去年の冬からやな。大体1年くらい、もう経つんちゃう?」
「そうか、そんなにも前から…。」
俺はその場で少し考え込む。
(去年もクラスが一緒で、ずっと一緒に居たはずなのに、全く知らなかった。ずいぶん前からミノリは毎日この猫にパンをあげていて、他に誰もここに来ていないのであれば、ミノリが誰かのパシリをさせられているという話の真実は、この野良猫ちゃんへの餌やりだな。)
俺はパシリ説について、終止符を打った。
そして、それと同時に新たな疑問が湧き上がってくる。
(じゃぁ、なんでミノリは自殺なんてした…?別でいじめられているのか?それとも何か思い詰めていることがあるのか?)
パシリの噂については事実でないと判明したが、自殺の原因がまだ分からない。ミノリの死を防ぐには、彼女が死んだ原因を突き止めなければいけない。
この学校内でも、まだ引き続き調査をする必要がある。
「なぁ野良猫さん。俺、ミノリのことが心配で仕方がないんだ。だから、また学校に着いて来ると思うし、君のところにもお邪魔すると思う。」
野良猫は、顔をぷいっと横に向けた。
「ミノリの飼い猫なら全然気にせずいつ来てくれてもええけど…。うち、野良猫さんって名前ちゃう。うちの名前は“ふらり”や。」
「そうか、ふらりか。今日話を聞かせてくれてありがとうな、ふらり!助かったよ!」
俺がそう言うと、ふらりは照れ臭そうに斜め下を見ながら、尻尾の先だけ上下にゆらゆら揺らした。
「まぁ、困ったことあったらいつでも頼ってや。ミノリにはいつも世話になっとるし、うちも協力するわ。」
「ありがとう!とても心強いよ!」
「あ、でも、このパンはあげへんで?」
「うん、パンはいらないからどうぞ食べてくれ。食事中引き留めてしまって悪かったな。じゃぁ、俺はこれで失礼するよ。」
「ほいほい、ほなまたな。頑張りや。」
ふらりはそう言うと身を屈め、はぐはぐと美味しそうに、またパンを食べ始めた。俺は来た道をとぼとぼと引き返す。
(ミノリが死んだ原因は他にある。他に考えられることは…。)
自殺の原因を考えていると、ふと頭の中に、通夜の日のクラスメイトの声が聞こえた。
「勉強するのに疲れちゃったのかな?」
「優等生でいるのに疲れてしまったのかもしれない。」
(勉強疲れをしていたようには見えないが、やはり精神的に憔悴してしまっていたのか…?そうは見えなくても、その可能性が高いか…。もしくは、何か他に悩みが…。)
いじめの線が消えた今、精神疲労に関することが原因と考えるのが一番妥当だと、この時の俺は考えていた。
*
昼休みも終わりに近づき、校庭に人影が見えなくなった頃。俺は、体育館の入り口前に座っていた。
ミノリのパシリの噂について、調査をすべく、勢いよく教室を飛び出してきたは良いが、一体どのようにして2階にある自身の教室まで戻れば良いのか。頭を悩ませていた。
恐らくマナは、昼休みの時間になり、俺が鞄の中に居ないことに気が付いただろう。もしかしたらここまで探しに来たかもしれない。
だが、マナの姿を確認しようと、猫である俺が茂みから一歩出てしまうと、たちまち知らないクラス、知らない学年の生徒に取り囲まれてしまうだろう。万が一にでも他の人に連れて行かれたらと考えると、人の姿が見えなくなるまで、安易に茂みから出ることが出来なかったのだ。
(ふぅ…。もう昼休みも終わるな…。5時限目の授業中に、こっそり教室に忍び込むしかないか…。)
青い空を見上げながら、そう呑気に考えていると、ペタペタとこちらに近づいて来る足音が聞こえた。音のする方を見てみると、クラスメイトの彼岸田 純の姿が目に映った。
俺は慌てて、すぐ後ろにある茂みへと隠れるも、彼岸田純は、俺の姿をばっちり捉えていた。
「…やっぱり。ここに、居た。」
彼岸田純は、茂みの下に居る俺の目の前まで来ると、しゃがみ込んだ。
顔は見えない。見えるのは、彼岸田純の足元だけだ。
抑揚はなく、ぽつりぽつりと呟くように、彼女は俺に話しかけた。
「君、授業中、窓から、出ていった。」
不覚にも、俺は脱走シーンを見られていたようだ。
「双子姉、お昼休み、あたふたしていた。きっと、君は、双子の猫。おいで。連れて行ってあげる。」
目の前に、ぱっくりと開いた鞄の口が、差し出された。
俺は茂みから顔だけ出すと、彼岸田純の顔色を伺う。真顔で無表情の彼女と、目が合った。
彼岸田純は、いつもどんな時も、顔色一つ変えたことがない。中学の頃からクラスは同じだが、いつ見ても表情はなく、何を考えているのかが分からず、実は俺は彼女のことが苦手だ。
苦手とは言え、これで校舎に忍び込むこともなく、他の誰かに捕まるリスクもなく、マナの元へ真っ直ぐ帰ることが出来る。
俺は有難く。のそのそと鞄の中へ入らせて貰った。俺が入ると、彼岸田純は鞄を抱きかかえるようにして持ち上げ、元来た道を歩き出した。
「…君、職員室、連れて行ったら、双子妹、内申点、下がるかな。」
数歩歩くと、ポツリと彼岸田純が口にした。
(…どういう意味だ?双子妹ということは、ミノリ…?俺を職員室に連れて行ったら、ミノリの内申点が下がるかと言っているのか?彼岸田純は、ミノリの内申点を下げようとしているのか!?)
言葉の意味を頭が理解した時、背筋がゾクリと凍り付いた。開けっ放しの鞄の隙間から見える彼岸田純の顔は、相変わらずの無表情で、こちらを一瞬たりとも見向きもしない。
「でも、恐らく、双子姉が、君、連れて来た。双子姉の、内申点、どうでもいい。」
顔色一つ変えず歩きながら、彼岸田純は淡々と、ポツリポツリと話を続ける。
「…冗談。大丈夫。校則、ペット関連の記載、どこにもない。バレても、注意くらい。君、差し出すの、時間の、無駄。無駄なこと、しない。」
(冗談って言われても、本当に冗談なのか本気なのか、どっちか分からなくて、怖いよ…。)
俺が鞄の中で震え上がっている内に、ガラガラとドアが開く音がした。教室に着いたようだ。
鞄の隙間から顔を覗かせると、自席の辺りをキョロキョロと見渡す、挙動不審なマナの姿が目に入った。
彼岸田純は、真っ直ぐにマナの元へと歩いて行く。
「あ、純ちゃん、珍しいわね。どうかしたの?」
明らか動揺をしているマナが、こちらに気が付くと、彼岸田純はずいっと鞄を差し出した。
「…この子。下、居た。」
鞄の中をマナが覗き込む。俺と目が合ったと思った次の瞬間、
「コット!!どこへ行っていたのよ、もう!!探したのよ!?心配したんだから!!」
と、予想に反した大きな声で、俺を鞄の中から強く抱き上げた。
そこにいる全員の注目が集まり、教室内は静まり返る。
「純ちゃんありがとう!!もう、心配させないでよね。コットのばか。」
周囲の視線に気づいていないのか、マナは俺を強く抱きしめたまま、頬ずりをする。
「マナ~?一体、どういうことなのかな~?」
後ろの席のミノリから、にこやかに声をかけられ、ハッと我に返ったマナは、その場に硬直した。
「何でコットちゃんが、ここに居るのかなぁ~?」
恐る恐るマナはミノリの方を振り向く。ミノリの笑顔が怖い。
「い、いやぁ…。学校に着いて、鞄を開けたら、居たのよねぇ…。えへへ。」
マナは目を泳がせ、しどろもどろになりながら、ミノリに対して弁明をする。
「今朝鞄が重いって言っていたの、コットちゃんのことだったのか~。」
「えぇ、そうみたいです…。ごめんなさい…。」
このやり取りに、クラス全員の笑い声が、ドッと沸き上がった。
「マナちゃん、おっちょこちょいすぎ~。」
「コットちゃんだったっけ?いつでも学校に遊びに来てね!」
「ミノリちゃんも、おっちょこちょいな姉を持って大変だねぇ。」
クラスの皆が、笑いながら口々に言う。
クラス中の誰もが笑う中、彼岸田純ともう一人、無表情のままこちらを見ている人物が居た。
同級生の化野くんだ。
彼は人とあまり関わらない。というよりも、誰も彼とは関わろうとしない。
放課後薄暗い教室で、一人怪しげな笑みを浮かべ、蝋燭を灯してぶつぶつと呪文を唱えたり、光る紙を眺めながらぶつぶつと独り言を呟いている等の、数々の怪しい動きをしているという目撃情報や過去の出来事から、呪いの儀式を行っているのではないかと校内で噂され、不気味がられているのだ。
そのことや、黒髪のもっさりとした天然パーマで目元が隠れていること。いつも下を向いていて暗い雰囲気を醸し出していることから、クラスの人間は彼のことを、名前をもじって『おばけくん』と呼んでいる。
そのおばけくんが、彼岸田純と同様、全くの無表情でこちらを向いていた。
いや、良く見てみると、彼は僅かに口元を動かし、何かを呟いているようであった。
(何て言っているんだ…?)
俺は、その微かな唇の動きを読み取ろうと、マナの腕から少しだけ、身を乗り出した。
「ちょっと、落ちるから!大人しくしていなさい!」
マナはしっかりと俺を抱き直した。身体が揺れて、おばけくんの口の動きが見えない。
そのままマナは、机の上に置いてある自身の鞄の方へと腕を傾け、俺に鞄の中へ入るよう促す。
俺は、重心が傾けられるがままに、鞄の中へすたっと着地をすると、再度おばけくんの方を見た。彼はもうこちらを向いてはいなかった。
(気のせいか?それか、猫が苦手だったのかな…。)
おばけくんの様子をもう少し伺おうとするも、鞄の口が閉められ、視界が妨げられる。
下手に動いて、明日以降身動きが全く取れなくなってしまっても困る。
その後帰宅するまでの間、俺は鞄の中で大人しくするのであった。
*
日も暮れ、辺りから食欲そそられる匂いが立ち込める時間帯。
俺は双子の部屋の窓際に座り、スーパーの袋を片手に持つエプロン姿の女性や、薄手のトレンチコートを着た男性等、家の前を通り過ぎる人達を眺めながら、ぼんやりと今日のことを振り返っていた。
あの後も、ずっとマナはミノリと行動を共にし、鞄も始終離さず持ち歩いていたが、結局ミノリを死に直結させるような手がかりとなる会話は、何一つなかった。
隠しているだけかもしれないが、ミノリが何か思いつめているような様子もない。
では一体なぜ彼女は遺書を残し、自殺をしたのか…。
筆跡は間違いなく、彼女の書いた文字だった。
そういや、遺書に疲れたとか書いてあったな…。何か人生を終わらせたくなる程、疲れるような出来事があるのか?一体彼女は何に疲れていたのだろう。やはり学業なのか…。
色々と考えを巡らせていると、マナとミノリが部屋に戻ってきた。
「イチロのやつ、大丈夫かしら?インターホンを押しても誰も出てこないから、そのままポストにプリントを入れてしまったけど…。」
「きっとひよ姉が気付いて、イッちゃんに持って行ってくれるよ~。イッちゃん、早く元気になって欲しいね~。」
2人共、俺の心配をしてくれているようだ。
(2人共ありがとうな。そして、俺はここに居るんだ…。騙しているようですまない。でも、絶対にまた3人で過ごせる日々を取り戻すから…!!)
俺は二人の方へと身体の向きを変え、座りなおした。
「マナ、晩御飯も今日は早く済んだし、あれやろうよ~!あれ~!」
ミノリは、自分の勉強机の一番下の引き出しを開け、中から紺色の毛糸3玉を取り出した。内2玉の先には、網掛けの、まだ形になっていない何かが繋がっている。
その網掛けの片方をマナに手渡し、もう片方を自身が持ち、残った毛糸1玉を机の上に置いた。この毛糸は予備の物のようだ。
そして、二人は部屋の中央にあるカーペットの上に座ると、それぞれのものを編み出した。
「イッちゃんの誕生日に、間に合うかな~?」
「ミノリは間に合うでしょ。やばいのは私の方よ。編み物なんてやったことなかったんだから。」
「私もそんなに得意じゃないよ~。」
“俺の誕生日”というワードに耳がピクリと反応する。
なぜなら、俺の誕生日は来月だからだ。
「もう。ミノリが、イチロの誕生日プレゼント、今年はサプライズで手作りにしようって言いださなかったら、私絶対にやらなかったんだから。コンビニケーキくらいで済ましていたわよ。」
「そう言いながらも、マナは毎年私と一緒に、ケーキとは別でプレゼント買って、イッちゃんのお祝いしているじゃない。今だって、一緒にプレゼントの編み物をしているし~。」
「こっこれは、ミノリが言い出したから仕方なくよ!仕方なく!」
「マナったら、照屋さんだねぇ~。」
「照れてなんかいないわよ!」
「はいはい~。冗談だよ冗談~。」
マナが顔を真っ赤にして反論する様を、ミノリが今にも吹き出しそうになりながら、笑いを堪えて諭す。
「…にしても、何で今年は手作りなの?」
「ん~?イッちゃん、去年は私達に色違いの毛糸のマフラー、一昨年は色違いの毛糸の手袋をくれたでしょ?それでね、イッちゃんは毎年マフラーも手袋もなしに冬を過ごすから、寒そうってよく一緒に言っていたじゃない?そしていつだったか、イッちゃんとクラスの男子達が、手作りのプレゼントいいなぁって話をしていたって、マナ、言ってたでしょ~?だから、今年は手作りのマフラーと手袋をプレゼントして、三人お揃い気分で、クリスマスや初詣を過ごせたらなぁと思って~。ちょっとしたサプライズみたいな?」
少し照れ臭そうに、ミノリは話す。
俺の誕生日は、ミノリが死んだ日よりだいぶ後の話になるが、クリスマスや初詣なんて、もっとずっと後の話だ。
果たしてそんな先の話を、もうすぐ死のうと思っている人間が、するのだろうか?しかも聞くところによると、俺への手作りプレゼントは、ミノリの案だと言うではないか。
俺は、ミノリの死亡が“自殺”だということに疑念を抱き始めていた。
「そういうことね。まぁ確かにイチロのやつ、まさか今年のプレゼントが手作りだなんて、思ってもみないだろうから、驚きそうね。」
「でしょ~?だから、絶対に2人だけの秘密だよ?誕生日の日に驚かすんだから~。」
「はいはい、分かったわ。2人だけの秘密ね。」
「きっと、歴代最高に喜んで貰えるよ~!」
「今までで一番喜んで貰えたのって、いつだったかしら?」
「あれじゃないかな~?小学校2年生の時にマナが選んだ、レストランに置いてるような店員さんを呼ぶベル。」
「あぁ、あれね!イチロ、レストランの呼び鈴鳴らすのが好きだからって、呼び出しのベルをあげたことがあったわねぇ。懐かしい。」
「イッちゃんったら、事あるごと鳴らして、ずっと持ち歩いて遊んでたよね~。」
「確かに、うるさいくらいに鳴らしていたわね!
2人は懐かしそうに笑みをほころばせた。
ふと、マナの編んでいた手の動きが止まる。
「…ねぇ、ところで話が変わるけれど、ミノリが編んでいるのは手袋でしょ?…ということは、さっきの話からして、私が編んでいるのって、もしかしてマフラーだったの!?」
「うん?そうだけど…。マナ、何を編んでいるつもりだったの…?」
「…腹巻。」
「えぇー!?違うよ~!マフラーだよ?マフラーを編んでよ~?」
「そんな長いの、本当に間に合うか不安だわ…。」
「大丈夫だよ~!日にちもまだまだあるし、私も手袋終わったら手伝うから。マナ、頑張って~。今年の冬は、3人お揃いで過ごすんだからぁ!」
「うぅ、分かったわよ!一応頑張ってみるけど、本当に手伝ってよ!?」
そんな和やかな2人の会話を耳にしてなお一層、俺はミノリの死について、謎が深まるばかりだった。