プロローグ
初めて本を書きます。
執筆もこちらのサイトも初心者です。
温かい目で見て頂けると幸いです。
お手柔らかに、どうぞよろしくお願い致します!
―これは、運命に抗おうと、猫が奮闘する物語である―
<プロローグ>
これから、俺が猫として挑んだ事件について、ここに記そうと思う。
“猫として”なんて妙な言い方をしていると皆さんは思うかもしれない。でも、この言い方が正しいんだ。なんせ、俺は実際に“猫になった”のだから。
摩訶不思議なことを言っていると思うだろ?夢でも見たんじゃないかって。俺自身、始めはこんなこと現実じゃないって、有り得ないって思っていた。
でもこれは、実際に起きた本当の話なんだ―
10月19日土曜日 午後10時22分
『幼馴染が亡くなった』
その一つの事実が、俺の目の前を真っ暗にしていた。心臓に重しを乗せたみたいに胸が押し潰されそうで、苦しく、虚無感に苛まれていた。
あれから数日、通夜も葬式も済み、俺は自室のベッドに仰向けで寝転がり、月明かりに照らされた薄暗い天井を、ただただ見上げていた。
亡くなったのは、隣に住む幼馴染の双子の妹、ミノリだ。ミノリはいつもニコニコしていて誰にでも優しい性格で、勉強も出来、テストでは毎回一位を取るような俺の自慢の幼馴染だった。
死因は“自殺”。駅のホームから、電車が来る直前に線路に飛び込み、亡くなった。『つかれました。しにます。』と書かれた紙が、飛び降りる直前に彼女が立っていた場所に置かれていたこともあり、筆跡も彼女のものだったことから、自殺と断定されたのだ。
俺は通夜も葬式も参加はしたが、まだ“幼馴染が死んだ”という現実を受け入れることが出来ず、機械人形のようにただ無心に一連の動作を行い、モノクロの世界で日々を過ごしていた。だから、ミノリが死んでからの出来事に関しては、あまり覚えていない。
ただ時たま、うっすらと頭の中で、通夜での同級生達の声が、代わる代わる木霊する。
「自殺だって。」
「勉強するのに疲れちゃったのかな?」
「優等生でいるのに疲れてしまったのかもしれない。精神的に追い詰められていたんだよ。」
「それか、いじめられていたんじゃない?」
「確かにそうかも。毎日お昼の時間になると、購買で買ったパンを体育館裏に持って行っていたよね。」
「そうそう。それでね、裏から数秒程度ですぐに戻って来ているのに、必ず一つだけないの。だから自分で食べていたとは思えないんだよね。」
「私も見た。お弁当の日でも購買でパン買ってたよね。」
「聞いてもはぐらかすばかりなんだもの。きっと、誰かに買わされていたんだよ。使いっぱしりをさせられていたんだよ。」
「あの時無理にでも聞き出していたら…。」
「いったい誰が…。」
その木霊する声を、一人の少女の泣き叫ぶ声が抑制する。
「違う!ミノリは自殺なんてしない!だって、だって…!!」
彼女は俺のもう一人の幼馴染であり、ミノリの双子の姉である、マナだ。
俺たちはお互いの両親が仕事であまり家に居ないことから、幼い頃から俺の姉を含めた4人でよく一緒に過ごしてきた。その中でもミノリとマナは、ずっと2人で行動を共にしているような、大の仲良し姉妹だった。
その彼女一人だけが、自殺について否定的な発言をしていた。
それにしても、ミノリは死を選択してしまうくらい、本当に精神的に追い詰められていたのだろうか。彼女は本当にいじめられていたのだろうか。
あれだけ毎日一緒に居たのに、毎日3人で登下校していたのに、全くと言って良いほど気が付かなかった。
もし本当に彼女が死にたいくらい追い詰められていたのであれば、なぜずっと時を共に過ごしていたマナや自分がそのことに気が付かなかったのか。なぜ自分が彼女の異変に気が付き、手を差し伸べることが出来なかったのか。
悔やんでも悔やみきれないが、今はもう考えることにも疲れた。考えようとしても、頭がまだ夢見心地のようで、ほわほわと宙に浮いているような感覚なのだ。
頭を動かすことを止め、天井を照らす月明かりさえ眩しく感じ、そのまま目を瞑り横を向いた。時計の針の音だけが部屋に鳴り響く。
ぼんやりしたまま目を開けると、ふとベッドのサイドテーブルの上に置かれた猫の木彫り人形が、ぼやけた視界の片隅に入った。いつだったか、探検家の両親がお土産にとくれたものだ。
「あれ?この人形、ここに置いてあったかな…。まぁいいか。…えっと、確か、『頭を撫でながら願い事をすると叶えてくれる』って言ってたな…。」
回転しない頭で記憶を辿り、ぽそっと呟いた。
ただの迷信に過ぎないと、信じたことはこれまで一度たりともなかったが、何故だか分からないがふと衝動的に、その木彫り人形を手に取った。人形をしばらくの間見つめた後、藁にも縋る思いで、
「なぁ、猫人形さん。俺に出来ることがあればさ、何でもするからさ。ミノリの力になれることは何でもするから。だから、もう一度、ミノリの居たあの頃に戻りたい…。」
と、声にならない声を絞り出し、何度もその人形の頭を撫でながら願った。
「叶えてくれよ…。頼むよ…。なんでもするから…。お願いだよ…。もう一度あの頃に戻らせてくれ…!!」
そう何度も撫でながら願う内、ふと一筋の温かい雫が頬を伝った。
人形を撫でる手を止め、頬を濡らした正体を確認すべく、震える指先でその濡れた液体にそっと触れる。
それが涙だと理解をすると、ようやく“幼馴染が亡くなった”という出来事は、現実に起きたことなのだと頭が認識したらしく、ドッと涙が溢れ出し、俺は声にならない声でひたすら泣き叫び続けた。
どの位の時間が経ったのだろう。もう泣きたくても出る涙すらない。泣き腫らした目と頭が痛い。その痛みを紛らわすかのように、段々と睡魔が押し寄せてきた。ゆっくり瞼を閉じると、すぐに意識は朦朧とし、そのまま眠りについた。
*
『――きるにゃ。起きるのにゃ。』
ふと声が聞こえた気がして、途絶えた意識がゆっくりと戻り始める。
「イチロ、起きるのにゃー!!!!!!」
今度は耳元で鼓膜が震えるほどの大きな声がし、慌てて飛び起きる。イチロとは俺の名前だ。
振動の名残を感じる右耳を抑え、辺りを見渡すと、一面真っ白な世界がそこには広がっていた。これは夢なのか?と思うも、夢にしては妙に感覚がはっきりとしている。
「ようやく起きたにゃ?」
今度は背後から声がした。
「うわぁぁぁ!!!!」
驚きの声を上げ、声の主から遠ざかるように、四つん這いで数歩前進をし、慌てて後ろを振り向く。
そこには、頭の上に金色の光輝く輪があり、背中に全身を包み込むような大きな白い羽を持つ生き物が居た。この姿はまるで天使のような…
「…猫?」
そう、まるで天使のような白猫が、背筋をしゃんと伸ばして座っていたのだ。
俺はまじまじとその猫を観察した。頭上の輪と背の羽以外は、他の猫と特段変わった点はないようだ。サイズも普通の猫と変わらない。
「おほん。」
その猫はおもむろに咳払いをした。
「おほん。まぁ、猫と言われたら猫だけど、我はただの猫ではない。我は猫神にゃ。猫でもあり、神でもあるにゃ。」
猫神と名乗る猫は、背筋を一層伸ばし、ふふんと誇らしげな顔をした。
「イチロ、お主は人形を使って我に呼びかけた。我に願いを述べた。我はその願いを聞き届けに、わざわざ出て来てやったのにゃ。」
「…願い…?」
「そうにゃ。“もう一度、ミノリの居たあの頃に戻りたい”という願いにゃ。」
「え…?」
俺は少しの間、硬直する。
(確かに願った。ミノリの居る頃に戻りたいと何度も願った。
だが本当に戻れるなんて、微塵も思ってはいなかった。無理だってことは百も承知の上で願ったんだ。そんなファンタジーじみた、非現実的な都合の良い話、実際に起こるわけがない。
そうだよ、物理的に不可能なんだから、無理なんだよ。ミノリの居たあの頃にって言ったって、どうするんだ?ミノリを生き返らせるのか?それとも過去にタイムスリップするのか?そんなの物理的に出来ないんだから…。
そうか、分かったぞ。これは俺の夢か。だって猫、羽生えてるし…。)
頭でぐるぐると考えを巡らせながら、俺はその場に胡坐をかいて座った。恐らく俺の表情から、その猫は心を見透かしたように、
「お主、我のことを信じておらんにゃ?まぁいい、起きれば現実だと分かることにゃ。」
と言って立ち上がり、前足をググっと伸ばして伸びをすると、そのままこちらに向かって歩きだした。
「最初に言っておくが、これは現実にゃ。夢なら夢と思っておいても今は良い。だけどそれだと、話が全く前に進まなくなってしまうから、今は現実だと仮定して話を進めさせて貰いたいにゃ。」
猫は羽を折り畳むと俺の足の上に乗り、箱座りをした。俺はその猫神様とやらの頭を撫でる。猫神は目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「分かったよ。じゃぁもしこれが現実だとして、俺の願いを叶えてくれるのなら、どうやって叶えてくれるんだ?まさかとは思うが、ミノリを生き返らせてくれるのか?」
「まさか。いくら我が神といっても、死人を再度人として生かすことは出来ないにゃ。既に“死”しているものを“生”とすれば、それはゾンビと呼べよう。我、ゾンビは怖いからしないにゃ。」
「…怖いからしないのね。でも、それじゃぁどうやって叶えてくれるんだ?」
猫神はふふんとした得意げな顔で答える。
「それは、時間を巻き戻すのにゃ。」
猫神は意気揚々と鼻を鳴らし、話を続ける。
「ミノリとやらが亡くなる日の1週間前まで、我が時を戻してやるにゃ。亡くなる日を含め、7日間の期間がある。お主はその期間を使って、ミノリとやらの死を防ぐのにゃ。」
「…なるほど。俺にやり直すチャンスを与えてくれるってわけか。ミノリが死ぬのを止めるチャンスを。」
「そういうことにゃ。あ、ただしその7日の間は、お主の魂はコットの魂と入れ替わって貰う。お主はコットとして時を戻るのにゃ。」
「コット…?あの2人の飼い猫?」
思わず俺は、猫神を撫でる手を止める。
「え?俺、猫になるの?人間のままじゃダメ?」
猫神はツンとして横を向いた。
「そんな都合の良い話、あるわけがなかろう。願い事を叶えるには、なにか一つ大きな試練が必要なのにゃ。お主は7日間、猫としてミノリの死を防ぐ。それが防げても防げなくても、8日目の朝になると、お主の魂は元の人間の身体に戻る。だが猫として人間が死ぬのを止めないといけないから、困難極まりないであろうことは容易に想像が出来る。それでもお主のこの願い、聞き入れて欲しいかにゃ?」
猫神は、俺の目の奥を真っ直ぐ見つめる。
「俺は、ミノリの飼い猫のコットと入れ替わり、猫の状態でミノリが死ぬのを阻止するのか…。色々とやりづらそうではあるが、そんなの答えは決まっている。やるよ。その話に乗った。」
俺も自分の意志が固いことを示すよう、強い眼差しでジッと猫神の目を見返した。
やらずに後悔をするよりも、やって後悔をした方がいい。
もしもこれが本当の本当に現実なのだとしたなら、こんな奇跡、もう二度とやって来ないだろう。この奇跡とも呼べるチャンスを手放したくない。
諦めたらそこで試合終了だとも、何かの漫画でどこかの先生も言っていた。
「よかろう。では、お主の願いを叶えてやるにゃ。」
猫神は、またにっこりと目を細めた。
「ありがとう。よろしく頼む。」
俺はペコリと頭を下げた。
足の上で横になっていた猫神は、ゆっくりと起き上がり、羽を広げて猫背の背中をより一層丸くし伸びをした。猫神は足から降りると、俺の目の前に背筋を伸ばして座り直した。
「では改めて。猫になるにあたり、お主に一つだけ助け舟をやるにゃ。それは、人間のお主の身体に猫の魂が入っていても、周囲の人間に怪しまれぬよう、コットには終始寝ていて貰うにゃ。」
「おお、それは有難い。俺が猫のような動作していたら、絶対に気持ち悪がられるだろうし、そっちの方が気が気でなくなるからな…。」
「まぁ、猫のようにご飯を食べ毛繕いをし、トイレをする人間のお主の姿も見てみてみたいところだがにゃ…。」
猫神はにんまりと笑う。
「よしてくれよ。そんな姿を他の人に見られた日には、一生の黒歴史になるぞ…。」
そう言うと、猫神はニャッハッハと、声を出して笑った。
「いやぁすまにゃい。思わず魔が差してからかってしまった。」
「質の悪い冗談だなぁ。」
「すまにゃい、すまにゃい。ところで、主からは我に何か質問はあるかにゃ?」
「いや、特にはなにもないよ。チャンスをくれてありがとう。」
「苦しゅうない。あ、そうそう、それとイチロ。分かっておるかもしれんが、神の力を使ったこんな驚くべき素晴らしい話は、そう何度も起こることではない。これが最初で最後の、一度限りのチャンスにゃよ。」
「ああ、そうだよな。肝に銘じておくよ。」
俺は力強く頷いた。
まだこれがただの夢ではないかと、半信半疑のままではあるが、ミノリが生きている時間をやり直せるかもしれないという期待に、俺は胸を膨らませてもいた。
「イチロ、これは忠告だが、“真実は何か”を見つけねば、問題は解決しない。そのことだけは念頭に入れておくにゃ。では、健闘を祈る。頑張るのにゃよ。」
そう言うと。猫神は羽を広げ宙に浮き、俺に向かって思いっきり風を煽いだ。腕で顔を覆うようにガードをするが、目も開けることが出来ないほどの強風だ。煽られているうちに、少しずつ身体が風に押されていく。
「うわあぁぁぁ!!」
思わず声が漏れる。段々と風に抵抗が出来なくなり、ついに宙に飛ばされたかと思うと、そのまま意識が遠のいていった…。
*
『―ット。コット。』
朦朧とする意識の中で、うっすら誰かの声が聞こえてきた。
「コットまだ寝てるの?今日はお寝坊さんね。ご飯置いておくわよ?」
今度はハッキリと声が聞こえた。
瞼をゆっくり開けると、自分の部屋とは異なる天井が目に入る。だが、見覚えのある天井だ。これは、幼馴染のミノリとマナの部屋の天井だ。
横に寝がえりをすると、目の前に猫の前足が見える。自分の右の手をグーパーと動かしてみた。目の前の猫の右前足がグーパーと動く。今度は左の手をグーパーと動かしてみた。すると、目の前の左前足がグーパーと動く。
上半身を起こし、下半身の方を見てみると、灰色ベースに黒いシマ模様の入った猫の身体が見えた。このサバトラと呼ばれる柄は、ミノリとマナの飼い猫、コットの柄と同じものだ。
自分の意思通りに尻尾も上下に動く。
ふと前を見ると、猫用ベッドに上半身だけを起こし、横たわっているコットの姿が、全身鏡に映っていた。
(俺、本当にコットになったのか?)
今の自分=コットだと確かめるべく、座ってみたり立ち上がってみたり、伸びをしてみたりと様々なポーズをとった。鏡に映るコットは、どの動作も全て同じタイミングで同じ動きをする。
(本当にコットになっている…。猫神とのやり取りは、現実のことだったのか。)
少しの間、あんぐりと口を開けた鏡に映る自身の姿を見つめ、ハッとする。
(俺が本当に猫になっているということは…!!ミノリは!?)
慌ててベッドから飛び降り、回りを見渡すが、誰もいない。
「コット?まだ寝ているの?」
1階の方から声がする。これはマナの声だ。壁時計を見ると、朝の7時10分を針が指していた。
(2人の朝ご飯の時間か…。ということは、ミノリも居るとすれば下か!?)
俺は半開きになっているドアから部屋を出ると、急ぎ足で廊下を進み、階段を下りた。この家は、階段とリビングの部屋が繋がっているため、下りたらすぐにダイニングテーブルが見える。
そこに、彼女は居た。数日前に死んだはずの、ミノリが―
「あ、マナ!コットちゃん起きて来たみたいだよ~。」
ミノリは俺の姿を見つけるなり、ニコリと笑ってマナの方を振り向く。
「いつも朝早いのに今日は遅かったわね。」
「もうマナったら、そんな言い方しなくても~。コットちゃんだって、お寝坊さんの日くらいあるよね~?」
まるで何事もなかったかのような、いつも通りの会話。
「ミノ、ミノリ!生きて…!!良かった!!本当に良かった!!」
胸にこみ上げる熱い思いをこらえきれず、俺はそう叫びながら、思わずミノリの足元へ駆け寄った。
「どうしたの?コットちゃん?にゃんにゃんって、今日はたくさんお喋りするね~?何かあったのかなぁ?」
ミノリの“にゃんにゃんって”という言葉にふと動きが止まり、急に冷静になる。
(そりゃそうか。俺は今コットだから、俺が喋っても他の人には猫の鳴き声にしか聞こえないんだ…。当たり前だよな。)
ミノリは俺がしょんぼりしているように見えたのか、
「大丈夫~?元気出して~?」
と心配そうに、頭を優しく何度も撫でた。
「にゃん」
と、ありがとうの意味を込めて俺は一声だけ鳴くと、その場を離れ、2階にあるミノリとマナの部屋へと戻った。
部屋に戻ると真っ先に、壁に掛けられているカレンダーを見上げた。
10月3日のマスまで斜線が引いてあった。ということは、今日の日付は10月4日。曜日は金曜日。ミノリが亡くなる7日前の日付だ。
(本当に戻っている…。夢じゃなかったのか…。いや、実はこれも夢ってことはないよな?)
俺は自分の尻尾を甘噛みした。
(うん、ちゃんと痛い!夢じゃない!猫神ありがとう。俺、絶対にミノリが死ぬのを防いでみせるよ…!!)
天に向かって強くそう誓った。
俺の猫としての戦いは、こうして幕を開けたのだ―