第95話 序章は終わると脚本家は告げる
依頼達成の報告を終えて評議会をあとにした俺たちは、これから本格的に戦争が始まるとあって人々が慌ただしく動き回る街を歩いていた。道行く人は、差異はあれど皆一様に焦燥感や不安を顔に滲ませている。当然か。これから起こるのは勝者も敗者もない、参加するのは全員愚か者の烙印を押される醜い争いである戦争が始まるのだから。
そういう意味合いでは俺も愚か者だな。否定のしようがない。
無言で街を歩きながら俺は、しばらく故郷の世界よりもこういったことが身近にある世界の人々の行動や反応を見ていた。他人事感しかないが、現代日本からいきなりこの世界に来て、真の意味でこの状況に適応して行動できる人はごく少数だと思う。
俺はその少数ではない。その上で自分の命や権益のために戦うことに躊躇はないという厄介なタイプだ。殺傷に関しての自分の性質について思うところはある。だが悩んでる余力はないし、その間に取り返しのつかないことになるのはごめんだ。
「《嫉妬の契約》は確か、他の魔王の契約特性と違ってコープスになると強制的に結ばされる特性でしたよね?」
燃香とニオンは特に見るべきものがないのか、この光景に慣れているのか、戦争を目前にして忙しなくなっている人々に関心がなさそうだ。
それを裏付けるようにニオンが、ヒナツ森林での勇者捜索の結果怪鳥と出会い、そして知り得た情報について切り出した。
「確かそうだね。《嫉妬の契約》はコープスになった時点で勝手に付与されるし、もうその時点で解除できない。コープスに変化した自身の存在の維持のために必須のものだからね」
「その《嫉妬の契約》ですが、私は勇者たちが持つ《不可逆論理》が、あの鳥の言っていた《嫉妬の契約》に似た能力そのもの、あるいは関係のあるものだと考えているのですが」
「けどさ、仮に《不可逆論理》が《嫉妬の契約》となにか関係があったとしても、強くなる以外にどんなものだったら私たちに、多くの人に影響が出るんだろうね?」
「(2人ともこの国の状況に興味なさすぎだろ……)……それはそうなんだが、魔王の、しかもコープスのがもたらす特性に関係があるってだけで嫌な感じがしないか?」
「まあ、それもそうだね」
「ユウリはどう2つの特性の関係をどう思いますか?」
「……まあ、なんらかの関係はあるだろうな」
ニオンは俺の返答に微笑み、一つ頷くと2つの特性にまつわる推測を続けた。戦争に対しての興味のなさへの俺の苦笑は華麗にスルーだ。
「あの勇者集団が共通して持っているスキルや特性を片っ端から調べれば判明しそうですが……わざわざ調べる時間や手間を考えれば、あまり優先することではないでしょうね。それに勇者が持つ《不可逆論理》ですが、戦闘時、平常時両方を呪術という要素を加味した上で観察しましたが、ともに周囲への影響はありませんでした。つまり、仮にその特性が害あるものだとしても私たち、勇者以外には影響しないでしょう。……遅延発動のもの、という不安要素はありますが、私の勘は問題ないと告げています」
「一応、その手のことに詳しそうな桃髪の聖人に聞いてはみたんだ。けど、勇者がここ最近突然所持し始めたこと、それまで存在が確認されていなかった特性であることくらいしか知らないって言われてな」
昨日の昼頃、街中で桃髪の聖人に偶然出会した時にそのことを聞いた。本人は「偶然だねー☆」とか言っていたが、本当に偶然かは怪しい。彼女は今俺がニオンと燃香に言ったことと同じことを言ったが、彼女との会話はそれが主題ではなかった。
『《完全身体》っていう特性の持ち主、知らない?』
『いや、知らないが、なにかあるのか?』
桃髪の聖人に恩はあるが、あからさまになにか企んでいるし、碌なことにならなさそうなのでニオンがその特性を持っているとは言わなかった。そんな俺の返事(ポーカーフェイス込み)に彼女は少し落ち込んだ様子で続けた。
『実は私も同じ特性を持ってるんだよね。だから是非とも知り合いになりたくてさ。ゆくゆくは私の後継者にしたいと思ってる。後継者がいない聖人って私だけなんだよねー』
『まるで聖人が何人もいるように聞こえるんだが?』
となると黒髪の聖人とか銀髪の聖人とか呼ばれてる、桃髪の聖人みたいな存在が何人もいるのか。
『いるよ。5人』
『5人も!?』
『そう。私と、フレン……今はフィリアだっけ。あとは邪龍。北大陸と南大陸にも1人ずつ』
『ミルが!? いや、いやいやいやいやいや。ないな。それだけは絶対』
あんな破壊神が『聖人』などと崇められているなんて、ありえるわけがない。ぶっちゃけ、本人(龍)から聞いた話でもシルドやニオンから聞いた話でも、その全てで邪龍にふさわしい暴虐の限りを尽くしていた。そんな制御不能の暴走特急みたいなヤバい存在が聖人なんてなにかの悪い冗談にしか思えない。
……まあ、俺はその手の話に詳しくないから、宗教における聖人という言葉がどのような意味合いを持つのかはあまり想像つかない。インパクトがすごくてびっくりはしたが。
『あはは。確かに邪龍にそれらしい雰囲気はないね。私たちを示す聖人って文字通りの意味じゃないんだよね。普通はその宗教において重要な位置づけの人物、崇拝されるような人物のことなんだけど、私への『聖人』って言葉は皮肉込みのものなんだよ。あんなに大量に人を殺したり、文明を壊したりできるなんて人の心を超越した素晴らしい聖人だ、とかね』
『なんか悪いこと聞いたな』
『気にしないでいいよ。それに必要なことだからね。私たちは秩序を守り、世界をよりよい状態で維持することが使命だから他人の評判なんてどうでもいいんだよ』
……正直情報量が多すぎて理解が追いつかない。えーっと、なんだったか? 聖人は全員で5人。この世界は東西南北の大陸があるからそこに1人ずついそうだ。彼らは平たく言えば世界を守る存在。そのために大量殺戮や文明破壊も厭わない。呼称である聖人は、言葉通りの意味ではない。あと正義の味方の一族も聖人……なのはいいが、ミルが秩序側とか正気か?
……といったところか。などと考えていたらいつのまにか桃髪の聖人がお互いに息のかかるところにまで接近していた。あと1歩か2歩どちらかが進めばキスしてしまいそうな距離感だが、俺は彼女より10センチは身長が高いので意図しない限りはそうなることはないだろう。
この距離感と身長差だ、彼女は必然的に上目遣いになっており、整った容姿となにか言いたげな表情が相俟って、客観的に見ればかなりあざとい。しかし、放たれるであろう問いの内容が分かりきっている俺からすればそういう気分にはなれそうもない。
『ところで』
『ところで?』
『私の後継者にならない?』
『ならない』
『ちぇーっ。ケチー』
「————2つの特性の関係は調べたいですね。こんな中、余力があればの話ですが。最も、勇者たちの不自然なレベルでの成長や強化の方が問題でしょう。以前は脅威たり得ない存在でしたが、現状、この姿の私や鎮静化状態のモエカでは一対多となると危うい。その上、この戦争時の彼らは常に複数で行動しているので脅威度は計り知れません」
「そうだね。あの練度なら本気の姿にならなくても一対一なら絶対負けないんだけどね……」
桃髪の聖人との会話を回想していたら、ニオンと燃香の議論は終わっていたらしく、2人は別の話題に移っていた。あの練度なら、と燃香は言っていたが、確かにあの勇者たちはアイアスとシルド、燃香やニオンのような、死地の中で純粋に自らを鍛え上げた本物の戦士ではないだろう。
良くも悪くも安全を優先した、させられた上での成長による戦士だ。ステータス上は本物でも本当の死地では無力。そういう意味では偽物だ。
しかし、これは彼ら勇者が全面的に悪いのではない。彼らを召喚した国としては勇者が危険な場所に赴いて死んだとあっては異郷の人間1人の安全も管理できないと他国に判断され、メンツが立たない。それに1人呼ぶにもかなりコストがかかり、大国であってもおいそれと頭数を用意できない。デラリーム連邦は……うん、きっとなにか裏技みたいなものを持っているのだろう。
そもそも、それまで平和な国で過ごしていたのに、いきなり死地に行きたがるような人間はまずいない。いるとすればそれはよっぽどの死にたがりか異常者だ。(俺のことかな)
カントリ林やヒナツ森林にいた勇者は信じられないくらい身体能力が高かった。一般的な勇者のステータスは500だとどこかで聞いてはいたが、キャドン山で戦ったバフで約3倍に強化されたあの他国の勇者(名前は忘れた)と同じくらいはあったように思えるほどだ。
前者、カントリ林の時はまだ自身の身体能力に体がついていけていないと思われるシーンがちらほらあった。しかし後者、ヒナツ森林の時となると馴染んだのか不自然な挙動は見られなくなり、勇者たちは高いステータスを十全に発揮していた。さらにこれから強くなる可能性もあるので油断はできない。未だ俺たちが《不可逆論理》について知っていることはほとんどないのだから。
桃髪の聖人の言葉から察するにその特性はそれまで存在していなかったものだろう。まさか、都合よくこれまで発見されていなかったスゴい特性を勇者たちが偶然手に入れた、なんてまずあり得ない。あり得たとしてもそれは意図的に隠されていた非常にヤバいもの、ということになる。
そんな怪しい特性を手に一斉に勇者たちが蜂起したのは間違いなく意図されたものだろう。彼らは統率が行き届き、組織だっている。それはカントリ林での戦闘で分かる。彼らの中にリーダー格の人間が多数おり、指揮をしているところから明らかだ。
しかし、この推測は俺が単独で導いたものではない。昨日の昼頃、桃髪の聖人と別れて拠点に帰る間際になってこんなことを言っていたのだ。
『ユウリ君も似たような予感を覚えてるんじゃないかな? もしかしたらこの戦争に黒幕がいるんじゃないか、って』
『まあ、戦って分かったが、あんな纏まりがない上に自己主張が強過ぎる烏合の衆を纏め上げるなんて、並の勇者じゃ無理だろうな』
『彼ら勇者を利用してなにかを目論む何者か。《不可逆論理》なんて胡散臭い代物を用意して勇者たちを統率し、一級品の武具を大量に装備させ、各国に関する情報を提供するその人物。何者なんだろうねー。なにを企んでるのか気になるねー』
終始おちゃらけた態度で、ものすごい近距離で俺に上目遣いで話す桃髪の聖人だったが、言ってることはすごく怖い。
なにせそんな存在がいるのなら誰もまともに太刀打ちできないのだから。




