第91話 オープン
またエタった。こうならないように明日から気を引き締めて頑張ります。
朝日が昇り、そろそろ家に戻らないとニオンと燃香に要らぬ誤解を受けかねないと考えた俺と高沢は早足で山を下っていた。軽やかな足取りで下山している最中、彼女は剣を大事そうに抱えながらふと思い出したように俺に問いかけてきた。
「この剣の名前、どうしようかなー。なにかいいアイデアない?」
「そう言われてもそんなすぐには思いつかないんだが……高沢の物になったわけだから好きな名前を付ければいいんじゃないか?」
「やっぱりそうだよね! どうしよう、悩むなぁ……」
その顔はまるで親からペットを買ってもらって喜んでいる子どものようで、結構嬉しそうだ。しかし、なにか事件でも起こったのか、その表情はみるみるうちに曇っていき、足を止める。俺も釣られて足を止めて何事かと問う。
「どうしたんだ?」
「……この剣、最初っから名前あるんだけど。いつ付けたのかな!?」
くわっ! と目を見開いて問い詰めてくる高沢。そんなにショックだったのか。
「いや、そんな覚えはないぞ。そもそも渡す前から付けてたなら『好きな名前を付ければいい』なんて言わないんだが」
「…………まあ、それもそうだね。身に覚えがないか、とりあえず剣の情報を見てみて」
そう言って高沢が差し出した剣を受け取る。俺が邪眼で見たステータスには、持つ能力やどれほどの耐久性があるのかが詳細に表示されており、その中には剣の名前を示す『邪竜機オープン』という名前があった。
「覚え、ある?」
「いや、ない。もしかしたら武器って作った時点で勝手に名前が決定されるじゃないのか? そういうのゲームであるだろ、多分」
「ゲームと現実を混同しないでよ。少なくとも私はそんな話聞いたことないね。私がダンジョンで手に入れた剣に名前はなかったし、以前誰かが所有してて名前付けてたならともかく、作った人がいるのに勝手に名前がつくなんてことはないよ。その剣の大半を作った葉桜君が知らないなら可能性として考えられるのは……」
「最初からってことか」
「そういうこと。……その剣から魂を感じた時はそこまで気にしてなかったんだけど、よくよく考えたらその剣に宿ってる魂って葉桜君から漏れ出たものなんじゃないかな?」
「最初から」という俺の言葉に彼女は頷いた。高沢は顎に手を当てて少し考えたあと、それに続けて剣の正体を推測する。
「俺から漏れ出たって、そんなことあるわけが……あるな」
「あるんだ……」
確か、ファフニールと初めて会った時そんなようなことを言っていた。俺の持つ竜の力は自分の魂の一部が『竜』として具象化したもの、俺をファフニールが自分たち竜の力の魂の寄る辺と言っていたのはそういう意味だったのだろう。
そう考えるとコープスじみた風貌の竜との戦闘で竜が死んだ時、時間経過だけで復活したことも説明がつく。なにせ元を辿れば俺の魂の一部、本体である俺が無事ならそこから再生できるという寸法なのだろう。
「つまりこの剣は『竜』だと、そう言いたいんだな?」
「うん。葉桜君、確か特性で竜を呼び出せるよね? 今、どれくらいの数がいる?」
「確か16、いや最近追加されて20体だな」
「そこになにが含まれてるか、邪竜機オープンがあるか分かる?」
「ちょっと待ってくれ。えっと…………あった」
既に呼び出せるようになっている16体の竜はいつも通りだ。特に異常はない。問題なのは残りの4体だ。1体目に複合蛇竜ウロボロス、そして2体目に件の邪竜機オープンがあった。1体目もなんなのか気になるが、それ以上に気になるのが3体目と4体目だ。名前がなかった。分からないのではなく「ない」のだ。竜の力自体が解放されていることに間違いはないのだが……。
「ってことは、やっぱり葉桜君が特性で呼び出してる竜だったんだね。引っ込めたりできる?」
「……いや、戻せない。それに俺の呼びかけにも応えないし、そもそも意思があるのかさえも分からない」
この剣の竜もだが、特に3体目と4体目の竜は名前も能力も不明、呼び出せないし応答もしない。そもそも残り2体が本当に存在しているのかすら怪しい。いやまあ、存在しているのは確かなのだが、いかんせん情報がなさすぎて実在しないのでは? と勘繰ってしまう。当面の間は保留にするしかないな。
「全くのブラックボックスってことだね。……これ、受け取っても祟られたりしないよね?」
「それはない……と思う。なんかヤバい不具合が起きたら手遅れになる前に俺のところに……ってこの拠点以外に家なかったか。その時はギルドに伝言を残しておいてくれ。なるべく早くに対応する」
「貰っておいて言うのもアレだけど、不安だなぁ……。(っていうか本当に街に家持ってなかったんだ……)」
「まあ、そうだな。けど、この剣が『竜』ならある程度は言うことを聞かせられるはずだ。と、いうわけで高沢の言うことを聞いてやってくれ。頼むぞ。……これで大丈夫だな。はい、高沢」
「えぇーっ、それで大丈夫なのかなぁ……? うーん。まあ、ありがと。とりあえず、そろそろ戻ろうか」
「そうだな。もう朝だし、起きてきたニオンたちが俺たちに気づいたら誤解しかねない」
高沢に剣を再び手渡して拠点の山の中腹にある家へ向かう。俺も高沢も身体能力は並の人間の比でないため時間はさほどかからない。そのお陰で1分と経たずに家に辿り着けたのだった。
二オンたちにバレることなく家に帰り、無事修羅場になることなく、4人で畳の上に置かれたテーブルを囲んで朝食を摂るところまでこれたことに俺は内心ほっとしていた。他愛のない世間話をしながら美味しい朝食に舌鼓を打ち、このまま何事もなく俺たちと高沢の臨時パーティが解散ということになればいいな、と俺は思っていた。しかし、そうは問屋が卸さないらしく、燃香は正面に座る高沢に向かって問いを投げかける。
「あれ? 来ってそんな剣持ってたっけ?」
「えっと、これはその……(チラッ)」
「……俺があげたんだ。1人になってた時に気遣ってもらったお礼にな」
「そ、そうそう! そーなんすよ、そうそう!」
「……ユウリが……ですか……」
そう、燃香が高沢の傍らに置いてある剣に気づいたのだ。いや、むしろ気づかない方がおかしい。知り合いが昨日は持ってなかったのに、今日起きたらいきなり見たこともない剣を持っていたら、そりゃ出どころが気になるのは当然だ。
しかし、動揺しすぎだろ、高沢よ。
二オンは自分の正面に座る俺と、右隣りに座る高沢(と件の剣)の間で視線を彷徨わせる。最終的にその視線は高沢を捉え、穴が開くほどに見つめ始める。そのただならぬ様子に高沢は若干怯えた表情になり、燃香は気不味そうに目を逸らす。さすがに高沢が不憫なので放っておくこともできず、俺は口を開いた。
「ニオン、大丈夫か?」
「…………ぇ? ……あ、はい。大丈夫です。すみません、少し体調が悪くて」
声の調子から所作、表情まで、今のニオンはあからさまに挙動不審だ。その理由がなぜなのか、それは結構前から確信に変わってはいるが、その理由を聞くのはいろいろと怖い。こう、進退窮まりそうで。
「……」
「……」
「……」
「……」
気まずい。
「……(どうしよう、コレ)」
この場にいる全員がいろいろと察しがいいせいか、誰もがこの状況の根源に触れないよう立ち回ろうとして、しかしなにを言えばいいのか分からなくなり、結果全員が沈黙するというカオスな事態になっていた。
「そ、そういえば来、議長への報告ってどうするの?」
「えっ、あ! そうだった。私、無断でここに来てるんだった!」
「そろそろ戻らないとマズい、そういうことですか?」
場の空気が気まずくなった責任を取ってなのか、燃香は重い沈黙を破って高沢に問いかけた。
「そうだね。あとさ、この場所のことって……」
「言わないよ。葉桜君たちにはいろいろとお世話になったし、それに友達は売れないよ」
「ありがとう、高沢」
「改まって言われるとなんか照れるね」
朝食は高沢がそろそろポップに帰らないとマズいことに気づいてからは比較的和やかに進んだ。つまり、俺が当初望んだように「他愛のない世間話をしながら美味しい朝食に舌鼓を打つ」ことができたのだ。しかし、ニオンは若干取り繕った笑みを浮かべて終始、邪竜機オープンをちらちらと見ていた。
それから1時間後、朝食や帰る準備を終えたのち、高沢とともにランドに帰還した。とは言っても街中にいきなりではなくちゃんと人目につかない林の中に転移し、その後は道なりに進んで地方都市ランドの市街地に入った。
彼女はよほど俺があげた黒い剣(邪竜機オープン)が気に入ったのか、アイテムボックスにしまわずに手に持って拠点を出て評議会に向かって行く。しかも手を振ってだ。勇者に手を振られているとこっちが目立つから止めろと言いたかったが、あまりに上機嫌だったからそれをするのは憚られた。
「来、随分ご機嫌だけと、なにかあった?」
「い、いや別になにもないよ?」
「そうかな? さっきからその黒い剣を嬉しそうに磨いてるからてっきり彼氏から貰ったのかと思ったんだけど違ったか」
「いやいやいや、葉桜君とはそんなんじゃないよ。ただの友達だってば」
「……へえー」
「ハッ!?」
議長への報告を済ませた私は一度自分の部屋(この世界に勇者として召喚された際に与えられた)に戻ったあと、談話室に早足で向かう。そこで待っていたのは青葉君だ。彼はホテルのロビーラウンジみたいな内装のその部屋で、1人用のソファに足を組んで座りながら本を読んでいる。
なにかあったかと問う青葉君に問題ないと答えながら私はテーブルを挟んでその対面のソファに座る。
この建物は今の議長がその地位に着いた時に新築された巨大複合施設で、名前は確かウィザストルハイント。名前の由来は知らない。複合施設らしくプールや図書館、プレイルームやカジノなど他にもさまざまな施設が併設されている。海外にあったらグランドホテルと名前の付きそうな、いかにも一泊ウン十万円級といった豪華な外観の建物。来賓やこの国において高い地位に立つ者やその家族などが泊まるホテルだ。
ちなみにこの国に召喚された勇者は、ここに宿泊ではなく定住するよう要求される。他国のスパイや議長に敵対する勢力との接触や内通を防ぐため、監視を行いやすくするためだろう。なお、屋外でも勇者には常に影の部隊が張り付いている。よほど信用されてないのか、議長が人間不信なのかそれは私には判断できない。
「まさかそこまで進展していたとは。うん、いいと思うよ。彼、良さそうだもんね」
「いや別に付き合ってないから。勘違いしないでよ」
「僕は君と結理が付き合ってるとは一言も言ってないけど?」
「ぐむむ……」
青葉君はうっかり自白してしまった私を揶揄うことはなく、むしろ真面目に嬉しそうな笑みとともに関係の進展を喜ぶ。その爽やかな笑顔は「隠さなくても分かってるよ」とでも言いたげだがそれは誤解だ。葉桜君はただの友達で、そんな関係じゃない。と、青葉君の解くべく反論するが、さらに要らないことを言ってしまう。
談話室、この部屋は勇者だけに解放されている区画の中にあり、勇者である私たちとコネクションを作ろうとプライベートに踏み込んでくる人との接触がないよう設計されている。これもここに居住するよう言われるのも、好意ではなく警戒心からなのは聞くまでもない。きっと議長は過去に親しい誰かに手酷く裏切られたのだろう。
「というか、葉桜君のことが好きな人が身近にいるんだよね。だから横入りみたいな真似はしないって。まあ、そもそも私と葉桜君はただの友達だからそういう関係には絶対にならないけど」
「へぇ。けど結理がその人を好きじゃないなら、来にも勝ち目はあると思うなぁ……」
「いや、青葉君はどうして私と葉桜君を仲を取り持とうとするのかな?」
「無理してないから、だと思う」
「無理?」
「正輝のことがあってからは一層だけど、それよりも前、多分この世界に転移して初めて会った時から来はどこか息苦しそうでさ。こんなに楽しそうなのを見るのは初めてなんだ。だから来は葉桜君と一緒にいる方がいいんじゃないかって思ってね」
「えぇ……。そんなに違うかな?」
青葉君のその言葉に戸惑いながらも両手で頬を触れて自身の表情を確かめるが、自分ではよく分からない。それに、いくら思い返してもそんなに分かりやすく態度に出てた記憶はない、はず。……まさかとは思うけど……。
「……もしかして青葉君、あることないこと私に吹き込んで葉桜君を意識させようとしてない? 本当のことを言ってくれない? というか、その悪巧みの目的はなに?」
人として、友達として葉桜君のことは信じられるし、最近は適当にあしらわれることもないので会話していて普通に楽しい。けれどそれを即、恋愛に結びつけるのは短慮かつ恋愛脳だし、あまりにも脈絡がない。
私には彼の意図が分からず、その口ぶりに思わず眉を寄せていた。なにせ私にとっての葉桜君と私の関係の認識は、『ただの友達』というものだからだ。
「まさかそんな、悪巧みなんてとんでもない。紛れもなく本心からの言葉だよ。要は僕が言いたいのは、今の来は1人で抱え込むよりも、誰かに寄りかかった方がいいってこと。それは僕でもいいし、結理でもいい。シルドさんやキリヤさんという手もある」
「いや、そこでなんでキリヤ君が出てくるの。私、ほとんど話したことないんだけど」
「ああ見えて結構優しいよ? 僕たちみたいな異世界人には厳しいけど」
「じゃあダメじゃん」
「なら結理かな」
だからなんでそうなる。と私は再び眉を寄せた。
『黙秘します。彼らについて私が話すことはなにもありません。……すみません、議長』
地方都市ランドに戻った高沢は議長の部下の要請で彼の元へ赴き、そう報告し、一礼して退室した。今はその言葉を、部屋に残った議長といつのまにか物影にいた『影の部隊』の隊長が彼女の言葉の意図を吟味していた。
「……どう、思われますか」
「裏切り、と見るべきだろうな。なんと小賢しい……」
「しかし彼女が、ライ・タカサワが貴方を裏切るとは私にはどうも思えないのですが……」
「ヤツは義理堅い。大方、ユウリ・ハザクラとその仲間たちに感情移入しているのだろうな」
裏切り、高沢の黙秘は否が応でも議長に過去の苦い経験を思い起こさせた。彼は20代という異例の若さで議員の職につき、そこから数年と経たずに議長の地位にあと一歩というところまで迫った。その異例中の異例の速さは、彼がそれだけ有能であり、権力闘争に勝ち続ける勝者であることを物語っていた。
しかし、彼が実際に議長になったのは数年前。50歳になったばかりの時だ。およそ40年前、議長の椅子が手に入る寸前まで迫った時、他派閥に買収された自分の家族に虚偽の犯罪歴を暴露するという妨害を受けたのだ。彼の家族は自分よりも己の身が大事なのだと、自分は愛されていなかったと、そう確信した彼はそれから他者を信じなくなった。
彼は家族と縁を切り、長い時間をかけ議長になった際に家族を粛清した。
影のように議長の傍らに佇む隊長の問いに彼は冷静さを取り戻し、分析する。彼の見立てでは高沢はこれまで出会った勇者の中でも彼女はかなりまともな部類に入り、義理堅い。私的な理由で上官を裏切るようなタイプではない。しかし、その義理堅さゆえに親しい人を、友人を裏切れない。
だからこそ『黙秘』なのだろう。議長には嘘を吐かず、友人の秘密を漏らすこともない。
「……如何なさいますか?」
「両者の監視を強めろ。それも今までの者よりも隠密性に長けた、いや、それに特化した人員を送り込め」
「承知しました」




