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竜の如き異様  作者: 葉月
3章 愚かなる者たちの戦争
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第89話 草木も眠る山の上で


 当初、勇者たちから大樹を守るための戦いに葉桜君は、私を除いた、集結する者たち(ユニオン)のパーティメンバー3人だけで行くつもりのようだった。

 だが、彼が私を置いていくと、そう言った瞬間に思わず私は自分も同行すると言っていた。その時の葉桜君は若干困ったような顔をしていたが、神聖国レインボーで初めて会った時や、私が度々「実は勇者なんでしょ?」と聞いた時のようにあしらう、迷惑そうな雰囲気を出しているわけではなかった。その証拠に、ニオンさんと燃香さんから、実は葉桜君は私のことを信頼しているとのお墨付きをもらった。


「(友達が困ってる。そして私は彼女たちの力になりたい。理由なんてそれだけで十分)」


 友達の故郷が危機に瀕していて、ましてやそれを止める力があるのになにもしないなんて、見捨てることなんて私にはできない。

 同時に、私は知らなければならない。同じ勇者として、なにより同じ世界の人間として彼ら『勇者』たちがなにを思ってこの紛争を引き起こしたのか、それを自分の目で見て耳で聞いておかなければならないのだ。


 転移魔術で彼ら勇者をカントリ林から海上や魔王領といった、カントリ林の外に飛ばすこと自体には成功した。けれどもそれは皮肉にもニオンさんが故郷を失うという結果に繋がってしまった。

 だが私は、精神的に堪えているであろうニオンさんに気の利いた言葉をかけることができなかった。燃香さんのように場を和ませることも、葉桜君のようにニオンさんのそばにいるだけで元気づけることができる、彼女にとって特別な存在というわけでもない。

 4人で食べた夕食は間違いなく美味しかったはずだが、それを味わっている間も私はあの林で体験した様々なことに整理がつかず、鬱屈とした思いで食卓にいたせいか、味はあまり覚えていない。


 その日は、もう夜も遅く、なにが起こるか分からないからと葉桜君たちが拠点と呼ぶ謎の空間に泊まることになった。出会った当初は私に対して警戒心を剥き出しにしていた葉桜君が、自分からそれを提案してくれた時は嬉しかったし、ちょっと感動した。人と仲良くする気ゼロだった葉桜君とも仲良くできたのだ。私たちを裏切って勇者側についたという、久喜君とだってまた仲間になれるはず。


 けれども、私は本来ならここに泊まらずにすぐにランドに戻らなければならない身。配達任務の終了を報告しないといけないし、中立国ポップの勇者として葉桜君の持つこの謎の能力も議長に報せる義務がある。

 しかし、彼は信用できない。議長のことは初めて会った時から簡単に信用してはいけない存在だとは思っていたが、今は久喜君のこともあって本格的に信用できなくなった。この拠点のことを包み隠さず伝えたら脅威と判断されて、もしかしたら葉桜君のことも敵だと言い出すかもしれない。そうならないために拠点のことを黙っていると決めた以上、この国を裏切ることになってしまう。だが、友達を裏切るよりかはずっといい。

 しかし、私が黙っていたところで、議長には私たちが謎の方法でどこかへ転移したことは既に知られているだろう。彼のことだ。今回の支援物資の配達にも私たちの監視のために『影の部隊』の何人かを付けているに違いない。


 それに理由を後付けするまでもなく、今の私はそこまでランドに帰りたいわけではなかった。


 深夜、私は来客用の部屋の布団で横になっていたが、あることを考えていたせいか眠ることができず、あまりうるさくするのも迷惑だろうと気分転換のための魔術の練習もできずにいた。そんな手持ち無沙汰さも相まってかじっとしていられず、こっそり部屋を抜け出していた。

 草木も眠る静かな庭、そこから見える月や星座は故郷の世界と同じものなのかな、と思いながら散策を始める。吹き抜ける風が草木を揺らしていたが、音は小さく気にならない。むしろ私の足音の方がうるさいくらいだ。


 深夜の拠点の静謐さが今の私には心地よかった。信用できない議長の存在、裏切ったと言われている久喜君、勇者たちの横暴、そんな彼らを前になにもできない無力な自分。ここにいれば、心労をもたらすあらゆる「今」を考えず、ただ異世界転移する前の平和だった頃に浸っていられる。

 そんな風に現実逃避じみた思考に意識を傾けていると、ふと山の頂上付近に光るなにかが見えた。何事かと《千里眼》で光源を見てみると、それは赤やオレンジに揺らめく光を放っており、炎に違いなかった。ごく小規模のものであったが山火事の可能性もある。しかし幸いなことにその光はまだ小さく、今すぐ向かえば消し止められる。

 葉桜君たちの住む、この緑豊かで美しく、心を穏やかにしてくれる静けさで満たされたこの深緑の山が炎に焼かれて、灰と死の静寂に包まれた拠点の光景を幻視した私は思わず駆け出していた。

 景気よく燃える炎のその明かりを頼りに道なき道を行く。葉桜君はこの山の標高を300メートルはあると言っていた。最初にいた家や庭があった地点を中腹と見積もったとしても、150メートルは登ることになる。

 急な傾斜や足場の悪い岩場、木々が生い茂り、視界が十分に確保できない。そんな山を十分な装備もなしに登るのが転移前の私ならば、登頂するのにどれほどの時間がかかるか、あるいは辿り着けるかも分からない。

 だが、今の私になら一歩一歩地面を踏みしめて行くのではなく、手近にある木や岩などの足場から足場へ跳躍し、大幅にショートカットして進むことができる。なにせ一回で十数メートルは跳び上がり、100メートルを2、3秒で走破できる身体能力があるのだ。この程度の軽登山なら1分かそこらで辿り着ける。

 その1分間、高速で流れ、通り過ぎていく景色を気にも留めずに山頂付近にて燃え続ける炎をじっと見つめ続けた。絶えず赤やオレンジの光を放ち、勢いを失うことのない輝きに段々と近づいていくと、炎は想定していたよりも小さいことに気づかされた。どれだけ大きく見積もってもキャンプファイヤーくらいだ。


 そしてそこにいたのは葉桜君だった。小さな岩に腰かける彼は、真剣な面持ちで太腿に乗せた黒いなにか剣のような物体を弄っていた。足元にあったのはさっきまで私が山火事だと思っていた炎、もとい焚き火だ。


「なにしてるのかな?」


「……高沢か。ちょっと《硬化兵装》でいろいろと作っててな」


 葉桜君は私に気づくと作業を止めてこちらを向き、問いに答える。

 そこにあったのは黒一色の武器の数々だった。刀身と持ち手だけの片手剣、飾り気のない無骨な盾、先端が鋭く尖った、杭のように太い針、棒術に使うであろう棒。ナイフ、両手剣、鎖もあったが、いずれも失敗したのか、形状が歪だったり半ばから折れたり欠けたりしていた。他にも似たような破損の仕方の武器が大量にあり、無数の挑戦と失敗、改良の末に片手剣や盾が作られているのだと聞くまでもなく気づいた。

 脇に置いてある大量の失敗作に気づかれたからか、葉桜君は若干恥ずかしそうにそれらを魔力にして消滅させた。


「葉桜君も眠れなかった?」


「いや、実はここ最近そこまで長時間眠りたいとは思わなくなってきてるんだ」


「それって夕食の時にニオンさんが言ってた、邪竜に近づいてるってことなのかな……」


「どうだろうな。でも悪いことじゃない気がする」


「そうなの?」


「ああ。本当になんとなくだけどな。それに、ニオンと燃香よりも睡眠時間が短くて済むなら、その分鍛錬や《硬化兵装》の武器の改良に時間に回せるからな」


「……ポジティブだね」


 少なくとも私は人間のままでいたい。誰だってそう考えるに決まってる。きっと葉桜君だって。けれど、私には彼がその感情を心の底に押し留めて無理をしているのかは分からなかった。


「ネガティブになるよりかはずっといい。今回のカントリ林のことで改めて思ったが、俺みたいな個人にできることなんてたかが知れてる。突然強くなった勇者の、しかもその軍団がある今の世界で落ち込んでいられる余裕は俺にはない」


「……葉桜君は、ニオンさんと燃香さんの2人と比べてどれくらい強い?」


「なんだ? 薮から棒に」


 もっと強くなりたいと言う葉桜君の姿を前にして、気づけば私はそんなことを口走っていた。その問いに葉桜君は怪訝そうに私を見つめる。その反応に気づいて、内心しまったと思ったが、既に吐き出してしまった言葉を再度飲み込む術はない。


 ステータス的に私の方が弱ければ、勇者としての自分の鍛錬なんて大したことないのだと言われていると感じてしまい劣等感を覚え、その上、そんな風に直接的な強さでしか測れないのだと自分を責める。仮に強かったとしても、下らない優越感を覚えてしまった自分を責めるだろう。つまりどう転がっても私は私を責める。なのになぜ私はこんなことを葉桜君に問うのか、自分自身でも分からなかった。


「私、カントリ林で2人の勇者と戦ったんだ。ううん、あれはもう戦いじゃなかった。ただ一方的に嬲られてただけ。そこをニオンさんに助けられてね、自信が木っ端微塵になっちゃった」


「……そうか。まあ、2人は俺が初めて会った時点でSランク冒険者並みだったからな。2、3ヶ月も経てばそれ以上になるのは必然だ。…………だから別にそこまで気に病まなくていいと思う」


「……へ? それって、もしかして慰めてくれてるのかな?」


 葉桜君の意外な反応に私はきょとんとして一瞬思考が止まる。てっきり「必然だ」と言って会話が終わるかと思っていたので、まさかその口から慰めの言葉が飛び出るとは予想しておらず、間抜けな声が出てしまった。

 そんな、いつになく私に優しい言葉をかける葉桜君のいつもと変わらぬ澄ました横顔を見ていると、なぜか意地悪したいという気持ちが湧き上がってきてしまう。


「別に、特にそういう考えはないぞ。……ステータスに関して言えば、俺はニオンよりも耐久力はあるがそれ以外は、特に俊敏に圧倒的な差をつけられてる。燃香にはなにも勝ててない」


「辛くない?」


「辛い、か……。まあ、そんなことはないって言ったら間違いなく嘘になる。高沢がポップに帰ったあとに神聖国レインボーでアイリアルと戦ったことがあったが、あれは悲惨だった。完全に足手纏いだったんだ。俺が弱いせいで2人は死んだんだと自分を責めた。んで、情けないことに自暴自棄になって……それが目が死んでた時期だ」


「そんなことが……」


「まあ、今だから言えることだが、誰にだって悲劇ってものは簡単に訪れる。それがいつ、どんなタイミングで、何度襲いかかってくるのかは分からない。実際に体験して、そして2人にまた会えて痛感したよ。もう二度とあんな気持ちにはなりたくないって」


「だから葉桜君は……ううん、葉桜君たちはそんなに強いんだね。私とは違うや」


「俺もニオンも燃香も、なにも最初から強かったわけじゃない。それは高沢だって同じだろ?」


「それは、そうだけど……でも……」


「高沢はきっとまだ成長途上なんだ。それに人としての、『勇者』としてのポテンシャルは俺よりも高沢の方が間違いなく上だ。自信を持っていいと思うぞ」


「……買い被りすぎだよ」


 今日はやけに葉桜君が優しい。作為があるわけではないのは分かってる。だが、こうも弱音を吐く度にフォローされると、そこまで自分は彼から気にかけられているのかと、心配されているのかとちょっと驚いてしまう。


「そうか?」


「そうだよ。第一、今の弱い私じゃいくらポテンシャルがあっても意味ないよ」


「……今は弱い勇者だったとしても、高沢は高沢だ。弱いだけで価値が落ちたりなんてするはずがない」


「…………ありがと」


 そうか。そうだ。いつでも、転移前も後も、私は私のままだ。たとえ弱くても、強くても、変わっても、変わらなくても。ただそれだけのことで私という存在が揺らいだりするはずもない。

 そんな風に、大事なことを思い出した私を彼は黒い無骨な剣を弄りながらただただ見つめていた。


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