第9話 勇者という職業
「はーっ……はーっ……はーっ……」
「ガンバレー。ファイトー」
「そのやる気のない応援どうにかならないか?」
アイアスの自宅を訪れてから既に5日が経過していた。
その間、俺は敷地外周を走る地獄のマラソンによる基礎体力の向上。どんな状況にも即座に対応できるように、24時間いつどこから来るか分からないアイアスからの不意打ちへの対処での感覚磨き。アイアスの指導の下、戦い方、及びその技の練度を上げる。状況の見極め方、魔物との戦い方、人間のように知性を持つ相手との戦い方、魔力の扱い方、などなどなどなどなどなど。
およそこの5日間で全部行えるとは思えない量のハードな稽古、というかどこぞの軍隊みたいな訓練を行っていた。病み上がりにこれはヒドすぎる。
しかもこの5日間は時間の流れる速度がひどく遅くなっていたような気がする。その原因は、あまりにも忙しかったから、だと思う。さっきまで外周マラソンを行なっていた疲労のせいで思考が纏まらない。
ランナーズハイってどうやったらなれるんですか? 誰か教えてくださゲボッ!?(嘔吐)
「ならない。だってBランクもあるのにもったいない。役立たず」
「役立たずなのは俺の魔術師としての素養であって俺自体ではないだろ」
「同義。それにしてもアイアス張り切ってる。珍しい」
そりゃ、好きな女性の前でカッコつけるのは男のサガだろう。まあ、単純に稽古に熱中してるだけかもしれないが、俺はシルドの声援で稽古に熱が入っていると推測している。
「そうだな。ところで俺の魔力の扱い、どうだ?」
「まあまあ。これで魔術が使えたら私も張り合いがある。この役立たず」
この5日で、当初は全く使えなかったし、使い方も分からなかった魔力の操作もそれなりにできるようになっていた。
今までは無意識に魔力を使って《硬化》などを使用していたようなのだ。たまにステータスを見た際、MPが減っていたのはそのためだ。
「酷い言われようだな。第一、年季が違うじゃねぇか。数年かかるようなことを1日でやれ、とか正気の沙汰じゃないだろ」
「私は至って正気。でもやっぱり『適性』があるのに魔術が使えないのは妙。詠唱もやってみたのに。もしかしてユウリ、この世界の人間じゃない?」
「っ、この世界の人間じゃないと魔術が使えないのか?」
「そんなわけはない。『勇者』も魔術や魔力を普通に扱える」
俺の疑問に、シルドの代わりにアイアスが答える。汗をタオルで拭い、その爽やかさに磨きがかかっている。
今はいつもの白で統一された装備ではなく、農作業でもするんですか? と聞きたくなる恰好をしていた。しかし、すごく絵になるな、これは。
しかもアイアスはその他大勢のとは違って中身もイケメンなのだ。まさしく無敵。……鈍感難聴系女主人公に対して以外は。
「私もそれは知ってる。つまりさっきのは冗談。なんでも、複数の属性の適性を持ってるとか。とてもズルい」
「……勇者ってなんなんだ?」
冗談かよ! とは思ったが、ここで動揺するのは危険。異世界から来たことを知られても、別に問題ない気がするが、勇者と間違えられそうだから用心しなければ。
なんかこう……祭り上げられそう。
「勇者というのは異世界から召喚される人間。その異世界には魔術や魔力がない、だからそこから来た人間はこの世界の生物と違って無力」
「無力? 勇者は異世界の出身なのに魔力使えるってさっきアイアスが言ってなかったか?」
「ああ。その通り、シルドの言うことも事実だ。基本的にこの世界の生物は戦うほど強くなれる。だが、その理由は今もよく分かってない。たくさんの学者が調べているが、分かっていることはほとんどないんだ。それに強さの上昇の原理を調べるとなると『ステータス』という難問が立ちはだかることになる。アレがその難問をより難解にしていると言っていい。なにせ『ステータス』は、なにもかもが分からないブラックボックスだからね」
「そんな小難しいことより、ユウリの聞いたことだけど、当然勇者は異世界人だからそれは適用されない、けど転移させるのが魔術なのか魔法なのかは分からないけど、その転移の力を直接身に受けることで魔力を扱えるように体が変化するらしい。そのお陰でこの世界の人と同じように、成長するごとに超常の力を振るえるようになっていくようになる」
「……なんかよく分からないけどすごいんだな。やっぱ、ヤバい魔物と戦うために呼び出されるのか?」
「それもあるが、自国の騎士や冒険者でも太刀打ちできない存在の出現が予見されると召喚されるらしい」
「例えば自国の近くにまで魔王の配下が迫ってきた時とか」
つまりは勇者ってのは、体のいい掃除屋ってことか。世知辛いな。
しかも見つかったら戦場に駆り出される方だった。よし、隠そう。なにがなんでも。最悪元の世界に帰れなくなる可能性もあるし。
「なにも魔物だけが脅威ってわけじゃないのか。ん? 勇者が今いるってことはその存在が予見されてるってことにならないか?」
やっぱ魔王とかいるんだな。しかしフィクションならともかく、現実に存在しているのならあまり気楽に話せるような話題ではないだろう。答えたアイアスの表情から察するに、その配下であっても人々の命を容易に脅かせる強大な存在に違いない。
というかなんで勇者って強いんだろうな? 後天的に魔力を扱えるようになるとはいえ、なぜそれで勇者だけが強力になるのか全く分からない。後天的ってところが重要なのかもしれない。
「ああ、魔王の活動の活発化の兆しがあったとのことだ。最近、それに対抗するためとの名目で隣国のデラリーム連邦が勇者を召喚したらしい。実際は国の防衛のための召喚らしいが」
「勇者って字面に幻滅しそうなんだが」
「仕方ない。勇者は護国の英雄であると同時に、他国にとっては自然災害の如き強さの魔物以上に厄介な存在。それに対抗するために、ほとんどの国は競って勇者を召喚する。でも勇者はそう簡単には召喚できない。だから一国の勇者保有数は国の力をそのまま表していると言ってもいい。だからこそ召喚の競争は、軍拡競争は起こる。ちなみに、魔王は一国の騎士や冒険者の中でも頂点に位置するような精鋭全てで戦ってようやく倒せるかどうか。というくらいには強い。私たちみたいに激つよでも、逃げに徹しても生き残れない」
「この国も中立国とはいえ、武力がなければ侵略される。だから現在は3人の勇者がいる。いずれも強力無比な存在だ」
「やっぱ、いつかは戦争になるんだろうな」
勇者が兵器扱いで軍拡競争とは、どっちの世界も大差ねぇな。俺は勇者として召喚されたわけじゃないんだろうし、その方がいいだろう。
第一、レベル1のステータスと能力が貧弱だったから強制送還。という可能性もあっただろうし。
……いや、その方がいいか。
だがもしそうできるなら、その方法で俺も帰れるかもしれないが、何分来る際の手段が違う。同じ方法が適用できるのかどうかは分からないのであまり期待はできないが。
「そうだね。今は抑止力として使われていても、その内それでは抑えられなくなる。だが、それがいつかは誰にも分からない」
アイアスは勇者についてをそう締め括った。
護国のための殺人や他国を侵略しての大量殺戮。勇者には極力会いたくないな。と俺は素直にそう思ったが、国主導で別の世界から呼び出される勇者は国家権力に近そうだ。もしかしたら元の世界に帰る方法を知っているかもしれない。いっそのこと勇者に近づいてその方法を探るというのもアリだとは思うが、話を聞く限り野蛮そうだし、なるべく関わり合いになるのは避けて地道に帰る方法を模索した方がいいだろう。
さらに1週間と2日。地獄の鍛錬は続いた。こんな突貫スケジュールを組んでの鍛錬だが、俺は一応病み上がり。適度に休息を挟みつつ行った。
その間、アイアスとの対人戦をしたり、俺とアイアスでシルドの魔術見学。一方のシルドは俺の匂いがなんなのか、調べる日々。
その中でアイアスはレベルやステータスについて話してくれた。
レベルはある程度長い期間生きたり、戦闘だけに限らず、さまざまな経験を積むことで自動的に上がっていく。それにつれて多少はステータスも上がるが、しかしその上昇度合いの大半は直接的な戦闘経験によるものに大きく偏っており、格上や強敵、難敵との戦いを乗り越えたり、過酷な環境を生き抜くほどに高くなるらしい。そのせいか、中にはレベルに見合わないほどステータスの高い魔物や人間もいるとか。
確かに、ワームに勝ったり、アイアスの訓練で成長期かと思うほどステータスがあがった。あの時は死闘を制したことで、正しい意味での『経験値』を獲得していたからあそこまで成長できただろう。
要はゲームじみた特殊なシステムでも存在しない限り、たとえどれだけ長い年月剣を振るっていたり、格下の相手を嬲るように倒すなど、ただそれだけのことで人並みに強くなれるわけがない、ということだ。
なお、一般的なレベル50のステータスはHPは約300、MP、筋力、耐久、魔力、魔防、俊敏といった他のステータスの数値は100後半らしい。
この期間の稽古、否。訂正、地獄の扱きにより、俺は肉体的にも、能力的にも、精神的にも強くなった。特に精神が、特に精神が。(コレ重要)
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葉桜結理 人間 男性 18才
LV.40
HP 290/290
MP 92/92
筋力 102
耐久 150
魔力 190
魔防 89
俊敏 301
スキル 献身:C++
武技:C+
察知:C+
吸収:B
適性 火:B
水:C
土:D
特性 ・???の寵愛:EX
硬化:B
?化:B
邪眼:B
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レベルの上がり方とステータスの上がり方にかなり差がある。どこぞの戦闘民族みたく、死の淵から這い上がる度に強くなる。そんな感じだ。
そういえば訓練の中には水泳もあった。なぜ異世界に来てまで泳がないといけないのか分からなかったが、全身運動だから、とアイアスは言っていた。
その過程で溺死しかけたことで適性が上がっていた。こんな上がり方嬉しくねぇのだが。
その夜、俺はすぐには眠れず、暇を持て余していた。なのでステータスを見て思案に耽っていたところ、まだ内容を詳しく知らない『スキル』があったことに気づいた。
「《吸収》は相手から受ける物理攻撃、魔力攻撃の威力を減衰させて、減衰させた一部を自分の力として吸収する。か」
確か、ワームとの戦いのあと、ひっそりと追加されていたスキルだ。説明にはそのスキルのランクと、受ける攻撃の属性と同じ属性の適性のランクが高ければ高いほど、減衰量、吸収量が上昇するとの記載があり、取得条件は一定時間、相手からの攻撃を耐久と魔防の数値の低い方どちらかで受け続ける、だった。内容から察するにワームに炎を食らっていた時に獲得したのだろう。
「ついでにこれも見ておくか」
無駄に終わるような気もするが、確認は重要。
『???の寵愛:???から寵愛を受けていることを示す特性。
詳細不明』
「だよな。期待はしてなかったとも。うん、だから別にガッカリなんてしてない。全くしてない。……ハァ」
俺が確認したのは最初からある謎の『特性』であるハテナ系の1つ、《???の寵愛》。結局字面から分かること以上の情報は得られなかった。が、
「ってこの文章を見る限り、寵愛を受けたから特性を手に入れたのであって、異世界に来たから獲得したとは記載されてないよな?」
他のスキルや適性、特性は取得した状況からみても、転移後に条件を満たすことで獲得し、その効果を発揮させているような節がある。特に《献身》や《吸収》がいい例だ。取得条件ならともかく、それらの効果は元の世界では発揮できないようなものだ。
それに『???』が異世界の存在との記載もない。考え過ぎかもしれないが、俺はこの世界に来る前からこの特性を持っていたような……。
そういえば、異世界に来るちょっと前になにかあったな。確か、ええと、見たことも聞いたこともないような白い小動物を飼っていた。
いや、だからなんだよって感じだが、起伏のない平凡な人生を目指していた俺の人生で平凡じゃないっていったら、その小動物と異世界転移くらいしかない。
「そもそも、元の世界にこんなわけの分からない力を発揮させられるような存在いるか? いや、いないよな……」
冷静になって考えると、ないだろう。という結論に繋がる。第一、スキル云々なんて元の世界では存在していないのだが、なにが起こるか分からないのがこの世の中なのだ。元の世界に『???』なる存在がいる可能性も否定できない。
「……俺、これからどうすればいいんだろうな」
夜が更けていく。眠れないからといって始めた思考も却って目を覚まさせ、1人だけの夜は続く。
これからなにをすれば帰れるのか? 考え込んでいるのを止めたり、1人でいたりすると、ふとしたことでそういった不安が過ぎる。別に最終回が云々という理由だけではない。
俺の住んでいた世界には思い入れもたくさんあった。家族は物心つく頃にはもういなかったが、学校、友達、恋人……はいなかったな、うん。
得難いものが、かけがえのないものが向かうの世界にはあった。
地獄の扱きの最中、アイアスとシルドに俺の所持しているスキルを教えると、
「《献身》は珍しい。せめて回復魔術は使えるようになっておくべき」
シルドにそう言われ、早速教わることになるのだが、俺は結局、回復魔術を覚えられなかった。
そしてシルド先生からのありがたいお言葉を頂戴することとなる。
「この役立たず」
「そんなこと、言われてもな!」