第85話 暴風とともに
自分オリジナルの技やスキルを無から編み出せる高沢ってもしかしなくても天才キャラなのでは? (手遅れのフォロー)
「お待たー。ピンチに登場なんて、私ってめっちゃドラマチックだよねー」
「遅い。信号を受け取ってからすぐに発てばあと1分は速くここに着いたはずだ。なにをしていた?」
「そんなすぐに来れるわけないじゃーん。で? そこでMP切れ起こしてる女の子って誰?」
魔昆虫の軍勢とともに現れたのは高校生くらいの年齢と思しき少女だった。《閲覧》で見た結果、彼女は一番強いステータスの魔昆虫の背に乗っているようで、この強い魔昆虫を《捕獲》の特性で捕まえた自分はさらに強いと言わんばかりの態度だ。
その自信のほどが窺える魔昆虫の軍勢に、仮に《光剣術》が十全に使えたとしても、蝗害のようだと表現できるこの数を相手にするのは難しいと高沢は歯噛みする。
「おそらくこの国に召喚された勇者だろう。そして彼女は私たち『勇者同盟』に参加していない。戦って分かったが、かなり優秀な部類に入る。《不可逆論理》を持っていないにも関わらず私と互角に戦えた。敵として殺すには惜しい。捕らえて私たちの仲間にならないか話し合いたいところだ」
「うわー……。強い勇者を見つけたら即、仲間にしようってその考えどうにかならない? いつか酷い目に遭うよ、きっと」
「つまり、それほどまでに強い勇者といつか出会えるということか。それは楽しみだ」
「ダメだ、こいつ。でもその子、まだ戦う気みたいだよ? それに、もっと弱らせないと上下関係ってのが分からないと思うけど?」
高沢を放っておいて2人の勇者は戦闘の最中だというのに雑談を始める。彼らは高沢のことを既に敵として見なしていないのか、警戒するそぶりもない。
「かもしれないな。しかし、私は負傷している。もっと弱らせる必要があると言うなら、可愛い女の子を痛めつけるのが趣味のお前がやればいい。私は自分に治癒魔術を使う」
「そういえば、無駄に長ったらしい詠唱が必要なほど治癒魔術が苦手なんだっけ? 属性適性の必要ない治療とか補助とか結界の魔術でも向き不向きがあるし、苦手だったり全く使えない人も珍しくないけど。ま、今さら速くしろとは言わないけど速くしてね」
「一行矛盾か……。つまり速くしろというわけだな」
「よし! じゃあ私はあなたの言うように可愛い女の子を痛めつけてるね!」
「殺したり、再起不能にするなよ」
「たーっくさん練習してるから加減は心得てるって」
「(……こんなのが私と同じ、あの方に選ばれた勇者とは信じられないな)」
「ッ!」
大木の太い枝の上にいる、さっきまで高沢と戦っていた勇者の間近で勇者少女は自身の乗る魔昆虫をホバリングさせて会話をしていた。魔昆虫の軍勢を従える彼女はそう言い、高沢の方に向かって少し下降すると、片手を上げて合図する。すると彼女の背後から次々と魔昆虫が高沢への攻撃という命令を遂行するために飛び出してきた。
高沢は動かない体に鞭打って立ち上がり、既に眼前にまで迫っていた30センチほどのハエの魔昆虫に激突されながらも真っ二つに切り裂いた。さらに陸上を駆けて現れたバッタの魔昆虫の群れが一斉に翅をはためかせると、無数の風の刃が放たれる。それを電気の矢である雷鳴で迎撃するも、いくつか撃ち落とし切れずに雷魔術の弾幕を突破されてしまう。迫る風の刃に身の危険を感じた高沢は言うことを聞かない体をさらに酷使し、無理矢理回避行動を取ろうとするが、全てを躱すことはできずに2、3発被弾してしまう。魔力不足に加えて、咄嗟だったことも相まってDランクの雷魔術しかすぐに発動できるものがなかったのだ。
だが、いくら痛みに怯もうと負傷しようと敵が待ってくれるはずもない。途中で止まるつもりがないとしか思えない速さで飛来したのは大量のテントウムシ。それは地面に激突してその身を砕くのも辞さないほどの加速度で高沢に迫る。
「っ! スピードブースト!」
その特攻とも思える挙動に嫌な予感を覚えた高沢はなけなしの魔力を使って俊敏を強化し、その場から全力で退避する。彼女のその勘は正しかった。大量のテントウムシが地面に激突してその身を砕いたその瞬間、比喩表現抜きで爆発し、さらに爆発した回りの個体が引火するようにして連鎖的に爆発し始めたのだ。
「……チッ、殺り損ねた」
「……先程、殺すなと、再起不能にするなと言ったはずだが?」
「大丈夫だよ。仮にあの爆発全てをくらったとしても、私が治療すればいいだけの話。それに君が見出したんだからそう簡単には死なないって」
「相手の容姿が整っているほど痛めつけたくなるとは。嫉妬に狂っているな」
「……」
勇者の男性の言葉には耳も傾けずに、少女は眼下で迫り来る大量の魔昆虫の容赦のない攻撃に傷つけられていき、苦悶の声を上げる高沢を見て、愉悦に満ちた暗い笑みをより深くする。数秒の間それを眺めていると、その笑みがさらに深いものになることが起こった。
高沢を剣のように鋭くなっているハチの針が背中側から胸を刺し貫いていたのだ。高沢は命が零れ落ちていく激痛に表情を歪ませるも、すぐさま振り向きざまに振るった剣でハチの首を切り飛ばし、針を、服に組みついていた胴体ごと引き剥がす。
「え……?」
まだ戦える。そんな意地と根性だけを頼りに、魔昆虫の上に乗り、こちらを見下ろして嫌な笑みを浮かべる勇者の少女を気丈にも睨みつける。高沢は数が減っていることを全く感じない軍勢に、迫る大量の魔昆虫に剣を振るおうとするも、気づかぬうちにいつのまにか手から落としていた。
彼女はなにがあったのかと先程まで剣を握っていた手に視線を落とすと、血で汚れてはいるものの、いつもと変わらぬ自分の手があった。だが、握ろうとしてもうまく握れず、手に力が入らないどころかその場に倒れ込んでしまう。すぐに立ち上がろうとするも指先が僅かに動くだけ。痛みで、負傷で動けなくなっているわけではないことは本人が一番分かっていた。確かに自分の体が限界に近いのは事実だが、まだ動けると思っていたのになぜ? そう思案した結果、ハチの魔昆虫の毒針に即効性があったのだと、受けた毒は麻痺毒なのだと少し遅れて気づいた。
けれど、それに気づいたところで、麻痺以前に負傷と失血で体が限界に達する寸前の高沢に打開策を用意する力も時間もあるはずがなく、迫り来る魔昆虫に蹂躙されるのは回避しようのない未来であった。
うつ伏せに倒れた視界の中、空を飛び、地を駆ける魔昆虫たちが自分に向かって迫って来るのを見ると、嫌でも自分の死を予感してしまう。このままいけばあと数秒も経たないうちにあの節足動物たちの鎧じみた硬度を持つ体から繰り出される殺意の奔流の餌食になり、物言わぬ肉塊と化してしまうだろう。そしてそれはきっと変えられない。
誰にも、友達にもパーティメンバーにも気づかれることなくここで消えていく、それは悲しいし、なにより寂しい。
「(私、死ぬんだ……)」
薄れゆく意識の中でこれまでの人生が走馬灯として頭の中を流れていく。そしてそれは、光に包まれて全く違う世界に迷い込んだ瞬間を思い出させた。不安と、ほんの少しの期待を抱いたあの時の自分に対して今からでも忠告しに行きたくなるが、時間を越える術がない以上、それは叶わない。
「(どうせなら彼氏の1人でも作っておくべきだったかな……? なんてね……)」
今まさに死の覚悟をしたその時、勇者会と称して目の死んだ葉桜君、微笑む立花君、不機嫌そうな久喜君(途中というかほぼ最初から退室していたけど)3人との何気ないやり取りが思い出された。短い人生だったと、けれど心から笑えた人生だったと、目を閉じた。
……。
…………。
………………?
終わりが訪れるはずだと思って目を閉じたはずが、未だにそれが、魔昆虫が襲いかかって来る様子がない。実はもう私は死んでいるのではないかと、恐る恐る目を開けると、
「え……?」
そこにはいつのまにか全滅した魔昆虫の死骸と、竜巻でも起こったのかと思うほど荒れた林の一角、生き絶えた2人の勇者がそこにはいた。そしてもう1人、
「……目が覚めましたか? ライ?」
さりげなく治癒魔術を私にかけ、心配そうに顔を覗き込んでくるニオンがいた。
高沢が自らの死を予感し、目を瞑り、気づかぬうちに意識を失ったその瞬間、上空から竜巻でも降りてきたかのような暴風が、一瞬にしてその場を暴力的な風の殺意が満たした。
その風の刃の嵐は魔昆虫たちを切り裂き、あっという間にバラバラにしていく。無論、勇者の少女が得意げに見せびらかしていた魔昆虫もだ。男性の勇者は暴風が場に直撃する寸前にその圧倒的火力に気づき、あとの体力なんて考えない全力の退避のお陰で片腕が風の刃で捥ぎ取られただけで済んだ。だが、勇者の少女はもろに風の刃の嵐をくらってしまい、使い古されたボロ雑巾のような有り様と化した。勇者スペックと高沢に魔昆虫をけしかけた時から結界を張っていたことが幸いし、バラバラになりはしなかったが、既に虫の息だ。なお、高沢には風の刃どころか微風すら当たっていない。回りの魔昆虫だけを殲滅し、彼女に傷一つつけないその精密さは勇者たちが気づけばその技量にゾッとしただろう。
「……なん、なの? この、こうげ、き? まさか、あの勇者の仲間の勇者……?」
「それは違いますね」
「なっ……!?」
仰向けで倒れている勇者の少女はふと自分を見下ろしている人影に気づいた。その人影は先程の暴風を引き起こした張本人、音速で空を駆けるセミ、ニオンだ。勇者に聞いてみたいことがあったので今は《人間化》で人間に擬態した状態である。ランクがS++からSSになり、もはやセミと見抜くのは不可能に近くなっていた。
「ライは……まだ生きていますね。モエカは無事、それにあと少しで魔術の発動が完了する。本当によかった……」
「た、助けて、なんでもするから、あなたに忠誠を誓うから、命だけは助けて、お願い……!」
「勇者はこの世界で死んでも元の世界に帰るだけ。だから死はない」
「へ?」
「さっき戦った勇者の集団の1人が言っていたんですよ」
「それが、なん、なの……?」
勇者の少女はこれからなにが起こるのか薄々感づいたのか、顔をさらに青くする。自らの死が迫っていることに、話の全く通じない人間がこの世にいることに。
「試してみては?」
「試す?」
「本当に死はないのか? 無事に故郷に帰れるのか? どうぞ、いってらっしゃい」
「ま、待って! お願い、助け————」
その言葉を最後まで聞くことなくニオンはレイピアを抜刀し、勇者の首を撥ねた。多少、返り血は浴びたが、あとで問題なく落とせるレベル、買い替えが必要なほどではない。刀身についた血を払い、少女の死体とは別の方向を向き、見つめる。すぐさま気配を感じ取ると、木を影にして逃亡しようとする男性の勇者に向かってさらにレイピアを振るった。放たれた風の斬撃は木々をすり抜けて目標だけを切断した。
手応えからして胴体を両断できたのだろう。あとは負傷で意識を失った高沢に治療を施して燃香と合流するだけだと、これからすべきことを纏めるとレイピアを鞘にしまい、高沢の元へ歩き出した。
「うん、大丈夫……ではないね。ニオンさんが治療してくれてなかったら私、死んでたね」
「なにかありましたか?」
「べ、別になにもないよ。それより燃香さんのところに速く行こう」
ニオンさんから話を聞くまでもなく、この惨状を引き起こしたのは彼女なのだと確信した。まさか、都合よく現れたヒーローが助けてくれて、名前も名乗らずに風のように去った……なんてことがあるはずもない以上、ニオンさんはとんでもなく強い人ということになる。それも信じられないほど。
勇者としてこの世界に転移して、日々弛まぬ鍛錬を積んできたというのに、老成した謎の雰囲気があるものの年端もいかない少女に圧倒的大差をつけられていると理解すると、すごく嫌な気持ちになった。ほんの一瞬でも、彼女が持つ力が自分にこれ以上の力があればと願ってしまったことに対して。
力とはそれに見合う修練の末に手に入れるものと、普段から他人に言っていたのに……。
勇者として転移する以上、特典としていろいろなギフトが貰える。そして転移する勇者はこの世界で天才とも言えるほどの能力をレベル1で貰っている。初期ステータスはHPは50〜60、MPやその他のステータスは全てが20〜30くらい。一般人とは比べ物にならない。
だけど、ニオンさんや燃香さんを見てるとその程度で埋められる差なわけがないだろう、と言われているみたいで、どうしても劣等感を感じずにはいられない。
けど、葉桜君は私以上にニオンさん、燃香さんと関わっている。仮に2人みたいな強さがないのなら、苛まれる無力感は私以上のはずだ。でも、葉桜君にそんな様子は全くなくて。
私が葉桜君の悩みに気づいてないだけかもしれない。いや、そうであってほしい。私だけがこんな気持ちになってるなんて思いたくない。
「本当にそうですか?」
「……うん」
だから私は自分の気持ちに嘘をついた。
結理 自分が人を殺しても平気なことに悩む。
ニオン その手のことに全然悩まない。
燃香 吸血での殺人は躊躇うが、戦闘の際は気にしない。
なにこの倫理観崩壊パーティ……。




