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竜の如き異様  作者: 葉月
3章 愚かなる者たちの戦争
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第83話 勇者VS……


 結理が蛇木と別れて、大樹に向かう中、蛇木との問答で彼が言った「君は既に答えを得ている」という言葉にそれってどういう意味だよ……と内心モヤモヤしている頃、カントリ林の中のとある場所に一陣の風が吹いていた。

 その風は背後から迫っていた勇者たちの多彩な遠距離攻撃を吹き飛ばし、加速しつつUターンすると今度は逃走から反撃に移る。

 勇者たちは焦っていた。怪しい3人組を発見し、そのうちの誰か1人にテイムされているであろう魔昆虫を討伐すべく追いかけたまではよかった。しかし、その魔昆虫のセミはレベリングやスキルの大量獲得、《不可逆論理》の特性の獲得でかなり強くなっているはずの自分たちが全く追い縋れないスピードを持っていたのだ。

 しかもそのセミは超高速で飛行しながら直角に曲がったり、慣性はどこへいったのだと問いたくなるほどの起動で飛行するのだ。そして間違いなく音速を超えている。それだけでも厄介だというのに、どういう仕組みなのか、勇者側の攻撃の悉くがセミの翅の振動で散らされてしまう。さらには目を離していないにも関わらず度々見失ってしまい、その度に背後に現れ、激しい頭痛と耳鳴り、吐き気に平衡感覚の喪失を起こすほどの強力な翅の振動を至近距離で浴びせてくる。追跡を開始した頃は4人、のちに追跡に加わった勇者も含めて10人いたが、既に7人が意識を失って脱落している。

 セミを追う彼らはこんなSランク級の魔物がカントリ林にいるとは聞いてないと勇者たちは口々に不満を漏らす。


「狼狽えるな! 所詮は魔物、ペース配分を考えずに最初から全力で我々から逃走しているに過ぎない! おそらくあと1分と経たずに潰れるはず、それまで持ち堪えるのだ!」


「「はいっ!」」


「(しかし、嫌な予感がするな。もしや私たちはあのセミに遊ばれているのではないか? 自分の実力を推し量るためにちょうどいい実験台を見つけたから、その能力の1つ1つを確かめているのでは……?)」


「勘がいいですね」


「! なっ!?」


 弱気になる仲間の勇者たちに檄を飛ばすも、リーダー格の勇者は自分が言った言葉とは全く別の仮説を思い浮かべる。

 彼にはあのセミの行動の端々には余裕というものが感じられた。本当なら回避不能なほどの広範囲にまで届くあの振動波攻撃、その気になれば勇者の増援が来る前に、もっと言えば最初に発見したその瞬間に使えばその場を離れる必要もなく一瞬で全滅に追い込めたはず、なのにそれをしなかった。能力や作戦的になにかしらの制限でもない限り、手加減されている可能性が高い。

 そこまで考えた時、それを、彼の思考を読んだような賞賛の声が背後から聞こえた。リーダー格の勇者はこの魔昆虫が人語を解することに驚きつつも、背後にいるセミへの全力の一撃を放つことは忘れはしなかった。しかし、振り返った時には、自分のあとについてきているはずの仲間は既におらず、代わりにセミがいた。しかも、勇者としてこの世界に召喚されてから今日に至るまでで一番いい攻撃だったと確信できる一撃があっさりいなされた。無音だった。仲間の勇者への攻撃も、自分の背後への回り込みも。


「このっ!」


「そろそろ終わりにしましょう」


 無防備としか思えないほど至近距離にまで迫ってきたセミに、一度は躱されたが今度は魔技でもって追撃を加える。当たった、彼は斬撃の軌道から自らの勝利を確信するが、直撃コースだった魔技が、途中、不自然な軌道を描いて逸れる。ありえない現象に彼は再び目を剥くも一瞬で心を静めてさらに魔技を、今度は命中と正確さを優先したものを選択して振るう。しかし、またしても不自然な軌道を描いて逸れる。

 リーダー格の勇者が自分と敵の圧倒的な差を痛感する中、セミは彼の心の機微を意に介さず無慈悲に最期を通達する。

 リーダー格の勇者は命の危機を感じとると、勇者としてのプライド、世界でトップクラスだという強者の自負もなにもかもをかなぐり捨てて、いっそ哀れとも潔いとも思える全力の逃走を始めるも、セミの機動力から逃れることはできない。撹乱、牽制として広範囲の魔術攻撃を放っても全く意に介さずに追ってくる。


 リーダー格の勇者は最後に眼前で翅を高速で瞬かせるセミを見た。翅から、耳元で工事と電車の通過と飛行機の離着陸が同時に起こったような轟音が響き、それをまともにくらった彼は穴という穴から血を噴き、勇者は地に落ちていった。


「(久しぶりにこの姿になったので今までとどう違うのか少し試してみましたが、これは予想以上ですね。人間の姿の時よりも体が軽い。新たに使えるようになった振動波攻撃と風圧防御はセミの姿でないと使えませんが強力、そして加速度は比較にならない。でも完全に上位互換というわけでもないんですよね……。魔術を刀身に付与しようにも剣が持てませんし、人間社会でこの姿は目立つ。なにより人間の姿の方が…………いえ、今はそんなこと考えてる場合ではありませんね。速く燃香たちの元へ行かなくては)」


 セミは勇者が落下していったことをちらりとも見ずに淡々と自身の《人間化》使用状態と本来の姿での戦力を比較と分析を始める。端から勇者たちなど眼中になかったのだ。そんな分析の中、ふと本来の姿にはない、人間の姿の最大のメリットに気づくも、今はそれに気づかないフリをしながら仲間の元へ飛んでいった。






「……行ったみたいだね」


「この作戦、すごく心臓に悪いよね。勇者のうちの1人と目があった時、私はダメかと思ったよ」


 結理たちは拠点を使ってカントリ林に転移し、そこで彼らは勇者の強制転移の下準備を進めていた。そのやや開けた、結理たちが勇者に発見されて逃げ去った今は誰もいない場所、そこから2人の人間のひそひそと話す声がカントリ林に吹く風に混じって聞こえていた。燃香と高沢だ。

 2人が逃げずにこの場にいるのは、この場に転移する前の打ち合わせで決めていたからだ。勇者たちに発見された場合、まず結理とニオンが勇者集団を攻撃し、視界が炎と風、それにより巻き起こった砂煙で自分たちを隠す。次にニオンの《隠匿》を燃香と高沢に付与しその姿を隠蔽すると、結理とニオンは勇者たちを引きつけるために別々の方向へ逃走する。見失ってしまうと相手を焦らせ、深く思考する暇を与えない。そういう作戦だったのだ。


「……」


「……」


「……(き、気まずい。なにを話せばいいんだろ? 転移魔術のこと? でもさっきすごく不安そうにしてたし……。恋バナとか? うーん、もし燃香さんに好きな人がいて、その人のこと考えて気が散って魔術発動の邪魔になったら悪いし……。ここはあえて沈黙すべきかなぁ……)」


 自分たちが発見されずに勇者集団が2人を追って去り、安全が確保されて転移魔術の発動が順調に進む中、高沢は気が散るといけないと燃香を慮って沈黙し、燃香もまた沈黙して魔術発動に全力を注ぐ。

 カントリ林を風が吹き抜け、木の葉が擦れて揺れる音だけが響く。普段ならその音に混じって魔昆虫たちの羽音が聞こえてくるものだが、今はそれがなく、ここが魔物が住まう魔境であることを忘れてしまいそうな、最初からなんの変哲もないありふれた林だと錯覚してしまうほどの静謐さで満ちていた。


「(……たまにはこういう森林浴みたいなのも悪くないかな。カントリ林は虫塗れで羽音がうるさいって聞いてたけど、魔昆虫がいないだけでこんなに静かになるんだね。若干不謹慎ではあるけど……)」


 高沢は隣にいる燃香を見る。彼女は見ることはできないが、仮面の内側の燃香の目は真剣な眼差しでどこか遠くを見つめており、身につけた仮面から一筋の汗が首筋を伝う。彼女が魔術の発動に持てる力の全てを傾けているのは疑いようがない。


「(私もなにか手伝えることがあれば————ッ!?)」


 どれほどの時間が過ぎたのか、ふとなにかが光ったような気がして、前方にある大木を見上げると、そこから伸びる太い枝には人影があった。木陰で暗くなっていて、しかもフードのあるマントを羽織っているせいか顔は見えない。しかし確実に捕捉されているのは確かめるまでもないことだった。なぜならその影は、日光を反射して銀色に輝く10〜20センチ程度の鉄針を手に持ち、腕を振りかぶって今にもそれを投擲し、自分か燃香の眉間に風穴を空けようとしているのだから。

 高沢はニオンのかけた《隠匿》があるにも関わらずこちらを感知した勇者の存在に、自分たちが命を狙われていることへの危機感と、人の命をなんとも思っていない同郷の人間の行動に驚愕する。

 だが、硬直してはいられない。燃香は転移魔術発動の最終段階に入っている。あと数分で魔術は完成し、このカントリ林にいる勇者たちは軒並み海上か魔王領に飛ばされる。だが、彼女はこれほど大規模な転移魔術はまだ試したことがないらしく、ぶっつけ本番になると不安そうにしていたし、万全を期すために慎重に、普段はほとんど使わない詠唱もすると言っていた。要はあと数分、燃香は戦力足り得ない。同じ勇者同士で戦うのに抵抗はあるがやるしかない。


「チッ、運のいい奴だ」


 放たれた鉄針を、瞬時に抜刀してやや装飾過多な剣で切り払う。奇襲が失敗したことに勇者は特に動揺するそぶりは見せず、ダガーを袖から引き出して両手に持つと燃香と高沢を睥睨して悪態をつく。声からして男性だろう。勇者は十数メートルはある大木の枝からちょっとした段差を乗り越えるような気軽さで飛び降りると、音を鳴らすことなく人体の重さをまるで感じさせない身軽さで着地した。


「————」


「(燃香さんは本格的に詠唱に入ってる。この場には私しかいない。なら、私が戦うしか、ない!)」


 高沢は一歩一歩ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる勇者に、その殺意に一瞬気圧されるも、逃げてはいけないと逃げれば燃香が標的になると覚悟を決めて剣を正面に構える。


「一対一、舐められたものだ。不意打ちの初撃を防いだ程度で私と同じ土俵に立ったつもりか? 純粋な幸運で命を拾った負け犬風情が」


「あなたはなんでそうも簡単に人の命を奪おうとできるの? 異世界の人の命の価値は自分たちのそれよりも低いっていいたいのかな?」


「異世界、そしてその口ぶり、つまりお前も勇者か。ならより一層分からんな。……異世界転移。スキル、ステータスがあり、それを誰も不自然だと思わない世界。超常の力、冒険者に勇者に魔王、魔物にダンジョン。これほどまでに都合の良い世界、ゲームと思わない方が可笑しい。私たち勇者はこの世界の神の意思の下、元の窮屈でつまらない世界では味わえない体験を、あの場所では認められない自分たちの価値を、果たせない欲望(ねがい)を、この世界でなら示せる。謳歌できる。なぜそれが理解できないのか、私にはどうしても解せない。この世界に招かれた時点で勇者の誰もが等しく選ばれた特別な存在であり、異世界の凡人たちとは比較にならないほどの天才だ。君も勇者なら分かるだろう?」


「分からないよ、そんな身勝手な屁理屈。私はどんな世界のどんな人も皆んな特別だと思ってる。勇者だけが特別とか、異世界の人が劣ってるなんて思わない!」


「フン、愚かな」


 両手を大袈裟に空に向かって掲げると勇者は、自分たち勇者がいかに特別で素晴らしい存在かを自慢げに語り出す。ステータスというゲームじみた世界に対しての抑えきれないほどの興奮、非日常への歓喜、彼は勇者として選ばれてこの世界にやってきたことに陶酔しているのは確かめるまでもないことだった。

 しかも、異世界への転移、彼はそれを既に経験してこの場にいるはずだが、口上の最中にその瞬間の光景でも思い浮かべたのか、ちょっと危ない方向に高揚しているようでもあった。


 その身勝手を通り越して同じ言語で話しているのかさえ分からなくなるレベルの欲望丸出しの論理に高沢は、これが同じ世界同じ国出身の人の価値観なのかと頭を抱えたくなる。国が違うと価値観が違うのは当然、しかし、同じ国にこんな価値観を持つ人がいるとは考えもしなかった。

 もしかしたら転移する前にも身近にこんな人がいたのかも、と恐ろしい想像をそこまで考えて高沢はこれ以上は気を散らすだけだと思考を打ち切り、剣に魔力を込め、魔技を発動させて地面を陥没させるほどの勢いで踏み切り、勇者に飛びかかった。



スキル《分身》 自身の魔力を用いて意思ある影法師を作り出す。意思は作り出す本人準拠。ランクが高いほど外見の正確さ、戦闘力、耐久力、挙動の細かさ、一度に出せる数が変わる。

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