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竜の如き異様  作者: 葉月
3章 愚かなる者たちの戦争
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第81話 林中疾走


「……多分、転移魔術は間に合わない」


 それは代案の実験が無事に成功し、カントリ林に向かうための最終準備のために拠点の中にある家に向かって下山している時のことだ。

 俺とニオンと高沢の3人が実験がうまくいったこと、転移魔術の成功率が上がったことを喜んでいると、燃香は俺たちの会話をわざと遮るようなタイミングで苦々しげに呟く。俺たちはその言葉に驚いて振り返ると、彼女は数歩ほど遅れた位置で立ち止まっていた。俯いているせいか、どんな表情をしているか正確には分からない。だが、その声からは、今、燃香がいかに不安になっているかがひしひしと伝わってきた。


「ど、どういうことですか?」


「私が『鎮静化』を振り切った状態でも、あの規模で、しかも対象を選んで転移させるには、どうしても発動までに20分はかかるの。でも、その時まで大樹は保たないと思う。おまけに魔力も足りないし……」


 実験がうまくいったことで、転移を抵抗(レジスト)をされる可能性はかなり低くなった。アーマメントファフニールはファフニールの頃とは異なり、鎧を纏うのではなく、覚醒した3つ目の能力、『竜化』によって自身の肉体の一部(表層)を竜に変化させている。なのでその体の一部である鱗を粉末状にして飛ばせば、《不浄体質》を広範囲に発動できるという仕組みだ。


 あとは転移魔術を発動させて勇者の集団を海上か魔王領に飛ばすだけ。しかし、それは機械が自動でやってくれるわけではない。失敗も緊張もする、人の手によってこの転移は発動するのだ。

 そもそも、この勇者転移作戦がうまくいくかは燃香の手にかかっていると言っても過言ではない以上、彼女が緊張するのは当たり前だろう。


 要は弱気になっているのだ。超絶難易度の魔術発動に自信がなく、あとは自分が魔術を使うだけになったこと、燃香ならきっと成功させてくれるという期待が彼女の緊張に拍車をかけ、余計にプレッシャーを感じさせている。


「魔力は俺の血でなんとかなるか?」


「……うん、結理君の血なら質的にも効率的にも問題ないはずだよ」


「なら、あとは時間か……それも俺がなんとかしてみせる。それに燃香がそこまで気負う必要はない。皆んなが力を合わせてるんだ。失敗したって燃香1人のせいになるわけじゃないさ。む、むしろ俺は自分がミスるんじゃないか不安で不安で……」


「ふふっ、なにそれ……ありがとう、少し安心できた」


「それならなによりだ」


「吸血…………ぷしゅう」


「ぷしゅう?」


「い、いや、なんでもないよ? 変なことなんて想像してないよ? ホントだよ?」


「そ、そうか……」


 燃香は転移魔術発動への緊張と不安で弱気になっていたが、俺との会話の遣り取りで持ち直したのか、今はむしろやってやるぞ! と言いそうになっているくらいだ。しかし、自分が空腹でもないのに積極的に吸血をする光景でも思い浮かべたのか、次の瞬間にはリンゴもかくやというレベルで顔を赤くしていた。


「でもまさか、大樹を切ろうとしてる勇者の集団に特攻するんじゃないよね? もしそうだとしたらいくらなんでも無謀じゃないかな?」


「ゆ、ユウリ!? なにもそこまでしなくても……! そんなことするくらいならっ、……その、えっと…………無理なんてしなくてもいいんですよっ!」


 しかし、高沢的には真っ赤になった燃香よりも時間稼ぎの手段の方が気になったのか、それが危険か否かを問いかけてくる。すると高沢の問いにニオンは途端にいつもの冷静さを失い、反対のためになにか言おうとしたようだが、ハッとして口ごもり、再び口を開いて出たその言葉は無理して絞り出した、なにかを隠そうとしているような意図を感じた。


「いや、別に無理してないし、特攻なんてしないから心配するな」


「よかった……」


「ならいいんだけどさ、あとに残される人の気持ちも考えてあげてね」


「……それは俺がこの世で一番理解してるつもりだ。大丈夫、なにも悪いことなんて起こらないさ」


 ホッと胸を撫で下ろすニオンを見た高沢は俺の方へ向き直り、さも心配そうに言った。

 ……やっぱり、彼女はいい奴だ。こんな身近で戦争が起こり、自分たちが戦わなければならなくなるような世界だが、彼女には幸せになってほしいと素直にそう思った。






「待てや、ゴラァァァァァ!!」


「逃げんな! ゴキブリィィィィィ!!」


「ブッ殺だァァァァァ!!」


「墓石にテメェの名前を刻んでやらァァァァァ!!」


 現在、世紀末な雄叫びを上げながら追い縋って来るのは4人の勇者だ。ふと燃香たちとの遣り取りを思い出して、あんなことを2度も繰り返してはならないと決意しながら背後を見遣る。追って来る4人は全員が男性だ。転移前から仲のいい4人組なのか、あるいは転移後に知り合ったのかは分からないが、連携がうまく、纏まったチームのようだ。

 4対1ではどう頑張っても勝てないと判断して俺は木々を飛び移りながら移動し、その影に紛れて勇者たちをやり過ごそうとしているわけなのだが、向こうの探知能力が高いのか、一瞬たりともその追跡から逃れられない。


 しかし、それにしても失礼な奴らだ。この黒はGみたいな色じゃないし、黒光りもしてないぞ。せめて高級外車みたいな色、あるいは艶消しブラックと呼んでくれ。


「(しかし、なんだ? この速さは?)」


 彼らは、アーマメントファフニールで竜に変化したことで身体能力が底上げされているはずの俺を、距離を離されることなく余裕で追尾し、間を詰めてくる。時には自らの間合いにまで接近し、手に持つ相当の逸品であろう片手剣で切りつけてくるし、遠距離から魔術で砲撃してくる者も。身体能力からして素早さと筋力、魔術の威力を見れば魔力、いずれもキャドン山で戦ったバフ込みの他国の勇者くらいはある。


 勇者って実はこんなに強い奴ばかりなのかと思ったが、それにしてはなにかが変だ。彼らは、それなりに技術はあるにしても、精神が肉体についていっていないというか、自身の身体能力の高さに振り回されているように見える。時折、足場が悪いわけでも、隠された危険があるように見えないところでふらついたり、攻撃がワンテンポズレるようなシーンが見受けられたりもした。

 そういえば高沢に最近勇者が劇的に強くなっていると聞いたことがあった。強くなったのはいいが、まだ慣れていないということかもしれない。そのお陰か、まだ戦闘不能になるようなダメージは負っていない。もっとも、致命傷を負ってないだけで、勇者側の攻撃はそれなりに被弾してしまっている。全弾回避なんて端から無理なのだ。


 もしあれくらいの身体能力を十全に振るっていれば、俺は今頃真っ二つになっているはず。そうならないということはなにか理由がある。

 そう思って《邪眼》でステータスを見て、勇者たちになにが起こっているのか確認しようと思ったのだが、閲覧そのものをなんらかの手段で妨害されているせいで理由は分からなかった。

 勇者と俺の間に相当のレベルやステータス、実力に差があるのか、あるいは彼らが所持スキルなどの特殊な要因によるものなのか、閲覧できない以上、推測するしかない。


「死ねや、このゴキがァァァ!」


「っ!」


 殺意どころか気配を隠す気が全くないのか、背後からではあるが勇者の1人が堂々と襲いかかって来た。出どころ不明の憎悪を全開にし、一瞬にして踏み込んで放たれた斬撃が俺の背を襲う。飛び移っていた木から素早く降り、急に高度を下げることで、剣が背をかすりながらもなんとか回避に成功する。


「捉えたっ!」


「くらえ!」


 木から木へ飛び移っての移動をやめ、陸上を走ることにしたのだが、彼らは俺に休ませる暇など与えないと、さらに無数の矢が背後から迫る。それらは俺を追い越すようにして進行方向の延長線上に放たれた物と、直接俺を狙った物の、多段攻撃になっていた。さらにやらしいことに、横に逃げて回避できないようにかなり広範囲に放ったようだった。これで詰みだと、自分たちの勝利の未来を想像して勇者たちはほくそ笑む。しかし、俺はそれを全く速度を殺さずに逆走することで回避する。


「なにっ!?」


「は? 嘘だろ!?」


 被弾覚悟で突っ切るかその場で立ち止まると思っていたのか、彼らに一瞬動揺が走る。まさか自分たちの方へ向かって来るとは予想していなかったのだろう。その上、その場で急にUターンしたとは思えない速度で疾走する俺に勇者たちは困惑する。

 バハムートの能力、『基底崩し』。それは重力を操る。俺にかかる重力の向きを変えることで、それに引っ張られて落下するように方向転換をしたのだ。以前、大聖堂に行くためにバハムートに乗って空を飛んだ時、めちゃくちゃな軌道で飛行しても振り落とされなかったのはこの能力によって重力を操っていたためだ。

 しかし、竜の力はその竜を呼び出していないと発動しない。なので俺はバハムートを勇者に感知されないよう、一瞬だけ上空に出現させて能力を発動させた。仮に感知されたとしても一瞬しか出さないので攻撃を受ける可能性は低いし、万が一被弾したとしてもバハムートの耐久力は結構高いので一撃で四散したりはしない。


「俺のいる方向へわざわざ向かって来るとは、バカが! 刀のサビにしてやるぜ! って、またかよっ!」


「クソッ! 舐めてんじゃねぇぞ!」


 矢の大半が地面に落ち、突っ切ってもギリ回避できるレベルの弾幕になったことを確認すると、またしても一瞬呼び出したバハムートの重力で方向転換をする。今度はさっきまでの進行方向だ。短時間のうちに2度も、しかも全く減速せずに方向転換をする様を見せつけられ、おちょくられていると感じたのか、冷静さを失い、連携を捨てて個々で襲いかかってきた。

 剣による斬撃が、槍による刺突が、弓や魔術による遠距離攻撃が、それぞれが俺を確実に仕留めるべく放たれたのか、一個人に対して使うにしては過剰とも思えるほどの威力が込められているようだった。見れば、剣と槍の刃の部分がそれそのものの色を青く染めたかのように光を発している。しかし、それらは先程とは異なり、かすりもしない。


「なんだと!?」


「ゴキのくせに生意気なぁぁぁ!!」


 渾身の一撃だったのか、回避されたことに驚きを隠せない勇者の1人は槍を手に硬直してしまう。その時間は一瞬だったが、戦闘を行なっているこの場の全員は高速で、しかも常人には追えないほどのスピードで移動しているのだ。弓を使う遠距離攻撃担当ですら前衛並みの素早さ、立ち止まれば取り残されてしまうのは自明の理だ。


「(ちっ、撒くのは無理か。けど正面から4対1は無理だな。時間もないし、それにここで接近戦に向く竜を呼び出して戦わせるのも厳しい。大樹辺りであの竜の実戦初使用も兼ねて複数の竜を呼び出さないといけないんだ。ここでニーズヘッグみたいな比較的良心的なコストの竜でも、結構消費が痛い。けどこれを切り抜けるには最低でも多対一の状況をひっくり返せるくらいの戦闘能力のある竜を使わないと————)」


「フン、多対一か。そんなに戦いたいなら私も混ぜてくれないか?」


 どこからともなく聞こえてきたその涼しげな声は、迫っていた勇者たちの猛攻とこの状況を打開するために巡らせていた俺の思考を断ち切る。次の瞬間には土砂が爆ぜる轟音と舞い上がった煙が立ち、俺と勇者の間にはかなり深い斬撃の痕が現れていた。俺は新手の勇者が現れたのかと、勇者たちはどこからか飛来した斬撃を躱すために双方が立ち止まった。

 その声の主は木の上からこちらを見下ろしていた。そこにいたのは赤を基調とした服装の青年。180センチはある背丈に、モデルばりの脚の長さ、おまけに遺伝子レベルの補正が加えられているのではと勘繰ってしまうほどに整った容姿、紛うことなき世間一般でいうイケメンがそこにいた。


「な、なんだ! お前は!」


「ふむ、数えてみれば4対1か。君は相当のバトルジャンキーのようだね」


「違うわ。追われてただけだ」


「それにその邪悪な姿、重度のバトルジャンキーのようだね」


「違うわ。ただの鎧だ」


 勇者の問いをスルーして俺を方を向き、ものすごく穏やかな眼差しと友好的な雰囲気を出して話しかけてくる謎の青年。

 それにしてもこいつは俺を戦闘狂かなにかだと思ってるのか? いや、今の俺ってアーマメントファフニールを見に纏ってたな。そしてその顔は裂けた笑みを浮かべている。確かに邪悪な見た目なのは否定できないが、なんで戦闘狂扱い? 解せないな。


「テメェ、無視してんじ————」


「私の名前は蛇木(へびき)直也。君の名前は?」


「! 勇者か」


「その反応、君も勇者みたいだね。名乗ったくらいで勇者だと看破するのは同じ立場の人くらいなわけだし」


「! こいつ勇者なのかよ! ならなんで俺たちに敵対す————」


「名乗ってもらって悪いが、俺はそれに応えられない。ここで名乗ったら、後々勇者たちに狙われるだろ?」


 謎の青年改め、蛇木は再び勇者たちをスルー(俺もだが)して、俺との会話を続行する。敵意のなさと、敵対する気が全く感じられない穏やかな笑みを見ると、さすがに無視するのは気が引け、会話に応じることにする。


「それもそうか。ならこの場の4人を始末すれば名乗ってもらえるかな?」


「始末って、そう簡単に言えちゃダメだろ……」


「そうだね。けど、それは自分の命を守るため。でないとこの世界では生き残れない、違うかな?」


「…………そうだな」


 蛇木直也、彼はきっと普通の人間だ。人を殺すことを躊躇わず、なんの感傷も抱かない異常者の俺とは違う。けれど、彼は自分なりにこの世界で殺し合う時の心構えができてるのだろう、俺とは違って。


「では一時的に共闘といこうじゃないか。君のバトルジャンキーっぷりを私に見せてくれ!」


「だから違うわッ!」


 得意げな笑みを浮かべて剣を抜き飛び降りる蛇木、俺の渾身の否定の叫びも虚しく、一撃一撃が轟音を響かせるほどの戦闘が今、始まった。



・結理を追って来た勇者たちとの会話の要約


蛇木「グヘヘ、俺も混ぜてよw」


結理「なんだ、コイツ!?」

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