第79話 混成魔物小隊
「見ての通り、ここは俺たちが拠点として使っている空間、というか自宅だな。そういうわけだからさっさとカントリ林に行くぞー」
「えっ!? そんなあっさりとした説明だけ!? しかも自宅ってなんなの!?」
「俺がこっちの世界に転移してくる時、巻き添えで一緒に転移して来たんだ。詳しいことはよく分からないが、結構便利だぞ」
「えっ? ええーっ!?」
混乱している高沢をとりあえずスルーして早速、ニオンの故郷を荒らす謎の存在との戦闘のための準備にとりかかる。実は装備に関して言えば、特段、準備するようなものはない。なにせ配達依頼の時から既に万全の装備だからだ。
しかし、それはこれまで着ていた物ではない。なにせ竜との戦いで腹部部分に穴が空いてたし、右腕が千切れた際にその部分も破けてしまっていた。それに2人が復活するまでかなり無茶な難易度の依頼を受けてたせいか、ボロボロになっており、そのまま使えばいろいろな意味で目立つのでニオンと燃香が復活した翌日に、似た見た目のグレードの高い装備に買い替えた。
つまり装備以外の準備はする必要がある。……とは言っても俺は武器とか防具、その予備や手入れの道具がいらないのでポーションなどの……いや、《不和》のスキルのせいで外からの干渉を受け付けなくなったせいでポーションも効かなくなったんだっけか? ……えっ? 俺、自然回復が追いつかないほどの重傷を負ったらどうすればいいんだ?
もしかしなくても詰んでる? という内心の動揺に3人が気づくことはなかったが、ふと気づけばニオンと燃香の準備は既に終わっているようだった。拠点に入ってから1分も経ってないはずなのに準備完了とは、2人の戦いに関して心構えは俺とは比較にならないことを改めて認識した。
「ところでこれから行くカントリ林でなにが起こってるんだ?」
「今、カントリ林は、数十人規模の勇者の集団の侵攻に遭っています。既に彼らはそこにいる魔昆虫を大半を滅ぼしました。今はカントリ林に満ちる魔力と生命の源である大樹を切って魔昆虫のさらなる発生が起こらないように、住めないようにするつもりです」
「す、数十人!? それは間違いない?」
「間違いありません。皆一様に黒髪黒目でした。茶髪などもいましたが、彼らの会話の内容から間違いないと思います」
「ニオンは実際に見たわけじゃないんだろ? なんでそこまで正確なことが分かるんだ?」
この国で黒髪は珍しい、結構前にそんなことをシルドから聞かされたことを思い出す。染めているならともかく、黒髪の集団がそう簡単に自然発生するはずもない。十中八九勇者の集団だろう。
それにニオンが断言するなら間違いない。だが、手段が気になる。ニオンは《千里眼》のような能力は持ってないし、そこまで正確な情報を得られる理屈が分からない。
「確かに私が直接見たわけではないですね。カントリ林にある大樹が私に見せた、いえ、現地の情報を勝手に仲介したという表現が一番正確ですね」
「仲介ってどういうことかな?」
「詳しいことは分かりません。けれど、大樹がなんらかの方法で己に迫る危機に対抗するために、一時的にテレパシーのような力を発現させたのだと私は推測しています。魔昆虫は大樹がいないと環境に適応できなくなりますし、大樹もまた自身の身を守ってくれる魔昆虫がいないと生きていけませんから」
「……高沢、勇者ってSランク冒険者と大体同じくらいの強さなんだよな?」
「そうだね。多少の差はあっても皆最低でもAランクくらいはあるかな。ほとんどいないけど、SSランク、つまりキリヤ君と同じレベルになる人もいるね」
「……」
「……」
「……」
「……」
「………………数十人対4人なんて勝ち目なんてあるのかな……?」
絶望的以外の何者でもない戦力差を実際に言葉にして、高沢は改めてその理不尽さを痛感したのか、声を震わせて不安げに呟く。
自分で言っておいて、不安になるなよ。とは思ったが、高沢が不安になる気持ちは理解できる。これから向かうカントリ林に、少なくともキャドン山で出会ったあの他国の勇者(名前は覚えていない)クラスの、あるいはそれ以上の敵が数十人規模でいると考えると……ゾッとするな。
「高沢、なにも馬鹿正直に正面から戦う必要はない。大樹ってのが切られなければそれでいいんだ」
「なるほど。それで? どうするの?」
「……それはまだ考え中だ」
「マジか……」
暗澹とした雰囲気を払拭するために俺は発想を切り替えてはみるが、俺は天才でも策士ではない。すぐに妙案が思いつくはずもなく、頼り甲斐がない。と言外に告げるような高沢のガッカリを見せつけられてしまう。しかし、ニオンの反応は彼女とは違い、むしろいいことを思いついたと言わんばかりに口元を緩める。
「作戦ならあります」
「どんな作戦?」
「大規模な転移の魔術で彼らをそこから強制退去させます。海上か、比較的東大陸に近い嫉妬の魔王領にでも飛ばせばこちらが被る被害は軽微で済み、さらには勇者の撃退で一石二鳥です」
「いや、海上とか魔王領とか簡単に言うけどさ、結構遠いよ? 詳しい距離は知らないけど、北海道と台湾くらいは離れてると思うんだけど……」
「例えがイマイチ分かりませんが、問題ありません。そこは伝説の吸血鬼で凄腕の魔術師のモエカの出番なので」
「えっ、私? まあ、それくらいの距離ならできるかもしれないけど、どう節約したとしても魔力が足りないよ。それにそこにいる勇者がどれくらい強いか知らないけど、仮にSランク冒険者並みだとしたら転移の魔術を抵抗する人も出てくるかもしれないけど……?」
「問題ありません。そこでユウリの出番です」
「? 俺の?」
「ユウリの《不浄体質》のスキルで勇者たちの魔力への抵抗を下げれば万事解決です」
魔術が使えない俺にどうして出番があるのかと思ったがそういうことか。仲間として、戦力として頼ってくれるのはありがたいことだが、そのプランには根本的な問題が……。
「……でもアレ、直接触れないと効果ないんだが?」
「ならユウリが呼び出す竜に触れさせます」
「いや、俺本体しか機能しないんだが?」
「……」
「……」
「あのー……」
いろいろな意味で気まずい沈黙が拠点を支配する中、高沢が遠慮がちに挙手する。
「なに? もしかして来、いいアイデア閃いちゃった?」
「私の《拡張》のスキルでその《不浄体質》? のスキルの効果範囲を広げればなんとかなる……かな?」
「試してみないと分からないが、いけそうだな」
「なら、とりあえず試してみようか、どこでならよさそう?」
「この山の頂上でやってみるか」
「よし、早速行こう!」
高沢いわく《拡張》は対象をスキルに限られるものの、その能力の有効射程と効力を引き上げることができるとのこと。ただし、射程を伸ばせば伸ばすほど《拡張》の効果は弱まる。
この一見完璧に見えるこの作戦に基づく実験、結論から言えば失敗した。やはり問題は《不和》だ。このスキルは外からの干渉を完全に遮断してしまう。試しに自分にポーションを使ってみたが、効果を発揮しなかった。今の俺はもう、仮に勇者軍団が総出でデバフや状態異常をかけてきても全く通じないが、外からの干渉でない点火の反動はあっさり受けてしまう。そんなアンバランスな体になってしまったらしい。
「散々期待させた挙句、なんの役にも立たなくてごめんね……」
「気にするな。むしろポンコツなのは味方からの支援を受けられない俺の方で、高沢はなにも悪くないぞ」
ちょっと、いや、かなりへこんでいる高沢をフォローしつつも自分で言っててアレだが段々虚しい気持ちになっていく。自虐ネタってここまで気分悪くなるものだったのか……。
高沢の《拡張》でスキルの射程を伸ばす作戦は失敗したので、4人で頭を振り絞って考え出した代案で再度実験した。山頂付近が見るも無残な有り様と化したが、実験は成功し、つつがなく終了した。多分放っておけば元に戻るだろうし、仮に戻らなかったとしてもあとで竜の力を総動員すれば多分、恐らくなんとかなる。はずだ。
「……あっ」
「なにかあった?」
「手段の問題はクリアしたが、勇者たちと直接対峙するかもしれないんだよな? なら変装がいるってことにならないか?」
「確かにね。一斉に勇者の反乱が始まったんだからなにかしらの情報伝達の手段はあるはずだし、私たちは少し前までランド近くにいた。いきなりカントリ林に転移したら、たとえ目撃したのが敵じゃないただの一般市民だとしても間違いなく目立つよね」
《拡張》のスキルが不発する事態から数分と経たないうちに代案を考えたり、その実験やらなんやらを全て終わらせた。自分でも驚くほどスピーディーに終わって、さて、あとは出発するだけだ、となってから割と大事なことを忘れていたことに気づいた。
「私は問題ありません」
「なら問題は燃香と高沢だな」
「あれ? 葉桜君は?」
「結理君はなにか考えがあるってこと?」
それはちょうど準備が終わった高沢と合流した時のことで、先を見越して変装する必要があるのではと話し合っていると、遅れてきた2人もそれに加わる。ニオンは変装手段を既に考えてあるらしかった。
「ああ。ファフニールを使う」
「ふぁふ?」
「ああ、あの鎧みたいな竜だっけ?」
「そうだ。ラドンは3つ目の能力に覚醒した。要は進化したんだ。それに合わせて進化したファフニールを身に纏えば変装になるはずだ」
……まあ、ラドンの3つ目の能力は獲得、自覚するのとほぼ同時に使用不能になったんだがな。
《黄金の林檎》、それがラドンの第3の能力。対象に無限の生命力を供給し、いかなる要因からの、効果からの死や病気、毒、呪いなどの不利益になる効果を無効にする。ただし、その効果を発生させる林檎の数はたった1つ。要は1人にしか効果を発揮しない。俺は既にニオンに使ったので、能力はあっても使用できないという置物と化している。
もっとも、解除すれば再使用は可能なのだが、その場合、ニオンは《黄金の林檎》から供給される力を失い、また永遠の眠りにつくことになる。なのでどう足掻いても置物であることに変わりはなかった。なお、この効果は俺が死んだとしても持続するらしい。
なお、ラドンの進化に釣られるようにしてファフニールも進化した。その理由は俺と特段相性がよかったからだと推測している。今や竜の能力は16種類。まだ実践では呼び出したことがない竜も多く、使ったことがない能力はさらに多い。贅沢な悩みだが、これから能力の把握や制御の練習などで大変そうだ。
「だから私と来が問題なんだね。変装、どうしよう?」
「うーん……」
散々悩んだ挙句、2人の変装は現代の日本でやると通報、職質待ったなしの、かなりの不審者になる装いとなった。
穏やかな日の光が差し込むカントリ林、そこは普段とは異なる様相を呈していた。数十人の、この国では珍しい黒い髪をした少年少女たちが飢えたカラスの集団のように一体の魔昆虫に群がっているのだ。彼らは並みの冒険者どころか、高ランクの冒険者とも一線を画するほどの性能の装備に身を包み、各々の武器を振るっていた。
今、彼らは国と、勇者の集団である彼らが真っ向から戦争をするために行動している最中だというのに、まるで不安を見せずに時に笑顔を見せるその集団は異様の一言に尽きる。
彼らの回りにはゴミの山のように折り重なっている大量の魔昆虫の死骸。それらは通るのに邪魔だからと、道の脇にどけられていた。
「よもやこれまでか……」
大樹の地下にできた空間、そこには13体の魔昆虫が円卓を囲うようにして集っていた。中には本来は捕食被食の関係にある者もいたが、その目にある知性の輝きが食い殺しあおうとする本能を律していた。
その空間の壁には勇者たちが嬉々として同胞を狩っている姿が映し出され、彼らは苦々しく思いながらもその光景を見つめていた。そのうちの一体、カマキリ種の魔昆虫は諦観の言葉とともに息をはく。
当然のことながら彼らに名前はない。ゆえに普段は互いを事前に決めたコードネームのようなもので呼び合っていた。ちなみにカマキリ種の彼は『切断』と呼ばれている。
「大樹様が切られてしまえばここを住処とすることはできない。かといって外に出れば人々に恐れられ、冒険者たちに討伐されるのがオチだ。今すぐにでもあの侵略者どもに天誅を!」
「しかし、数が多すぎる。1人か2人ならいざ知らず、100人近い転移者たちを相手にするのは不可能。ここは危険を承知で脱出すべきだ」
「『甲殻』よ、脱出とは言うが、具体的にどこへ逃げるつもりなのだ? 我々16体……いや、今は13体か。この数で行動すれば確実に目立つ。さきほど『跳躍』が殺されたのを見ただろう。あの人間どもを1人2人殺した程度では彼らは止まらない。あれはそういう集団だ」
「ではカントリ林の外へ出て行った2体の同胞を頼りに外の世界へ向かうというのは?」
「彼らとて我々と同様に魔昆虫。人間社会に溶け込んでいるとは考えにくい。それに『飛翔』は未だに存命とは思えない」
『飛翔』はセミ種の魔昆虫、つまりはニオンのことだ。70年の時を生きるニオンはカントリ林を出るまでこの集まりの中でも最古参の部類に入っていた。
セミは地中で数年の時を生きる。しかし、時が来て地上に姿を表し、羽化すれば僅か1週間しか生きられない。それは知性を得て上位種と化した魔昆虫とて逃れられない宿命であり、ニオンの死を疑う者は誰もいなかった。
まもなく訪れるであろうこの林の終わりと、住処を失った自分たちが辿る未来を思い悲嘆に暮れる中、巨大な揺れが大樹の地下空間を襲った。
「なんだ? 地震か?」
「……地震ではない。『刺突』、映像を見ろ」
「『剛力』? なにかあったか?」
「……いいから映像を見ろ」
「ば、バカな!? これはっ!」
「そうだ。救援のようだ。……一番望まない形ではあるが」
映像には倒れ伏す勇者たちの姿、そこには既に寿命が尽きているはずの『飛翔』がいた。しかし、『刺突』が驚いたのはそこではない。『飛翔』が見慣れた姿で生きていることは喜ばしい。だが、ここまで過剰な反応をするのは別の理由があった。
邪悪の化身と、知性ある魔昆虫たちに恐れられ、忌み嫌われる漆黒の竜が映像越しにこちらを睥睨していたからだ。
知性のある魔昆虫、名称とそれぞれの種は以下のようになってます。
『切断』 カマキリ種
『甲殻』 ザリガニ種
『跳躍』 バッタ種
『飛翔』 セミ種 ←ニオンのこと
『刺突』 カ種
『剛力』 カブトムシ種
※ザリガニって虫だっけ? という指摘は受け付けていません。ご了承下さい。
 




