第77話 希望探しの旅
評議会炎上、及び新しく再建されるまで仮の評議会として使われている結構大きい建物での会議の翌日、俺たちは首都シビルから見て、地方都市ランドから見てもかなりの辺境にある村を訪れていた。
俺たちはその村への道中を馬車で移動した。なお、移動に使用した馬車は勇者たちとの全面戦争すら起こりかねないこの緊急事態に際して魔術機械で魔改造された特別製で、普通に自動車くらいのスピードが出る。なので到着するまでに半日もかかることはなかった。
さすがに拠点で転移はしない。高沢は信頼できるが、拠点の存在を明かすのは非常ににマズい。なにせ彼女はこの国の勇者で、絶対的権力者である議長が背後にいる。そして報告義務がある以上、生真面目なところがある彼女は議長に拠点のことを報告せざるを得なくなるだろう。
いっそのことこちら側に高沢を引き込むという手もなくはない。しかし、高沢が裏切りとかは許容するタイプには見えないので不可能だが。
「なあ、高沢」
「なに?」
「この国の首都ってシビルだよな?」
「そうだけど、それがなに?」
「なんで議長は首都じゃなくて一地方都市でしかないランドで政治なんてやってるんだろうな?」
馬車に揺られながら、雑談以外に特にすることもなく目的地の村へ向かっている時、この際だからと前から疑問に思っていたことを高沢に聞くことにした。評議会の現状は日本で言えば、交番や所轄に警視総監が常駐しているようなものだ。
「評議会議長はこの国の表でも裏でもトップ、要は一種の独裁状態なんだよ。つまりあの人ならどこにいても国を動かせる。あとランドが議長の生まれ故郷って理由もあるかもしれないけどね」
「つまり石川県が生まれ故郷の首相が、国会じゃなくてわざわざ石川県の地方議会で政治してるような状態なのか……」
なお、現在俺たちは高沢の勇者としての任務に同行している。というかさせられている。高沢の任務への同行は形式上は依頼だが、それを出したのがこの国を意のままに操る議長なのだ。それはもう命令と言い換えても差し支えない。俺は断ろうとしたのだが、今の段階で議長と表立って敵対するのは避けるべきだと、ニオンと燃香に止められた。
そんなわけで、本来、高沢は彼女の所属するパーティのメンバーとともにこの任務を行うはずだったが、俺たちが同行している。つまり高沢のパーティメンバーはこの任務には同行していない。
事情は聞いていない。聞いてはいけないなにかがあるように思えたからだ。それに俺は積極的に地雷を踏み抜きにいくタイプではないと自負している。
「それが成立するほどの権力を議長は持ってる。それに親衛隊も」
「親衛隊? そういえばアイアスも言ってたな。確かマフィアみたいな感じだって」
「アイアスさん、そんな表現しないと思うけど……。名前は影の部隊。葉桜君も聞いたことくらいならあるんじゃないかな? 議長直属の非合法組織で、一般の人はおろか、機密情報がある程度は開示されるSランク冒険者や私たち勇者ですらその存在の実態を知らない。集団の名前自体は知られてるけどなにからなにまで不明な中立国ポップの闇の象徴で、ブラックボックス的存在」
「……確かに聞いたことはある。そういえば、暗殺されかかったこともあったな」
議長はなにを考えて刺客を送ってきたのか、あまりはっきりとしたことは分からない。俺たちの正体がバレているとは思えないし、疑わしきは罰せよみたいなことでも信条にしての行動なのかもしれない。
「暗殺!? 葉桜君って議長になにかした?」
「い、いや、なにも」
「本当に!? 本当はなにかあるんじゃないの? 実は人類の敵とか、国家転覆を目論んでるとか!」
「いや、本当になにもしてないんだな、これが」
高沢のその問いは意外といい線いっててちょっとビビった。ニオンは違うが、魔物は本来は人類にとっては敵みたいなものだし、俺は伝説の吸血鬼を世に解き放った張本人でもあるのだ。国家転覆を疑われてもおかしくない。
「ところで来はパーティ組んでたんだよね? 今日はなんで1人なの?」
「燃香……」
「え? なんか聞いたらマズかった?」
「大丈夫だよ。特に問題が起こったわけでも、解散したわけでもないから。今彼らはちょっと外せない別件があるらしくて」
「別件……それって高沢抜きでするべきことなのか?」
「うん。なんでも国外の問題らしくて。勇者の私は関われないってことなんだよね」
「そうか……」
勇者は勝手に国外に出てはいけない。それをこの前、堂々と破って隣国の神聖国レインボーに高沢を送り込んでいたのに今回はダメなのか……? 自国では有名でも他国では無名(?)だから、勇者でも勝手にルール違反の入国をしてもオッケー。みたいな屁理屈捏ねそうな議長がルールを守るようになった、と解釈してもいいのだろうか? なんか後ろ暗い事情を感じるのだが……。
「議長の事情でパーティメンバーと離れ離れとは、ライも大変ですね」
「そう! 1人って本当に大変なんだよねー。今までパーティ組まないで冒険したことないから、改めて仲間の大切さを思い知ってるところなんだよ」
「でもなんで俺たちが高沢と同行することになったんだ? 代わりの冒険者なんていくらでもいるだろ?」
「監視も兼ねてるんだってさ。監視する相手が私なら、葉桜君たちが私を始末しようとはしないだろうって理由でね」
「バラしてもよかったのか?」
「言われなくても気づいてると思ってたけど……葉桜君は気づいてなかったんだね」
「葉桜君は、ってことはニオンと燃香は既に気づいてたってことか……」
「え!? 結理君気づいてなかったの!?」
「少しは緊張感を持ってくださいよ……」
「ぐ、すまん……」
「さて、そろそろ着くよ。村なわけだから、地方とはいえ都市の部類に入るランドと比べるべくもないほど規模が小さいけど、馬車から離れて迷子にならないようにね」
件の村に魔改造された馬車が辿り着く。そこは「都市部への人口流出が止まらない鄙びた寒村」という表現がここまでしっくりくる村は他にないと思えるほどの村だった。限界集落と、そう言っても差し支えないほどに人の気配が少ない。
高沢はその内と外を区切っていると思しき、腰ほどの高さの石壁を越えて村に入って行き、近くの村人に話しかける。
「すみません、評議会から支給された支援物資を届けに来たのですが、どこに届ければいいか分かりますか?」
「わざわざこんな辺鄙な村まで……今、村長の家に案内しますね」
年老いた村人に案内されて村の中へ入っていく高沢を見送る。この任務の分担は、高沢が支援物資を渡し、俺たちがこの運搬任務のために貸し出された馬車が盗まれないように防衛にあたる。かなりいい性能を持っているので盗難にあってもおかしくないからだ。
「……なあ、おかしくないか?」
「なにが?」
「あの議長が真っ当に支援活動なんて、頭でも打ったんじゃないか?」
高沢が村の中の民家の1つに入ってからしばらくして、俺はふと気づいた疑問をニオンと燃香にぶつけた。
「いくらなんでも考えすぎでは? 議長とてこの国を預かる政治家。私たちの元に暗殺者を送り込んできたとはいえ、その行動全てが必ずしも悪だくみとは限りませんよ……まあ、怪しいのは同感ですが」
「もしなにかあるとしたら、あの支援物資になにか仕込んであるのかな?」
「確かに。どう考えても怪しいが、議長はバカじゃない。もし仮にあの支援物資が危険物だったとしても一介の冒険者じゃ気づけないほど巧妙に隠さないとな。なにせ運搬させるのが勇者の高沢なんだ。しかもその運搬に俺たちにも手伝わせてる。余程バレない自信がなきゃこんな大胆な行動はできないだろ」
「まあ、その通りですが、怪しいことに変わりありませんね。とりあえず調べてはみましたが、不審な点は見つかりませんでした」
「……いつのまに調べたんだ?」
「道中では馬車のどこにどんな支援物資があるか分からなかったので、今さっき調べました」
「今? どうやったの?」
「《分身》のスキルで作った私の分身が気配を消して支援物資に近づいて調べました。その結果特に怪しいところは見つかりませんでした」
「ぶ、分身か。……となると俺の考えすぎか」
一体いつのまに使えるようになったんだ……? 確か、人間化状態だといろいろと能力に制限がつくはず。蘇った時にその制限がなくなったのか、成長したからなのかは分からないが……まあ、便利なのはいいことだ。
「いえ、結理の考えは正しいと思います。支援物資の中には加工すれば武具になるような魔物の素材や、かなり貴重な薬品もありました。一寒村にこんな支援をするのは変ですからね」
「やっぱ、なんか怪しいよね? なんで来に運搬させたんだろ?」
「そりゃ、勇者だからじゃないか? 強いから途中で奪われる可能性もないし、有名だから評議会から支給されたって文言にも信憑性が出てくる……とか?」
「だからといってこの非常時に、戦力として貴重なライを支援物資の運搬なんてさせますかね?」
「う……」
「だから怪しいんだよねー。まあ、深く考えても意味ないような気がするけど……」
会話は、高沢が支援物資を届け、民家を出て馬車に戻ってきたことで中断された。別に彼女の前だと話しづらい内容というわけではなかったが、物資を届けたことでお礼を言われたからか嬉しそうにしている高沢を前に下世話な会話を続ける気にはなれなかった。
俺たちはこの後、馬車に乗って5ヶ所ほど村や小規模な町を回って支援物資を届けた。その度に人々に感謝されたからか、高沢はさらに嬉しそうになっていっており、そのせいか、俺は2人と話していた話題を高沢に話せなかった。
中立国ポップの南側にはロール廃城と呼ばれる既に滅んだ古代の王国の城が建っている。その城は広大な敷地を持ち、頑丈な石造りの城壁に囲まれていて、いかにも難攻不落の要塞という雰囲気がある。
しかし、それらは経年劣化のせいか、ところどころ崩れていたり、当初は白亜の美しかったであろう壁はくすんでおり見る影もないが、国がまだ存在し、城が建造された当初はさぞ立派な外観だっただろうことは想像に難くない。
しかし、今は魔物が蔓延り、その魔力にあてられて半ばダンジョンと化し、近づく者は冒険者か物好きな学者くらいしかいない。その、人が近寄らないことを利用したのだろう。今、廃城には住む場所にも街中を歩くにも困る大量の浮浪者で溢れ返っていた。その数およそ200人。
「お嬢、御加減はいかがでしょうか?」
「問題ないわ。私はこれから竜人族を背負って立つ竜人になるの。これくらいで体調を崩したりなんてできないわ。……それにしてもこの前よりも増えてない?」
お嬢と呼ばれた竜人族の少女は布団から起き上がると竜人の男性の問いに無理して作った笑顔で答える。彼女は父である竜人の死から今日に至るまで、竜人族の集団の先頭に立って指揮を執り、隠れ家を探し、道中現れる魔物を撃退していた。
その激務のせいか、彼女は体調を崩していた。ここ最近、結構な頻度で魔力を限界以上に使いすぎたのが原因で体中が悲鳴をあげている。作った笑顔も、相手がどれだけ鈍感であっても無理をしていることが分かってしまうほどだ。
「……お嬢は同胞がこの東大陸だけでなく、別の大陸にも逃げたことを知っていますよね?」
「ええ。数百人単位で行動すれば目立つから、共和国の尖兵まみれの北大陸を除く3つの大陸に、それぞれおよそ200人が離散して逃げた、ってことは知ってるけど?」
「そのうちの西大陸、南大陸に逃げた同胞たちはほとんどが尖兵によって殺され、その追跡から生き残った残り僅かな同胞がこの大陸に集っているのです」
「……チェックメイトシリーズの誰が私たちを追っているか分かる?」
少女は、家族と言ってもいいほどに強い繋がりを持つ仲間たちを殺された、その事実に無力感と怒りで拳を強く握りしめる。しかし、決して感情を荒げることなく、努めて冷静に竜人の男性に敵の名を問う。
「ここに辿り着いた同胞たちが持っていた情報によれば、チェックメイトシリーズ4人全員が本土に残っています。私たちを追っているのは彼らのような規格外の存在でないことは確かでしょう」
「………………探しましょう」
「は?」
少女は男性の返答に深く沈黙すると、思い出したかのように一言だけ呟いた。その言葉の意味を理解できずに男性は聞き返す。
「竜鬼を、私たちの救世主を」
「しかし、いつどこで攻撃を受けるか分からないこの状況で迂闊にいるかどうかも分からない伝承の存在を探すのは……」
「もう私たちに道はないの! ここでゆっくりと同胞たちが死んでいく様を指を咥えて見ているか! それとも死の覚悟を決めて、どこにいるとも知れない竜鬼を探すか! この2つに1つしかないのよ!」
「お嬢……」
無茶であることは少女も承知の上だった。百発百中の予言を行う先祖の竜人が示した救世主の存在、竜鬼。確かに竜鬼はいるのだろう。だが、それが今だとは限らない。既に過去の存在なのかもしれないし、もっとずっとあとかもしれない。
しかし、既に竜人族は絶滅の危機に瀕している。本当に竜鬼が救世主であるというのなら、今、この時代に現れていなければならない。きっとこの竜鬼の捜索はそんな一縷の望みにかけての無謀な挑戦になる。
「ごめんなさい、いつもあなたには迷惑をかけてばかりだわ」
「そんなことは……!
「明日の正午に出発するわ。人員は私を含めて10人。残りの9人を見繕っておいて」
「承知しました。お嬢」
「なに?」
「必ず、見つけましょうね」
「もちろんよ」
少女は今度こそ、作ったものでない本物の笑顔を浮かべた。
ルーク「チェックメイトシリーズが4人? キング、クイーン、ビショップ、ナイト、ルーク。……おかしいですね、私が入っていませんが?」
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