第76話 勇者と冒険者
仮評議会の広間での議長の陣頭指揮が終わると、俺たち集結する者たちのパーティメンバーはギルド職員に案内されて第3会議室を訪れていた。
そこには青葉さんと高沢、アイアスとシルドの4人に加えて数人の男女が既に集まっており、1つの大きなテーブルを囲むように配置された椅子に座っていた。俺たちが会議室に入った途端に彼らの視線が一気に集まった。ここに来る前にギルド職員から聞いた話では、今この会議室にいる冒険者はこの国のS、SSランク冒険者らしい。
赤髪の粗暴そうな雰囲気の青年はガンを飛ばし、筋骨隆々で渋い雰囲気の男性は俺たちを一瞥するとすぐに元の場所へ視線を戻す。冒険者というより学者の方がしっくりくる青髪の少女は品定めのためか、俺たちを全身を舐めまわすように観察し、金髪の活発そうな少女は片手を軽く上げて微笑んで挨拶する。
この場にいる人は議長を除いて、皆、高位冒険者なので只者ではないが、その中の1人は明らかに実力が頭一つ抜けている。そんな緑色の髪の、それまで柔和な笑みを浮かべていた少年は俺を見るや否やいきなり不愉快なモノでも見たかのように顔を歪め、舌打ちした。……俺って、見ず知らずの人に嫌われる特殊技能でも持ってるのだろうか?
「ど、どうも……」
「ユウリ、なんか様子がおかしい。体調でも悪い?」
「いや、いつも通りなんだが……その……いや、なんでもない」
部屋に入った途端に、その空間の中にいるほとんどの人に負の感情マシマシな視線を一度に向けられたら、普通怯むと思う。
「全員揃ったようだな。それではミーティングを始める。連絡事項はマサキ・クキの処遇と、今この国が受けている侵略の詳細だ」
「議長、1つ聞いてもいいですか?」
「なにを聞くかにもよるが、一応聞くだけ聞こう」
「そこの少年をさっきいきなり3人目の勇者って紹介してましたけど、彼は何者なんですか? 敵ですか? それとも味方ですか?」
「敵であったのならこの場で処分するまでだ」
「「「!」」」
緑髪の少年はさっき俺に舌打ちしたことなんて始めからなかったかのように穏やかな笑みを浮かべつつ、議長に問いかける。その問いに彼はさも当然だと言いたげな態度で返した。
俺たちは、その味方にとは、まだ敵対すらしていない相手に対してとは思えない遣り取りに息を呑んだ。
国家の敵として理不尽に討伐される光景が脳裏を過ぎったのは3人だけではなかったようで、高沢と青葉さん、アイアスとシルドといった俺たちと親交のある面々は俺たちのことを心配してくれているのか、緊張しているように見える。
「僕としては勇者なんて全員即打ち首にしてほしいくらいですけど、この非常事態にそんなことは言ってられませんし。しかも、よりによってこの国の勇者までもが向こう側に裏切るなんてツイてませんよねー」
緑髪の少年は議長の発言に続けて勇者の裏切りに言及する。ツイてないとは言いつつも、その口元は釣り上がっており、ギリこらえてはいるとはいえ笑っているのは明白だった。
こいつ、もしかしなくても勇者が裏切ったという口実や大義名分ができたから、「自分の手で殺せるぜ、ヤッター☆」とか考えてないか? もしそうだとしたら私怨に塗れてんな……。
「おっと、キリヤだけ訳知り顔ってズルくない? 私たちにも今なにが起こってるのか教えてよ」
「……まあ、いいですよ。今、世界中のありとあらゆる国、その多くの地域は、ある特殊な力を持つ人で構成された集団の侵攻によって甚大な被害を受けてましてね。もちろん、この国も例外じゃありません。そして時を同じくして各国の勇者が召喚した国を無断で離れるという事態が……ここまで言えば今なにが起こっているか、分かりますよね?」
「……勇者たちの反逆か」
「正解です。ま、ここまで言えば誰でも分かることですけど。そうですよ、世界中の勇者たちが一斉にこの世界の、なんの罪のない一般市民に刃を向けたんです! これまでは味方で、この世界の人を守ってきたとはいえ敵として現れたなら、これはもう殲滅もやむを得ない! ……そんな状況ですね」
「(こんなノリノリで解説するほど勇者が敵になるのが嬉しいのか、コイツ。やっぱり私怨だろ)」
「それを決めるのはキリヤ、お前ではない。議長だ」
「あー、あー、ゴッゾさんって本当にお利口さんですよねー」
「……フン」
「え? ということはクキっち、もしかしてその集団の仲間になっちゃったってこと?」
「その可能性は高いですね。もし出会って戦闘になったら、その時は躊躇しないでくださいね。向こうは最初から僕らのことなんて考えてませんから」
「ま、向こうから襲ってくるなら仕方ないか。実を言うとさー、私、勇者と1回ガチで戦ってみたかったんだよねー。こんなチャンス人生で2度もないだろうし、楽しみだなぁ……」
金髪の少女は久喜正輝の身の安全をあっさり諦めると、急に殺し合いをしたいという戦闘狂じみた欲望を明るい語り口で吐露する。回りの冒険者たちが彼女の反応にこれといった違和感を覚えていないところを見るに、元からこういう人なのだろう。
しかし、金髪の少女のそのドライな対応に納得できていない人もいる。青葉さんと高沢だ。青葉さんは諦めたように俯き、高沢は金髪の少女の冷酷さに眉を顰める。
反対派はたった2人だけ。議論の趨勢を変えられるほどの勢力ではない。しかも、常識人枠のアイアスでさえ久喜正輝殺害もやむなしという冒険者たちの結論に異議を唱えない。端から高沢の主張に耳を傾けてくれる味方はいないのだ。
俺はといえば、敵になってしまったとはいえ、顔見知りを殺すという判断には賛同していない。つまりは反対派だが、新参の俺にこの議論への参加権は与えられていないだろう。それに仮に参加しても事態は好転しない。もしかしたら勇者否定派の逆鱗に触れてこの事態が悪化する可能性すらある。
それに俺は久喜正輝の命を積極的に守りたいわけでも、高沢のような善性の塊というわけでもない。同郷の人間でも敵になったのならあっさり切り捨てる、そんな風にあっさり他人の生き死にに結論を出せてしまう自分に少し幻滅する。
「おい、キリヤ、テメェなにを考えてる? 前から気に食わないと思ってたが、いくらなんでも勇者に過剰反応し過ぎだろ。それともなにか? 勇者に恨みでもあんのか?」
「……ジャドルさん、僕は人々の平穏のために、こうして今起こってる異常事態の根本の原因である勇者がいかに危険かを説いているんです。彼らへの私怨なんてありませんよ。あんな害虫汚物外道色魔どもを冒険者の頂点たるSSランクのこの僕が相手にするわけないじゃあないですか」
……うん、私怨塗れだった。語り口そのものは明るく穏やかではあったが、呪詛として形を持ちそうなレベルの言葉が紛れ込んでいた。さすがにアイアスと同じランクの冒険者の彼らであっても盛大に頬を引き攣らせている。なんだかかなり根深い過去があるようだ。
「……ねー、シャウー。クキっちって結局どうなるの?」
「さあ? 議長次第ではないかしら。それに勇者であっても、仮に同じ高ランク冒険者であったとしても敵になったというなら切り捨てるまで。……まあ、別の世界から来たという人間の検体を手に入れる機会を合法的に得られるのはいいことだけど」
「あー! シャウがものすごく不謹慎なこと言ってるー!」
「ラトラ、あなたの言ってることも大概だと思うけど?」
「それもそうだね! わっはっは!」
金髪の少女改めラトラは青髪の学者みたいな格好の少女、つまりシャウの、不謹慎というより不道徳な発言を茶化し、彼女に反論されると機嫌を損ねるどころかむしろ嬉しそうに大笑いする。
その2人を見てアイアスは、これ以上話が脱線しないように話の流れを修正しようと議長に話題をふる。
「……ところで、裏切った勇者の処遇とこの国が受けている侵略の詳細、この2つが今のミーティングで説明されることのはずですが……」
「マサキ・クキは見つけ次第処刑。それは他国の勇者であっても同様だ」
「っ!」
「しょ、処刑!? 議長! いくらなんでもそれは……!」
「敵になってしまったというのなら、切り捨てることもやむを得ない。仕方のないことだ。それに生捕にしようとして悪戯に冒険者や民間人の犠牲を出すのは誰も望まない。……そうは思わないかね?」
「う……」
青葉さんは沈痛な面持ちで息を呑む。議長の決定に高沢はすかさず反論するが、多くの人が傷つくかもしれない、その可能性を指摘されて黙り込む彼女を他所に議長はミーティングを続行する。
「侵略者は勇者の軍勢。今現在この国に潜伏しているその数はおよそ100人。それが世界中のありとあらゆる国にも同じ人数が潜伏している。しかし、その場所は不明だ。この情報は複数の国家との情報交換で得た事実。まず間違いない」
「議長、この大陸にそれほどの数の勇者がいるとは、私は聞いたことがありません。デラリーム連邦の7つの州にそれぞれ10人、神聖国レインボーに5人、天空国マジェスはゼロ、そして中立国ポップは3人。仮に全員が集まったとしても78人。どう考えても100人を下回りますが? それは本当に確かな情報なのですか?」
「(ん? ということはデラリーム連邦には勇者が70人もいるのか!? 差がありすぎだろ……)」
「確かだ。現に複数の国からその情報を得ている。当初は別の大陸から勇者を招いているのだと考えていたが、全ての大陸で同じことが起こってることが判明した。戦力を水増ししているのか、勇者の持つ特性の効果によるものなのかは未だ不明だが」
「……なるほど。大方、戦力増強のために新しく勇者をその勇者集団自身の手で異世界から召喚したんでしょうね。全くもって小賢しい。……けど妙ですね、戦力増強を思いつくかどうかは置いておくとしても勇者召喚の儀式の方法を彼らが知っているとは考えにくい。僕には誰かその手の召喚に詳しい人物が協力しているとしか思えませんが……」
アイアスの話題の切り替えにより、やっとミーティングっぽくなってきたと安堵するのも束の間、議長の話す勇者およそ100人がこの国のどこかに潜伏しているという新事実に場の全員に衝撃が走る。
俺は勇者1人でSランク冒険者と大体同じくらいの戦力になると、街中かどこかで聞いたことを思い出していた。そしてそのSランク冒険者は1人で軍隊に匹敵するほどの存在。それが100人、軍勢でもってこの国に攻めてきている。……勝ち目ってあるのだろうか?
しかし、シャウは議長の言葉を素直には受け取らなかったようで、人数の推測に異論を挟む。もっとも議長も反論があることが分かっていたようで、シャウにスラスラと言葉を返す。
数こそ正確らしいが、どこからそれだけの人数を集めたのかは分からないらしい。俺が勇者の人数の齟齬を不気味に思っていると、議長の補足にキリヤは納得したように勇者の人数の謎の種明かしをする。
「(……勇者の軍勢側に勇者召喚に詳しい協力者がいる、か……誰なんだろうな……)」
「……これであと113人。けれどもう手がかりはない。この前の竜はそこそこだった。多分あれ以上の強者はもう竜人族にはいない。でも、予想以上にしぶとかった。もしかしたら半分はコープスになってたのかも」
私は、竜と人の特徴を持つ屍が無数に折り重なる森の中でただ1人立っていた。
夜風が肌を撫でる。……少し寒い。もうそろそろ本格的に寒くなり始める時期だ。
私が老人から受けた任務は中立国ポップの偵察と深化心臓の奪還。本来はそれだけのはずだったのだが、中立国ポップに入国してからすぐ、持ってきた通信用の魔術機械に連絡があった。それが老人から任務追加の命令だった。
内容はこの東大陸に逃げ込んだ竜人族の討伐。竜人族討伐はビショップが受け持っていた任務のはずだが、どうやらしくじったようだ。
仕事しろ、ビショップ。
他の大陸にもそれぞれ200人ほどが逃げたようだが、既に大半が討伐されており、この大陸に逃げ込んだ竜人のおよそ半数は私が仕留めた。しかし、受けた連絡によれば他の大陸の撃ち漏らしがこの大陸に集っているとの情報があった。
「竜人族、なぜ彼らはこの期に及んで1ヶ所に集まる? ……なにがしたいのか私にはよく分からない。けどなにかを企んでいることは確か。早く殲滅しなければ……」
私は月明かりのない曇りの夜空を視界の端に映しながら自分の身長の1.5倍はある獲物を軽々と担いで森の外へ、街へ向かって歩き出した。実際、軽いのだが、ナイトは引いていた。理由は分からない。




