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竜の如き異様  作者: 葉月
1章 目覚める者たち
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第8話 シルドのテンプレ


「これが馬車か……」


「ユウリは乗ったことがないのか?」


「いや、イメージしてた乗り心地とは若干違ってたから、感心してただけだ。普通はこんなじゃないだろ?(多分)」


 図星だ。轢かれたことはあるが、乗ったことはない。『初心者の洞窟』に行くのも我が家を使った。

 あのダンジョンに行く前、そのワープの条件を調べてみたが、全く知らない場所には行けないことが分かった。ただ、地図でその場所を把握してさえいれば問題ないことも分かったので、今のところ最強の移動手段だ。しかし、八百屋の夫婦と知り合うきっかけになった、『この世界に慣れることができる場所』のように転移する場所、ではなくそこで起こる出来事で転移地点を指定するような遣り方での転移がそれ以降全く使用できなくなった。もしかしたら回数制限でもあったのかもしれない。謎が深まる我が家、どういう仕組みになっているんだろうか?


 現在、俺とアイアス、シルドの3人は馬車に揺られながらアイアスの自宅を目指していた。彼の好意で俺は稽古をつけてもらうことになり、しかも彼が用意した馬車に乗っての移動だ。

 馬車はイメージよりも結構な速度が出ており、景色がみるみる内に流れていく。多分、ワーム戦前の俺の全力疾走と同じくらいの速度だ。


 目的地であるアイアスの家は、普段俺が拠点にしている街からそこそこ距離のある場所にある。もっとも、その街もこの中立国ポップの中では辺境の一都市程度のものでしかない。

 今向かっている場所は、そこからさらに離れた郊外だ。そこにアイアスの自宅(多分屋敷)があるとのことだった。


「その通り。乗り心地の良いものを選んだからね。そこら辺を疎かにすると家に着く頃には酔ってしまってとてもではないが稽古をつけられない。私やシルドはともかく、君は乗ったことがないだろう? しかも最初に乗るのが長距離なら、慣らすことよりも体験することの方が先だと思ってね」


「アイアスはお金持ち。私にも分けて」


「君と私の報酬の取り分は半分ずつだと決めただろう。第一、シルドが散財するからいけない。必要のない物を買うからその日の宿にも困るんだ」


「アイアス、ケチ」


 シルドは頬を膨らませ、その対応が不満だと全力でアピールする。それにしても馬車1つでそこまで気を使ってくれるなんて……! アイアスは紳士だな!


「それ、ケチとは言わんだろう……。例えばなにに使うんだ?」


「見るからに怪しい古文書や、なんの意味があるのか分からない器具、欠陥だらけの魔術理論の本などなどだよ。しかもシルドが大金を持ってることを知ってて吊り上げる輩が多くてね。彼女からは目を離せない」


「問題ない。相場より高い値段を提示してきた奴らは、今日出かける前に全員纏めてシメた」


 問題ない、のか……?


「これでもシルドは高位の冒険者なんだけど、私生活がてんでダメでね。将来が心配でならない」


「アイアスのチクリ魔。なら私もアイアスの秘密を公開する。モテてる癖に誰とも付き合わない。好きな人がいるとかなんとか。私たちはそれなりに付き合いが長い。でもそんな人物、見たことも聞いたこともない」


「そうかな? 私だって好きな女性くらい1人はいるが……」


 てんでダメ、とか、心配、とか言ってるわりにはアイアスの表情はにこやかだ。それにシルドのことを話す彼は他の話題を話す時よりも生き生きしている。

 うん? これってつまり……。


「あっ」


「なにか、気づいた? 教えて、ぜひ詳しく」


「い、いやーっ。ハハハ……」


 アイアスが好きな女性は、つまりはそういうことだろう。シルド、鈍感だな。くっつくのにどれくらいの時間がかかるのか。外野がとやかく言うのは野暮だから見守るか、匂わせるくらいのことしかできないな。


「ユウリもアイアスの味方? おのれアイアス」


「結構長い付き合いって言ってたよな? 何才くらいからなんだ?」


「一応言っておくけど、アイアスと私は同じ年齢。私は幼くない」


「嘘ぉ!? どう考えても12、3才くらいだろ!」


 てっきりアイアスが冒険者になったから追いかける形で冒険者になったませた近所の子供なのかと思っていたが、まさか同じ年齢だとは……。


「そんなわけない! 私は20才! そんなお酒の飲めないひよっこじゃない」


「まあ、最初はそういう反応になるね。私は彼女の幼馴染だから大して違和感はないんだ。当時は成長が止まったなー、とは思ったこともあったけどね」


「ゆ、許さない。アイアス滅ぶべし」


 シルドはアイアスの胸をポカポカと叩き始める。彼はどう反応すればいいか困っているようだが、少し嬉しそうだ。

 2人の関係は、あまりにも距離が近すぎて、世間の一般的な距離とのギャップに気づけていない幼馴染、といったところか。

 それにしても年齢的には、美少女というより美女だったか。だが、いろいろな意味で美女とはいいにくい。


「まあまあ、それよりシルド。きっとアイアスが好きな人は思ってるより身近にいるぞ」


「ありがとう、ユウリ。参考になった」


「なっ!? ユウリ!?」


「大丈夫だ。アイアス。これで気づくならとっくの昔に気づいてる。そう思わないか? それにずっとこのままってわけにはいかないだろ?」


「……そうだな。今までもそうだった。だからといってこれからも、ということにはできないし、今の関係に甘えてるわけにはいかない。ありがとう、ユウリ。頑張ってみるよ」


 思わぬ伏兵に驚くアイアスだが、俺たちは小声での会話を開始する。普段の音量で話してもシルドなら気づかないだろうが、念のため、用心するに越したことはない。


「2人で密談? 仲がいい」


 鈍感で難聴というか、それ、わざとやってないか?






「家、と言うか屋敷だな」


「うん、豪邸。久しぶりに来た」


 シルドが言うような「豪邸」というわけではないが、1人で住むのには大きい家だ。俺も人のことはいえないが。

 しかし家のサイズに対しての敷地面積がヤバかったし、辺り一面が野原で、どこかの自然公園かと思ってしまった。

 その広さは、ここに建物を建てたら1つ街ができそうなくらいだ。


「なんか、庭がめっちゃ荒れてないか?」


「ああ、それはシルドが魔術を使った跡だ。ここならいくら魔術を使ったりしても騒音以外で回りに迷惑はかからないからね。では始めようか。ユウリ、準備はいいかな?」


「あ、ああ」


 俺は身構える。キマイラ(調べたところAランクの魔物)を容易に倒すであろうその力が俺に向かって放たれるのだ。一部が古戦場みたいになっている庭などもう目に入らない。のだが、


「と、その前に君はどんな『適性』を持っているのかな?」


「確か、俺は火がB、水がE+、土がDだ。でもなんでそんなことを聞いたんだ?」


「適性があるなら使うべき。もったいない。1つの属性がBランクもあれば一線級。まずは火炎(ファイア)から教える。ハイ、唱えて」


「なにを?」


 アイアスの問いに答え、それに対しての俺の率直な疑問を今度はシルドが答える。

 にしても急過ぎるぞ。俺はこの前、魔術を見たばかり。理論の「り」の字も分からないのだ。


火炎(ファイア)って唱えて」


「あれ? そういうのって詠唱とか必要なんじゃないか?」


「ユウリくらいの適性があれば、低級の魔術なら身振り手振りで済む。高ランクの魔術だと詠唱が必要になるけど。さあ、レッツ火炎(ファイア)


「…… 火炎(ファイア)


 当然だと思うが、出ない。その結果にアイアスは考え込み、シルドは思いっ切り、しかもむしろ清々しいレベルで落胆する。


「おかしい。私の勘だとアイアスが怒るくらいの炎が出て、私たちが叱られるというオチに繋がるはず。なぜだろう?」


「いや、やっぱり詠唱が必要なんじゃないか?」


 って、成功してなくて良かったじゃないか。どんな勘だよ。


「うーむ、シルドの言う通り、意識さえすればユウリの適性なら詠唱なしでも発動できるはず。そもそも魔術というものは、その属性の適性ランクが高いほど手足のように扱えるようになる。適性は生まれた時から持っている、ある種の才能だから意識すれば自然と使えるようになるものなんだが……」


 適性が低かったから初心者の洞窟で火炎(ファイア)を使った奴は詠唱を唱えてたのか……。

 しかし、今の説明でなぜ俺が魔術を使えなかったか分かった。


「あー、そういうことか。実は俺、最近になって適性に目覚めたんだわ」


「後天的にってこと?」


「ああ、ところでこれってどれくらい珍しいんだ?」


「少なくとも私は聞いたことがない。シルドはどうだ?」


「知らない。私はランク自体は鍛錬でCからA+まで上げた。けれど、適性自体を新たに得たなんて聞いたことない。そんなものあったら魔術師が暴動を起こす」


「なんでだ? いいことじゃないのか?」


 魔術師の数が増えれば冒険者になる魔術師が増えたり、新しい魔術が開発されて世間がよくなるのではないのか?


「彼らにとっては良くないこと。そもそも適性を持っている人の絶対数が少ない。だからこそ強力な魔術を使える人には優位性がある。それに一部の高名な魔術師は自分の弟子の中の1人にだけ奥義を授ける。つまり数が増えればライバルが増えて、今まで一流だったのが、二流になってしまうかもしれないと彼らは考える。だから適性を与えたり、発現させるような魔術は存在しないし、新たに作られもしない。魔法にならあるかもしれないけど魔法使いは実態を掴めない存在」


 世知辛い。


 そう思う一方で確かに、と思ってしまった。弟子や今まで気にも留めていなかった人が、自分を軽く上回る存在になってしまったらプライドが傷つく。というのは分からないでもない。

 弟子が師匠を乗り越えていく、それを師匠冥利につきるとは素直に考えられないものなのだろう。


「じゃあ、俺って魔術使えないってことにならないか?」


「諦めるのはまだ早い。あとその匂いの正体を確かめる」


「それまだ覚えてたか……」






 その日の稽古、というかシルドの魔術講義で分かったことがあるとしたら、俺は魔術を使えないということだ。シルドからは終始「もったいない」と言われる始末。

 あとは仮に適性がなかった場合、ステータスの『適性』の欄には「無し」と表示され、『適性』自体が非表示になっていることはない。ということだ。加えて適性はそのままその属性に対しての耐性にもなるらしい。

 俺の場合は最初はなにも表示されていないが、死にかけるとそれに対応した適性を得る。ということだろう。それが俺独自のものなのか、転移、転生した者のもつ性質なのかそれは分からない。


 その後、魔術が使えないにしても魔力を使うことはできる、とシルドの魔力講義が始まった。

 魔力とは、この世界の命の源であり、全ての事象の決定権を持つ。だからこそ魔術は力そのものであると言われている。だが魔法はその上をいき、不可能を可能にする奇跡と称されるとシルドは言っていた。

 なにを持って魔術師というのか、魔法使いというのかの判別はその道のプロでも難しいそうだ。ただ、魔法使いには相手がそうであるか否かが分かる。というのは常識らしい。


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