第75話 3人目の勇者?
「よくぞ集まってくれた、勇敢なる冒険者諸君」
評議会炎上から数時間後、騎士たちの手によって火は消し止められた。日は沈み、夜が更けた頃までかかりはしたが、周囲の建物に火が移らなかったことが幸いし、全焼こそしたが被害を受けたのは評議会だけで済んだ。
今は焼け落ちた評議会に代わり、別の広い建物にその機能の大半が移されてそこが国家運営を担っている。そこには急造だが、評議会にあった物と同じ物品が一通り揃えられており、他にも国家運営に必要と思われる物品が雑多に置かれていた。門外漢の俺にはイマイチ分からないが、多分事務とかに使われるのだろう。さらには通信手段として使用されると思しき魔術機械も無数に設置されていた。
そんな仮評議会の屋内では現在、国内でなんらかの緊急事態が起こっているのか、それに対応するための陣頭指揮が行われている。壇上に立ってスピーチをしているのは評議会議長だ。どうやら生きていたらしい。
当時、評議会にいた人は全員亡くなったらしいから、偶然いなかったのだろう。相当な強運というべきか、あるいはこの炎上騒ぎに犯人がいるのなら彼がいない時を狙った犯行なのか、議長を狙ったが失敗したのか、それは分からない。
この場にはアイアスたちS、SSランク冒険者とAランク冒険者とそのパーティメンバー数十人。高沢と青葉さん、2人の所属するパーティのメンバー、そこに俺たち集結する者たちを含めてのおよそ100人が今起こっているらしい詳細不明の緊急事態の打開のために集められた。ランクからしてかなりの実力を持つ者のみが集められている。
なにやら、その情報が知られれば民衆が大きな混乱に陥るような重大な発表がこれから行われるらしく、辺りは体感したことがないと思えるほどの緊張に包まれていた。
高沢と青葉さんはいるが、この場に久喜正輝は見当たらなかった。理由は分からないが、彼はこの場にはいないのかもしれないと思った時、酷く嫌な予感を覚えた。しかし、その理由を深く考える前に議長のスピーチが始まった。
「今、この国は未曾有の危機に直面している。言うまでもないことだが他国の侵略を受けているのだ。口惜しいことにそれがどこの国からなのかは分からない」
集められた冒険者の中からどよめきが起こる。無理もない。評議会炎上だけでも大事なのに、そこに他国からの侵略という一大事、そんな中、仮評議会に、騎士でないという意味では一般人である自分たち高位冒険者が集められたのだ。これから戦争になるかもしれない、そしてそこに自分たちが送り込まれることになるのでは? と不安に思うのはごく自然なことだ。
中には自分が死ぬかもしれないという不安を覚えない人もいるかもしれないが、そういう人は少数派だろう。それに侵略してきている敵が正体不明ということもあってか、不安を煽っているようにしか聞こえない。
「だが恐れることはない。私たちには3人の勇者がいる。彼らがいる限り、この国が安寧を損なうことなど絶対にないのだ!」
「(結構、思い切ったことを言ってるな。数の暴力で負ける可能性も大いにあるってのに)」
「(こういう時は下手に真実を告げるよりも、嘘をついてでも士気を高める方が有効でしょう。それより、この場にいる人々の中にライ以外の勇者はいるのですか?)」
「(確かに……私も来がいるのは分かるけど、勇者ってこの場に3人もいるの?)」
「(最前列に高沢と青葉立花って眼鏡をかけてる男性の勇者はいるが、久喜正輝って金髪の勇者はいない。この国の勇者は3人、1人いないなら2人のはずなんだが……。こっそり新しく召喚でもしたのか?)」
高沢とは既に何度か出会っているからともかく、2人は青葉さんと久喜正輝を知らない。よって彼らが見つけられないのは当然と言える。
俺たちが回りの人に聞こえないような音量でこっそり雑談している間に、それぞれの勇者の紹介がなされていき、1人ずつ壇上に上がっていった。1人目に青葉さん、2人目に高沢だ。順当に行けば次は久喜正輝なのだが……。
「では3人目の勇者を紹介しよう。3人目はユウリ・ハザクラ、Aランクの冒険者パーティの集結する者たちのリーダーにして《召喚》の使い手だ!」
「「「は!?」」」
テレビ番組の司会がゲストを紹介するかのようなノリで行われている議長のスピーチで、3人目に呼ばれたのは予想だにしない人物の名前だった。俺はてっきり、「この場にはいないが、3人目の勇者は久喜正輝だ!」とかなんとか言うのだとばかり思っていたが、なにを考えたのか議長は俺の名前を呼んだ。
それまでは壇上に注目が集まっていたのに、名前が呼ばれると同時に一斉に集まった回りの視線に居心地の悪さを覚えてその抗議の意思を込めて議長を見ると彼は俺の方を指差していた。やけにすぐ視線が集まったと思えばお前の仕業か。
その大半はあまり好意的なものを感じない。そりゃそうか。今まで愛想らしい愛想なんて振りまいてなかったもんな。燃香は愛想よく振る舞っていたし、人付き合いもかなり上手にこなしていた。ニオンもそれなりにうまく人と接してきていたようだが、性別云々がコンプレックスであるせいか、男性とは距離を置いている。しかもここ最近は特にそれが顕著になっている。理由は…………今はそれよりもこの変な状況だな。
「さあ、速く、パーティメンバーの方たちも壇上へ」
評議会炎上のせいで人手不足なのか、俺たちを壇上から呼ぶのは評議会の職員ではなくギルド職員だ。しかも彼は俺だけでなく、当然のことのようにニオンと燃香も呼ぶ。
「(く、来るんじゃなかった……)」
こうなることが事前に分かっていたらこの場には来たくなかった。しかし、俺たちを含めこの場の冒険者たちはなにも自主的に集まったわけではない。皆、評議会議長に半ば強制的に集められたのだ。
そんな経緯もあって機嫌が悪そうな冒険者たちの、胡乱げな眼差しにいつまでも晒され続けるのは嫌だし、この場から今すぐ立ち去りたいが、俺を勇者に担ぎ上げようとしているのは国家権力を意のままに操る人物。一個人がどうにかできるような相手ではないのだ。
とりあえずこの場はおとなしく議長に従っておこうと決めて、流されるままに壇上に立つ。そこから見えるのはこの国の武力の頂点に立つ冒険者たち。老若男女、主義主張も違えば冒険者として使う武器も違う。しかし、彼らが俺たちにというより俺に向ける眼差しは一様。主に悪い意味で。
「これまで公表されていませんでしたが、ユウリ・ハザクラ、彼はこの国の勇者であり————」
「そいつが勇者だって!? 勇者の存在は国民に提示する義務があるだろ! それを怠っていたって言うのか!?」
「それに3人目はマサキ・クキという少年だと聞いたことがあるぞ! でっち上げだ! 本人を呼んでこい!」
「権力の横暴だ、ふざけるな!」
「そうだ! そうだ!」
「つーか、そのナントカって誰だよ! 髪と目の色が黒いからって聞いたこともないどこぞの富豪のガキを勇者に据えるとか、いくら貰ったんだ? 答えろよ!」
勇者にまつわる制度云々にも驚いたが、こんなすぐにバレるとは……。
そもそも、一番最近この国に転移してきた勇者は高沢で半年前。2、3ヶ月前はそうでもなかったようだが、今はかなりの有名人だ。なら、それよりも前に転移した久喜正輝は同等かそれ以上に有名なのは必然。それをこの国を預かる議長ともあろうものが分かっていないはずはない。
それに加えて、元々微妙な俺の評判をさらに下げるとか嫌がらせかなにかか? という意味も込めてとりあえず評議会議長を黙ってジト目で見つめる。
「静まれ! マサキ・クキはもはや勇者ではない! 奴は裏切り者! よって今日からこのユウリ・ハザクラがこの中立国ポップを守護する勇者の3人目となったのだ!」
「(えっ!? 裏切った? なにを? 誰が?)」
その功績や勇者としての活動をほとんど知らず、一度しか会ったことのない俺ですらそこそこ動揺しているのだ。前々からその存在を、彼の正しく勇者のような活躍を知っている人々からすればその動揺は計り知れない。現に壇上から見える高位冒険者たちの大半はざわめき、困惑を隠せないようで仲間内で顔を見合わせては何事か話している。高沢と青葉さんは苦虫を噛み潰したような表情をしており、2人がこの展開を望んでいないのは明白だった。
民衆が勇者と称える彼を議長が一方的に裏切り者と断ずるのは、俺を代わりの勇者に据えようとするのは一体どういう風の吹き回しなのか。
「……裏切ったとは? なんでそんなことを言えるんですか?」
「それはあとで説明する。ユウリ・ハザクラ、君はこの陣頭指揮が済み次第、第3会議室に来たまえ。そこにはギルド職員に案内させる」
「見ろよ! ビビってやがるぜ!」
勇者の裏切りという耳を疑う情報に動揺しながらも、うるさく騒ぐ冒険者たちに顰めっ面の議長に問う。俺のその様子が怯えているように見えたのか、勘違いしたのか、集められた冒険者の中の1人の男性が囃し立てる。他の冒険者たちは彼に釣られるようにして同調し、笑い始める。
「あんなヒョロい奴が勇者になれるんだったら、俺の方が相応しいに決まってる! おい、そこのユウリ・ハザクラ! 俺と勝負しろ! もしお前が勝ったら勇者だって認めてやる。ただし、負けたら勇者の地位を交代しろ、いいな!」
「いや、いいわけないだろ」
「なにがダメなんだよ! 賭けにはそこの女2人も加え————」
「却下。1人でやってろ」
「あ゛ぁ!? 怖気付いたってなら怖気付いたって、ここにいる実力すらないポンコツだってそうはっきり言えよ! 俺の名案を蔑ろにしてんじゃねぇよ!」
「他人の意見は蔑ろにするのに、自分の意見は聞き入れろってのは無理があるだろ」
「うっ、うるせぇっ!」
冒険者の男性は名案(?)を思いついたとばかりに高らかに機嫌良さげに声を上げるが、それをあっさり覆されるや否や、彼は急に人が変わったように、聞く人を不快にするような声でヒステリックに叫ぶ。
……この人、俺になにか恨みでもあるんですか?
「(……ニオン、燃香、もう帰っていいか?)」
「(それはマズいでしょう。いくら拠点があるといっても一国と相手をするのは愚策としか……。それに、拠点にこもってもユウリは元の世界に帰れるわけではありませんよね?)」
「(やっぱり無許可で帰るのは良くないと思うよ?)」
「(だよなぁ……けど、絶対許可してくれないだろうし……)」
「おい! 無視するな! って、なんだお前らは!?」
「他の皆様の迷惑になりますので、こちらへ……」
「は、離せ! 俺を誰だと思ってるんだ! 俺はかのゆうめ————」
あまりの面倒臭さに男性冒険者の応対に飽きて小声でニオンと燃香の2人と話していると、それがさらに彼の機嫌を悪くしたらしく、より一層不快な騒音を撒き散らし始めるが、その様子が暴徒扱いでも受けたのか、さっきの男性冒険者がギルド職員たちから強制退場をくらっていた。
決闘ごっこは他所でやってくれよ、全く……。
自分のことを有名とか言う奴、大体は無名説。




