第73話 友人たち
俺たちはやや遅い朝食を食べ終えて拠点から街へ出ていた。ニオンのレイピアはゼロリアルとの戦いで折れた上に紛失してしまったので、代わりになる新しいレイピアや装備などを見繕っていたのだ。その帰り、そこでばったり高沢に出会した。ランニングの最中だったのか、その額には汗が浮かんでおり、息を切らしている。
こんな朝っぱらから(ではないが)熱心にトレーニングに勤しむのは立派だな、と感心しながら見つめていたが、そのすぐあとに、身体能力が一般人の域を大きく超えて人外の域にいる勇者の高沢が疲れている姿に、ただの運動ではないことを悟った。
勇者が息急き切って走っているなんて、ただの運動であるはずがない。何事か大変なトラブルでも起こっているのではと身構えるが、当の高沢は俺を見て、その存在に気づくや否や目を見開いて駆け寄ってきた。
「葉桜君!?」
「うん?」
「こんなところにいたんだ……探したんだよ? それに……その、大丈夫? あ、でも葉桜君は1人きりじゃないよ。私やアイアスさん、シルドさんもいるし、青葉君だっている————ってあれれ?」
駆け寄って来た割には遠慮がちに、かつ、ぼやかしたような言い回しで励ましてくる。どうやら、俺は心配されているらしい。
恐らく彼女は俺が立ち直れていない状態だと思ったままなのだろう。確かに勇者会のあとのこの1週間、彼女には会っていない。だが、たったそれだけの時間会っていないからといって息を切らしてまで探すだろうか? 俺だったら余程のことがない限りは額に汗してまで探し回ったりはしない。
それに心配の仕方が過剰な気もする。高沢は俺をうつ病患者かなにかと思ってるのかもしれない。確かにうつ病は回復しかけている時が一番危ないと聞いたことがある。最も、彼女はただ俺のことを放ってはおけないだけなのかもしれないが……。
「なんで2人とも生き返ってるの!!?」
「あ……それはそうか。……まあ、そういう反応になるよな」
……そうだ、あの時は2人がいなくて本当に1人切りだった。高沢の俺への今の対応は別に過剰でもなんでもなかったのだ。2人のいた時の俺の様子を知っている彼女からすれば、たった1人になったその姿を見て、今にも死にそうな、あるいは死を選びそうな人に映ったに違いない。だから放っておけなかったのだろう。こんな簡単なことにも気づけなかったなんて、2人が帰ってきてくれたせいか、俺は平和ボケし過ぎていたようだ。
「(……ねえ、結理君)」
「(うん?)」
「(こんな風に3人揃うなんて奇跡としか言いようがないよね)」
「(そうだな……)」
若干パニックになっている高沢を尻目に、俺にこっそりと耳打ちする燃香のその言葉に、このなんでもない今がどれほど価値のあることかを実感し、頷く。
「それに葉桜君の目が生きてる! いや復活してる!」
「ユウリには目が死んでた時期があるのですか?」
「あるある! 2人がいなくなってた頃なんて実は死人なんじゃないないかって思っちゃうくらいの顔色の悪さと愛想の悪さと性格の悪さだったんだから!」
「……なんか恥ずかしいからそれ以上は言わないでくれ……」
「で、なんで2人は生きてるのかな?」
2人には絶対に聞かれたくなかった、1人切りになってネガティブだった時の俺の様子を高沢は嬉々としてひとしきりディスると、もとい語ると、一呼吸置いて彼女は聞いて当然の疑問に回帰した。
「ああ、それか。それは————。……もっと人の少ない場所で話さないか?」
「……む、それもそうだね。じゃあ、アイアスさんの家で話そうか」
会話の最中にふと視線を感じて辺りを見渡してみると、道を行き交う人々の注目が自分たちに集まっていることに気づいた。さすがにこのまま内緒話はマズいと、俺はそのことをそれとなく高沢に告げると、彼女は状況を察したのか、場所を移すことを促した。
「それってこの街にあって、徒歩で着く距離にあるんだよな?」
「そうだけど、この街以外にアイアスさんの家ってあったりするの?」
「ある。位置はここよりカントリ林の方が近かったけどな」
「へー、どんな豪邸なんだろうね……」
「いや、豪邸って言うより普通の一軒家って感じの屋敷だったぞ」
高沢がアイアスの自宅までの道を先導して歩くその最中も雑談は続く。その場を離れたこともあって、先の会話によって集まっていた注目の眼差しからは逃れられた。だが、勇者である高沢と一緒に歩いていることが原因なのか、街を歩いていると人々の視線をどうしても集めてしまう。
「一軒家なのに屋敷って……葉桜君にとっての家の広さの常識が分からなくなるなぁ……」
「? 俺、なんか変なこと言ったか?」
「いろいろと矛盾してたよ。葉桜君って割と世間知らずだよね」
「……マジかぁ」
「(……まあ、結理君って物心つく前から拠点にある家と山に、しかも1人だけで住んでたらしいから、その手の常識が危うくなるのは仕方ないこと……なの、かなぁ……?)」
「で、ですけど、人にはいろいろな価値観があってもいいと思います!」
「ニオン、フォローしてくれてありがとな……」
「べ、別にお礼を言われることでは……!」
「……」
高沢に揚げ足を取られ、否定されて少し気落ちしていると、ニオンがすかさず俺を、というよりは他者とは違う価値観の多様さを擁護した。もしかしたらニオンもそこに含まれているのかもしれない。
しかし、燃香はニオンのその姿を見て微妙な表情をする。なぜ燃香にそんな反応をされるのか、その理由は今はあえて考えないことにした。
偶然高沢と出会い、内緒話のために場所を移すために歩き始めて数分も経たないうちにアイアスの自宅へ着いた。そこは俺が以前行ったことのあるあの屋敷とは違って、2人で、というか「家族」で暮らすのにピッタリな大きさの、正しく普通の一軒家だった。なんというか、将来を見据えてる感がすごいな、アイアスよ……。
「ユウリ、久しぶりだね、それにライも。さあ、あがって」
「お邪魔します」
高沢が玄関をノックすると数秒と経たずにドアが開かれ、そこにはアイアスがおり、彼自身が出迎えてくれた。玄関から案内されてリビングと思しき部屋に入るとそこでシルドが布団にくるまって横になりながら呑気にお菓子を摘んでいた。
「む、ユウリ、久しぶり。……ライ、話と違う、目が生きてる」
「……ところでライ、2人は亡くなったと聞いていたんだが、これは幻というわけではないんだよね?」
「うん、間違いなく2人は生きてる。だとしたら、あれは私の勘違いだったのかな……? でも、ギルドの職員に聞いたら間違いないはずだって言ってたし……」
シルドは俺に気づくと、いつもと変わらぬ様子で挨拶をした。しかし、その直後に高沢に向き直るや否や、なんか全然関係ない話題を彼女に問いただそうと布団を飛び出して掴みかかっている。
アイアスは、そんな俺の目の生死の話題を打ち切るように1つ咳払いをしてから、ニオンと燃香が生きて目の前にいるのが幻覚でないことを高沢に確認した。
その問いに、彼女は自分で考えてみても結局答えが見つからなかったのか、諦めたように、なぜなのかと問いかけるように俺の方を向く。しかし、問われたとしても俺は閉口せざるを得ない。
彼らのことは信頼できるし、できる限りは答えたいところだ。しかし、2人の正体が知られるということは、俺たちの今後に関わることだ。それに本人の承諾がないのにも関わらずに、自分が何者かを他人が気軽に言っていいことではない。
「……それは……俺の口からは、ちょっと言えないな……」
「ユウリ、彼女たちなら問題ないと思います」
「そうそう、アイアスもシルドも来も信頼できるよ!」
「……2人がいいなら、それでいいが……絶対に誰にも言わないって約束できるか?」
「もちろん、友人の期待は裏切らないよ」
「問題ない。バレなきゃ犯罪じゃない」
「私だって約束するよ。大丈夫、口は堅いからね」
2人には俺のくちごもった姿が、アイアスたちが信頼できないから言いたくないという態度に見えたのか、揃って彼らは信頼できると太鼓判を押した。2人が問題ないと言うなら俺がとやかく言う必要はないか。
「よかった。実はニオンに関して言えば間違いなくアイリアルとの戦いで死んだ。けど、ちょっと前に生き返ったんだ」
「「「……は?」」」
「付け加えるなら、私は魔生物で魔昆虫のセミ種です」
「「「えっ!?」」」
突然のカミングアウトに困惑する3人。無理もない。目の前にいるのがセミとか、そんなこと言われても信じられないのは俺も分かる。しかも一度死んでるとか、まず信じられるはずもない。
もっとも、普通なら、の話だが。3人とも驚いてはいるが、疑念の眼差しを向けてはおらず、嘘だとは微塵も思っていないのだ。それにその眼差しからは排他的なものを感じない。受け入れられているということだろう。つくづく彼らと知り合えてよかった。
「燃香はニオンとは違って死んではなかったんだ。ただ休眠状態だっただけで、死んだってのは俺の勘違いだ」
「よかった。生きてたのなら、なにより」
「そうだね。しかし……」
「死んだと勘違いするほどの休眠状態って、どういう状態なんだろうね?」
「ああ、それね。実は私、吸血鬼なの」
「「「はぁ!?」」」
ニオンに続いて、事情の説明のために自分が吸血鬼であることは明かしても、さすがに自分が伝説の吸血鬼、高野燃香ってことは伏せるよな。よかった、一応危機管理はできるようだ。もっとも、吸血鬼であることを明かす時点でいろいろとアウトだが、言わないと説明にならな————。
「あ、あと私の本名は高野燃香っていうの。改めてよろしくね」
……言っちゃったよ。
けど、これ、大丈夫か? ニオンはセーフでも燃香はアウトだ、とか言って斬りかかられたりしないよな……?
「高野? 確かどこかで聞いたような気が……」
「で、伝説の吸血鬼! まさか、あのダンジョンから出てきた棺の中身って……!」
「しかし、あれは灰になったはず。一体君は何者なんだ?」
「さっきも言ったように、実は私は伝説の吸血鬼なの。日の光を浴びても死なないんだよ。というか、私が日中に出歩いてるの知ってるよね?」
「確かに日の光を浴びても灰になっていないな……。すると棺の中にいた時は弱っていたから灰化したのか……」
アイアスの推測は厳密にいうと違うのだが、わざわざ訂正しなくても、というより訂正したらしたで、ややこしくなることは確定だ。
今、燃香は金髪赤眼ではなく、茶髪で瞳の色も茶色の『鎮静化』状態になっている。素の状態では日光の下に出ると灰になってしまうのは以前と変わらないので、外出する前、もっと言えば日光に触れる機会に遭遇する前に『鎮静化』を施している。
「まさか、世界でも指折りの有名人が私の目の前に……!」
「……この流れ! まさか実はユウリは邪竜そのもの……! 早速竜に変身してみて」
「いや、俺は普通の人間だから。飛べないから」
俺の懸念とは裏腹に、3人とも2人が魔物や吸血鬼という人々を害する存在であることをそこまで気にしていないようだ。高沢とか見たことないくらいはしゃいでいる。シルドは平常運転だが。
「チッ! でも邪竜の寵愛を受けてる。その特性を持ってるのは間違いない」
「もう持ってない」
「ということは前は持ってた?」
「ぐ……! 確かにそうだ」
「やっと認めた。でも今はないってどういうこと? 嫌われた?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
なんと言えばいいのか。新たに、というか、《混血》という《ミルの寵愛》に含まれていない謎の特性の下に《竜鬼の誓い》が追加されて、それにより勝手に契約系の特性が解除された。
それに気づいたのは、2人が復活したあと、《血書契約》と《血の婚姻》を再び結ぼうとした時だ。《心話》の件もあるし、燃香の場合は食事もとい吸血の頻度と量を減らすために必要だったのだが、件の特性の効果により無効になってしまった。まあ、鎮静化は問題なくかけられたし、それと同時に吸血の量と頻度も減らすことはできたので問題ないのだが。
驚いたのは《ミルの寵愛》が契約に該当にしていることだ。以前は『詳細不明』の一言で済まされていた効果が、寵愛のAランクに下がった時に《邪眼》でやっと本来の効果を知ることができた。
その内容は、
『寵愛を与えた者以外から受ける、その寵愛のランク以下の閲覧系のスキル、特性の効果を一部無効にする。付与した対象に本人の資質から引き出される特性を発現させる。反逆防止のため、対象者にレベルの制限を設け、特定の条件を満たさないと上限が撤廃されないようにする』
という、なんとも胡散臭い効果の特性だということが判明した。ミルは一体なにを考えているのか……?
「……まあ、いろいろあったんだ。けど、少なくとも見限られたわけじゃない」
「なら寵愛はどこに?」
「多分、俺が成長したから外れたんだと思う」
「ふーん……」
「ま、まあ、なにはともあれ2人が帰って来てよかった。……よし! 今日は皆んなでニオンさんと燃香さんのお帰り記念のお祝いにしよう! 主役の2人とついでに葉桜君はなにもしないでくつろいでて。私が手料理でもてなすからね」
くつろぐもなにも、ここ、高沢の家じゃなくてアイアスとシルドの家なんだが……。
スキル《背水》 敵に追い詰められるほど、攻撃能力、防御能力、機動力が上がる。
スキル《蛮勇》 敵の数が多いほど、強いほど、味方が少ないほど、戦力が低いほど、攻撃能力、防御能力に補正がかかる。
スキル《血塗られ》 出血するほど攻撃能力が上がっていく。出血を止めたり、なんらかの手段で治療を行うと上昇した攻撃能力がリセットされる。
スキル《悪鬼》 有機物無機物問わずに相手への殺傷行為の威力にプラス補正。手加減が難しくなる。
スキル《プレッシャー》 相対する敵に物理的、精神的圧力をかける。受けるダメージを軽減させる効果もある。
スキル《閲覧》 対象のステータスを本人の同意なしに見ることができる。相手が同ランク以上の《閲覧》を有していた場合ステータスを見ることはできない。
(結理のステータスを久喜が見れたのは結理が《閲覧》を所持していなかったため。《邪眼》は《閲覧》とは根本が違う。なお、勇者やAランク以上の冒険者のほとんどが有している)
スキル《千里眼》 視力を強化する。高ランクになると遠距離をまるでその場にいるかのような視覚で捉えることができる。
スキル《剣技》 剣技の技量を表したもの。剣による攻撃での威力や切断力が強化される。
スキル《加熱》 《過熱》のマイルド版。デメリットがない代わりに出力が低いが、任意で発動させられる。
スキル《立体機動》 スキル《飛行》さらには《高速機動》の上位スキル。全体的な機動力、加えて立体的な機動力が強化される。
スキル《吸血》 対象から血や魔力、生命エネルギーを吸い取る。ランクが高いほど効率よく自身のエネルギーとして変換できる。
スキル《探知》 《察知》(相手の動きや魔力などのエネルギー、隠れている者や危険な存在を知るスキル)の上位スキル。一度相対した相手の気配を感知範囲の外に出ても大まかな位置を知ることができ、任意の気配を探したりもできる。
特性《混血》 複数の生物の血が混ざっていることを指し示す特性。詳細不明。




