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竜の如き異様  作者: 葉月
2章 友との旅路と巡り合う過去
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第71話 黄金の果実


 その日の夜、夕食を食べ終えた俺は昼間と同様に義手の製作にとりかかっていた。月明かりに照らされ、明るい縁側で周囲に魔力の光を放ちながら、義手製作の工程の最後にして最難関の作業に取り組んでいた。

 慎重に慎重を重ねての最終調整で義手の形を整えていく。すると1つ、また1つと表面を覆う鱗が消え、黒い色こそ変わらないが段々と生身の腕に近づいていく。


 しかし、


「っ! またか……」


 バチィッ! という音と一際強力な光とともに、あと一歩というところまで進み、完成しかけていた義手が吹っ飛んだ。それはバラバラに砕けると、大小様々な破片となって縁側の周囲や庭に飛び散った。これで本日5回目の、作り始めてからのトータルになると何回目になるか分からない、義手製作失敗の光景が目に入った。


 《硬化武鎧》を使った義手の作製工程は主に3ステップ。まずは義手そのものの形を作り、次に元の手のように動かせるよう内部を魔力で整えて、最後にそこに魔力を注ぎ込んで全体のムラをなくしていく。

 作り方の手順やその技術も自分で考えて試行錯誤を重ねてきたのだが、そろそろ義手の改良も打ち止めに近くなってきた。いい線いってるはずだし、義手としては完成に近づいてきているのだが、あと1つなにかが足りない。どうすればこの義手を完璧にできるのか……?


「……いや、赤点回避のための勉強よりも、平均とかそれ以上の点を目指す勉強の方がいい点とれるように、本物の右手の代わりとして使う義手として作ろうとしてないからダメなんじゃないのか? もっと高く目標をもって生身の腕を1本作るつもりでやってみた方がいいかもしれないな。えげつないくらい複雑だから無理なような気もするが、とりあえず外見は今までの義手を真似して、中身と機能は左腕のを写しとればなんとかなる、か? 考えてばかりじゃ意味ないし……試してみるか……」


 思い立ったが吉日とすぐさま実行に移す。それまで失敗した義手として腕の断面にくっついていた破片を埃を払うようにして取り除いて断面を綺麗にすると、《硬化武鎧》をその先に形作って義手の基礎を作り上げる。それを内部外部ともに段々と整えていき、さらに今までの工程に義手でない、本物の腕を作るための新しい工程を加えてそこに改良を加えていく————。






 作製を始めてどれくらいの時間が経ったのか、既に失った右手と置き換わるようにして、完成した黒い義手がそこにあった。色にさえ目を瞑れば元の腕と全く同じもので、開いたり閉じたりして感触を確かめるとちゃんと血が通っているかのように温かく、また動かした際に不自然な点が1つもないことが確認できた。義手の改良にうまくいったことに、完璧な出来栄えに思わず頬が緩む。


「…………やった。やったぞ、遂に、遂に義手が完成した! ハーッハッハッハッ!!」


 って、いかん。邪龍みたいな笑い声が出てしまった……。


「しかし、すごい、めっちゃ動く! 会心の出来栄えだ、これは誰かに自慢したくなるな! ……まあ、そんな人もういないんだが」


 義手の完成を、街中に大手を振って宣伝してまわりたくなるほどの達成感を覚えて立ち上がるが、ふと、もう1人きりになってしまったことを、2人はいないことを思い出して、さっきまでのハイテンションが嘘のように冷めた気分になり、縁側に仰向けに倒れ込んだ。


「……やっぱり出かけるの止めてしばらく休むか。負傷と火傷と呪いのこともあるし」


 そんなテンションが乱高下する俺を上から見下ろすのはラドンだ。ここ1週間の間、全く変わらずに背後に控えているその姿は熟練の執事かなにかに見紛うほど。

 およそ100匹くらいの蛇に見つめられているうちに、その絡まった蛇たちの塊の中にある黄金の輝きを見ているうちに、ふと疑問を覚える。


「こいつ、なんでずっと俺について回るんだ? この行動ってモチーフの竜になにか関係でもあるのか……? 調べれば分かったりするかもな。うーん、書斎にあったかな……」


 ラドンは希ガスに属する元素の「Rn」の方ではなく、竜の方だ。なんだったか? 確かギリシャ神話に出てくるヘラクレスが行った12の難行が関係していたような気が……もうほとんど答えに辿り着いているような気がするのだが思い出せない。


 ……あとで調べよう。






「これ、本格的に要らなくなったし、ちょっと埋めに行ってくるわ」


「……」


「わ、分かってるわ。ちゃんと有効活用するからそんな目で見るなよ」


 ラドンについての調べ物をするために書斎に行くついでに、その途中にあるニオンの遺体が安置されている部屋に寄った。理由は単純、義手が完璧に作れたのでアジ・ダハーカが保管している俺の右手を処分しようと思ったのだ。

 別にゴミ箱に捨てるわけでもないし、アジ・ダハーカに言った、埋めに行く、というのは冗談だ。これから取るのは、肥料にするよりもっと有効活用できる選択だと俺は思う。というかそうであってほしい。終始、アジ・ダハーカに「本当に分かってるんだろうな? ん?」と言いたげなジト目で見られて、少し居心地の悪い思いをしながら部屋をあとにした。


「……」


 向かったのは大量の灰が公園の砂場のように積もっている部屋だ。灰が舞い散らないように窓は閉じられているが、カーテンだけは開かれている。普段は日の光がよく差し込む日当たりのいい場所で、ここでよく燃香が日向ぼっこをしていた。

 俺は物音1つしないその部屋にわざとらしく音を立てながら入り、燃香の灰が特に高く積もっている箇所に失われた俺の右手をそっと置く。すると流砂に沈むようにして腕が沈んでいった。それを見てまだ彼女が生きているのではないか? という淡い期待を抱くも、それ以上の反応がないことはここ1ヶ月で分かっていた。血を垂らしても、切断された右手を置いても、沈む以上の変化はない。それは彼女がもう既に死んでいることの証左に他ならないものだった。


 俺自身はあの竜から呪いを受けているが、義手でない本来の右手に紫色のアザのようなものはなかった。俺の体は呪いを受けたが、どうやら体から切り離された部位にまで呪いの効果は及ばないらしい。

 そう表現すると、片腕に呪いを受けたのならそれを切断すれば呪いを取り除ける、みたいな解釈になりそうだが、その呪いを受けた体の部分に関わらず、切り離された肉体など無視して必ず呪いをかけた対象を殺そうとする、相当殺意が強いものだというのが正しい解釈だろう。

 なので、灰の中に取り込まれたと思しき右手から燃香に呪いが感染ることはない。


「……さて、書斎に行くか」


 俺は何気なくカーテンを閉じてその部屋をあとにした。もうこの部屋に、日向ぼっこを楽しむ吸血鬼はいないのだから開けておく意味はないことに気づいたからだ。






 寄り道はあったが、目的地の書斎は同じ家の中なのでそこにつくまでの時間的なロスなんてほとんどないし、仮にあったとしても1人きりで暮らしている俺が気にすることではない。

 書斎につくとすぐにラドンについて、というか竜についての神話や伝承やらが詳しく纏められている本を探すという作業を始めた。そこからある程度の時間をかけて、淡々と本を取り出してはその本の内容はなにか、ラドンについてが載っていないかを探しているうちに一冊の本を見つけ出した。


「こ、これって……!」


 それを読んでいるうちに、その本に記述されているある一文を見つけてそこからとある可能性を見出した時、俺は思わず本を床に落としていた。その内容はラドンの行動そのものに直接的どころか間接的にすら関係のないものだった。だが、見つけた情報はそんなものとは比較にすらならないもので、既に俺の頭にラドンの奇妙な行動の理由探しなんて消えていた。


 落とした本を気にすることなく、その場に放置して書斎を飛び出し、廊下を転がるかのような勢いで、ある部屋を目指す。ラドンは俺のあとを空中に浮遊しながらついてくる。俺がこれからやろうとしていることを察しているのか、その目に覚悟のようなものを感じた。


 長いような短いような、時間の感覚が曖昧になるほどの期待と緊張の中、屋内を走り続けてとうとう目的地に辿り着いた。俺は意を決して無人の部屋に入ると、アジ・ダハーカがこちらに気づき、鎌首をもたげて見つめてくる。さっきまでと雰囲気の違う俺に、これから行われるであろうことを察して気を遣ってくれたのか、自分から魔力に戻って俺の中に引っ込んだ。

 それによって出た魔力の粒子が宙に霧散していくのを見届けると、俺はニオンの遺体に近づいてその近くに腰を下ろした。ニオンは、当然と言えば当然なのだが、いつもと変わらない様子で横たわっていた。しかし、今の俺はその姿を見ても感傷的な気分になることはない。傍らに浮遊するラドンの中央部に存在する黄金の光に高さを合わせるべく片膝をつく。


「……ラドン、力を貸してくれ」


 俺の問いかけに100匹の蛇の集合体であるラドンは一斉に頷いた。すると絡まった糸が解けていくようにして、ラドンを構成する蛇たちが左右に分かれていく。それにつれて彼らがその中央部に納めている黄金の輝きが段々と露出していった。

 そこにあったのは、周囲に黄金の輝きを絶えることなく自ら発している林檎であり、黄金の果実、それがラドンが内包している輝きの正体だ。


 ギリシャ神話に登場するヘラクレスが行った12の難行の1つに黄金の林檎を取ってくるというものがある。その話でラドンは登場し、常に眠らずにそれを守っていた。最終的に黄金の林檎は盗られてしまうのだが、林檎園守護の功績を讃えられてラドンは星座になる。

 その神話でラドンが守っていたのが、今、俺の手の中にある黄金の果実だ。


「ラドン、ありがとう」


 本来は守るべき林檎を盗られたというのに、当のラドンは「気にするな」と言いたげに俺を見つめる。ラドンもまたこれから起こることを察したのか、魔力として俺の中に引っ込んだ。

 竜の力は、名前と外見、その能力をモチーフにしてはいるが、神話や伝承のオリジナルとは別物なのだろう。と、あまり深く考えることなかった。

 手に持つ黄金の林檎をニオンの体に近づけるが、それを食べさせればいいのか、体に触れさせればいいのかどうすればいいのか分からずに硬直する。


 すると、黄金の林檎が勝手に宙に浮き、突如としてそこから目が眩むほどの眩い光が溢れ出した。俺はその眩しさに思わず片手で顔を覆うが、目を逸らしはしなかった。その光はそれまで薄暗かった室内を黄金色に変え、それはその場にあるもの全てに平等に降り注ぐ。


「これは……!?」


 変化が起こるのは早かった。急に体が軽くなったかと思えば、足や腕といった露出している部分にあった負傷や火傷、呪いが黄金に輝きながら消えていく光景が目に入った。感触からして露出していない箇所も治っていくのが分かる。

 最初こそ部屋中に光は広がっていたが、ある時から真下に横たわるニオンの方へ注がれ始めた。そしてその光が集中していく様を見て、俺はこれからなにが起こるのか、どんな光景を目にするのか確信した。

 その光はニオンのかつて肉体があった、しかし今はなにもない空間に集まっていく。光はニオンの既に失われた体の輪郭を形作ると、最初こそ半透明だったが徐々に濃く鮮明になり、肉体が実体を持つようになったのか、毛布を押し上げて自らの存在を主張し始めた。


「ユウリ……?」


 黄金の輝きがその場から消える頃にはニオンの肉体は元通りになっていた。しかし、それだけに留まらない。まるで長い眠りから覚めるようにニオンの瞼がゆっくりと開いていく。その目が俺を再び映してくれていることに、また同じ世界を見られることに、俺は自分自身で気づく前に涙していた。

 その口が言葉を紡いでいた。もうその声が聞けないのだとずっと思っていた。久しぶりに、ここ最近ずっと聞いていなかった声が、彼女の俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。ただそれだけで自分がこの世で最も幸せな人間なのだと確信できた。


「……ニオン、俺が誰か、その…………分かるか?」


「ユウリですよ。ユウリ・ハザクラ。私がカントリ林から出るきっかけを、この世界を知る機会をくれた私の恩人。……随分と心配させてしまったみたいですね。そしてありがとう、私のことを諦めないでいてくれて」


「……ああ、ああ! こっちこそだ……! また会えて本当によかった!」


 俺はなにかしらの欠損があるのでは? と一抹の不安を覚えてニオンに無粋な質問をしていた。その言葉にニオンは柔らかく微笑むと、なんの心配事も差し挟む余地のないことが分かる言葉が返ってきた。気づくと俺たちは無言で抱擁を交わし合っていた。それほどまでにこの再会は喜ばしいことだったのだ。


 しかし、その再会は思わぬ形で中断される。


「……2人だけで感動のハグって、私だけ仲間外れ? それともハブリ?」


「燃香!?」


「別にそういうわけでは……」


 しかもその相手は自室で灰の山になっているはずの燃香だった。自分だけ蚊帳の外なことが大層不満なのか、こちらも感動の再会のはずなのに、悪寒を覚えるほどの冷たい視線で射抜いてくる。

 そしてなぜか今回も俺の制服を着ている。マジでなぜ?



と、いうわけで今回で鬱モード終わりですね。長かったような短かったような……。そんな話数の鬱モードでしたね。(他人事)

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